プラント平原上空戦
ホアキム神官長は教団兵と共に後方へ下がっていた。
ここでソンブルドラゴンが本物なのかを見定めようという訳である。ソンブルドラゴンはもう何十年も地上に姿を現したという報告はない。竜に精通した者の検分が必要なためであった。
もし本物ならレスタに連絡をとる手はずになっているのだが、まだステルスドラゴンさえ姿を現わしていない。戦闘は専門外なので、戦場からはさっさとおさらばしたいのだが、枢機卿の命令に加え、竜神殿直轄の光竜騎士団の支援とあらば断わるわけにもいかない。
ホアキムは流れ矢が飛んで来やしないかと、そわそわしながらプラント平原上空を見上げていた。
「レスタがどうなろうと知った事ではないが、早く戦場に現れてほしいものだ。報告さえ終われば支殿に戻れるというのに。」
口には出さないが、心の中で「あわよくばレスタが松原竜二を無残に敗北するところも見てみたいがな」とも付け加えた。ホアキムはそう考えた途端に不機嫌になる。
『松原竜二め。願わくばこの手で殺してやりたいところだが、枢機卿に捕縛を優先しろと言われればそうはいかぬか…』
ホアキムはもしレスタが、竜二と一騎打ちするようなことがあれば勝利すると思って疑っていない。いくらイシスの子供とはいえ、まだ完全に覚醒していない竜と騎士が、光竜騎士団の部隊長に敵うとは思えないからだった。
それでも気になるところがホアキムにはあった。
帝国陸軍に援軍は来ていない。これはヴェルマイルが上手くやったからだろうが、増援もないのに帝国陸軍が意気揚々と出陣してきたのがホアキムには解せなかった。陸軍は竜騎士団と不仲だという報告は受けている。これならば松原竜二に従う陸軍兵士はいないだろうと思い、飛竜騎士団の戦いだけ観戦していれば良いだろうと思っていた。
ところが、このプラント平原にて先陣を切ったのは陸軍である。まるでゾルドナーの存在など忘れてしまったかのような攻勢であった。おかげでホアキムは陸と空両方に気を配らなければならなかった。
レスタはその事に気にするでもなく、両方相手すればいいとばかりに出陣したが、ホアキムは違う。早く戦場を離れたいという想いが強い。とはいえ余り前線から離れると竜を目視出来ない為、後方に下がってはいるものの、数百メートル先は戦場である。それゆえに落ち着かなかった。
「早く現れろ。早く……」
などと念じていると突然兵士から絶叫ともいえる報告があった。
「大変でございます!!」
「な、なんだ!騒々しい!」
ホアキムは怒鳴るかの如く、兵士に問い質した。只でさえ、神経が高ぶっているのに後ろから突然の絶叫を聞けば苛立つというものだった。
「カストル支殿が何者かに乗っ取られたとのことです!」
「は?な……に?どういうことだ!」
「ほ、報告によりますと、カストル支殿の残存兵士及び兵士長は皆斬殺されていて、書記官たちは散り散りとなってしまったと…」
報告に来た兵士はしゃべりながらぶるぶると震えている。自分達がホアキムに同行しなければ、間違いなく殺されていただろう。そう考えると怯えるのも頷けた。
ちなみにカストル支殿とは旧タカミヤ侯国時代に領内で建築された支殿である。当時はツキヨミ自治政府との誘致合戦が繰り広げられ、タカミヤ侯国に軍配が上がることとなった。とはいえ土地の提供に加えて、建設費の三分の二はタカミヤ侯国負担。加えて建設のための人員は全てタカミヤ侯国が派遣するというかなりの譲歩する形での建設であった。しかも建設は予想外に長期におよび、莫大な経費が捻出することになった。
くしくも完成間近にツキヨミと連合する事になったため、もし両国がその後も連合せずに争っていたならば
「最終的に国庫の貯蓄差でツキヨミが勝利したのではないか?」
そういう噂も流れていた。またレッドゴッド連邦が聖教に対する態度を見直す遠因になったともされる。
結果としてタカツキ連合国に住んでいる竜使いの多くは諸外国に移動せずに此処で神殿契約を受けることができるようになった。
ホアキムは他でもないカストル支殿の神官長であった。自分の留守中に起こったがため、直接の責任はないものの管理能力が問われかねない事態といえる。
「な、なんだと……!詳しく話せ!知りうる情報全てを!」
「はい…実は……」
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「これは……我らを舐めてるのか?それとも自分の強さを過信しているのか?」
レスタは口調こそ冷静だが、内心では憤慨していることを部下たちはよく知っている。レスタ部隊およそ三十数騎に対して向かって来る帝国軍の飛竜騎士団の軍勢はなんとたった一騎であった。その一騎こそステルスドラゴンと松原竜二ペアである。他はいくら探しても敵は見当たらなかった。別方向から向かって来る敵影もない。何度確認しても間違いなく一騎のみであった。
「光竜騎士団に入ってより…………これほどの屈辱を受けたことはない!!!イシスの愚竜めが!馬鹿にしよって!……お前たち、遠慮はいらぬ。ステルスドラゴンを撃墜せよ!」
部下達は顔を見合わせた。命令は捕縛のはずなのに撃墜しろとは、レスタは完全に頭にきているようだった。だが直属の上官の命令とあらば否も応もない。騎士たちは一斉攻撃を開始する。
「初太刀は俺がいただきだ。死ねぇぇ!」
こうなると武勲一番乗りを目指す騎士も出てくる。一人の先陣を切った光竜騎士団兵士がラプトリア目掛けて向かっていった。だが攻撃が当たる直前に突風が吹き、ラプトリアは消えてしまった。
「な!どこへ行った!?」
後続の兵士達も続々と停止し、辺りを見渡す。
「あそこ!上だ!」
「いつの間に…」
「なんて速さだ!全然見なかったぞ!」
ラプトリアは光竜騎士団を見下ろすかのごとく、高度を上げて真上にいた。レスタ部隊の騎士達は直ちに方向を変えてラプトリアの方へ向き直ろうとする。
だが一騎だけ向き直らずに俯いて停止したままの騎士がいた。一番最初に先陣を切ろうとした騎士である。
威勢よく飛び出しておきながら一太刀も浴びせることが出来なかったために気落ちしているんだと思い、一番近くにいる騎士が元気づけようとした。
「おい。先手を取ることが出来なかったのは残念だったが、気を落としてられないぞ。まだ敵は健在して……」
……ボトッ
停止していた騎士の首が地上へ落下した。
「う、うわああああ!」
元気づけようとした騎士は絶叫する。
「なんだと!!」
レスタはラプトリアの動きを見ていたにもかかわらず驚きを隠せなかった。
『信じられん!いつ切った!?おそらく爪を使ったのだろうが……奴の爪の軌道さえ見えなかったが……』
その直後、レスタの背中に悪寒が走ったような気がした。
『なんだ……この感じは?恐怖?寒気?いや武者震いか?』
レスタの中に宿る感情が何なのか自分でもはっきりとしなかった。だがこれだけははっきりと言えた。
「奴は過信しているわけでも、油断しているわけでもない。……まして時間稼ぎしている様にも見えん。本当に単騎で我らと戦う気のようだな……」
レスタはそう言うと、先ほどの激情が嘘のように静まって冷静になり、上空にいるラプトリアを見つめた。一人目の騎士を打ち取った後も、多勢に無勢にも関わらず、一歩も引かずにレスタの部下達相手に互角に戦っている。
「………イシスの悪童達の捕縛とならば確実に出世に繋がると思って今回の遠征を引き受けたが、そうも言ってられんな……何よりこんな大物、他の奴らに取られてたまるものか。もう侮らんぞ!」
レスタは部下達に自分のもとへ来るよう促した。集結した騎士達はレスタの指示の下、守りに特化した陣形を組み始める。ラプトリアは危険を感知したのか、様子を見ているようで攻めてこなかった。緊迫した時間が流れ続ける。
「レスタ隊長。敵が向かってきません。このままでは勝負がつかないのではないですか?」
そうだ、そうだと他の騎士達も賛同する。天下の光竜騎士団がたった一騎に苦戦したとあらば、名折れも甚だしい。騎士達は何としても攻勢に出て、汚名を返上し、仲間の仇を取りたいようだった。
「あわてるな。要は勝てば良いのだろう?我らの目標は捕縛だが、あの速さは…我らにはとても対抗できない……下手に攻めればこちらの死者が増えるだけだ。」
「そうかもしれませんが、だからといって……。」
「騎士だ。」
「…え?」
「このレスタ自らが囮になろう。松原竜二を相竜から蹴落とせ!生け捕りが難しいなら、この際殺しても構わん。責任はこのレスタがとる!」
ラプトリアの弱点は騎士との強さのギャップである。レスタは今までの報告とラプトリアの戦い方を見るに騎士は竜具にしがみついているだけで攻撃、防御、回避全て竜任せにしている。つまり騎士は雑魚の部類ではないかと仮説を立てていた。
「いくら飛竜騎士は地竜騎士と違って竜上ではやることが少ないとはいえ、完全に竜頼みにして我ら光竜騎士団に勝つのは不可能だと、奴に知らしめてやろうではないか。」
レスタは部下に訴える。部下達は全員が承諾した。