開始
「ほう…連合国軍も中々な手を打つな。」
リサが狼を助けていた日の四日後、両軍の戦いは開始した。レスタは戦場からやや離れた上空で戦況を見守っていた。レスタ率いる部隊が自ら攻撃してもいいのだが、外部の人間のレスタが余り活躍しすぎると味方からひんしゅくを買う可能性がある。しかし、出撃しない一番の理由は敵のA級騎士が現れてないからだ。レスタは対竜騎士戦のための切り札だからである。レスタはA級騎士すなわち竜二・ラプトリアペアが出てくるのを今か今かと待っていた。
〝帝国〟対〝連合国〟の戦いはこれで二度目になる。否、竜二が参戦するようになってから二度目と言ったほうが正しい。過去にはもう何度も両国は戦っているのである。きっかけは決まって帝国が攻める形での戦争だった。連合国は何度も存亡の危機に陥っていたが、何度も帝国を追い返してきた。
理由は「大軍を動かすのに向かない山道」と「帝国に制空権を渡していない事」が主な理由である。
そして今も連合国は存亡の危機に立たされている。しかも今回は今までとは違い、極めて深刻といえた。連合国が誇るA級騎士ラドルズが負けたために制空権を譲り渡してしまったからだ。レスタが助っ人に入ってなかったらおそらく帝国の飛竜騎士達は首都まで襲ってきただろう。
レンデンガルドとその一帯は帝国に占領されたが、それ以外の町と地域はレスタ率いる部隊が睨みを効かせたためにまだ占領されてない。
そのためレスタは例え前線に赴きたくても帝国の出方がはっきりするまで迂闊に動けなかった。
連合国からすれば、この戦争を乗り切ればまた竜神殿から新たなA級騎士が仲介してもらえる可能性が高い。聖教も毎年多額の献金をよこす連合国に滅んでほしくないからだ。だからこそ連合国にとっては何としてもこの危機は乗り越えねばならないのだった。
「集結し終わる前に奇襲か。帝国相手にどこまで通用するかどうか…」
レンデンガルドから首都フリマスまでの道のりでは最初、狭い山道が存在する。その山道を通過すると開けた平地が現れる。この平野部は特に名前は無かったが、山岳地帯だけあって余り見た事無い植物が自生している。作戦中は名前が無いと不都合という事で竜二はこの植物だらけの平原を単純にプラント平原と名付けた。即興で付けた名前だったが、意外にも世間的に浸透し、おまけに後年、次々と新種の植物が見つかり植物学者の代表的な調査場所と語り継がれるようになるのは余談である。
連合国はこのプラント平原を主戦場とし、帝国軍を迎え撃っていた。今までは平地の出入り口前に軍を配備し、そこで帝国を迎撃していた。そうすることで寡兵でも帝国に対抗できる。しかし、これではいつまで経っても戦況が変わらない。アパン亡き今、帝国軍は士気が低下している。この機を逃す手はないと判断し、連合国は軍を後退させ、帝国軍を平地に誘導した。
そして三分の一程度の兵士が入り込んだところで総攻撃を開始するという戦法をとった。まだ整列できてない帝国軍は大混乱。連合国軍の戦況は一気に有利に傾きつつある。
防御力に優れた帝国軍ではあるが、連合国軍の奇襲と優れた武器によってまた一人また一人と討ち死にしていく。その勢いは前衛部隊を半壊させるほどだった。
だが奇襲してから三十分経ったか経たないかぐらいの時間経過後、戦笛が鳴り響いた。
「ん?あれは!」
戦笛を合図に帝国軍が動き出す。帝国の重装歩兵には、守りを鎧に任せて両手に武器を持つ専攻重装歩兵と体の三分の二〜四分の三覆い隠す全身盾を装備した大盾重装歩兵で区分けされるが、この笛が鳴り響くと大盾重装歩兵達は横一線に広がり、隣同士の盾が当たるくらいまで密着させて一斉に立てて鉄壁と化した。そして少しずつ前進を続けている。徐々に肉薄していく算段の様だ。いわゆる前進防御である。
「ほうあれで凌ぐか…しかしあれでは白兵戦には効果高いが、矢を撃たれたら後ろの兵達は終わりだ。結集するまでの時間稼ぎといったところか……」
レスタの読み通り、連合国は今度は歩兵を下がらせ、弓兵が前に出て一斉に弓を放ち始めた。装甲に優れた帝国鎧と言えど大がかりな弓攻撃にはなす術もないかと思いきや、中々粘っている。攻撃重装歩兵も普段装備こそしないが小型な盾は携帯している。主な理由はもちろん矢対策である。
帝国軍の鎧は男性と女性とで重量に差があるが、唯一兜の厚さは均一で特殊な鍛冶技術で強化されていた。こうすることで一番重要な頭部を守っているのである。この兜は至近距離から矢が射られても刺さることはあっても頭皮にまで到達することは稀と言われる程頑丈だった。肩の装甲は通常の堅さであるため、攻撃重装歩兵は盾を左手に装備して頭上に掲げ、身体は左を向けて肩全体を盾で保護するスタイルをとっている。脚部は無防備だが、大盾重装歩兵の壁で守られているため、直線状の矢は飛んでこないし、しゃがむことで命中率を下げている。脱落しているのは運悪く鎧を貫いて脇腹に矢が当たった兵士達だった。
連合国軍が押しているが、こうしている間にも後方の帝国軍は合流を続けている。もう帝国軍が反撃に転じるのは時間の問題だろう。
「だがいくら戦況が有利になったからって制空権をとらねば決まらんぞ!さあいつ現れる気だ!?松原竜二!そしてソンブルドラゴン使い!早く制空権を奪いに来い!」
A級騎士の竜二の登場を今か今かと待っているレスタの願いが叶うのは、もうまもなくだった。
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一方、竜二は本陣で戦況を見定めていた。
素人目でも見えるほど帝国軍はじわりじわりと戦列を戻していく。その様はまるで傷ついたところが少しずつ塞がっていくかのようだった。もう少しすれば、反撃に転じる事ができそうだった。それを見て内心、竜二は帝国軍を改めて見直した。
「いやはや凄いな…帝国軍てのは。こうも打たれ強いものか!?」
いくら打たれ強いとはいっても、近くで味方が討ち死にしているにも関わらず、そんなもの目に入らないとばかりに陣列が整っていく様は肉体面はもちろん、精神面も打たれ強くないとここまでうまく統率できないはずだ。
もちろんそれだけに留まらず、練兵や士気の高さなども加味されているだろう。
全くもって頼もしいなと竜二は目を輝かせながら戦場を見つめていた。もっとも一番の竜二にとってのプラス要素は陸軍が竜二に協力的だったことだろう。
「でも一番凄いのはこうやって作戦展開をしてくれたスターム将軍のおかげです。的確な指揮系統恐れ入ります!」
竜二は肩幅の広い中年で長身のスタームに礼を言いながら、頭を下げる。
「閣下。顔を上げてください!私なんぞに頭を下げることはありません。これくらいどうってことありません。我らで力を合わせ、今度こそ連合国を蹴散らしましょう。」
スタームは竜二に礼節を欠くことなく、敬意をもって応対する。
そうなのだ。
スタームは竜二が指揮官に昇格してからというもの、妙に従順になっている。つい最近まで竜二に反抗的で、アパン以上に毒舌だったのだが、どういうわけか最近態度が豹変している。指揮官に昇進してから最初にスタームに会ったとき、後ろにビボラが控えていたのが気になったが、聞けば同じ勤務地で働いたことがある仲だと言われ、竜二はそれ以上、問い詰めていない。
気になるところはあるが、これ以上は詮索しないほうが賢明だと竜二の直感が訴えていたからである。
「それに兵士達が打たれ強いのも正解ではありますが、それだけでは動きません。一般兵どもは懲罰や処罰を複数回与えれば、ああやって忠実に動くものなのです。見せしめの拷問などやれば申し分なしです。」
竜二は一瞬、硬直した。陸軍とほとんど干渉していなかった事もあって、内情など知る由もない。
「……えーっと、ひょっとして見せしめに殺しちゃったりとかします?」
「何人かは。今回の出陣前にも軍紀違反した兵の首を宿営地にさらしたままにしてます。おかげで陣列の乱れが少ないでしょう?出陣前の刑死は最高に効くのですよ。」
さらっとスタームは言ってのけた。そこに哀れみの感情は入っているように見えない。
「ちなみにその兵士の罪状は?」
「遅刻です。見張りの交代の時間になっても寝ていたけしからん奴です。そんなに眠いなら永遠に眠らせてやろうと、鞭打ち百回のあと、処刑しました。」
「………」
硬直から悪寒へと変わった。帝国兵があそこまで陣列が乱れないのは「アメとムチ」の「ムチ」を恐れてのことだったのだ。竜二はようやく合点がいった。遠目から見ると現場の隊長たちは熱心に指示を出しているように見えるが、おそらく従わない場合は懲罰を課すと脅しているに違いない。
だがいくらなんでも寝坊で処刑とはあんまりだと思う。竜二は死んだ兵に同情を禁じ得なかった。部署が違うため、運営方針に口をはさむことは許されないが、陸軍に比べれば自分達竜騎士はなんと待遇が良い事か。竜二は急にリサに玉子ボーロを大量に与えて「アメ」を充実させたくなった。
「と、とにかく作戦はうまく行きそうですね。」
「ええ、ですがこのあとは閣下次第です。我が陸軍も徐々に息を吹き返していますが、戦況を覆すには至りませんから。」
「……心得てます。」
陸軍が竜二の指示に従ってくれることをもっと早く知っていたなら、違う作戦も立てられたかもしれない。実際、戦いが始まるまでスタームの態度は演技ではないかと疑っていた程である。
そこで竜二がスタームに出した指示は「私が制空権を取るまで、軍を維持してください。出来れば、敵に空で決着がつかないと埒が明かないと思うくらい粘ってください。」のみだった。
「これから、空の戦いに参戦します。後武運を。」
「後武運を。」
竜二は、回れ右して急いでラプトリアのもとへ向かう。心の中でこんな時、リサがいてくれたらと思いながら。
構想変更に2ヶ月かかりました…
遅れてすみませんでした。




