別任務
リサはレンデンガルドの中心地から離れた裏通りを満面の笑顔で歩いていた。もちろん意味なく歩いているわけではなく、極力帝国兵から目を避けるためである。体力強化のために運動するようにハルドルに言われており、自己鍛錬の一環としてジョギングしていたのだが、途中で買い食いの誘惑に勝てず、大好きなスイーツをペロペロと舐めている。つまりはサボリであった。
遠征中だけにハワードも仕事が滞っていて会える時間が限られており、ハルドルもさすがに自分の事と竜二の補佐で精一杯で、一人で自己鍛錬しなければならないリサは、ちゃっかり鬼の居ぬ間に洗濯していたのである。
リサが口にしているのは言うところの鼈甲飴であった。
水と砂糖さえあれば出来る非常に簡単かつ安価な菓子の代表格で、現代では小学校の理科の実験でも作られる。その手軽さから野外の露店などでは注文受けてから製作し、出来立ての鼈甲飴を差し出すサービスもある。
非常に簡単ではあるものの、それも砂糖があればという話である。現代でこそ身近な砂糖だが、アウザールでは砂糖は貴重品であった。特に海に面してない連合国では、国外の物は中々入ってこず、連合国内では一流の鍛冶工によって鍛えられた武器より交易品の方に高値が付くことも珍しくなかった。砂糖は交易品の代表格であり、この鼈甲飴も少なくとも子供の小遣いで買うのは厳しいぐらいの値段がするのである。
遊撃隊所属のリサが他の隊から勧誘を受けて承諾すると竜二はそれを断ることは出来ない。そのため竜二は他の隊の給金事情を調べ、現地契約の竜騎兵にも関わらず、本隊と変わらない程度の給金をリサに払っていたのである。厳しい財布事情だったが、折角見つけた部下をみすみす手放されるのは癪だった。
リサはその給金を実家に送っていたが、今は遠征中で現金を実家へ送ることが出来ない。その持て余したお金の一部が買い食いに消えているという訳である。
「ん〜ん~おいしい〜。はあ〜」
竜二の影響からすっかり砂糖の素晴らしさに目覚めたリサは、今まさに恋人が傍に寄り添っているかのような至極の幸福を味わっていた。勿論、知り合いに見られていないか細心の注意を払いながら、すぐには無くならないよう少し舐めては間を置き、また舐めるという繰り返しである。
そして人がほとんどいない郊外に出たところでけたたましい悲鳴が聞こえた。人間ではない。明らかに獣の悲鳴である。
「きゃ!…………びっくりしたー。何かあったのかな?」
リサは草むらに身を潜めながら悲鳴が聞こえた方に向かった。生い茂った雑草は小柄なリサをすっぽりと隠してしまう。低身長にコンプレックスがあるリサだが、こうなると便利なものである。ある程度まで近づくと話し声が聞こえた。身なりからして猟師ではないかと推察できた。
「やったな。かなりの大物だぜ。」
「何日も粘ったかいがあったな。高く売れそうだ。」
「ち、だが子連れとはな。草むらに隠れて気付かなかったぜ。」
「どうするんだ?この子供?子供は商品価値ねえだろう?」
猟師達の足下には、たった今仕留めたのであろう大きな狼の死体があった。落とし穴に嵌ったところを矢で射ぬかれたようだ。その中で弱々しい獣の鳴き声が聞こえる。子供の狼が一緒に穴に嵌っているようだ。
「放っておいても野垂れ死ぬだけだ。殺せ。肉屋にでも売り払えば少しは金になる。」
「そうするか…」
二人いるうちの一人の猟師が網と短刀を取り出した。網を投げ入れて動きを封じたあとにトドメを刺す気だろう。
「ま、待って下さい!その子は殺さないで!」
草むらに隠れていたリサが大声で訴えながら姿を現わす。その声に二人の猟師は思わず身をすくめた。
「なんだお前?こっちの仕事の邪魔するな。」
「その子は助けてあげてほしいんです!」
言いながら、リサは震えていた。その代わりに体差し出せと言われないか気が気でなかったのである。
「何言ってやがる。親が死んだ今、この子狼も死ぬのは時間の問題だぜ?」
自然界において親が亡くなった今、確かに子供は衰弱死するか、他の肉食獣に殺されるかの道しかないだろう。だがこのまま見殺しにすることはリサには出来なかった。
「感情が入るのも分かるが、悪く思うな。こっちも生活がかかっているんでな。」
「……だったら私に売ってくれませんか?」
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「……それで買ってきたという訳ですか?実家への仕送りの分のお金まで使って?」
「はい…」
やや呆れ顔でハワードは問い質す。オーロも苦笑していた。リサは申し訳なさそうな顔をしながら両手に子狼を抱きかかえている。子狼は美味しそうに鼈甲飴をペロペロと舐めていた。
長期遠征を見据えて後方支援士団も遠征に参加していたが、オーロはレンデンガルドに居座らずに帝都を行ったり来たりしていた。だが竜二の出世に伴い、相竜の世話を軽減させるために竜二の小隊に完全合流するよう指示が来た。本来なら合流はまだ先になる予定だったが通達が出た途端、相竜達、特にユーリーは迎えに行くと言って聞かず、竜二がアルグローブ監獄に行っている間に迎えに行ったくらいである。戦時中に戦場から離れるのは規律を乱す事になり、リサは処罰の対象になりかねない事態だったが、幸い夜に出かけたからかユーリーのスキルのおかげで周囲には間一髪ばれずにすんだ。
と、リサは思っているが実際はハワードが機転を利かして竜二からオーロを迎えに行くように命令書を後付けで発行したのが真相だった。オーロの到着が早まればラプトリアも喜ぶとあって既成事実を勝手に作った事を竜二はあっさりと認め、むしろハワードの判断を褒めたほどであった。
「……今の心境はどうですか?大金をはたいてまで助けた気分は?」
「この子を助けられた事には満足してます……ちょっと後悔も……」
「売ってください」と言ったあと、しばらくするとリサは内心しまったと思い始めて来た。その時は衝動的に助けたい気持ちと、一刻も早くあの場を離れたい気持ちが勝っていたからだが、冷静に振り返ると早まった真似をしたのではと思うようになってきた。猟師と業者間の取引金額などリサが知るわけもない。つまり足元を見られたら終わりである。
案の定、リサは仕送り分のお金や自分の貯金までつぎ込んで購入した。子供の獣肉が二束三文で買い取られている事を知ったのは後になってからである。しかもこの子狼が怪我をしていたため、魔道士の人達に頼んで癒してもらった。帝国兵士でも町民でもない者に無料でやってもらうわけにもいかず、治療費もリサ全額負担であった。果てはお腹が空いているのか、街中を歩くと食べ物を物欲しそうに見つめていたためにリサの鼈甲飴が獲られてしまうことになった。
リサは一日で大貧民に戻ってしまったのである。
「問題はまだありますよ。それも最大の問題が。どうやって飼うんです?」
士爵館はペット禁止である。実家はただでさえ家計が苦しいのに餌代も負担してくれなどとは言えない。何より仕送り分まで手を付けたのに飼ってくれとは言いづらかった。竜舎に隠して飼おうとしてもまずバレる。いかに相竜やオーロが協力的でも必ずや不審がられる。
「閣下に相談すれば……」
「難しいでしょうね。馬とか牛とか仕事の上で生かせるならともかく、今回の場合松原さんでも弁護の仕様が無いでしょうから。」
馬や牛は牽引に使えるし、緊急時の食材にもなる。だが狼となると使い道が無かった。むしろ軍馬を襲う可能性が高いとして煙たがられるだろう。
「となるとやはり加工業者へ引き取ってもらうべきッスか?」
子供の獣は二束三文で引き取られるとさっき聞いたばかりである。多額の金で買い取ったのに結局、安価で肉屋に売り飛ばす事になる。まさに大赤字。余計な資金をつぎ込んで翌日に暴落して大損する投資家気分を正にリサは味わおうとしている。
………子狼一匹の取引で。
リサは顔面蒼白になった。あどけない子狼を何とかしてあげたい想いと、何て事をしてしまったのだろうという想いが錯綜して決断が下せなくなっていた。
「……そ、そんな。」
リサは膝をついて蹲り始めた時に竜二の声が聞こえた。三人の元へ駆けつけてくる。どことなく目が輝いている。まるでいいネタがあることを隠し持っているかのようだった。
「三人共、こんなところにいたのか。リサ!そんなとこで蹲ってないで、すぐにでも行ってほしいところがあるんだ!」
「はい?……どちらへ?」
「レンデンガルドに一番近い支殿、カストル支殿にだ……俺の自慢の補士官と一緒にな。」
「へ?でも戦線離脱は…」
「それなら心配ない!リサが来るまでならなんとか耐えて見せるさ。」
どことなく余裕の感じられるほどの意気込みたっぷりのにこやかな顔で竜二はリサに結構な難しい命令を出したのであった。内心では断腸の想いでの命令ではあったが。
その四日後、戦局が動くこととなる。編成が済んだ連合国軍が動きだしたという報せであった。
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「……ようやく集結完了か。」
アイザックの前には整然とした連合国軍兵士達が整列していた。閲兵式である。式の方は殆ど終わり、これから点呼をとった後、レンデンガルドに向けて行軍することになる。その様子を神妙な面持ちでアイザックと副官は見定めていた。
「思ったより時間がかかってしまいました…。申し訳ありません。」
「構わん。帝国が今の今まで攻めてこなかったのは、ゾルトナーの活躍が効いているからだろう。時間を稼げただけ御の字だ。しかしこちらも余力はない。次で決まるだろう…。例の件は進めているのだろうな?」
「…はい。抜かりありません。」
「よし。分かっているだろうが、これはあくまで奥の手だ。私が許可を出すまで行動に移るんじゃないぞ?」
「はい。私も出来ることならその命令は聞きたくないです………」
余力がないのならじっとして守りに専念するのが筋だが、そうも言ってられなかった。帝国は兵糧も豊富で、兵士の補充も出来るが、一方の連合国は兵力にも兵糧にも限りがある。消耗戦に突入しようものなら圧倒的不利。何としてでも援軍が来る前に帝国を撃退して、講和を引き出す。これが最善の策だとアイザックは思っている。そのためにはこの一戦でなんとしても勝たねばならなかった。
「助っ人たちはどうしている?」
「はっ!レスタ殿率いる光竜騎士団は準備万端との事です。狂死帝傭兵団は契約交渉に手間取ったため、出兵に間に合うか微妙なところでしたが……なんとか間に合いそうです!」
「……そうか。不安はあるがやるしかない。順次行軍開始だ。」
「代表自らがお出になるのですか!?」
「ああ。兵力に劣る場合、士気は生命線だ。それを維持するためにも……私も出陣する!」




