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ドラゴンライダー立身伝~銀翼の死神~  作者: 水無瀬 凜治
遊撃隊長昇任後
79/88

素性

「………」


「………」


「………」


「………」


「……黙ってないで説明してくれない?」


「…このような抜け道があるとは私も知りませんでした。奴がそれを理解していた事も想定外でした。契約を結んだことで警戒心が緩んでしまったようです。私も奴の安易な条件に油断して…」


「違う!そこじゃない。ハルさん言ったじゃないか!あいつは俺にとって役に立つって!あいつのどこが役に立つってんだ!俺が悪名高くなっただけじゃないか!ブルーノ隊長にどう弁明すりゃいいんだ。」


レンデンガルドに戻った竜二とハルドルが言い争っているのは言うまでもなく、アルグローブ監獄での一件である。

先日、四二七番が所長のダルシャンを始め、多くの看守達や囚人達を殺し、火を放って監獄内が火の海、血の海と化してしまった。

これらは竜二との契約後に起こった事であるため、当然主人である竜二にも責任が及ぶことになる。竜二はダルシャンの変わり果てた姿を見たとき、改めて理解した。この世界で竜騎士が従士と契約しない理由はめぼしい従士候補が不足しているのに加えて、従士の不祥事における責任問題を忌避したいからだと。


「それに関しては私が隊長に代わってバルツァー団長に掛け合います。奴の方はもう約定を果たしたのですから、隊長の事をこれから守ってくれるでしょう。」


「本気で言っている?あの惨状を見たろ?奴は危険だ。あいつを従士にしていれば今後の俺の生活まで危ぶまれる。四二七番とは契約を解約する。騎士側からなら契約を解除できるんだろ?」


「宜しいのですか?奴を解放すれば、この近辺の治安が悪化する可能性がありますよ。」


ハルドルは竜二の良心を突くが、竜二は怯まなかった。


「その手には惑わされないよ。…………確かに職務上、周辺住民に申し訳ないと思うところはあるが、最後に大切なのは自分自身だ。自分の身を焦がしてまで契約したいとは思わない。俺の身の破滅はラプトリアの破滅でもあるんだからな。それとも俺は筋の通らないこと言っているか?」


毅然と言いきっている様に見えるが竜二の頬にはハルドルにも見えないくらいの冷や汗が滴り落ちていた。危うく【周辺住民がどうなろうと知ったことか。俺は元々帝国人じゃないんだ。】と言い放つところだった。このようなこと言えば、騎士としての存在意義や神殿契約も嘘になってしまう。そうなればハルドルも竜二に剣を向けるかもしれなかった。


神殿契約の時にわざわざ支殿でする理由として、相竜の相性の問題もあるが、相竜の事を大切に考えられるかどうか、そして何処の国でも軍人として職務を全うできるかどうかの性格診断の場でもある。竜二はここの世界の人間ではないので、自分を使ってくれる国であればどこでも行くという大らかな気持ちで神殿契約に挑んだ。ラプトリアの事を大切に思っているのは言うまでも無い。だからこそ神殿契約は順調に進んだといえる。


相竜であるラプトリアの身を案じることを理由に従士との契約解除をしようという反論は十分筋の通るものだった。


「それに奴だけならともかく、奴ら(●●)もとなると、とても手に負えない。」


竜二は右へ目配せをした。

視線の先には二人から離れたところでワイワイガヤガヤと賑やかな話し声が聞こえる。見るからに恐そうな顔立ちの男達が囲って酒を飲みながら談笑していた。その中に四二七番もいる。見るからに態度も悪く、人相が悪そうな男たちで、一般の人達は近づかないだろう。


アルグローブ監獄で従士契約を結んだあの日、四二七番は仲間の囚人達も解放して看守から奪った武器を持たせ、徹底的に暴れまわった。どうやら囚人達にも派閥などがあるようで、誰でもお構いなしにという訳ではなく、仲の悪い囚人には四二七番指示の下、一切情け容赦なく斬殺していったのである。

この集団内では、契約前から四二七番が元からボス格だったようで、他の男連中は意外にも四二七番の指示には従順であった。男連中の強さは直接は見てないものの、今回の騒動から只者でない事が覗えた。


それだけに竜二は四二七番はもちろん、手下の男達まで御することが出来るとは思えなかったのである。


「だからこそ猶更、彼らを野に放すのは危険だとは思いませんか?」


「そこまで俺は統率力に優れた指揮官じゃない。俺には間違いなく持て余す。」


ここまで言ってなぜハルドルが四二七番にここまでこだわるのか、竜二には不思議だった。囚人である事に加えて、今回の反乱は到底容認できるものではない。脱獄だけならいざ知らず、看守や他の囚人に所長まで殺し、監獄が全焼してしまったのだ。

相当な処罰されるべきだと思う。まして竜二自身従士にすることに積極的でないのだから、誰も止める人がいないはずだった。しかし、ハルドルはなぜか四二七番を推進してくる。全くもって理解できなかった。


「まあいいじゃねえか大将。アクオスの旦那も勧めてくれている事だしよ。あたしを使ってみろって。役に立つからさ。大将の事は絶対裏切らねえよ。」


気付いたら四二七番が竜二の背後にいた。なれなれしくも肩を組んで不敵な笑いで囁いてくる。


「お前は黙ってろ!それともラプトリアの前に突き出そうか?」


四二七番は「うっ!」と一瞬ひるんだ。あれだけの事をしでかすだけあってハルドルを前にしても毅然(きぜん)としている彼女もラプトリアに関しては頭が上がらないらしい。


「まあまあアクオスさんがバルツァー隊長にも話を通してくれるそうですし、折角結んだ契約なんですからすぐ解除するのはもったいない。このまま継続してはどうですか?」


「教官まで…」


「さすが教官様だ!なあ大将。解約しないでくれよ。な?な?」


四二七番はなれなれしく笑いながら語りかけてくる。契約解除すれば自由になるが、その一方で逮捕されると即処刑だろう。だが竜二と契約している限り、竜二の今までの功績も相まって少なくとも殺される事はないと思っているに違いない。


「あの男連中も今やあたしの下僕だから好き勝手していいぜ。どうだ?」


そうなのだ。事件当日、四二七番が拘束用の紋様があったにも関わらず、なぜダルシャンに刃向う事が出来たのか。それは契約の優位性が関係していた。主人と奴隷の契約による主従関係よりも竜騎士と従士の契約による主従関係の方が序列は上に当たり、契約を出来ても契約優位な人の命令が優先される事をハワードは教えてくれた。

つまり、竜二と契約した時、囚人拘束の紋様は消えてしまったのである。

竜騎士ではないダルシャンがその事を知っていたかは不明だが、それでも今まで通り牢には閉じ込めていた。だが四二七番は牢屋から脱出してみせた。これは契約の恩恵にある。騎士と契約すると従士は常人離れした戦闘力を得ることになる。彼女は単身で警備をものともしない戦闘力を見せ、あっという間に所長室に到達してしまったのである。

「二日猶予をよこせ」とは脱獄できるかどうか検証するためだったらしい。一日目で様子を見て、二日目で実行する腹づもりだったが、一日目で十分上手くいきそうだと確信し実行したと四二七番は語った。


従士契約の恩恵にランクによる差は余りないはずだが、なぜあそこまで驚異的な戦闘能力を有したのかは元々彼女が強かったからなのか、ラプトリアの恩恵が特別に大きかったのか、聖教と距離を置いている帝国内に竜騎士や竜に精通している者がおらず分からずじまいだった。さすがのハワードも分からないそうである。


四二七番は脱獄する際、他の男囚人の脱獄を手助けしたが、その時もまた彼女は目覚ましい活躍を見せる。竜騎士との契約の方が優位性が高い事を利用し、従士である彼女は男囚人と奴隷契約を結び、拘束用の紋様を事実上無効化してしまった。

つまり竜二にとって四二七番は従士であり、男囚人たちは四二七番の奴隷に当たる。僅か一夜にして竜二は「部下」と「部下の部下」という単一組織が手に入ってしまったのであった。


「ま、そう言う事ですぜ。よろしくお願いしますぜ。将軍様。」

「あのダルシャンぶっ殺せたんだからよ。もう満足ですって。」

「教団の連中なら手加減しませんて。俺達を殺さないでくだせい。」


口々に個人的感情をぶつけてくる。どれだけダルシャンに恨みがあったのだろう。迷惑な話だった。まして経費を自己調達しなければならない遊撃隊となれば、この男達の食費も竜二の財布から工面しなければならないのだ。周囲の人の見勝手ぶりに血が上りそうだった。


「うるさい!!お前らさっさと立ち去れ!教官とラプトリアの警護でもしてろ!」


主君にこう命令され、初っ端から主君の機嫌をこれ以上悪くするのは得策ではないと感じたのか、ハルドル以外は全員退散した。


「まだ質問は終わってない。ハルさん!貴方はこう言ったよな。俺の役に立つって。一体彼女の何が役に立つってんだ!それ以前に彼女は何者!?」


竜二が今回の従士契約を乗った最大の理由。それはハルドルの「隊長が欲するであろう能力の持ち主」という言葉に惹かれて契約した。だが今日まで見る限り、彼女は竜二に災厄を持ち込んでばかりでとても役に立っているとは言えない。

そして契約の仕組みに非常に精通していたり、竜の事にも詳しかったりと一般の人では知りえない事まで知っていた。

一体何の能力の持ち主なのだろうか。彼女は何者なのか。ハルドルの言う事だから信用できると思ったが、さすがに竜二も疑心暗鬼になっていた。


「あいつは………教団関係者です。元がつきますけどね。」


「おいおい。話が見えてこないんだけど…それってどういう…」


「じつは彼女は………」


ハルドルから一連の事を聞いた後、竜二はブルーノとリサの下へ飛び出していってしまった。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「ふぅ〜」


竜二から追い出されたハワードはレンデンガルド郊外の竜騎士軍団陣地にいた。目の前では地竜騎士の非公式なレースが行われていて、遠目から柵越しにぼんやりと眺めている。短距離、中距離、長距離と様々な種目があり、ちょっとした運動会といえるだろう。


「戦況が緊迫している中、遊ぶなんておめでたいな」などと言われそうだが、実際のところ当直の騎士でもない限り、地竜騎士達が戦時中に野外でレースを行うのは珍しい事ではなかった。飛竜が翼が大事なのと同様に地竜も脚が大事な一部であり、鍛錬を怠ると劣化しやすい。実際、脚部損傷により絶対安静の状態が何週間も続き、歩くことすらままならない地竜の足が壊死し始めるという事例もあり、軽いトレーニングは必須である。

地竜は専用の訓練施設でもない限り、鍛錬には広い敷地が必要であり、人が住んでない平野や山岳などで鍛錬するのが一般的であった。しかし前線ではいつ出撃命令が来るか分からない。そこで肉体強化のためにレースを利用するのである。これなら一斉スタートなので複数の竜が均一に鍛えられ、闘争本能も磨かれる。騎士のリフレッシュにもつながるとあって、各国でもレース形式は違えど多用されている。


だが飛竜にはレースが無かった。理由は空中は気象や気流などの条件に左右されやすい事や距離の測定が困難であるためだった。

飛竜がレースを行えない以上、景品は不公平とあって竜のレースが公式に認められている国はカラコス共和国くらいだった。


「よぉ先生〜。さっきはありがとうな。」


話しかけてきたのは四二七番だった。四二七番はハワードの隣で柵に肘を乗せ、陽気に笑いながら礼を言ってきた。


「別に貴方のためだけではありませんよ。松原さんのためもあります。今すぐ解除するのは彼にとっても貴方にとっても得策と言えないでしょう?」


「…ああ」


「嫌われ役になってまで貴方を弁護したんです。しっかりと彼のために働くのですよ。」


「勿論、分かってる。」


二人はその後、再びレースへ視線を戻した。中々白熱していて、掛け声や歓声が大きくなっている。中にはもうへとへとになっている騎士もちらほらいる。

どのくらい時間が経っただろうか。二人はずっと柵越しに立ち見していた。何分か何十分か経ったところで四二七番は語りかけて来た。


「あのさ、先生……」


「……何ですか?」


「……あたしの事どこまで知ってんだ?」


「んー…十年前くらいの過去までなら。」


「………そうか。大将は知っているかな?」


「知らないと思いますよ。アクオスさんが自ら汚れ役を買って出てくれたので。でなければ貴方はまだ牢の中でしょう。理由がどうであれ、さすがに一人目に囚人を従士にしたいという酔狂者は皆無でしょうから。」


「そうだな。大将には…」


「まだ話していませんが、今頃アクオスさんが一部始終話しているころでしょうね。」


「…分かった。聞きてぇのはそれだけだ。邪魔したな。」


どうやらレースに興味があったのではなく、話しかける機会をうかがっていたようで、質問したあと、四二七番はさっさと立ち去っていった。

その後、しばらくした後、ハワードはレースから目を外して空を見上げた。

そして心の中でこう問いかける。


『言う通りにしたよ。これでいいんだよね?クルード兄さん…』




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