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ドラゴンライダー立身伝~銀翼の死神~  作者: 水無瀬 凜治
遊撃隊長昇任後
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惨劇

面談室は南向きに面した一階に位置していた。昼時という事もあって日が入って室内は明るく、地下からここに来ただけでずいぶん生き返った気になった。

室内を見渡すとそこは刑事ドラマに出てくる取調室のような内装だった。部屋の真ん中に木製の机と椅子が向かい合うように並べてあり、四隅にも椅子があった。見張り役の兵の椅子なのだろう。武装した兵が座っていた。

取調室と違うものといえば机にスタンドライトみたいな灯りに代わるものがない事と、座っている竜二の前の机の上に飲み物があることだった。

その飲み物がお茶だったなら不思議に感じなかっただろうが、出されていたのは酒であった。木造りのジョッキには一杯にまで大麦酒(ビール)が注がれている。この世界では飲み物のレパートリーが少なく、酒は一般的な飲み物である。このような部屋で飲むのはどうかと思ってしまうが、竜二は別の意味で飲む気がしなかった。

別に酒が嫌いという訳ではなく、下戸という訳でもない。純粋に不味いのである。醸造酒、特にビールは鮮度が命であり、造ってすぐに飲むのが原則だが、この世界は酒の保存状態が悪く、しかも水は硬水が多いという事もあってクセがあり、とても美味しいとは言えなかった。時には虫の死骸が入っていることも珍しくない。だが監獄の看守たちはこの劣化したビールを普段から飲んでいるのだろう。さも当然とばかりに竜二の前にジョッキを置いてくれた。


「違うものと言えばもう一つあるけどな…」


竜二はぼそりと呟く。取調室と違うのは並べてある椅子のうち、一つだけ大きくて重そうな拘束具付きの鉄製の椅子があるという事だろう。写真で見たことがあるが見た目では処刑用の電気椅子に近い。

その椅子に四二七番は体を固定されて、今まさに竜二と対面していた。顔や体には傷や(あざ)こぶがあり、見ていて痛々しかった。顔や頭を切ったのか流血跡がある。顔は止血されて血の跡は(ぬぐ)われていたが、言い換えるとそれしか治療を施されているようにしか見えず、まさしく応急処置だけされて連行されたようだった。

改めて彼女の体を見ていると、ポニーテールにしたやや黒髪が混ざったかのような金髪と鳶色の目、ずっと日に当たっていなかったのか体色は非常に白い。均整とれた体であり、どちらかというと女子競泳選手のようながっちりとした体というより、女子陸上選手のような線は細いけど筋肉はついているという体だった。


「ん?ハルさん。あの紋様みたいなのは?」


竜二は小声でハルドルに尋ねる。不意に彼女の両手の甲に目がいった。一見、タトゥーにも見える。


「あれは拘束用の紋様です。奴隷を拘束するチョーカーみたいなものです。」


奴隷用チョーカー。それはジキスムントが付けていた拘束具である。だが彼女の首にはそのような物はついておらず、手に刻まれた紋様がその役割を果たすらしい。


「なぜ囚人にもチョーカーを付けないんだ?」


「一時期はチョーカーを付けていたようですが首つり自殺する囚人が後を断たなかったからです。チョーカーに何かを括り付ければ簡単に出来てしまいますから。それを防ぐために魔法の進歩も加わってあのように魔法で手に紋様を刻むのが最近は主流です。」


この紋様は術者の意向で簡単に発動でき、発動されると全身の力が抜ける弱化が起こり、弱化するとどんな強者でも子供にすら負けるほど力が入らなくなるとハルドルは教えてくれた。竜二はこれで合点がいった。彼女が閉じ込められているとはいえ手枷や足枷を付けていなかったのも、ダルシャンが怖がっている素振りが無かったのも、これをつけているからだろう。


「本当にこの女と契約するのかハルさん?」


「気に入りませんか?」


「だって見たろ?ついさっき兵士二人を殺したじゃないか。そんな女と契約なんて…」


「私の進言は信用できませんかな?それとも隊長は今後、自分を守ってくれる従士のアテがおありで?」


「いや……すまない。」


そう言われると返す言葉が無かった。竜二には守ってくれる従士は皆無だ。アウザールに来てからというもの順調に出世を重ねてはいるが、それに反比例して身の危険を感じるようになった。特に内戦以後、その感情は日に日に強くなっている。気のせいだと思いたいが、リサの出身である帝国内のスラムの現状を見るとそうとも言ってられない。

知り合いもろくにいない以上、ここはハルドルにかけてみようと開き直ることにした。


四二七番は睨み付けるように竜二と対面して座っている格好となっているが、先のダルシャンと対峙した時に比べると殺気も威圧感もいくらか和らいでおり、最初の冷淡な表情に戻っている。竜二は目を逸らさずに会話できそうだと内心で胸を撫で下ろした。


「四二七番、これより面談を行う。対談規則は知っているか?」


「……覚えてんよ。入所されるとき散々聞かされたからな。」


四二七番はダルシャンを睨みながら答えた。

対談規則とは囚人との面談におけるルールである。


一つ、面談者を無視してはならない。

一つ、面談者の質問を拒んではならない。

一つ、面談者に嘘を言ってはならない。


の三つの項目が存在する。このルールは面談者が仇であっても絶対であった。これを破ると厳しい処罰が下される。


「ハルドル殿、面談の場合本来なら兵士二人程度の監視をつけるだけですが、こやつはさっき見ての通り危険です。申し訳ないが私も同席することを許してほしい。」


「私は問題ない。隊長はどうですか?」


「……ええ、それでいいです。」


両者の同意を得るとダルシャンは四二七番の隣に座り、テーブルには竜二の隣にハルドル、相対する四二七番の隣にダルシャンが座る形で四人が掛ける格好になってようやく面談が始まることになった。ちなみにハルドルもダルシャンも四二七番が暴れた時のための同席であり、基本的には余り口を挟まず質疑応答は竜二が主体で行うとのことである。


「え~っと………」


だが、いざとなると咄嗟に言葉が出てこない。立場はこっちが上なのに全然そんな気がせず、どうしても緊張してしまう。自分で自分を毒づきながら取りあえず自己紹介から入った。


「まずは自己紹介からする。俺はライデン帝国軍飛竜騎士団所属の松原竜二。第一特別遊撃隊の隊長を務めている。今回、君と面談を申し込んだのは君を補士官に迎え入れたいからだ。どうだ?契約受けてくれないか?」


「あ?ふざけてんのか?てめーが騎士だって?そっちこそ嘘ついてんじゃねえよ。」


こう言われて竜二は苦笑する。確かにそう言われてもやむなしといえる。何せパッと見、契約による恩恵を竜二は受けていない。スタミナに難を抱える現地契約止まりのリサでさえ、腕力自体は上がったことを実感している。そうでなければあの鞭捌きは常人には無理だろう。


「信じられないのも無理ないが………これならどうだ?証拠には不十分かな?」


竜二は机の真ん中に赤と銀と緑の宝飾品がついた勲章を差し出す。ライデン紫雲勲章であった。見た目が格好いいので装着したいと思っているが、紛失すると再交付など認められず、紛失する怖さから普段は体に付けてないが、常に携帯していた。


「こんなもん本物かどうかなんて分かるかよ。偽造じゃねえってどうやって言い切れんだ?そもそもこりゃ何の勲章だ?」


結構自信があったのだが最初の策は玉砕に終わった。軍人達や政府官僚には絶大な効果を発揮する勲章だが、四二七番には通じなかった。考えてみれば貴族や商人達にも受けはいまいちだった。

いかに皇帝から賜ったものといえど本物を見たことが無い以上、模造品と疑われても仕方のない事であり、職業に通じていない人にとっては無価値なものだった。


「……隊長。今は隊長の証明よりも契約の可否の方が重要では?」


ハルドルが耳打ちでアドバイスする。


「え?だって彼女を頷かせるためには地位の高さを知らしめたほうが…」


「そんなもの後回しで構いません。従士にするのは竜騎士でしょう?印を見せるだけで十分です。」


ここまでの耳打ちでの会話で竜二はあんぐりと口を開けて呆然としてしまった。その通りであった。身分や地位の証明はいつでもできる。ひたすら舐められないように地位の高さを見せつけることに傾倒してしまった。従士候補にとって最も大切なのは相手が本当に竜騎士かどうか。これに尽きるのである。


「あー……回りくどい真似してすまなかった。ほら、これでどうだ?なによりの証拠だろう?」


竜二は右手の手のひらを四二七番に見せた。だが四二七番が見たのは一瞬ですぐに言い返してきた。


「うぜえ。あたしはてめえの言いなりなんてならねえ!」


「なぜだ!?補士官になればここから出れるじゃないか。これからもずっとあの暗い所で過ごすつもりなのか!?」


にべもなく断られたからなのか、迫力負けしたくないからなのかは竜二自身分からなかったが、さっきまで女囚人相手に怖気づいていたのが嘘のようにおもわず声を荒げてしまった。


「……てめえが気に入らねえんだよ。補士官といえば従士だ。従士は騎士と一蓮托生だろ?てめえなんざ従士を何人手にしたところで駆けつける前に冥土行きじゃねーか。あたしは今まで自分の力のみを信じて今日まで磨き続けてきた。弱い奴のお守りなんざ真っ平御免だね。」


「確かに囚人といえど従士になるかは個人の自由であり、強制はできんが拒んで良いのか?このような誘い、二度と来んぞ?」


ダルシャンは警告するも動じる様子は無く、


「あたしの力は他の騎士にとっても魅力的だろうさ。」


「他の騎士に声がかかるまで生き永らえる事ができると思っているのか?そうなる前に貴様など断頭台確定だ。」


「どうだか。もしそうならとっくに処刑しているはずだぜ。今になってもしねえのはあんたらの事情(●●)だ。そうだろ?天下の帝国様よぉ。」


ダルシャンは睨み付けるもそれ以上は言い返さなかった。怒りの矛先は四二七番の他にもある様に竜二には見える。

四二七番の推測はおそらく正しいだろう。理由は不明だが考えられる可能性は二つ。

一つ目は帝国の法律の管理面。法整備が進んでいないか、進んでいるけど役人達から指示が無いか、辺境は軽視しているのかのどちらかの可能性だ。

二つ目は領土の拡張による裁定の不明確化。最近までアルグローブ監獄は連合国領だったが、現在は帝国領である。四二七番は犯罪を犯して囚人になったが、それはあくまで連合国内でのこと。帝国内では犯罪を犯していない。罪状があやふやな人物に極刑処分は下せないわけである。


おそらく後者の線が濃厚だと竜二は思った。この世界に国際的な法律や条約があるなんて聞いたこともない。ダルシャンの様子を見るに戦時中のごたごたで資料も残っていないかもしれなかった。


のちに竜二も知ることになるが、戦地に囚人を送り出すのはうやむやな罪状をリセットする意味もあった。刑期が分からない囚人には戦場で名誉の死を与えるという筋書である。書類捜索や整理の手間も省ける事務屋の好みそうなことだった。


「まあ、そんなこった。貧弱騎士様はそこら辺にいる浮浪者か老人にでも頼むんだな。身寄りのない奴なら【一緒に運命を共にしましょう】とでも言やあ泣いて喜ぶぜ。孤独死せずに済むってな。ハハハハ!」


こう言われて竜二はだんだん腹が立ってきた。こっちが頭下げているのに、拒まれたどころか冒涜までされるのだ。頭にも来るというものだった。


「それともこの場で試してやろうか?あたしと闘って一〇秒もてば騎士様を認めてやんぜ?お・っ・さ・ん?」


今度はあからさまな挑発だ。のれば相手の思うつぼだと分かってはいるが、竜二はさすがに怒りが湧き上がる。だがここは大人の対応としてこの場は<縁が無かった>という事で面談は終了しようとダルシャンに伝えようとした矢先、遂に竜二の怒りが頂点に達することを彼女は言った。


「どうせてめえの相竜も下位のヘボ竜だろ?主に似てガリガリに痩せ細って飛ぶのも一苦労な虚弱竜か、それどころか他人の足を引っ張ってばかりの害竜じゃねえか?こんな頼りない主だけど契約してくれてありがとう!でも契約した途端、味方の邪魔ばかりする有害竜で味方の盾になるしか使い道は無いってな!どうだあたしの予想?的中ってとこだろ?ハーハハハハ!!」


バシャアアと音が面談室に響き渡る。竜二が立ち上がって咄嗟にビールを四二七番の顔にぶっかけたのだった。彼女は首を左右に振って顔に付いたビールを払う。


「はん!怒ったってか!何する気だってんだ?有害騎士様よぉ!!」


竜二は四二七番を怒髪天をついた顔で睨みつけ大声で叫ぼうとした時、竜二に変化が訪れた。竜二の体から輝く白煙のような湯気が爆発したかのように大量に噴出したのだった。まるで体中から魔力そのものを湯気状に放っているかのように見えた。思わずハルドル達も立ち上がって後退る。四二七番は拘束されているため座ったままである。


「黙りなさい。口の減らぬ囚人よ。」


「なっ!」


「これは!」


ハルドルとダルシャンも目を見開いた。竜二の眼の色がエメラルドグリーンに変わり、湯気状の魔力がやがて竜のシルエットになる。そのシルエットも眼の部分が緑色に変わり、その姿はまさしくラプトリアだった。


「これ以上の我が騎士の冒涜は許さぬ。そんなに死に急ぐ気ならこの私が処断する。」


ぞくりと四二七番の背筋に悪寒が走った。普段なら「煙みたいなお前に何が出来るってんだ?やれるもんならやってみな!」と言い返すところだが、なぜか言葉が出ない。


彼女の両腕はぶるぶると震えていた。これでは例え拘束されていなくても両足で立てるか疑問である。間違いなく彼女は恐怖していた。実体がない煙のような存在にである。武器を持った兵士に一歩も引かなかった彼女が恐れている。なんの根拠もないのに言い返したら即、殺されそうな、もしくは腕一本くらい瞬時に切断されそうな威圧感があった。首筋から冷や汗が滴り落ちる。


「……分かった。もう馬鹿にはしない。しないから…話を聞くから………鎮まってくれ」



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十五分後、面談が再開された。

四二七番が謝ると竜二の体を包む湯気状のものが消え、竜二の意志が元通りとなった。竜二自身はさっきの事を覚えておらず、少しの間、意識が飛んだと語っている。意識を取り戻した後、竜二は四二七番を怒鳴ろうとも思ったが、妙に大人しくなった彼女を見て拍子抜けし、再び面談が仕切り直しとなった。ハルドルとダルシャンはお互い顔を見合わせるが、竜二本人が覚えてないというのもあってこれ以上の詮索はしなかった。


「………あんたの勲章は信じるさ……相竜が………すごく強いってこともな。」


「それじゃ引き受けるか?さっきの話。」


「そいつはまだだ。今度はあたしから尋ねる。あんたの相竜はなんなんだ?」


それから以後は立場が逆転し、彼女が質問して竜二が答えるという形式に変わった。質問内容は主にラプトリアの事だった。他には体得した魔法や従士に関することの質問が続き、竜二個人に関する質問は殆どなかった。

なんとも複雑な気分になった竜二だが一つ分かったことがある。それは彼女がやたら竜に詳しいということであった。

一般人ならほとんど知らない竜種とランクに関しても、相竜がステルスドラゴンと聞くと特Aランクだと知っていた。他にもラプトリアと出会ったドラゴンキャッスルの場所を当てた。ステルスドラゴンは爪主体で戦う事も知っていた。ステルスドラゴンだけかと思いきやハルドルのヘビードラゴンについても竜二以上に詳しかった。

竜の事について堪能にぺらぺらしゃべる四二七番の姿を見てハルドルは竜二が気付かないくらい微かに口を綻ばせた。


「………聞きたいことは以上だ。良いぜ。契約してやる。」


「何だ。さっきとは打って変わってあっさり引き受けたな?」


「あん?あたしの力が欲しいんじゃなかったのか?」


「そりゃ嬉しいけど…」


いくら事情が分かったからといえ、さっきまで竜二を拒んでいたのだ。しかも拒む理由が竜二の脆弱さであるなら尚の事である。一気に竜二が強くなるわけではないのだから。乗り気になったのはおそらくラプトリアが絡んでいるのは間違いないと竜二は読んでいる。

相竜がステルスドラゴンだと知った途端、四二七番の口元が緩んだかのように見えたのが引っ掛かっていたが、勿論このまま順調にいくわけはないと思っていた。


「その代わりに条件がある。」


そら来た!と竜二は思った。

さっきまで拒んでいた人がタダで呑んでくれるわけがない。むしろタダほど高いものは無いといえる。無償でやると言おうものなら竜二も信用出来ない。条件を突き付けて来たという事は、良くも悪くも双方にとってまだ交渉の余地があるという事だった。


「契約したらあたしに二日猶予をよこしな。」


「………は?」


「なんだ聞こえなかったのか?」


「いや、確かに聞こえたけど…」


竜二は一瞬、開いた口が塞がらなかった。どんな条件突き付けてくるかと思えば時間を寄越せと言う。しかも二日間だけでいいと言う。それ以外竜二が失うものは何もない。契約する前ならば「考える時間が欲しいから」と説明がつくが、彼女の要求は契約後である。裏があるのではないかと警戒しそうな極めて容易な要求だった。


「本当に二日だけでいいんだな?三日後には首根っこ掴んで連行するぜ?」


「ああ、それで構わねえさ。特攻隊長アクオスさんよ。その後はアンタに代わってこの頼りねえ上官のお守りをしてやるから安心しな。」


ニヤリと笑いながらしゃべる四二七番と目元がピクッと動いたハルドルが向き合う。ハルドルの素性を知っているようだ。ハルドルは警戒しているかのように四二七番を見つめる。


「がっっ!!てめえ!!何しやがる!!」


「ハルドル殿にそれ以上の暴言は慎め。貴様のような社会の害悪は相手が承諾するかどうかだけ聞いていればよいのだ!!」


ゴンっと凄まじい音が響き渡った。余りの痛さに四二七番は蹲る。ダルシャンが思いっきり彼女の頭を殴ったのであった。ダルシャンの両手には防具の一環として金属の籠手がはめられている。どれだけ痛いかは想像に難くない。思わず同情したくなりそうな音だったが、ダルシャンは害虫でも見るか如く蔑んだ目で彼女を見ている。


「てっめえ……うぜえ…許さねえ……」


念仏のように小声でダルシャンの悪口を言うが彼に敵わないことを理解しているせいか四二七番は精一杯睨み返しただけだった。


「皆、静かにしてくれ!これは俺と彼女の契約だ。あー…君の要求は分かった。それでいい。契約を頼む。」


「そうか。ではすぐ準備をしよう。」


彼女の最後の意志確認を聞かないまま、ダルシャンは周りの兵士に合図を送り準備に入った。彼女は不機嫌そうな顔のままでダルシャンの指示に従った。兵士達は彼女の左手だけ自由になるように拘束を解き始める。うっかり全ての拘束を解いたりしないように細心の注意をしているのだろう。少し時間がかかりそうだった。

騎士と従士の契約は極めてシンプルなものだ。騎士の右手と従士候補の左手をお互い組んで誓いを念じるだけである。ただし、これは必須ではないが相竜の意思確認も重要である。竜にとって大切なパートナーの命がかかっているわけだし、契約すれば従士も契約の恩恵を受ける。恩恵の根源たる竜の意思をあからさまに無下には出来ない。知能の低い下位の竜ならともかく、上位の竜なら尚更だった。


『すまない。今まで交信する機会が無かった。どう思う?彼女を契約するのは?』


『……余り気が乗らないけどハルさんが勧めるというのなら。試しにやってみるのもいいのではなくて?竜二も個人契約の従士については何も知らないでしょう?』


『何も知らないのはラプトリアも同じだろ?でもまあ…はっきりいってこの性格…俺も気が進まないけどな』


『でも今後の事を考えると強い補士官は不可欠なのでしょう?冒涜されたことは口惜しかったかもしれないけど、この女がいくら強くても契約してしまえば私達に逆らおうとは考えないでしょう』


『そう言ってもらえると助かるよ。それとさっきは世話になった。ありがとう。』


『私の方こそごめんなさい。突然体の自由を奪ってしまって。この女の言動に頭に来たものだから』


『ああ……あの時は本当に焦った。ラプトリアはあんなことも出来るんだな』


実は自由を奪われたことやラプトリアが竜二の体を使って具現化したことを竜二本人は覚えていた。湯気状のものが消える時、ラプトリアから周囲には(とぼ)ける様に頼まれたからである。


『私もあんな事が出来るなんて思わなかったわ。意外な発見ね』


どうも〝意外な発見ね〟はラプトリアの口癖の様だった。今までも竜二が何かを教えるたびに何回かこの言葉を聞いた気がする。もっとも竜二にとってはラプトリアがあのような豪胆で不敵な発言を言ったことも意外な発見であった。普段、物腰柔らかい言葉遣いをしているラプトリアの意外な一面を見た気がした。


『この女は私から見ても相当な手練れだと思う。でも、もしこの女が竜二に危害を加えようとしても契約さえしてしまえば刃向う事は出来ない。監視する上でも契約で従士にしておくべきね。尤も契約結ばずとも私には逆らおうと考えないでしょうけど…』


その女を睨み付けただけで恐怖に陥れたラプトリアは完全に目下扱いである。例え相手がいかなる悪人であっても強者であってもラプトリアの前では無力になるのではないかと竜二は思わずにはいられなかった。


「よし、準備が整ったようだ。いつでもいいぞ。」


その後、ゆっくりとだが契約を進めていった。手を組んで目を瞑り、誓いを心の中で念じると竜二の右手が光り、魔力が流れている感覚にとらわれた。だが不思議と脱力感は無い。魔力の動きが完全に無くなると、竜二達はゆっくりと手を離した。すぐさま竜二は四二七番の左手を見る。確かに刻印があった。しかもくっきりと刻まれている。契約が成功した証だった。


「これで契約は終了だ。今後共よろしく頼むよ。」


「いいぜぇ。手を貸してやんよ。だが約束は守ってもらうぜ?」


「分かった。二日間は一切、君に干渉しない。」


竜二がそう言うと喜んだ四二七番は再度両手を拘束され、地下牢に連れていかれた。何か企んでいるかのような顔だったが、契約が成立した以上、竜二に危害を加える可能性は低い。


『どうだい?契約は?』


『魔力の流れから察するに成功してるはずよ。これで竜二や私に刃向おうとはしないでしょう。竜二に暴力衝動を抱いているようにも感じなかったわ』


『そうか、分かった』


その後、ダルシャンに挨拶し、竜二は監獄から離れた警備兵用の見張り台、兼宿舎で宿泊し時間を潰すことにした。どうせ二日間だ。戻ったってすぐ引き返すことになる。不在の間の仕事は全てハルドルに任せた。ハルドルは早くもレンデンガルドに戻った。契約が終わった以上、もう四二七番は立派な補士官である。ハルドルは竜二に従士候補を紹介することが目的だったので、これ以上いても仕方がない。ラプトリアは宿舎に外付けの竜舎で休むことになった。といっても屋根が付いただけの野外に近い竜舎だった。それでも雨は防げるし、ラプトリアもさほど嫌がらなかったため、そこで休むことになった。

竜二もハルドル同様、正直早くレンデンガルドに戻りたい気持ちだったが、何とか感情を抑える。


「そういやずっと四二七番と呼ぶのも気の毒だ。本名なんて言うんだろう?明日名前を聞かなくちゃな」


などと呟きながら眠りについた。



だが日が切り替って明け方の早朝、事件は起こることになる。








翌早朝、


「……は!またあの夢か!」


竜二はベッドから思わず飛び起きた。額には汗がにじみ出ている。もう何度目だろう。最近、小悪魔みたいな女性の甘い声でやたら孤独を強調してくる夢を見る。後半になると仲間の騎士を増やそうと誘うかのような話になり、最後は決まって優しくもはっきりとした切羽詰まったかのような口調で別の声が竜二を目覚めさせる。

確かにこの世界に来てから知り合いはおらず孤独ではあったが、今では多くの仲間や部下が出来た。だが夢の女性の声はそんな少しずつ前に生きようとする竜二の心の弱いところを巧妙に突いてくる。


「幸い私生活に支障が出るほど睡眠不足に陥ってないし、夢を見るのも断続的だ。しかし今後も続くようなら相談する必要があるか…」


その時は相談役にうってつけなのは教官かな。などと思いながら日の光の差し具合から起きるにはまだ早いと感じ、竜二は横たわって再び寝ようとしたがここで再度切羽詰まった声で起こされた。


『竜二!起きて!目を覚まして!』


ラプトリアの声だった。近くにはいない。交信で訴えていた。


「わ……!もう………なんだよラプトリア。まだ早いって……もう少し寝かせ………」


『牢獄が……アルグローブ監獄が燃えてるわ!!』


「へ?……な、なんだって!!」


竜二は起き上がり慌てて窓から外を覗き込む。すると信じられない光景があった。アルグローブ監獄の一部が確かに燃えていたのである。


「あれは囚人達の監房区域か!」


竜二はあわてて着替えてラプトリアに飛び乗り、監獄内に向かった。正門が固く閉ざされたままだったため、中庭に降り立ち、急いで燃えている囚人収容区画に向かう。

屋内に入り現地に向かうと竜二は更に驚くことになった。通路中に囚人、兵士問わず無数の死体が転がっていたのである。その殺され方はさまざまであり、バラバラに斬殺された遺体もあれば、首が変な方向に曲がっている遺体など殺され方は多岐に渡っている。通路の床半分は血で赤く染まっているほどであった。

この凄惨さに竜二は思わず足がすくんでしまった。火災による現状確認と逃げ遅れた者の救助をするつもりで来たので武器になるようなものは何一つ持っていない。しかもラプトリアは屋内に入れないため今の竜二には自分を守ってくれる人が一人もいない。二日間の猶予期間があるから四二七番に頼ることもできなかった。

引き返してラプトリアと合流しようかとも考えたが、ここで曲がれ右をすれば自分に容疑をかけられる可能性が頭をよぎった。せめて所長室に行ってダルシャンと合流できればと竜二は考え、死んだ兵士が装備していたのであろう落ちている剣を拾い、所長室へ向かった。


「ダルシャンさん!これは一体どうし……た……ので………」


煙と熱さの中、一心不乱に所長室へ駆け込むと竜二は固まってしまった。


「あ?ちょうどよかったぜ。たった今、猶予期間が要らなくなったところだ。」


所長室の唯一の生存者が竜二に向き直る。足元にはダルシャンが、否、ダルシャンであったものが横たわっていた。

自分の血にも見えるが全て返り血であろう。四二七番の体は血で真っ赤に染まっており、特に剣を握っている左右の腕にこびり付いた血は顕著だった。

二刀流で全身が赤く染まり、狂気と残酷さに満ちた目で見つめ返すその姿は地獄から這い上がった戦士のようだった。


「凄え!素晴らしいぞ!この契約の力は。鎖も檻も全くの無力だ!さすが特A“イシスの悪童達”…………だがそれだけじゃねえな…この力はよ…もっともっと強くなれそうだ…フフ、フフフフ。」


四二七番は自分の腕を見つめてしゃべっているが竜二にはダルシャンの変わり果てた姿の方に目が釘付けになっていた。


「まさか…二日の猶予期間って…」


竜二は脱力して両膝をついた。聞かずもがなだったが、聞かずにはいられなかった。この女はここで世話になった人達にお返し(●●●)をしたかったことに。

思えば‘二日間の猶予’というあまりにも簡単な条件だったことを竜二は疑問に思うべきだったかもしれない。


「騎士と竜は一蓮托生。従士も一蓮托生…命も未来も一蓮托生なら……罪も一蓮托生。なあ…大将?」


四二七番はにっこりと微笑む。見た目には最初に感じた素朴なローカルモデルを思わすあどけない笑み。だが後ろからは黒くて熱くて狂気に満ちた気のようなものが感じられた。



今回はきつかったー!

なにせ構成が二パターンあって最後まで悩んだものでして…

いまでもこれで良いか悩んでいるところです。

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