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ドラゴンライダー立身伝~銀翼の死神~  作者: 水無瀬 凜治
遊撃隊長昇任後
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女囚人

アルグローブ監獄は外観こそみすぼらしかったが、屋内は監獄そのものだった。廊下は昼間でも薄暗く、丈夫そうな檻が行く先々で点在し、中には骨が放置されたままの檻まである。首輪や足枷や手枷などが壁に大量に掛けられていたり、薄汚れた囚人服が積み重なっていたり、果ては室内が血で真っ赤に染まっていて明らかに拷問部屋と分かる部屋まであった。悲鳴ともあえぎ声とも淫声とも怒声ともいえる声が入り混じって遠くから聞こえてくる。


『これに比べたらお化け屋敷なんか可愛いもんだな』


こんなところに閉じ込められたら発狂するのは確実だろう。さっきまでハルドルに愛嬌振舞っていたダルシャンも勤務中は別人になってしまうのだろうか。そう思うとどうしても距離を置きたくなるが、その反面頼りにもしていた。これから危険な囚人と会うのにダルシャンからは物怖じしている気配が全く感じなかったからである。竜二はダルシャンと離れすぎず近すぎず微妙に調整しながら、極力ハルドルから離れないようにして案内するダルシャンのあとをついて行った。


「その女性は今もまだ囚人達のトップなのですか?」


「いや、監獄といえど秩序は必要だ。獄内の規律も守れん奴を相部屋にするわけにはいかないからな。地下牢に閉じ込めてある。……それも最深部にな。」


さんざん手を焼いてきたのか、後半になるにつれて不機嫌になっていくのが分かった。竜二はそれ以上、例の女囚人のことを深く聞くのをやめて人物を特定しない質問に切り替えることにした。


さっきから監獄内を見ていると様々な囚人が薄暗い監房に閉じ込められていた。驚いたことは女性囚人と男性囚人の監房が区画で分かれているわけではなく、部屋こそ別々だったが隣近所に入り混じっていることである。そんな中、女囚人が多い気がするが、これは女性の犯罪が多いのではなくて例のごとく戦争の影響かと聞くと、予想通り肯定された。

囚人は男女問わず戦地に赴かせられるが、女囚人は専ら後方で雑用の手伝いが主任務であり、男囚人に比べると死亡率は圧倒的に少なかった。とはいえ食事は正規兵の残り物だし、睡眠は土の上に雑魚寝だし、病気にかかっても薬を分けてもらえないなどのリスクを負うことになる。


だが本当に危険な犯罪者は戦地にすら送り込まれない。精神を重く病んだ者や監視役の兵でも手に負えないくらい凶暴な者がそれにあたる。


「君に今回会わせる奴は後者だ。暴力衝動が強くてな、暴力や殺人で快感を得ているような奴だ。…心して対面するんだぞ。」


「承知しました……」


内心は大声で「マジっすか!!」と叫びたい気分だったが、実績と名声が評価されて囚人を従士にする資格を得たのに此処で弱気な態度をとれば、ダルシャンは間違いなく自分を疑うだろうと思い、竜二は極力平静で事務的な返事を返した。


歩いているとアルグローブ監獄は見た目とは裏腹に地下は広かった。地下一階、二階へと降りていく。こんな光も届かない場所では換気も出来ないせいもあって地下二階となればジメジメとだんだん息苦しくなってきた。通路に小刻みにある松明の光だけが唯一の光である。こんなところに生活していたら刑期終える前に病死確定だろう。それでも看守達は巡回を欠かさないのか何人もの看守とすれ違った。それと比例して監房からの音も尋常でない物へと変わっていく。発狂している声や狂喜に満ちた笑い声、明らかに壁の岩に八つ当たりをしているかのような衝撃音などである。

そんな中、一番静かな監房があった。入り口の両脇を兵士が固めている。逆にこの静けさが不気味である。なんとなく早く通り過ぎたいと思ったが、鉄扉の前でダルシャンが止まった。どうやらこの監房にお目当ての囚人がいるらしい。竜二の願望は儚くも叶わなかった。


「ここだ。心の準備はいいか?開けるぞ?」


「は、はい。」


竜二の返事と同時にダルシャンが監房のカギを開けて両脇の看守たちと共に中に入る。

もうこうなったら「毒を食らわば皿まで」と割り切って竜二はハルドルと共に中に入った。入ったとはいっても警戒心から入り口から一歩中に入っただけである。


「囚人番号四二七番。監房から出ろ。」


竜二は隠れるようにダルシャンの脇からひょっこりと顔を出した。

薄暗くてよく見えないが中には薄汚れた麻の生地を強引に胸に巻いている胸当てと、これまた汚れた麻の短い腰巻きをつけて俯いている囚人がいた。足には履き物を履いておらず裸足であり、手足は全て露出していた。見ていて寒そうに見えるが、アウザールでは男女問わず囚人は重罪であればあるほど囚人服の露出が増え、薄着になっていき真冬でも耐えなければならない。靴など最高の贅沢品であった。

ちなみに囚人は投獄された瞬間から名前は剥奪され名乗ることは許されず、囚人番号で呼ばれる。番号は基本的に投獄順からつけられていくが、先の番号の囚人が出所したり、獄死したり、刑死したりして番号が空くと、新規の囚人にはその空いた番号がつけられることになる。この囚人番号は男女混合であり昨日まで男囚人を呼んでいた番号で翌日から女囚人につけられることもある。


「ああ?ここに入れと言ったのはおめーらだろ?今度は出ろってか?……その様子じゃ釈放ってわけじゃねえんだろ?」


声音は間違いなく女性そのものだった。口調は迫力あるヤンキー風であるが言葉ははっきりと語っており、精神崩壊者には感じなかった。


「嫌だと言ったらどうすんだ?ダルシャンさんよぉ。」


「お前ら囚人どもは全ての権限が剥奪されている!拒否する自由など無い!」


ダルシャンは声を荒げる。まるで軍隊で下士官が兵卒に向かって号令をかけているかのような耳を(つんざ)くような声量である。鬼軍曹のような迫力があった。

一方で四二七番と呼ばれた女囚人は監房を出ることは処刑を意味していると思い込んでいるのではないかと竜二は思った。だが彼女の罪状を詳しくは知らないし、自分がシャリシャリと出て邪魔になってもいけないので状況を見守ることにした。一応、懐のシグには手を当てている。


「は!全くうぜぇーんだよ。いつも何から何まで頭ごなしに命令してくるおめえらがよぉ。」


立ち上がってゆっくりと彼女は近づいてきた。近づくにつれ徐々に彼女の容姿が露わになる。身長は竜二とほぼ同じと言ったところだろうか。体型はどちらかというとスレンダーでぼさぼさ髪のロングヘアを後ろで乱雑に束ねている。肌はストレスか食事のせいか良くないが、きれいな卵型の輪郭で結構な美人である。というより見た目では美少女と美人を足して二で割ったくらいの顔立ちであり、外見年齢は一八〜二八まで幅広く通用しそうな冷淡な印象がある顔立ちだった。胸は中々の巨乳で竜二的にはローカルなモデルなら十分勤まりそうな容貌といったところだが、それよりも竜二は彼女の露出している体の筋肉に目がいった。


『コイツ投獄中、相当鍛えていたな』


いつか脱獄する気だったのか、自分に厳しい性格なのかは不明だがずっと監禁されてじっとしていたような肉体には到底見えない。


「ま、あたしを拘束するつもりなら力ずくで来な。こちらとらずっとここに閉じ込められて体がなまっちまってんだ。」


彼女は指をぼきぼき鳴らしてゆっくりと近づいてきた。明らかな臨戦態勢である。


「なんだと貴様!歯向かう気か!」


ダルシャンの脇にいた看守兵二人が武器を手にとって襲い掛かる。だが四二七番は看守兵の剣を手で簡単に弾いて軌道を変え、そのまま回し蹴りで兵士の首を大きく蹴った。ゴキッと鈍い音がすると同時に看守兵は倒れる。もう一方の兵士は盾を構えながら剣で突き刺そうとするが、彼女は大きく右足を蹴り上げ兵士の盾を弾き、態勢を崩した。鉄の盾を蹴って足が痛くないのか不思議だが、そんなことを気にする様子も無く、一瞬で間合いを詰めて剣を持つ右手を掴み、右腕を折った。剣が落ちる音と共に兵士の悲鳴が監房内に響く。その直後素早く四二七番は背後に回って首の骨を折ってしまった。


まさに一瞬だった。竜二は思わず見入ってしまった。余りにも鮮やかすぎてやられた兵士達に何の感情も抱けなかったほどである。四二七番はというと曲がれ右をしてダルシャンに向き直った。


「今日は今までみたいにいかねえぜ!てめえの顔、ボロ雑巾みてーにしてやんよぉ!」


武術の心得が無い竜二でも殺気がムンムンと伝わってくる。さっきまでの冷淡な表情は何処へやら、今は打って変わって怒気と狂気に満ちた表情になっている。間違いなく殺す気だろう。竜二は援護しようとシグを抜こうとしたが、ハルドルによって右手を掴まれた。ハルドルは首を左右に振っている。手を出すなという意味らしい。どういう意味なのか聞きたかったが、そうこうしているうちに四二七番は間合いを詰めて鍛え上げられた腕を大きく振り被って拳をダルシャンに向けて殴る。竜二は思わず目を閉じてしまった。

さすがのダルシャンでも一溜まりも無い……………と思われたが、いつまで経っても殴ったかのような衝撃音が響いてこなかった。目を開けてみると当のダルシャンは倒れる様子は無く、直立不動で立ったままであり、四二七番の方が力無く床に手を付いている。まるで一瞬で脱力感に見舞われたかのように両膝を地面につけていた。


「ふん!あいかわらず分からん奴だな。いくら試みても無駄だと言っているのが分からんの、かー!!」


「…がっ!!」


ボフッと鈍い音と共に四二七番は奥の壁に吹き飛ばされた。ダルシャンが思いっきり右手で顔を殴ったのだ。


「ぐっ…!この程度で引き下がると思んなよ。てめえの薄汚え顔に一発入れるまではなぁー!!」


竜二には壁に当たった時の音だけで相当な衝撃に思えた。それでもめげずに四二七番はダルシャンに幾度も殴り掛かる。だがそのたびに返り討ちにあい、どんどん傷や痣が増えていった。どういうわけかは不明だがなぜかダルシャンを殴ろうとすると急に脱力して膝をついてしまう。ダルシャンはそのたびに(むご)いお仕置きを彼女に喰わしていた。

眼前で兵士二人が殺されたのだから同情の余地はないのは分かっているが、さすがに竜二は見かねて退出しようと考えた。だがハルドルは目で制止する。「この光景から目を背けてはいけない」と語っているようだった。仕方なく竜二は動くこともできず茫然と見守ることにした。監房が薄暗くて良く見えないのが逆に幸いだったかもしれない。


さっきからみているとダルシャンはやはり看守の長だと感じた。囚人を殴ることに全く躊躇が無い。その様は鬼看守そのものに見える。


『いや、囚人まとめるにはこれくらい必要なのかな…』


時々、液体物が飛び散った。おそらく彼女の血だろう。

あれからどのくらい経ったかは分からない。まだ五分か十分位だろうが、もう三十分以上経ったように感じる。時間の経過は不明だがようやく一方的な暴行が終わろうとしていた。


「ぐっ……ふは………!」


何度目の返り討ちだろうか、ゴキと鈍い音がすると遂に四二七番は床に突っ伏して動かなくなった。


「は!こりん奴め!まだ犬の方が聞き訳が良いぞ?この…犬以下めがー!!」


「……げふぅ!!!」


最後にダルシャンは蹲る四二七番の腹を思いっきり蹴り上げた。底の堅そうな靴だ。相当痛いだろう。


「誰かいないか!」


ダルシャンが外へ向かって叫ぶと兵士何人かなだれ込んで来た。ダルシャンは四二七番に応急処置と枷を付けるように指示を出し、竜二達に向き直った。


「ハルドル殿、竜二君、見苦しいところをお見せしてすみません。あと少々お待ちください。一時間以内には談話室にお連れします。談話室でお待ちください。」


「うむ、いつでも構わんよ。隊長も構わないでしょう?」


「………分かりました」


二人は監房を立ち去り、兵士に案内されながら談話室に移動する。あの傷だらけの体じゃ一時間では足りないだろうと竜二は思ったが、談話室に四二七番が連行されてきたのは、竜二達がダルシャンと別れてからわずか二十分後の事であった。




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