表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴンライダー立身伝~銀翼の死神~  作者: 水無瀬 凜治
遊撃隊長昇任後
74/88

新たな存在

「ちっ!まさか竜騎士の麾下で戦う事になるとはな。」


こうぼやくのは陸軍指揮官代行のスタームである。彼は怪我をしているためか所々で包帯が巻かれている。

アパンが殺された後、散り散りになった陸軍を彼がとりまとめた。その時の指揮能力を買われて後任が正式に決まるまで代行を務めている。

彼もまた竜騎士を快く思っていない一人であった。


『我々が逃げ込んだとき、地竜騎士達は最初は全く助けてくれなかった。自分のところに火の粉が降りかかる可能性があると気付いた途端、手のひら返しおって!』


地竜騎士団達は当初、駆け込んで来た陸軍歩兵の悲鳴に耳を貸さなかった。だが、負傷兵が増えるにつれてようやく連隊長の耳にまで届き、慌てて歩兵を後方へ下がらせ、迎撃準備を開始した。

だが上空には飛竜を駆る教団兵が奇襲をかけ、騎士団は混乱した。そこに名高い狂死帝傭兵団と連合国正規軍の奇襲部隊が襲い掛かり、大打撃を受けた。


スタームは最初こそ、いい気味だと思った。しかし、地竜騎士団が敗れることは自分たちの敗走の時間を稼いでくれる味方がいない事を意味する。他の陸軍兵士も同じ気持ちだったようで、最初こそにやけていたものの、教団兵の追撃が来ると焦るようになり、またも混乱し始めた。


結局、帝国陸軍は防御力の高さのおかげもあって地竜騎士団程ではないにせよ、少なくない犠牲者を出した。


負傷者の数も多く、現在戦えるのは当初の半数程度。帝都へ増援要請はしたが、到着までまだまだ時間がかかる。

このような状況であれば自軍同士で仲違いしているどころではないのだが、あの日の夜の地竜騎士達の対応もあってスタームは竜騎士と手を組む気にはなれなかった。


『くそせめて陸軍に〝雷〟の将軍がいれば竜騎士の部下にならなくてよいものを!』


アパン亡き今、遠征軍の陸軍には〝雷〟の称号を持つ将軍がいなかった。軍内においては尤も序列の高い〝雷〟を賜っている将軍が権限を持つことになっている。現状ではブルーノだが、そのブルーノは自らがレンデンガルドの駐在指揮官となり、遠征軍指揮官に竜二を指名した。


『自分は安全な後方で、危険な仕事は新米に押し掛けか。つくづく竜騎士はお高いな』


帝国軍内において竜騎士に対する軋轢の発端は一部の竜騎士に芽生えたエリート意識にある。これを鼻にかけた物言いが歩兵達と亀裂を生んでいった。それがどんどん広がっていったのである。

それが今回の地竜騎士団の対応で多大な嫌悪が芽生えたのであろう。スタームがこう思うのも無理からぬことだった。


「規律は絶対とはいえやはり納得できん!ましてあんな若造の言う事を聞かねばならんとは!」


実際のところはブルーノに他意は無く、負傷者の医薬品確保、隊の編成や事務作業、兵站の確認、偵察の指示、レンデンガルド周囲の防備強化などすることが多く、それを彼一人でこなさなければならなかった。戦歴の少ない竜二では負担が大きいことから遠征軍指揮官にした。

遠征軍指揮官なら戦術や用兵の考案に集中出来、まだ負担が少ないと思ったからである。

だが苛立つスタームにそのような事情など行き着くべくも無かった。


「………まあ、だからと言って陸軍の将に忠誠を誓う訳ではないが……」


スタームは私室に入り、窓を開けた。開けた途端、冷たい夜風が入る。普段は寒いだけの風も今日は気持ち良かった。熱くなった頭が多少は冷えていっている感じがする。

スタームは外を見た。世話しなく負傷者が看護兵や魔道士達によって手当てを受けている。レンデンガルドの広場はあっという間に野戦病院と化した。人手が足りないのかほったらかしにされている怪我人もいる。


これを見てスタームはもどかしさを隠せない。目を背けて俯いてしまった。


「もっと……もっと俺に…俺に力があれば!」


スタームが一番憤っているのは竜騎士にではない。自分自身にだった。ここ最近、自分は逃げてばかりいる。

それもそのはず、スタームはもはや陸軍に吸収合併された元・近衛軍の兵士だった。その近衛軍で大隊長にまで出世した数少ない人物である。多数の兵力を要する陸軍内であっても派閥があった。生粋の陸軍兵士と近衛軍から陸軍へ編成された兵士達である。

元・近衛の兵達と陸軍兵士とは竜騎士ほどではないにせよ。お互いに距離をとっていた。内乱の時には共闘した仲だが、近衛出身の者達も陸軍兵士達もお互いに積もりに積もった不平不満があった。


そうなると近衛軍出身者は自分達で軍内における居場所を確保しなければならない。今回の遠征はそれを証明する良い機会だと思っていただけに、この失態に憤慨していたのである。


「次戦はそう遠くならんうちに来るだろう。何としても陛下に近衛兵の強さを見せねば…」


【そしていつかは私が〝雷〟の将軍位を賜って若い近衛出身者達を守らねば】と呟こうとしてやめた。ここではいつ何時聞く耳立てられているか分かったものではない。


「松原竜二とやらの将の麾下に名目的に入って、こっちは好きにやらせてもらうか。」


あんな頼りない男に自分や部下の命は任せておけない。それどころか自分は思うように軍功を立てられない場合がある。そうなれば〝雷〟へはまた一歩遠のいてしまうだろう。

幸い今までの経験から守りに入った場合の戦いには自信がある。今回は奇襲を受けて後手に回ったが次は汚名を返上する自信がスタームにはあった。


「あれだけ身を危険にさらされておいて、未だ柔らかくならないとはな。私から見ればお前も十分石頭だと思うが………」


「誰だ!」


スタームは振り返る。だが後方には誰もいない。私室のどこを見渡しても誰もいなかった。

聞き間違いかと思ったその時、スタームは後ろから取り押さえられた。


「フッフフフ…逆に見事だな。これだけキョロキョロと首を回しておきながら真上には注意を払わないのだからな。」


何者かとスタームは必死に後ろへ振り向こうとするが、がっしりと羽交い絞めにされて首は全く動かせなかった。背中に伝わる胸の感触から女性であることは分かったが、それ以外ではまるで分からない。むしろ女性でこれだけの体術と筋力を持っているとは相当な手練れに間違いない事が分かる。声を上げようにも首を強く掴まれて呼吸もままならなかった。


「抵抗は無駄だ。寝るがいい。」


「!!」


スタームは激しく抵抗を試みるがやがて力が抜けはじめて、数分としない内に意識を失った。


「お前もまた近衛軍人から来るエリートという名に冒された病人だ。」


もちろん気絶したスタームにはもう聞こえない。




「ほっほーお見事ですな。ビボラ様。仮にも元・近衛軍大隊長を瞬殺とは!」


「……まだ殺してはいない。爺、余り不謹慎な事を言うな。」


ビボラの前に現れたのは白髪の老紳士であった。


「これは失礼しました。取りあえずこの男はどうしましょう?」


「寝床に寝かせておけ。その上で私が魔法をかける。」


「かしこまりました。」


そういうと爺と呼ばれた老紳士は合図を送った。暫くすると何人もの男たちが入室し、スタームをベッドに運び始める。


「しかし、ビボラ様がここまでするとは…様子見ではなかったのですかな?」


「様子見だ。とはいえ、これの恩は返しとこうと思ってな。」


ビボラは目元に手をやった。触れているのは彼女に新たな視界を与えた金具である。


『たしか眼鏡と言ったか?アレを付けてからビボラ様は変わられたな』


視力が回復したときの喜びようと言ったら爺にも隠さなかったほどである。それほど彼女の眼の悪さは、今までの行動を大きく狭めていた。


「この程度の手助けでは戦況は揺るがんさ。あとは松原竜二次第だ。」


「もし奴が敵を撃退したらどうなさいますか?」


「その時は…利用する。カネが手に入った今、あと私に必要なのは力だ。」


「御意。あと御知らせしたいことが。」


「なんだ?」


「例の〝イシスの悪童達〟と契約した者が帝国にいるとの情報が入りました。」


「なんだと!本国は公表しているのか?」


「いえまだです。」


酒場でビボラがハワードと話したとき、〝イシスの悪童達〟については教えてもらった。仮説が多く、頼りない情報も多かったが、試しに帝国中へ探りを入れてみたら当たりが見つかったという訳である。


「利用すべき選択肢が増えたかもしれんな。引き続き情報収集を務めてくれ。」


「御意。」


そういうと爺は消えたように退室した。


「ふっ…面白いものだ。イシスの申し子というものは。」


独り()ちながらビボラもスタームの寝室へ移動していった。






だがその様子を遠目で見ていた者がいる。


「イシス………」


気配を消し、遠目から驚異的な暗視力で様子を見ていたラプトリアにはビボラも気づかなかったのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ