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ドラゴンライダー立身伝~銀翼の死神~  作者: 水無瀬 凜治
遊撃隊長昇任後
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司令官代行

竜二はラプトリアやユーリーの竜房内で会議することを提案した。

竜房とはいっても今は遠征中だけあって帝都のような立派な竜舎は無い。しかし、このレンデンガルドは元々最前線の町だからか軍事施設は充実していた。竜舎も例外ではなく、地方にしては面積を確保している方と言える。それでも十分な頭数分は賄いきれず、一部の竜は屋外で休息していた。

さすがに雷鳴将軍の相竜が野晒し(のざらし)になるようなことは無く、屋根付きの居心地の良い竜房を与えられた。

当初は真ん中部分の一等地に相当するような竜房が検討されたが、それは竜二が断った。ユーリーの事でまた内輪揉めが起こらないとは限らないし、端の方が屋外に出やすくて商店街へ出掛けるのに容易というメリットがあった。よって屋根付きの竜舎の一番端っこの竜房が第一特別遊撃隊の竜房となっている。

端っこという事は聞く耳立てられやすいというデメリットがあるが、それはラプトリアの探知能力やユーリーの聴力で補える。ラプトリアの能力は飛行力や隠蔽の方に目が行ってしまうが、索敵能力も大変優れている。あれだけ回転するスクリューロールアタックが移動中の敵にも命中するのがその証拠といえる。


「みんな突然呼び出してしまってスマン。ちょっと緊急事態が起こってしまって……いや、緊急なのは個人的にかな………ま、とにかく大変なんだ!」


さっきから全然落ち着きが無く、挙動不振だった。隊員関係者が全員集まる前から呂律も十分に回っておらず、呼吸も荒い。まるで第一志望の受験の合格発表を見に行く直前の学生みたいな落ち着きの無さである。だがそんな慌てふためく隊長を尻目に隊員達は冷静だった。


「その緊急事態というのはアパン将軍の後任に関することではありませんか?」


「な!なんで分かるんですか?教官。」


「私一人じゃありませんよ。ここにいる全員が予想済みです。私は皆を代表して質問したにすぎませんよ。」


竜二が作戦室へ半ば連行されていった時、喫茶店では隊員達の予想は大方一致していた。唯一、付き合いの浅いバルスだけは頭を(かし)げていたくらいである。


「隊長との生活にもそろそろ慣れてきたというところでしょうな。」


ハルドルが苦笑いしつつぼやいた。


『俺ってそんなに皆を数奇な目に合わせていたか?』


竜二は自問せずにはいられなかった。確かに皆を危ない目に合わせていたとは思うが軍人なんだからこんなものだろうとも思っていたのだ。


「ま、まあとにかく御名答だ。ブルーノ将軍から遠征軍指揮官代行を命じられた。」


「武人としてはかなりの名誉にも見えますが、あまり嬉しそうじゃありませんな?」


「あーまあ不安材料もあるし…」


付き合いの長いハワードやハルドルらは竜二自身の性格を大体知っている。

竜二は当初こそ、弱腰で後ろ向きなところがあったが今はだいぶマシになっている。アウザールでの生活に慣れていなかったという理由もあるだろうが、もとより自分に自信がない感じだった。

最近は自分の意見や策を積極的に話すようになっている。これはハルドルやハワードは偏にラプトリアのおかげではないかと思っている。

ラプトリアの直向(ひたむ)きで健気な性格に刺激されたのだろう。ラドルズと戦う際も弱音を余り吐かなかった。

それでも不安材料があるとするなら竜二個人の性格が問題とは考えにくい。


「陸軍兵士が自分の言う事を聞いてくれるかが不安なのでしょう?」


「その通り。さすが教官はよく分かってらっしゃるようで。」


竜二はぎこちなく苦笑いしつつも肯定する。アパンが敗北した理由の一つに竜騎士と陸軍兵の壁がある。アパンが討たれた日の夜、陸軍と地竜騎士団は一緒に行軍していた。しかし夜営する時はお互い距離をとり、離れて野宿していたのである。そこを連合国軍に突かれて連携をとることもままならずに各個撃破された。それだけ別兵種の統率の難しさを物語っている。軍歴の長いアパンでさえこうなのだ。若輩の竜二では更に手を焼く可能性が高い。


「……実を言うともう一つあるんですけどね。」


「それは…狂死帝傭兵団の存在ですね?」


「さすがは魔道学校次席卒業者。よく分かってらっしゃるようで。」


「………お褒めにあずかり光栄です。」


今度はビボラが苦笑する。

帝国軍が各個撃破された時、ゾルトナー率いる狂死帝傭兵団はそのまま部隊を返して地竜騎士団を強襲した。陸軍の敗残兵が地竜騎士団宿営地に来ても最初は相手にされなかった。だが次々と負傷兵が飛び込んできてようやく不審に思い始め、戦闘準備に入ろうとしたときに狂死帝傭兵団が強襲、不意を突かれた地竜騎士団は混乱した。空から教団兵の攻撃まで加わり、地竜騎士団が崩壊するのにさほど時間がかからなかったという。

あとで竜二が聞いた話では敵地にいながらお互いの野営地の定期報告さえ行っていなかったという。それを聞いて唖然としたものだった。


だがそうなると狂死帝傭兵団は夜間に二連戦したことになる。不意を突いたとはいえ二つの軍団を撃退したのだ。そんな相手と戦うなんて考えるだけでも恐ろしかった。


『俺の指揮で一体どれだけの犠牲が出るか…』


見た目こそ愛想笑いとも苦笑いともとれる表情で笑っているが、竜二の心中は不安でいっぱいだった。


「正式な着任はいつですか?」


「陸軍や地竜騎士団の編成と補給の調達が終わり次第だそうです。取りあえずレンデンガルドにいる間はブルーノ将軍が総責任者をやってくれるそうで。」


機動力に優れる飛竜騎士団は攻勢に出た方が力を発揮できるが兵力の不安からブルーノ団長は専ら防衛担当であり、レンデンガルドの守備を任されていた。総指揮官は竜二だが、レンデンガルドにいる内は引き継ぎの都合もあってブルーノが全面の指揮を執ることになった。


「……俺はどうしたらいいか分からないんだ。今までは自分の事や周りの少数の人を見ていればよかったけど、今度はそうはいかないだろう?多くの命を預かるんだ。すごいプレッシャーで…」


権限が大きくなれば責任も大きくなる。それに竜二は押しつぶされそうだった。不安材料と言えばまだある。先日の敗北により兵数が減っている事、そして士気が低下している事である。これを連合国は教団兵や狂死帝傭兵団の力を借りることで穴埋めしたが、竜二はそれが出来ない。本国から新たな増援は来ないとの通告が来たからだ。

かと言ってレンデンガルドに居座り続けるのも危険だった。このままでは連合国が息を吹き返してレンデンガルドを奪還するのは目に見えている。

領土は広めれずとも、レンデンガルドは守り通さなければならない。



『守りが得意な重装歩兵もこの兵力じゃあな』


今日何度目かのため息をつく。正規軍はまだ兵力的には戦闘を続行出来る。だが負傷者が多く、攻勢に出る余力が無い。隊員達にも良い案は無いかと聞いたが、付け焼き刃に過ぎない案しか出てこず、結局竜房での会議はお開きとなった。何人かは思い詰めたような目をしていたが気が滅入っている竜二には気が付かなかった。




翌朝、竜二は指揮官の執務室へ向かった。昨日までアパンの執務室だった部屋である。今日からはそこが竜二の作業場所になるのだ。今後、この部屋で今までアパンしか見ることが出来なかった重要書類に目を通していくのである。

でも気分は晴れない。結局昨夜は眠れなかった。このままでは精神どころか肉体も弱っていきそうだが、どうしても寝付けなかったのだ。朝、すれ違ったリサからは「頑張ってください」と後押しされるが、これが更に竜二を追い込ませる。


『全然良い案浮かばないな。どうするか』


重い足取りで執務室へ向かう途中、ハルドルに呼び止められた。


「隊長。ちょっとよろしいですか?」


「ん?何だい?」


弱々しい声で竜二は応じた。だがハルドルの表情は固く、真剣そのものだった。いつもなら柔らかい口調で必ず「おはようございます」から入るのに、どんな要件なのか竜二は少し気になった。


「これから私と一緒にとある場所に行きませんか?」


「とある場所?」


「ええ…。もしかしたら隊長を支えてくれる従士が見つかるかもしれません……」


「!!」


この一言で竜二に残っていた眠気はさっぱりに吹っ飛んだのであった。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



連合国首脳は早くも祝勝ムードだった。

まだ終わっていないことは皆、分かっている。それでも帝国に一矢報いたのが嬉しかったのだ。特にアイザックは付き物が落ちたかのような表情だった。


「今日は久々によく眠れそうだ。」


「ですがまだ終わりではありません。追撃をしましょう。」


「それは分かっている。もうすぐ編成も終わるだろう。そうなれば再攻勢だ。」


現在、連合国軍は編成もせずに敵を引き付ける策を強行したため、隊の体裁を為していない部隊が浮き彫りとなった。いわゆる書類上だけの隊である。事前に編成をやっていればこうはならなかっただろうが、帝国軍相手に油断を誘うには迅速さが求められるとして兵の編成が後回しになったのである。

しかし、そのおかげで帝国軍に痛手を与えることが出来たので、その判断は間違って無かったと思っている。だが防御力に優れる帝国軍にはまだ決定打に欠けていた。地竜騎士団は大きく戦力を削ぐ事が出来たが、狂死帝傭兵団の奇襲があったとはいえ正規軍はまだまだ健在である。


「その時はゾルトナー。また頼むぞ。」


副官は脇に控える漆黒の仮面と全身鎧に包まれた男に言った。背の高さも相まって地獄から這い上がってきたかのような威圧感を思わせる。他でもないこの男こそがゾルトナーだった。


「…断わる。」


ゾルトナーはきっぱりと言い切った。そこらの傭兵が雇い主に向かってしゃべる言葉ではない。


「何故だ。雇い主を見限る気か!?」


「貴様ら連合国との契約は単戦契約だろう。これ以上付き合う理由はない。ここに居続けるのは報酬をもらうためだ。さっさと寄越せ。まさか金満国である連合国がカネの事で偽るのではなかろうな?」


仮面の中から眼が怪しく光ったような気がした。今すぐ払わねば殺すぞと訴えているようだった。


傭兵の契約は実に様々である。敵の砦や町を制圧するまで加担するという契約もあれば、敵大将を討ち取る、拠点を守り抜く、補給線を断つ、敵兵士を何人以上討ち取る、別働隊を引き付けるなどの多彩な依頼内容項目を契約の時に詳細を詰めていく。だからこそ商業組合の立ち合いが不可欠であった。

ちなみに単戦契約とは一回だけ戦に加担するという契約である。傭兵にとって危険が少ないために好まれるが、社会的信用が得られにくいため、次の仕事を見つけるのに苦労しやすいというリスクがあった。


「偽るだと?無礼なことをいうな!カネは払う。そもそも帝国との戦争加担が契約だったはずだ。単戦の契約を結んだ覚えはないぞ。」


「契約は帝国軍を撃退する事と敵司令官を討取れという依頼だった。そのいずれもが一戦目で達成されたのだ。単戦で請求して何が悪い?」


物は言い様である。解釈次第でいくらでも言い換えられるだろう。グレーゾーンを巧妙に突いたと言える。


契約のプロである商人の監修があれば、このような事態は防げる。狂死帝傭兵団のような世間に強さが響き渡っている傭兵団は商業組合を介さずに契約を行う事が多い。だが処理が複雑になるため、ある程度有名になると雇い主と傭兵間で契約を交わすことが珍しくない。雇い主から見ても商人に監修料を払わずに済むという訳である。


「………分かった。契約分のカネは払う。追加分は払うからもう少し手を貸してくれ。」


こうなると分が悪い。アイザックは支払いを約束した。相手は悪名高い狂死帝傭兵団。もう少しカネを渋っていたなら何をされるか分かったものではない。


「良いだろう。そちらの条件次第だがな。余にこれ以上の戦果を求めるならば…な。」


そう言うとゾルトナーは退室していった。仮面越しに嘲るように笑ったかのように見えた。報酬を上乗せを要求するのは明白だとアイザックも副官も確信する。


「ちっ!尊大な奴め!足元を見て来よって。」


「私も同感です。あんな男に頼らずとも我らとレスタ殿の隊で事足りるのではありませんか?」


「そうもいかん。口惜しいが狂死帝傭兵団は不可欠だ。」


「そうでしょうか?確かに強さにおいては頼りになりますが、傭兵団はまだまだ溢れております。何も狂死帝傭兵団に(こだわ)らずとも…」


「…お前はまだ若いな。」


副官は顔には出さないものの、まだ二十代である。馬鹿にされないように今まで頑張ってきたのに若いというだけで呆られるのは心外だった。


「いいか?確かにお前が言う通り狂死帝傭兵団は強い。強すぎるほどに。」


「それは認めます。ですが強い傭兵団なら他にもいます。」


「もし我らが狂死帝傭兵団と契約を結ばずに他の傭兵団と契約したら狂死帝傭兵団はどうすると思う?」


「また他の仕事を探すでしょう。」


何を今更という感じで副官は答えた。


「その仕事の依頼人が………帝国だったとしたらどう思う?」


「それは…」


十分あり得る話である。あれだけの武勇を見せつけたあとだ。狂死帝傭兵団が敵と契約したことを考えると連合国が不利となるだろう。


「ですが、帝国は狂死帝傭兵団によって同胞を殺されています!仇と契約するなど…」


「あくまで可能性の問題だ。その可能性が無いと言いきれない以上、狂死帝傭兵団とは契約しなければならないのだ。例え、報酬が膨大になってもな。」


真剣な表情で訴えている中に悲しみの表情も含まれているのが副官には分かった。狂死帝傭兵団を敵に回すことで更に自軍兵士が殺される事態は避けたいのだろう。副官はアイザックにこれ以上、精神に疲労を募らせたくなかった。

そのためには帝国と契約を結ぶのを防ぐため、契約を更新し続けなければならないのだ。


「考えが及びませんでした。申し訳ありません。」


副官は頭を下げた。また一つ、アイザックの精神面の疲労の種を刺激するようなことを逆撫でしてしまい、やるせない気持ちになった。


「気にするな。だがゾルトナーは一体、どんな条件を突き付けてくるのだろうな……」




お待たせしました。まもなく竜二君の従士登場です。上手く描けるかなー。

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