道程
お金を払ったからってすぐ買い手に
引き渡される訳ではない。
奴隷が脱走したり、主人を殺そうとしないように契約が交わされる。
奴隷には首にチョーカーがつけられるが、そのチョーカーに主人の血をつけると契約は完了する。契約中は脱走しようとしたり、主人を殺そうとすると首を締め付けられる仕組みだ。
では契約中に他の人の血が付くとどうなるか?
答えは、何も起こらない。
あくまで現在の主人が手放さない限り、契約は続く訳だ。
チョーカーの外し方は商人が主人にのみ、教える事になる。
つまり、商人と主人しかわからないのである。
その外し方を知っている主人が万が一、病気や事故で死ぬとチョーカーを外すものがいなくなるため、商人のところに戻らざる得ないという仕組みだ。その場合、チョーカーが赤く光り続ける。
それを見た売り手の商人は、主人が亡くなったと見なして、また別の客に売るのだ。
ちなみにチョーカーを使うのは、その奴隷商人が、組合に加入している証拠だという。
仕入れ業者が奴隷を調達し、仲買業者が奴隷を吟味してまとめ買いし、奴隷商人に価格交渉を行う。
当然、高く買い取って欲しいから仕入れ業者は質の良い奴隷を調達するし、仲買業者は奴隷商人に気に入って貰えそうな奴隷を買い付けする。それを商人が原価交渉の末、仕入れる。基本的に仲買業者も奴隷商も疫病対策や衛生管理は欠かさない。
なぜなら奴隷商人にも組合が存在する。そして加盟する条件こそが、疫病対策と衛生管理の審査なのである。
加盟するとその店は、[奴隷の品質維持に力を注いでますよ]というアピールになる。
客に安全安心を謳えるのだ。
反面、値崩れが起こりにくい。
それに対して非加盟の奴隷商人は、品質はバラバラだが、破格の価格で奴隷が売られることがある。
ただ共通して言えるのは、仕入れ業者がどうやって奴隷を調達したかは、聞いてはいけないのが暗黙のルール。
竜二は、やっぱり奴隷ビジネスは進んでると思った。
現代のビジネスでいうところの<メーカー→卸売業者→小売店→消費者>の仕組みが出来上がっているということだ。
商売は信用が命。それを商人達は心得ていると言えよう。
奴隷の仕入れ方さえ改善されれば、一大産業になるのではと思った。
ジキスムントは任務中に負傷してしまい、止血をしたのち、鋭気を養うために仮眠していたところを捕縛され、気が付いたら檻の中だったとのことである。
「つらいことを思い出させてすみません。」
「いえ、構いません。奴隷の素性が気になるのは当然のことです。」
ジキスムントとの契約は、あっさり終わった。
どれくらいの量の血を付けるか怖かったが、指に軽く針を刺し、うっすらと滲み出た血を付けるだけで終了というから拍子抜けだ。
ジキスムントの着替えや食糧を購入し、昼食後に出発することにした。
それまでに、ジキスムントに自分の素姓を明かすことにした。
孤独から解放されて嬉しかったからかもしれない。
全部話し終えると、ジキスムントは時折り険しい表情をしたものの、
神妙な眼差しで応じてくれた。
流石に自分がAランクのドラゴンを扱える適性があると聞いた時は、目を見開いたが。
「私で良ければ、マスターの力になります。私も竜に関しては、そこそこ知識がありますから。」
呼び名は自由に指定できるそうなので「マスター」にした。
流石に年長者に「ご主人様」と呼ばせるのは気が引けたし、自分もむず痒い。
「そりゃあ助かる。是非お願いします。それでは馬屋に行きましょう。」
いよいよ最後の準備である。
馬を買えば、出立準備完了だ。
ジキスムントに自分が乗馬経験がないため、自分に扱える馬を見つけてくれと頼んだ。
するとジキスムントは、とんでもない馬を連れてきた。
足が太く、馬体もでかい。サラブレッドより明らかにでかい。
北海道のばんえい競馬に出走するばん馬だっけ?
あの馬に相当しそうな超大型馬である。いっちょまえに気性も荒そうだ。
あの馬は、挽き馬向きではなかったか?
あれから落馬したら、肩脱臼ですまないのでは?
当然のごとく、竜二は強硬に拒否した。
こんなのに乗れるわけないと。
「マスターなら大丈夫です。私の予想が外れてなければ未経験でも乗れるはずです。試してみてください。」
乗ってもいないのに拒否するのは、竜二の本意ではなかったので渋々チャレンジすることにした。
こんなのに長時間乗ったら股関節痛めそうだ。
ジキスムントを恨めしそうに睨みながら乗ってみる。
結果は、初めてドラゴンを見た時の次くらいに驚いた。
乗りこなせるのである。しかもさっきまで落ち着きがなかったのに、竜二が乗った途端おとなしくなった。
何が起こったのか分からなかった。
巨馬は愉快な程、思い通りに動いてくれる。オリンピックで馬術に出場したらメダルが取れそうだと錯覚するほどに。
ジキスムントも別の巨馬を試乗し、乗りこなしている。今乗っている馬に決めたようだ。
この巨馬達の特徴として足は遅めだがスタミナは抜きん出ており、病気になりづらい、重いものを担いでも速度が落ちない、価格が安い、といった特徴がある。
欠点は扱いにくさだが、それはあっさりクリアしてしまった。
つまり、竜二には打ってつけの馬なのである。加えて、自前の大型のリュックをどうしようか密かに悩んでたので、力持ちな馬は大歓迎だった。即決で購入を決めた。
二頭の料金は安かった。
あれほどの重量級の馬になると、使い所が難しく需要が制限されるからだという。
馬商からも喜ばれる始末だった。
安かった理由は、もう一つあり、エドガーからのサイン入り割引要請書である。
これにより、当初の予定より半値近くで済んだ。
・・・・・・結果的に二頭の料金より、ジキスムントの購入価格の方が高いのは竜二のみぞ知るである。
竜二の馬は青毛。
ジキスムントの馬は白毛だ。
名前は追々決めることにする。
竜二達は、テディ市を出発した。
道中、思ったことはジキスムントが超お買い得の奴隷だということだ。
道を知り尽くしているのか、全く迷わない。
それどころか、近道になるけもの道まで知っていた。
まるで、裏道を知り尽くしたタクシードライバーのようだ。
しかも街道を歩いていると、遭遇前に野盗は見つけるし、オオカミなどの野生動物をアッサリ退治するし、魚や兎などを採って夕飯を作ってくれたり、雨が降る前に事前に予測したり、退治した動物の毛皮を持って近くの村で売却し金を調達してくるなど、俺には出来過ぎた奴隷じゃないか?と思うこともあるほどだった。朝起きると複数の野盗が殺されていた時もあった。
俺が寝てる間に、こんなに討ち取ったのか?
いくら疲れているとはいえ、流石に目が覚めても良さそうなもんだが・・・
ジキスムントはキチンと寝てるのだろうか?
ジキスムントにそのことを追求しても、「大丈夫です」の一点張りである。
ジキスムントは、とにかく動物に好かれている。
不思議と野鳥が彼の元に群がってくる。
道に迷わないのは、野鳥と交信してるからのようだ。
一体、何者なのだろうと思うが、奴隷である限りは信用できると踏んだ。
主人とはいえ、世話になりっぱなしは居心地が悪いので、貴重ではあるが食事をご馳走することにした。
お湯をかけるだけで、出来る市販のミリ飯である。
即席カレーライスをご馳走した。
竜二が所属するサバイバルチームは、新人が食料を調達するルールがあったので、ミリ飯は沢山ある。
また、ワンタッチテントを作り、寝床を快適にする。
4~5人用なので、2人なら余裕である。
こんなことなら、ベッドマット持って来れば良かったな。と後悔した。
ジキスムントは、良い意味でカルチャーショックを受けてくれたようだ。
竜二の中で、少しはギブアンドテイクが出来たかな?と満足する。
5日後、支殿に到着した。
ジキスムントは外で待ってると言ったが、中庭までは同行して欲しい。とお願いすると渋々従った。
中庭に着くと、竜二は嫌がるジキスムントにこれ以上同行させるのは酷と判断し、馬の番を頼んだ。
竜二はドキドキしながら、階段を登り、礼拝所に向かう。
どんなこと聞けるのだろう?
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「兵士長殿。竜使い希望者が来たようです。検査をお願いしたいのですが。」
「またかー。面倒だな。」
支殿とはいえ、竜使い希望者は兵士長もしくは副長の検査が入る。
柄の悪い人や素行の悪そうな人を高位の聖職者に易々と会わせるわけにはいかない。
聖職者や神殿の勤労者、及び神殿内の秩序を守る。
これが神殿兵士の主任務である。
とはいえ検査をするが、兵士長の検査方法は遠目で観察する程度である。
大体の検査は末端兵士がやるため、兵士長は最終確認者として同席するだけだ。
「何の変哲もない軟弱そうな男だ。無害だろう・・・ん?」
「な・・・なんだと!?」
「どうしました?」
「いや・・・・・・なんでもない。あの男は何者なんだ?」
「テディ市から来たマツバラ リュウジと名乗ってます。ヘディン領主の紹介状を持ってました。」
「わかった。神官長へ直接引き合わせろ。」
「え?書記官に説明させるのではないのですか?」
「・・・私にはわからん。数日以内にヘディン領主の紹介状を所持している者は、神官長室へ連れて来るようにと神官長から命令があった。」
「神官長が!?・・・・・・分かりました。」
通常、竜使い希望者は書記官から心得やドラゴンについての説明を受け、そのあと神官の審査を受け、本人に最終確認をし、ようやく正式に竜使い候補と認められる。
本来は、その過程で神官長に会う必要はない。
竜神殿やトムフール聖教に恩恵をもたらしてくれた者は別だが、神官長自らが無名の竜使い希望者に面会するのは異例といえる。
支殿内でトップは神官長であり、その下に警備や防衛を管理する「兵士長」と経理や事務全般を管理する「書記官長」が存在する。
「失礼します。神官長。ヘディン領主からの紹介状を所持した希望者が来たのですがお会いになれますか?」
「そうか、来たか。私が直接会う。ここに通してくれ。」
「は!」
間もなくして、竜二が入室した。
「失礼します。ここに行けと言われたのですが・・・合ってますかね?」
「君が竜二君だね。ここで合っているよ。掛けたまえ。」
ぎこちなく、竜二は椅子に腰かけた。
「ここに来てもらった理由は簡単だ。君に竜使い候補になってもらいたいためだ。」
「へ?話が見えてこないのですが・・聞いた話では先に審査があるのでは?」
「君の場合、特例だ。審査を飛ばして竜使いとしての説明を受けて貰う。私の認可書があるからこれを見せれば、書記官は応対してくれるだろう。」
「そうですか。あの俺が・・・私が特例扱いされる理由って聞いても良いですかね?」
「それは黙秘させて欲しい。事情があるのでね。ただし、君の意向は尊重する。候補になるのは嫌か?」
「いえいえ。むしろ歓迎です。上手くいきすぎて不安になっちゃいまして。」
「気持ちがわからない事もないが・・・それならば問題あるまい。期待しているよ。」
「ありがとうございます!期待に添えられるようにがんばります。」
竜二は認可書を持って明るく振る舞いながら退室した。
竜二が退室したあと、神官長は椅子に深く腰掛けた。
「・・・どうみても脆弱な男にか見えん。竜を前にしたら遁走しそうな男だ。何故あのお方は、あの男に竜使いになってもらいたいのだろう?」
この時点では竜二に対し、神官長は興味のカケラも抱いていなかった・・・




