リサの憂鬱
連合国領の最北に位置するレンデンガルドという町がある。規模的には大きい方で古くから帝国への玄関口として交易で栄えた。今でこそ帝国領となったが、帝国に占領されるまでは周辺の町や村の大事な経済基幹を担い続け、此度の帝国遠征においても軍事面における補給や医療においても重要拠点として活躍した。
帝国軍は遠征軍本部をこの町に設置し、ここから今後領土拡張のために出兵していくことになる。
竜二とハワードが酒場で飲み明かした翌日、リサは街中を散策していた。リサにとって外国は初めての経験だ。
(外国とはいってもここは帝国によって占領されたため、国内での散策になるのだが)
この町が帝国の影響下に入ってからは治安維持のため、しばらくは帝国軍による厳戒態勢が布かれる予定だったが、町民から際立った暴騰などは起こらず、交易が盛んなだけだけあって長期に渡る厳戒態勢は経済の停滞を招くため、今日から緩和されることになった。緩和されたのは昼間だけで夜間は厳戒態勢に戻るが、飛竜騎士団は出撃命令が出ないこともあって、時間には余裕があった。
そんなわけでリサは街に繰り出していたのである。交易が盛んな町だけあって、なかなか賑わっていた。帝国軍占領直後は閑散としていたが、執政官の派遣がまだないため、政治にはあまり関与していない。というより商業にまで手が回らないというのが本音である。アパンが兼任として就いてはいるが治安と風紀を守るので手一杯であった。
表向きは観光気分で散策しているリサだが、心中はすぐれなかった。リサと付き合いの長い者ならどこか覇気がないと感づくだろう。
「自分は本当に竜騎兵に向いているのかなと思うんです……。」
ユーリーの足を引っ張っている事は弁えていた。原因は自分の体力の無さ。契約前からそのことは理解していた。だが上官である竜二の体型を初めて見たとき、『この人でも竜騎士になれるなら私でも出来るかも』と思ってしまった。
だが、いざ蓋を開けてみると確かに竜二も歩兵としての訓練を十分に出来ないほど体力がないが、リサはその上をいく有様だった。神殿契約と現地契約の恩恵の差もあるだろうし、強化という魔法が戦闘中はあまり使う必要がないせいで体力の消耗が少ないのもあるだろう。
だがそれでも竜二の戦闘持続時間の半分にも満たないとあっては致命的である。さらに今回の戦ではラドルズの魔法が追い打ちとなって回復が大きく遅れることになった。竜二率いる第一特別遊撃隊の隊員の数が少ないこともあり、欠員は許されない。リサの体力改善は緊急事項であった。
だがそれがリサにとってプレッシャーとなっていた。
「先の戦争のことなら気にすることはありませんよ。松原さんだって初戦はラプトリアにしがみつくので精一杯だったそうですから。」
ハワードである。リサはハワードと二人きりで散策していたのだ。リサは勤務中ではハルドルといる時間が多いが、勤務時間以外では竜二に次いでハワードと一緒にいることが多い。ハワードはリサに対しても控えめで穏やかに接してくれる。竜二だけに留まらずリサにとってもハワードは気の許せる話し相手だった。
「むしろ初戦としては活躍したじゃないですか。聞いてますよ。連合軍竜騎士を三十騎以上撃墜したって。どんな結果でも経験を積むことが重要です。相竜の育成も兼ねてね。」
こう言われてリサは表情が暗いながらも僅かだけクスッと笑った。
「??何か変なこと言いました?」
「いえ、隊長と同じことを言うので、さすが騎士と従士だなと思いまして。」
竜二も余り失敗をとやかく言わない。むしろ失敗をドンドン経験しておくことが重要だと考えている。失敗こそが人を成長させて成功につながるという竜二の哲学であった。
もっとも戦争なので失敗は死に直結する。だからこそ竜二はハルドルとタッグを組ませた。竜二はハルドルには竜二の救援に駆けつけるのが難しいようなら、無理をせず撤退するよう伝えていた。例え、竜二がラドルズと連合軍竜騎士に囲まれても最悪、ラプトリアの隠蔽能力を使えば緊急離脱が可能だからだ。
「……そうですね。竜騎士と国契約の従士では合わないことも多いですが、松原さんとはそんなことがないですね。哲学や思想とか………なんというか話が合うからかもしれません。」
そうなのだ。
上官や政府からの命じられるだけあって両者の意向は一切尊重されない。竜騎士と国契約の従士では合わないことが多い。価値観が合わないという事もあれば生理的に合わない。策の方向性がいつも合わない。性格が合わないなどである。これが原因で騎士や従士の暴行事件まで起こることも珍しくない。
これに苦痛で「従士の変更を打診する騎士」や「転属や除隊を願う従士」が後を絶たないのだった。竜二とハワードはかなり良い相互関係が保たれていると言えよう。
リサが笑ったのには二人に対する羨望の意味もあったのである。
「自分はまだまだ若輩ですけど……今回ばかりは厳しいと思います!自分の体力が本当に上がらないんです!何か月も体力強化に努めました。それでも成果が見られないんです!これ以上やったって大きく変化するとは思えません。他の鍛錬さえ出来ないとあっては討ち死にするのは時間の問題です!」
第一特別遊撃隊に所属してからリサは鍛錬において連携強化以外は体力強化に大半の時間を費やした。入隊当時に比べると体力は少なからず改善しているが、そのおかげで他の鍛錬が疎かになっている状態であり、一向にリサ個人の能力を鍛える機会が無い。どの鍛錬も体力があってこそだからだ。しかも過度に体力強化の鍛錬ばかりしたために夜は過労ですぐ眠ってしまい、本当は戦術書や魔道書などを読んで知識も身につけたいのだが、それも叶っていない。
つまりリサは他の若手帝国竜騎兵達に修業面で遅れをとっているのである。
竜二がもしそんなことを聞けば、あわてて首を横に振って「いやいやいやいや、むしろ君は体力強化以外鍛錬する必要ないって」と大真面目に否定しただろう。
だがリサは今回、生き延びれたのはハルドルと相竜のユーリーが強いからに他ならないと思っていた。
『それにこのまま松原隊長の下で働き続けるのが正解かどうか』
まだ誰にも言ってはいないが、リサには非公式で他の連隊から勧誘がきていた。遊撃隊は基本的に本人の意思で転属可能なのでリサがどうしてもと言えば、竜二は止めることができない。もともと問題児が集まるのが遊撃隊である。正規の連隊から声がかかるというのは名誉な事だった。このまま遊撃隊にいても将来は明るいとは言えない。むしろ環境を変えれば鍛錬も成果が出るかもしれないし、もっと給金だって上がるかもしれないし、リサの一戦での負担も減るかもしれない。
そういう意味ではリサは遊撃隊に居続けることに疑問があった。
一方で迷いもある。基本的に竜二は従士・隊員共に過度な強制や差別はしていない。命令はするがあくまで隊として任務上、もしくは組織運営上の範囲にとどまる。リサにもハルドルにも資金調達手伝うように言ったことは一度もない。兵士としての勤務をこなしていれば口は挟んでいなかった。休日や勤務時間外では自由にさせている。休日に隊員を集めて交流を深めようとしたことはあるが、これも命令ではなく依頼であった。しかもその時、リサやハルドルが食べたい、もしくは行きたいところに付き合っており、遊興代・食事代は全て竜二が払っている。
これは事前にリサが軍について聞いていた話とはかけ離れていた。
軍隊といえば勤務する日は一日中拘束されて体を徹底的に酷使され、後輩は先輩の小間使いとして扱われる。休日でも半ば強制的に酒の席につき合わされる。
もちろんその時も最後まで先輩を立てないといけない。
雑務は全て若手隊員がやらなければならない。
正規軍は完全な縦社会だと聞いていたのだ。それでも竜騎士軍団はまだ陸軍程厳しくないとのことだったので、竜二から声がかかった時、不安もあったが期待もこめて軍籍に入ったのだった。
何より連続留年の自分を見出してくれた竜二には恩がある。その恩に応えたいとも思っている。給金も決して低いわけではない。ハルドルも基本的に優しく指導してくれる。職場環境に置いては問題ないだろう。
ところがこうも自分の体力の無さが戦場で露呈されるとは思わなかった。このまま遊撃隊にいても足を引っ張るのではないかと最近思えてきた。竜騎士の強みの一つである魔法が満足に使えない程となるとさすがに考えてしまう。
だが転属を考えている最大の理由はビボラの存在だった。
『あの人とは別の隊に行きたい』
それがリサの本音だったのである。
対人関係にしがらみを残しそうだったので誰にも言ってはいないが…
「……リサさん。それは後ろ向き過ぎます!私はリサさんと松原さんの総合的な差はないと思っています。今回は体力の低さが目に見えた結果になりましたが、リサさんだって松原さんより優れているところがあるはずですよ。」
いつもは優しいハワードがいつにもまして真剣な顔で訴えてきた。その気迫にリサは少しひいてしまう。
「えーっと……そ、そんなところありますでしょうか?」
「あるじゃないですか。早くももう一つの魔法を会得したでしょう?」
そうなのだ。
上位の竜と契約している竜騎士は魔法を二つ体得することも珍しくない。多くの騎士は覚醒しないまま、または認知しないままだが、リサは魔道学校で学んだせいか早くも二つ目の魔法を覚えた。もともと成績自体は良く、魔法の知識の造詣は深い方だったので、割とすんなり覚えられたのだった。
「でも結局はそれも体力の壁が……」
「そこが後ろ向き過ぎるのです。逆に言えばリサさんの場合、体力さえどうにかなれば十分戦えるはずです。松原さんより活躍できるといっていい。むしろ戦闘面では松原さんのほうが弱点が多いのです。あきらめてはいけません。どうして自分は役に立たないと卑下するのです?それは誰が判断したのですか?」
「……」
リサは咄嗟に返す言葉が思い付かなかった。確かに自分で自分を追い込んでいたかもしれない。
俯きはじめたリサをハワードは優しく微笑みながら問いかけはじめた。
「リサさんから見てユーリーは頼りになりますか?」
「勿論です!何度も助けられました。相竜がユーリーでなかったら既に戦死していたと思います。」
「…戦場に行かない私が言える立場じゃないですが、リサさんは一人じゃありませんよ。体力を改善しようといつも鍛錬に付き合ってくれるハルドルさんや資金調達という負担がありながら隊を運営する松原さんがしっかり支えてくれてます。なにより強い相竜がいるじゃありませんか?体力が無いなら無いなりで自分の役割を見つけるのです。それで負けたなら仕方ない。リサさんがめげない限り、松原さんもハルドルさんも決して見限ったりはしないでしょう。保証しますよ。」
リサの心の中でなんだか湧き立つものがあった。
そうだ。何を自分で勝手に悩んでいたのだろう。自分ができることをやればいい。自分が必要とされないかは隊長を始め他人が決めること。用済みのレッテル張られるまで最後まであがいてみよう。ユーリーもきっと応えてくれるだろう。
リサの目は生気に満ちていた。
「ハワードさん!私は間違ってました。どこまで出来るか分からないけど、最後まであきらめないで鍛錬に励みたいと思います!」
「その言葉が聞けて良かったですよ。でも折角の休日なんですから今日は体を休めましょう。付き合いますよ。」
そう言うとハワードはリサと再び散策するよう促した。するとリサはハワードの右腕をガッチリ掴んできた。
「え?……リサさん?」
「えへ♪この状態で一緒に歩きましょうよ。良いでしょ?」
無邪気に満面の笑みを作りながらリサは右腕を抱きしめてきた。恋人が寄り添っているようにも見えるがリサが童顔で身長が低い事もあり、兄妹に見えないこともない。
「……分かりました。でも今日だけですよ。休日とはいえ遠征中なのですから。」
苦笑しつつも顔を赤らめながらハワードは応じた。リサは嬉しそうにハワードに寄り添う。ビボラと別の隊に行きたいという希望はまだ残っているが、もう少しこの遊撃隊に居てもいいかなとリサは思っていた。少なくとも今のリサには遊撃隊に居座る理由があるのだから。
「あの、それともう一つお願いがあるのですけど…」
「……なんですか?」
リサはどこかぎこちないが、深呼吸をして、やがて決意したかのようにしゃべりだした。
「えーっと……………その…………私の事、今後は…リサって呼んでください!」
最初は小声だったが、後半は周りの人が皆、振り向くほどの大声ではっきりと伝えた。
「わ、わかりました。今後も宜しくお願いします……リサ…。」
ハワードは圧倒されながらも頷き、戸惑いながらも確かに呼び捨てで呼んだのだった。
初めて音符マーク使ってみました。
使い勝手良いですね。
たったこれだけで感情表現の文章大幅に省略できるかも。
 




