AvsAの戦い(後)
「ふう。あらかた片付いたか。」
ハルドルは周囲を見渡す。睡眠薬混入の作戦が上手くいったおかげで、竜二がラドルズを足留めしている間、リサと共に半数近くまで数が減った敵飛竜騎士達を迎撃できた。戦闘を続けていく中で残り三、四騎程度になった時、ハルドルはリサに竜二の応援に行くよう勧めた。リサは承諾し、竜二の元へ向かっていき、ハルドルは残りの敵を撃退していた。たった一騎で三、四騎相手に勝ってしまうのはハルドルの戦闘能力の高さを物語っているのだがハルドル自身はそう思わなかった。
「ここまで効率的に進んだのはリサのおかげだな……ひょっとすると隊長はとんでもない人材を発掘したのかもしれん。」
一番の理由はリサの奮戦ぶりだった。前々から能力が高いと思っていたが、それは今までの鍛錬での話である。いざ実戦となるとリサは単騎で圧倒的だった。たった一人で鞭を使って五、六人を一撃で打ち負かしてしまった。その鞭の速さと重さは盾を持つ竜騎士を盾ごと吹き飛ばしてしまう程だった。
ユーリーに至っては複数の敵飛竜達のブレスに自分のブレスだけでいとも簡単に相殺してしまう程であり、それどころかダメージを受けても物ともせず、驚異的な生命力と再生力で回復しては敵を蹴散らしていく。ハルドルの方が気後れするほどだった。
ところが暫くするとリサの弱点が露呈された。
体力(持久力)の乏しさである。
最初こそ凄まじい戦闘力を見せたが、敵をある程度片づけたところで、徐々にリサの攻撃頻度や速度が鈍くなっていった。肉体が疲弊している証拠だった。その戦闘力の低下はどんどん顕著になっていく。
肉体作りはリサにとって鍛錬における最重要課題であったが、この二カ月での鍛錬では思うように改善できず、肉体こそ多少引き締まったもののリサが少食であったこともあり、体力不足は否めなかった。
おかげでリサの魔法は強力なのだが短期決戦でもない限り、使うことが出来ず、もっぱら鞭が攻撃手段であった。
敵が残っているにも関わらず、ハルドルがリサに竜二の元へ救援に行くよう勧めたのも、これ以上余計な体力を消耗させない為と、移動中に少しでも体力が回復できればというハルドルの気配りである。
「隊長は連携強化の鍛錬時以外はラプトリアの講義と資金調達や物資調達に時間を割いていて、今のリサの体力がどれほどかは知らないかもしれんな…」
ラプトリアの学習意欲が旺盛な事もあって、ハルドルは特に指導しなくてもラプトリアは自発的に成長していくだろうと思った。ラプトリアは知識だけの理論倒れかと思いきや意外に行動力があり、実践派でもある。
それだけにリサとユーリーの鍛錬にハルドルは時間を割いた。そのためハルドルは当然、リサのフィジカル面を良く知っているが、竜二はハルドルから口で漠然と聞いただけで、連携強化の鍛錬は体力の消費が少ないせいもあり、リサの体力までは分からない。せいぜい長期戦になると不利になるという事くらいだった。
体力が消耗している状態でリサを救援に行かせたのはまずかっただろうか?自分が行くべきだったかとも思ったが、過去を振り返っても仕方がない。竜二が来るまで前線基地上空制空権を保持していようと行動を移そうとしたとき、前方からユーリーがゆっくりとこちらに向かっていた。
『もう終わったのか?その割にはリサの顔は晴れないが…』
リサがハルドルと合流しようとしていた時、はるか後方から睡眠薬から目覚めたのであろう敵飛竜騎士達が迫ってきていたのにハルドルが気付くのは、もう少し経ってからである。
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『何が悲観してないだよ!』
アゼリは動きこそ鈍重であったがスタミナが豊富なのか疲れた様子はなく、さっきまでの防御から反撃という戦闘スタイルはどこへやらとばかりに激しい攻撃を繰り返していた。
アゼリが肩で息しているのは確かだった。息は切れ始めているのになぜこんなに動けるのか分からなかった。体力も運動力も相当高いとみて間違いないだろう。
これが経験量の違いなのだろうか?
もしアゼリが理想体重をキープしていたらと思うと背筋に悪寒が来る竜二である。アゼリは今まで以上に隙が無く、ラプトリアを近距離まで近づけさせてくれなかった。
「ぜっとぁいにアンタを間合いに近づけさせないからね!この左目のお返しをするまでは!!必ずこの手で仕留めてやるんだから!」
鬼気迫るモノが感じられた。最早執念で猛攻しているかもしれなかった。左目の痛みが彼女を奮い立たせているのだろう。
「ラプトリア!とりあえずラドルズよりもアゼリに集中するんだ!あの手斧は脅威だけど、さほど速くない!」
アゼリと違ってラドルズは肉体的にキツイのか、左腕の痛みが相当応えているのか、手斧の攻撃頻度は悪く、投擲速度も遅い。ラドルズの魔法は神殿契約している竜二には希薄であるため、竜二はラプトリアにアゼリへ集中するよう促した。
「分かったわ。ところでステルスの方は…」
「今回は使わずに勝ちたいんだ。嫌かな?」
隠蔽能力を使えば簡単に勝つことが出来るだろう。だが竜二はそれはまだ使いたくなかった。それには三つの理由がある。
一つはハルドルが合流する可能性があったからである。ラドルズと対峙して時間を稼いでいる内にリサとハルドルに連合軍竜騎士達を相手させる。あらかた片付いてきたら竜二と合流するというのが主な作戦だった。リサが戦場から離脱したため、おそらくリサはハルドルと合流するだろうが、すれ違う可能性が否定できない。そうなったら姿の見えない竜二と合流したくても出来ないだろう。
二つ目の理由は、ステルスは確かに便利だがコレに頼り過ぎるとラプトリアの戦闘経験が養われず、いつまでも能力的には素人のままという事になるかもしれないとハワードは教えてくれた。Aランクの敵は脅威だが、それだけに実戦経験を積むにはもってこいと言える。
そして三つ目の理由はというと………
「問題ないわ。だって竜二に教えてもらった技術を試してみたいもの。」
「アゼリは直行速度は速いが、小回りは効かないみたいだ。十分通用すると思うよ。」
言い換えればストリートレースで言うところのストレートは速いけどカーブは苦手と言えばわかりやすいだろうか。
戦闘経験の差があるとはいえ、それは今までのアゼリの動きを見る限り、今のラプトリアには有利なのではないかと竜二は思った。
「お前の相竜がブレスを吐けないのはもう分かった!そうと分かれば怖いものは無い!くたばれー!」
アゼリのブレスに加えて、ラドルズから渾身の手斧がラプトリア目掛けて投げ込まれる。手斧の速さは今までで一番速い。ラプトリアが回避する方向へ先読みして投げて来たようだった。
『騎士と相竜の同時攻撃!?しかも手斧の速度がアゼリのブレスの速度と変わらないなんて!』
ラドルズも今までAランク騎士として頑張ってきたのだ。侮るべきではない。おそらく今までラプトリアの速度を図るために加減して手斧を飛ばしてきたのだろう。アゼリの方に集中しろといったことに、またしても竜二は後悔した。
が、その後悔は不要だと瞬く間に思い知らされることになる。
「あら?そうでもないわよ?」
ラプトリアは突然ラドルズに向かっていったかと思いきや、急上昇して同時攻撃をモノともせずにあっさり躱すと同時にそのまま雲の中に入ってしまった。
すぐさまアゼリは雲めがけて上体を向ける。
「逃げたって無駄さ。アゼリのブレスで雲ごと炙り出してや………………え?」
次の瞬間、ラドルズは言葉を失った。
「……そ、そんなーまさか!!速すぎるぅ!」
ラドルズとアゼリが気付いた時には、ラプトリアは既に後ろにいてしっかり背後を獲っていた。伸びた鋭い爪が恐怖心を煽る。その姿にラドルズ達は一瞬、動きが遅れた。
ラプトリアの爪がラドルズとアゼリの二人めがけて襲い掛かる。
「ぐっ!」
だがラプトリアの方も大きく態勢を崩した。
「うわああああ!」
「ぐ、ぐぅぅぅぅ!痛〜い!!」
ラドルズ達は激痛に堪えきれず、声を上げてしまう。
ラドルズはアゼリ同様、左目が大きく切り裂かれていた。瞼越しではあるが、あの傷の深さは眼球にまで届いているだろう。竜騎士の治癒能力をもってしても左目の視力は元には戻らないだろう。アゼリに至っては、尾の全長の半分位のあたりで思いっきり切断されていた。断面から血が滴り落ちている。
「これは!…い、一体どうなったの?」
一体何が起こったのだろう。竜二には速くて良く見えなかった。
「ラドルズとアゼリを突こうと狙ったのだけど、アゼリがとっさに背中を捻ってテールスイングで私の手を爪ごと弾いて、爪の軌道を変えたの。こんな方法があるなんて私では思いつかないわね。経験の差ね。」
よく見るとラプトリアの右前足がブルブルと震えている。弾かれた衝撃で痺れているみたいだった。両者を纏めて刺突しようとしたところをアゼリが咄嗟の機転でラプトリアの爪を尾で弾いたのだろう。
これがAランク同士の戦いなのだろうか?
否、ラプトリアの言う通り、経験の差だろう。最悪の事態を避けるためアゼリは自分の尾を犠牲にしたのだ。
『腕一本くらい敵にくれてやるような覚悟が無いと絶対思いつかないな。もっともラプトリアも負けちゃいないけれども…』
瞬時に判断して実行に移したアゼリも凄いが、ラプトリアも凄いと竜二は思った。
ラプトリアが行ったのは戦闘機戦のテクニックの一つであるバレルロールである。
竜二はサバイバルゲームこそ素人だがミリタリー知識だけでもチームメンバーに認められようと会社から帰ってはミリタリー関連書を読み漁った。これにはサバゲー仲間に認められたいという理由だけではなく、竜二が所属するチームでは空き時間や移動時間中はミリタリーに関するクイズを出し合い、メンバーが誰も分からないような「意外な」または「難解な」クイズを出すと他のメンバー達から食事や缶ジュースを奢ってもらえるというルールがあったため、財布の紐を守るためにも必然的にミリタリー知識を求められたからだった。
その吸収したミリタリー知識をラプトリアに教えると、予想通りというか戦闘機や空中戦に関する項目に喰いついてきた。竜二は小道具を模型として使い、知りうる限り極め細かく教えた。
するとラプトリアは、資金調達の移動の時にちょくちょくと練習し始め、独力で習得していった。このバレルロールはその最たるものである。
このバレルロール自体は練習すれば下位の竜でも出来るのだが、加速して慣性をつける必要があった。
だがラプトリアは、ラドルズに向かってちょっと進んだだけで高速域まで加速し、小円を描いたかのようなバレルロールを成功させてしまったのだ。ロールしながら雲の方に隠れたのは本人の思いつきだろう。竜二もそこまで教えていない。全く心強い限りだと竜二は思った。
隠蔽能力を使いたくない三つ目の理由はまさにこれである。覚えた空戦技術を実践させたかったからだった。
リサが離脱したのに竜二が余り不安にならなかったのは、アゼリの鈍重さとラプトリアの飛行技術を目の当たりにしていたからに他ならない。
「でも、次は逃がさないわ。」
ラプトリアは正常な左前足の爪でラドルズを狙う。アゼリはまだ尾が痛むのか、集中しきれていそうもない。
「くそ!プレジャーチェンジ!」
「ヤバッ!」
竜二は思わず身構える。ラプトリアも攻撃をやめて防御姿勢に入った。しかしラドルズの魔法は竜二には効かないはずだった事を思い出し、竜二はゆっくりと腕を下ろした。
『全く焦らせやがってー。そんな悪あがきするならさっさと降伏すればいいのに』
安堵するのも束の間、ラプトリアの周りには四方八方、雲に覆われた。
「こ、これは!?」
「たかが数騎でここまで見事だ。素直に認めよう。だが最後に笑うのは…僕とアゼリだ!僕の魔法の効果は酸欠だけじゃない……………覚悟しろ!」
羽ばたく音が聞こえた。尾の痛みから復活したのかアゼリが移動したのだろう。どこへ行ったかは視界が遮られて分からなかった。探している間にもどんどんラプトリアを囲む雲が多くなっていった。
『魔法?ラドルズの魔法は気圧……………そうか!ラドルズは局地的に気圧を変化させて雲を誘導しているんだ!』
「移動性高気圧」という用語がある様に気圧や風によって雲の動きは大きく変化する。ラドルズはラプトリアの周辺の気圧を調整して雲が集まる様に仕向けたのだ。そんなこと可能なのか不思議だったが、そうでなければ此処まで見事に雲に覆われないだろう。
「落ち着いて。無理に脱出しようとすればそれこそラドルズの思う壺よ。それにこれほどの雲に覆われていてはラドルズも私達の場所を特定できずに攻撃は出来ないはずよ。」
「確かにそうだな……」
焦る竜二を尻目にラプトリアはあくまで冷静だった。
確かにこれではラドルズもラプトリアが見えないはずだった。ラプトリアの視界を奪ってその間に撤退したのかとも思ったが、それは無いと思い直す。
ラドルズは確かに「最後に笑うのは自分達だ」と言った。つまり諦めていないという事だ。必ず何かして来ると竜二もラプトリアも思っていた。
「そうだ!アゼリのブレス!雲ごと吹っ飛ばそうとしているならどうだ!?」
竜二の中で閃くものがあった。ラプトリアのすばしっこさが勝っていてイマイチ目立っていないが真の脅威はアゼリのブレスである。今まで帝国軍を散々苦しめたのだ。威力の信頼性は高いだろう。
「ふうん、成程ね。確かに通常のブレスでもあの威力………溜め攻撃なら雲ごと私達を始末できると見たわけか。」
「相変わらず冷静だなー。」
「大丈夫よ。溜め攻撃の弱点は隙が大きい事でしょう?」
「そうだけど………やっぱカウンターねらい?」
「もちろん。」
即答され、竜二はたちまち不安顔になってしまった。その顔はまさに初戦当時の表情に逆戻りしていた。
「ふふふふ、さぞ視界が封じられて焦っている事だろう。」
ラドルズは右手で左腕と左目をさすりながら、前方遠くにある雲の塊を見つめていた。気圧を変化させて雲を操り、敵の動きを封じる。まだ駆け出しだった頃、よく使った作戦である。
例え、敵が強行脱出を試みても、いくらでも雲を操ることが出来る。暴れれば暴れるほど雲の湿気により翼が重くなっていき、確実に飛行能力を奪う。
アゼリの成長して強くなるにつれ、最近は殆ど使わなくなってしまったが、言い換えればこの作戦でラドルズはのし上がったともいえる。えげつないものの確実な方法であり、彼にとって十八番ともいえる戦術であった。
「アゼリ、限界まで溜めてくれ。奴らはAランクなんだ。全力で、かつ確実に奴らを殺せ。」
「分かってる。絶対に許さないもん!……と!おっと」
アゼリは風が強いわけでもないのに僅かだが態勢を崩した。戦闘の影響で体力が低下しているのかもしれない。
「ん?どうしたんだい?アゼリ?」
ラドルズは心配そうにアゼリを窺う。
「ううん。大丈夫。ラドルズは敵に敵に集中して。」
何事も無かったかのようにアゼリは返答した。アゼリも戦闘経験豊富な竜だ。彼女が大丈夫というのなら大丈夫なのだろう。例え何か都合が悪かろうと今のラドルズなら戦闘を続行していただろうが。
自分やアゼリに此処まで傷を負わせた竜騎士は新人の時以来だった。そして皮肉にも新人相手に自分達は苦戦している。これ程の屈辱が他にあろうか。本来ならもがき苦しませながら殺したいところだが、今の状況では厳しい。ならば全力で攻撃し確実に殺すことが一番だとラドルズは結論付けた。
アゼリのブレスの威力は溜め攻撃なら村一つ焼き焦がすほどの威力がある。相手がいくらAランクとはいえ、一溜まりもないだろう。
「今度こそ終わりにしてやる!最後に笑うのは僕とアゼリだ!」
ラドルズの目は血走っている。相手を見くびる様子は全く感じられない。本気なのが見てとれる。もし、今のラドルズの表情を連合国兵士が見ていたら「最初からこの状態で相手してたらもっと早くに決着がついていたかもしれない」と突っこみそうな勢いだった。
数分後、ようやくアゼリのブレスが十分に溜まった。
「ラドルズ!溜まったよ。放っていい?」
「ようし!奴らを黒こげにしてしまえ!」
その合図と共にアゼリの口から火炎が吐かれた。その火力は竜二が初めて見る威力だった。まるで巨大な炎の壁に包み込んだかのような広がりようだった。これでは回避も不可能だろう。
この大火炎を見たなら雲ごと葬るというのも誇張だと嘲る者は皆無になるに違いない。
というより、この火力をまざまざと見せつけられたのが帝国軍である。この大火炎によっていくつもの部隊が壊滅し、帝国軍は大軍勢を動かすことが出来なくなった。これ以後、作戦の見直しを余儀なくされ、決定打の欠ける小規模な戦いを続ける事になった。
それほどの攻撃を一騎相手に使うのはラドルズにとっても予想外であった。
「だが!これで終わりだろう。今までの戦いぶりではラプトリアは避けてばかりだった。打たれ弱いに違いない!」
長い間続いたアゼリのブレスがようやく放ち終わろうとしていた。この発動時間の長さからみてもアゼリのブレスの脅威が分かる。
「っつ!!痛い!いった〜い。アゼリ!早く戻ろう。手当てしないと」
安心した途端、激しい痛みが戻ってきた。思わず俯いてしまう。それほどラドルズも我を忘れて集中しなければならない相手だったという事を物語っている。
「待って!!気配が!」
アゼリは思わず前方に警戒を促す。ラドルズが前を見つめると最初、何が起こったのか分からなかった。ラプトリアが下から現れ、間近に迫っていたのである。
「やっぱり慣れない事をするものではないわね。終わりよ!」
アゼリは避けようとするが、溜め攻撃のブレス発動直後で反応がついていかない。瞬く間に懐に入られ、左腕の爪(以後、左爪と略)で胴体を突き刺された。
「きゃあああああ!!!」
思わずアゼリは絶叫する。そしてラプトリアはトドメとばかりに右腕の爪(以後、右爪と略)で突き立てようと大きく振りかぶる。ラドルズは渾身の力で手斧を騎士の竜二に投げつけた。竜二さえ死ねばラプトリアも沈黙する。強敵なラプトリアではなく、弱い騎士を狙うという合理的な手段だった。
これにはラプトリアも攻撃を中断せざるをえず、左爪を引き抜き手斧を弾いて距離をとった。この時、ラドルズには一瞬、安堵の表情が浮かぶが、それはたちどころに激痛に堪える表情に変わる。
ラプトリアが間合いをとる時、短くて甲高くて乾いた音が辺りに響き渡ると同時に右足に激痛が走ったのである。余りの痛さに思わず涙が出た。
その直後、アゼリは限界に達したのか飛行能力を失い、地表に落下していった。
「マ、マツバラリューーージーーーーー!!」
ラドルズはというと涙を流しながら痛みに堪えつつ、竜二を睨み付けたまま大きく雄叫びをしながらアゼリと共に落下していった。
「…………やった。勝ったんだよな?」
「ええ。おめでとう竜二。」
「俺は何もしてないよ。最後にほんの少しだけさ。」
と言いながら竜二は、ラドルズに少しだけ同情する気になった。ラプトリアが間合いをとったあの時、シグでラドルズに向かって撃った。ラプトリアの機敏な移動中だったため照準は合わせず、ラドルズに銃口を向けて撃っただけである。ラドルズは体格が大きいだけあって撃てばどこかしら当たると思った……するとラドルズの右足に当たった。それも脛の部分、通称<弁慶の泣き所>と呼ばれるところにまともに命中してしまったのである。
『ありゃあ相当だな。格闘家でも思わず涙を流してしまう程の痛みなんだ。落下するまでの時間が地獄の長さだろう』
そう思うと思わず自分の右足を摩ってしまう竜二であった。
「あら、あの炎に対処できたのも竜二のおかげよ?」
竜二の左手にはジキスムントとドラゴンキャッスルに入るときに買い揃えた「防火種」が握られていた。火を吸い取ってくれる道具だった。野生の竜が襲ってきた際のブレス対処用に使われたり、火事の時の消火活動によく使われる。便利だなーと購入時は漠然と思ったが、結局使う機会が無く、誰かに譲ろうかとさえ思っていた。
あの時アゼリがブレスを放ってくることは読めていた。ひょっとしたらと思って使ってみたら見事に大役を果たしてくれたのである。
「だけど、コレだけではあの爆炎は防ぎきれないよ。ラプトリアの機転の方が凄いって。」
雲の中でラプトリアが行ったのは「ローGヨーヨー」と呼ばれる戦闘機のテクニックである。重力を利用してゆるやかに降下し速度を付けて敵との距離を詰めて射程圏内におさめるテクニックだが、ラプトリアは雲から漏れる僅かな炎の光と音でブレス発射方向を特定して「ローGヨーヨー」を行い、ラドルズたちが前方に気をとられている内に下から一気に距離を詰めてしまったのである。
口で言うのは簡単だが判断を間違えば焼死は確実。ラプトリアの能力の高さにただただ竜二は内心脱帽だった。ここでようやく現在位置を確認しようと竜二は地表部分を見渡した。
「って!地上は山ばっかりじゃないか。ひょっとしてトウセイ山脈か?」
戦闘に夢中で気づかなかったがどうやら戦場はトウセイ山脈まで移動していたらしい。どおりで途中から地上からの音が聞こえなくなったわけだ。
「急いでハルさんと合流するわよ。しっかり掴まって!」
ラプトリアは言うやいなや、疲れた様子もなく反転して前線へ戻っていった。
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その頃、トウセイ山脈の森林から今のラドルズと竜二の戦いを遠くから見ていた連中がいた。
「奴の戦いぶり見たか?」
「ばっちりですよ。レスタ様。」
「奴をどう見た?」
「飛行戦術や技術をよく理解しています。大胆とも合理的ともいえますが…」
「勝てそうか?」
「一騎打ちなら厳しいかもしれませんが、我々の編隊機動であれば問題ないでしょう。」
「ラドルズも多少は役に立ったな。」
「はい。アイツが早々と撤退していたなら此処までは分からなかったでしょう。面子にこだわるラドルズの性格が今回は役立ちましたな。」
レスタはラドルズが堕ちた落下地点付近を見つめていた。内心馬鹿にしていたが、中々にしぶとい奴だった。新人当時は真面目で覇気にあふれる若者だったというのも嘘ではないかもしれないとレスタは思う。
「これで前線基地は堕ちるでしょう。連合国首脳は焦るはずです。そこをレスタ様が…」
「皆まで言うな。主菜はとっておくものだ……」
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一騎打ちを観戦していた連中は反対方向にもう一方いた。こちらは明らかに悍ましい身なりのしている者が多く、只者ではないことが素人目でもわかる。
「向こう側に教団の関係者がいるようです。始末しますか?」
「…よい。こちらに気づいてはなかろう。下手に荒立てる必要はない。」
女性の声だった。この中で一番の目上なのであろう。他の者は皆、後方に控えている。
「珍しいですな。戦闘を見たいと言い出すとは。今回の主は使い捨てしたりはしないのですかな?」
「爺、口が悪いな。」
爺と呼ばれた男性は老齢だが、身なりをきちんと着こなしている英国紳士みたいな服装だった。表情も穏やかである。だがその本性は血塗られているのが、ここにいる全員が知っていた。だが詮索はしたりしない。他人事に干渉しないのがこの世界の長生きするコツだからだ。
「ヒヒヒヒッ!A級騎士なんて考えようによっては好機ではないですかい?これを機に軍部に着手すれば…」
「黙れ。そのくらいにしろ。あの男はまだ分からん。もう少し観察する余地がある。」
「それによって利用するか、捨てるか、始末するかを決めるわけですな?ですが最近、貴方様の周辺はさすがに黒い噂が広まっていますが…」
「心配いらん。既に手は打っている。私の経歴に少しも影響はない。安心しろ本当に見定めるだけだ。何せ軍人に雇われたのは初めてなのでな。」
「はっ。そうお考えなら結構です。しかしAランクですか?極力始末するようなことは無いようにしたいですがね。」
「私も同感だ……そのためにも当面は真面目に勤務するつもりさ。」
女性は遥か彼方に移動した竜二とラプトリアに目を向けた。そこに表情はなく、全くの無表情だった。
「ご決断を楽しみにしております。ビボラ様」
局面の進行が急かもしれませんがご容赦を。
バレルロールはアクロバット飛行のショーで見ない時はないほど、ポピュラーな技です。
バレルロールもローGヨーヨーも簡易的なものならジェットコースターで味わえます。




