AvsAの戦い(上)
第一特別遊撃隊はタカツキ連合国防空圏に入った。通常ならそろそろ迎撃するために敵竜騎士が向かってくるはずだ。おそらく竜二達の存在に気づき、急いで飛び立とうと焦っているところだろう。
「まだ出て来ないか……ん?」
十五分程度飛んで、連合国の最前線に一番近い町の上空にまで行き着いたところで、不自然な気配を感知した。
「隊長!来ました!左下方より敵部隊です。先頭を飛んでいるのが例のAランクでしょう。」
竜二はすぐさま視線を下に落とす。すると確かに複数の敵影があった。
「来たな!……それじゃ二人共。手筈通り頼む!!」
リサとハルドルは頷くと、竜二から離れて散開した。
元々、不意打ちするつもりもないし、隠密行動するつもりもなく、真っ向からラドルズとは戦う気だった。だからこそ特に攻撃するわけでもなく、町の上空を徘徊して敵を待っていたのだ。ラドルズが飛び立つ前に駐竜場ごと対地攻撃するのも案にはあったがそれは却下した。
別に卑怯だったからではない。戦争において奇襲は重要な戦闘手段であり、その効率性は二十一世紀までに歴史が証明しており、竜二も容認していた。まして敵の騎士と一騎打ちで対等に戦えるとは思えない竜二自身が、そもそも騎士道精神などを唱える資格さえあるかどうかも疑問であった。
それでも正々堂々と戦う道を選んだのは、ラプトリアの戦意を挫く可能性があったからだ。ラプトリアもユーリーもこの二か月間、鍛錬に励んだことから早く実戦に出たがっていた。
指導官役のハルドルでさえ成果を見たがっていた。
彼らの戦意を損なえば隊全体の士気にかかわるだろう。例え初戦で負けてもラプトリアさえ戦死しなければ、その次こそ奇襲を行えばいい。
勿論戦争なので、経過次第では初戦で全滅する可能性だってあり得るが、最初は真っ向から勝負した方が得策ではないかと竜二は思ったのである。
「と、決めたのは良いが………なんだよ!あれ!!」
竜二に現れた敵竜騎士達の前方中央にいるのがおそらくAランクだろう。
正統系の竜に関しては事前講義でハワードから詳しく教えられた。模型だって見たし、骨格の標本だって見た。絵や図でも教えられた。
見間違えるはずが無い。あの後ろに仰け反った角、灰色の眼、長い首、横に長くて縦に短い翼。
あれは間違いなく「正統系」
〝クイーンドラゴン〟
ブラックドラゴンの血脈を今日に伝えていない正統系のAランクの竜は、いまや純血種は極端に減り、厳密に言うと一種族しかいない。
その一種族の竜の雄がキングドラゴン、雌をクイーンドラゴンと呼ぶ。
つまり種族名は性別によって決まるのだ。なぜなら生態は異なる上、能力もスキルも共通性が少ない。しかも繁殖する時以外は両竜とも単独行動をすることから、聖教は別種扱いにして二種類と分けているのである。
もし、何らかの事情で雄と雌どちらかが極端に減って絶滅が心配になっても別種扱いにしておけば保護しやすいという利点があるという裏話もハワードは教えてくれた。
だが迫ってくるクイーンドラゴンはどうだ。
体色はロイヤルブルー。これは分かる。クイーンドラゴンの殆どは青から紫にかけての体色だからだ。問題なのは体重である。
肥満体そのものの様な容貌であり、長い首は丸太みたいに太い。というか頭部と首との太さが余り変わらなかった。太腿もあと少し太くなったら左右の膝が付きそうなほど太い。剥製で見た限りでは、ラプトリアに勝るくらい細いボディラインだったはずだ。さすがに体重に手を焼いているのか飛ぶのも億劫そうだった。
ボディラインは剥製の二倍………いや三倍くらいの太さはあるだろう。
『妊娠中……じゃないよな?それ以外では間違いなくクイーンドラゴンなんだけど………』
おかげで見た目は迫力満点だったが、わざとこのような体型にしたのか、生まれつきなのかは分からない。しかし、それは意外にも早く解決する。
「やっと来たようだね!A級騎士君。君に恨みは無いが君を殺すよ。僕の生活を奪った君は万死に値する!先のお仲間の後を追うがいいさ。」
敵の竜騎士は近くまで竜二と相対して大きく叫んだ。
『クイーンドラゴンが力士………じゃなくてポッチャリ体型なのはこれか』
騎乗している竜騎士もまた肥満体型だった。間違いなく電車で二人分のスペースを使いそうな太さである。
神殿契約により満腹感と栄養を共有できる恩恵は良くも悪くも一蓮托生だった。
竜使いが食べ物を過剰摂取して太れば、相竜も太ってしまう。竜使いにとって健康管理は大事な仕事の一部なのである。竜二は痩せているだけに大食には程遠く、しかも現代の食事に馴染んでしまっているために食事には気を使い、侍女にはメニューを自発的に希望提案している。おかげでラプトリアは理想体重をキープしており、運動力を損なうことはない。
『顔は悪くないのに…残念な奴。いやだからこそ“天は人にニ物を与えず”が成立しているか……』
顔は悪くない。むしろ男の竜二から見ても良い方だ。痩せていたなら、さぞ美形だったろう。敵の竜騎士をよく見ると左手にチーズを持って咀嚼していた。間食用なのであろう。
『これはまたカロリーの高ーいものがお好きなようで…』
どうやら見ている分には痩せる気はないようだ。
とはいっても油断する気はない。帝国軍からの調査書では経歴比べなら竜二より間違いなく先輩竜騎士であった。此処で侮るのは命取りというものだ。
「俺は帝国軍飛竜騎士、松原竜二だ!相竜はラプトリアという。君はラドルズという名前で間違いないか!?」
「ふふん、僕の事は調べているようだねえ。感心感心。いかにも僕はタカツキ連合国A級飛竜騎士ラドルズだ。相竜の名はアゼリだ。見ての通りクイーンドラゴンさ。君の竜種は知らないが正統系にかなうものか!せいぜい僕の栄光に満ちた経歴の一篇を担うがいい!」
「へへっ私アゼリっていうの。普段はこれから死ぬ人に名乗ることはしないけどAランク同士だし名前くらい名乗るよん。」
アゼリというクイーンドラゴンは大人びた見た目とは裏腹に若々しく、くだけた性格みたいだった。
「そう簡単にやられるかって。いくぞ!」
二組のA級騎士が距離をとり、睨み合う。
AvsAの戦いが今開始した。
離れた間合いでアゼリの口から早速ブレスが吐かれる。
ゴォォォォーーー
「なっ!」
ラプトリアは一瞬、気後れするも寸前でなんとか躱す。
「熱っ!これが成長したAランクの実力なのか!」
「凄いわね…」
ラプトリアも驚いているようだ。
ブレス自体は何度も見て来た火炎吐息だが、今まで見て来た火力とは比較にならなかった。
普通、射程距離を伸ばすときは、圧縮させて球型……つまり火球にして飛ばすのが一般的だ。そうすることで速さと距離が稼げる。しかし威力が落ちるのと射角が狭くなるのが難点である。
だがアゼリから放たれたブレスは火炎状のままラプトリアまで届いた。速さも複製兵士の火球より断然速い。ラプトリアに届く時には広範囲に火炎が広がっていたため、大きく羽ばたいて躱さなければならなかった。躱すのに手こずったのは火炎が縦横に広範囲攻撃になったためである。
アースドラゴンでは避けようとしても、その途中で火の餌食になるだろう。ラプトリアで無ければ正に回避不能技といえる。避けたにも関わらず、大気から伝わる熱さが火の温度の高さを物語っていた。当たったら一たまりもないだろう。フェルナンドもこのブレスに手を焼いたに違いない。
第一飛竜連隊の残存兵からの報告と提出書類からある程度の情報はキャッチしていたが、文面と実物は違う事を改めて思い知らされた。
竜二にとって〝百聞は一見に如かず〟という言葉がこれ程、肯定出来たのは初めてかもしれない。
フェルナンドがやられたのも頷けた。
「ラプトリア。どうする?一旦退くか?」
さっきのブレスは確かに強力だが、多少は余力を残したブレスだろう。本気のブレスなら対処しきれないかもしれなかった。
「いいえ。実戦を積まないと強くなれないわ。ユーリー達の苦労も無駄になる。私に任せて!」
そう言うとラプトリアは直線距離における高速移動で一気に間合いを詰めようと突進する。
「マジでやってる?……私のブレスを見ておきながら正面から近づくなんて。」
アゼリは嫌味たっぷりな目でラプトリアを見つめながらタイミングを見計らって広範囲火炎を吐いた。
だがその火炎に当たる前にラプトリアは躱す……というか消えた。
消えた!
すぐさま火炎を吐くのをやめて、周囲を確認しようとすると
『下!!』
ラプトリアはアゼリの真下に現れて腹に爪を立てようとしていた。アゼリも一瞬、目を見開く。
「この!!」
ガキィィィーーーン!!
ラプトリアとアゼリの爪が交錯する。ラプトリアの爪をアゼリが爪で受け止めたのだ。ラプトリアはこの二カ月で爪を三メートル前後まで伸ばせるようになった。アゼリは伸ばした爪の長さでいえばラプトリアの半分くらいだが、受けるには十分な長さである。
『いけない!爪攻撃はラプトリアの専売特許と勘違いしてしまうが、他の竜も爪攻撃するんだよな』
それを忘れている時点で竜二は油断しているとしか思えないのだが、ラプトリアは落ち着いていた。
アゼリは爪を受けた状態で真下に向けて火炎を吐くも、ラプトリアは予測していたとばかりにすぐさま距離をとる。
その後はお互い間合いを詰めては離れる、詰めては離れるという状況が続いた。
体型が体型だけにアゼリは速さでは一歩も二歩も遅れているが、押しているのはアゼリの方である。
アゼリは攻撃の連続しているのに対し、ラプトリアは防戦一方で避けて逃げての繰り返しながら、アゼリの攻撃しだいで反撃に転じるというスタンスをとっている。
だがアゼリは、その反撃も難無く受け止め、長い首を捻りながらラプトリアの喉を目掛けて噛みつこうとする。ラプトリアは体を捻って再び間合いを取り直し、追撃の火炎も躱す。
「悉く瞬時に予測してるみたいに躱されてるしー……ラプトリアだっけ?ひょっとして<見切り>を会得してんじゃない?」
アゼリからそんな言葉が出た。
スキル<見切り>
ハルドルとの鍛錬でラプトリアが習得したスキルである。アルサーブがあれだけ夥しい傷を負っているのに今もなお前線で活躍できるのは、このスキルのおかげだそうだ。このスキルを使いこなすことで傷は追うものの致命傷は負っていないらしい。
「くぅぅ〜!ちょこまかちょこまかとウザい奴め!いち早く帝国軍を壊滅させなければならないのに!そっちがスキル使うならこっちも使うまでだ!アゼリ!奴に見せてやれ!」
「ふふーん…了解だよ。いっくよー!ラプトリア~。」
指示されたアゼリは竜二達を見据えたまま、ゆっくりと近づいてきた。
ラプトリアも警戒するが敵の出方が分からないので防御姿勢のままだ。ある程度近づくと大きく翼を広げ、首も上げた。殆ど隙だらけである。まるで「首を切るならどうぞ」と言わんばかりだった。
「誘っているようね。それなら……乗るまで!」
このまま対峙し続けても、アゼリは攻撃して来る気配はない。それならばとラプトリアは加速し、アゼリの首元を狙って突進する。スキル発動前に仕留められたら言う事無しだ。
だが次の瞬間、
キーーーン!
アゼリが強烈な光に包まれた。
!!
ラプトリアは身体を大きく仰け反って怯んだ。その後、ラプトリアは首を何度も振っているだけで、一向に動こうとしない。
『なんだ今のは!』
ラプトリア程ではないが竜二も顔を歪めている。ラプトリアの動きが突然鈍くなった。
「も~らい!」
「うっ!!」
アゼリがラプトリアの顔にめがけて三六〇度回転のテールスイングを喰らわした。肥満により素早さは落ちれど、体重差による威力は相当な重さである。
「うぅぅ!ま、まだよ……まだ続けられる。」
ラプトリアは意識が飛びそうになるも辛うじて踏みとどまり、アゼリから距離をとった。
スキル<全身発光>
これをまともに喰らってしまいラプトリアは目が眩んでしまったのだ。今もなお見えないのか、しきりに首を振ったり、下を向いたりしている。こんなスキルがあるなんて残存兵から聞いてなかった。おそらく第一飛竜連隊はこのスキルを喰らうことなく負けてしまったのかもしれない。そういう意味ではラドルズはラプトリアを手強いと評価していると言える。
視界を奪われたラプトリアにアゼリは口を大きく開けて突進した。頭部に噛みつく気のようだ。こうなってはラプトリアになす術はない…………はずだった。
そう騎士にも効いていれば…
『ラプトリア!左に回避だ!』
思念交信で竜二はラプトリアに訴える。ラプトリアは体を左に大きくスライド移動し見事にアゼリの牙を避けた。
「そんな!あたしの光をまともに喰らって、こんな短時間で回復するなんて……」
ラドルズとアゼリは愕然とする。あたかも見えるかのように避けたラプトリアだが、視力はまだ回復していない。竜二が眼となり、ラプトリアに指示を出したのだった。
では何故、ラプトリアと一緒に光を喰らったのに竜二は眼が見えているのか?
それは皮肉にもラプトリアの飛行能力の高さのおかげであった。ラプトリアは一気にアゼリとの間合いを詰めようとしたが、そのとき急加速したために、竜二は思いっきり顔をしかめて目を半開き状態にしていた。
またラプトリアが空気抵抗を少なく飛行が出来るように……そして振り落されないように普段から竜二は上体と頭を屈め、がっちりと竜具を掴む(背中にしがみつく)騎乗スタイルをしていた。ジェットコースターで先頭の席に座っている人が怖さと風圧に耐えきれず、頭と上体を下げてしまう恰好と同じ状態である。
これらの要因からラプトリアが急加速したのが幸いし、俯いた竜二は眼に直撃を受けずに済んだのである。
「むぅぅ!あの小賢しい帝国連隊長とか他の大隊長もこれでイチコロだったのにー!」
「なんだって!」
飛行中では余り音は聞こえないが、避けられた後アゼリが態勢を立て直して間合いを調整したことと、ラドルズが大声で叫んでいたことと、神殿契約で竜二の聴覚が優れていることとなどから聞こえてしまった。
「君はフェルナンド隊長もこの技を使って葬ったのか!?」
そうなると残存兵から報告に虚偽があったことになる。
「そうさ!まあ君達に報告は行っていないだろう?なぜなら目撃者がいないのだから。」
『!!』
そういうことか!眼が眩んだ者は正常に飛ぶことができない。視界を奪えば後はやりたい放題というわけだ。残存兵達は全身発光のスキルを見ていなかったから生還につながったのだろう。
「本当は使うつもりなんて無かったんだけどね。少ーしばかり彼らは粘りすぎてね。一時的に失明してもらったんだよ。御蔭でこっちの竜騎士は大損害さ。素直にやられてくれれば、視界が無い恐怖に悩まされずに済んだし、あんな無様な死に方せずに済んだのにさ。どう?僕に敵討ちでもするかい?」
ラドルズが呆れているかのように言う。あからさまな挑発だとわかる。
壊滅してしまった第一飛竜連隊だが、先の戦いで連合国軍飛竜騎士を半数近くまで殲滅していた。それはフェルナンドと腹心の部下達でラドルズと戦い、その間に他の部下たちに連合国飛竜騎士を攻撃させたからだ。いくらフェルナンドとはいえ、Aランク相手に時間を稼ぐ事は難しいと思ったのか、攻撃せずに防戦に徹していた事と、アゼリの体型による鈍重さがネックとなり、時間を稼ぐことが可能となった。結果としてフェルナンドと側近達は戦死したものの、痺れを切らしてスキルを発動したラドルズがフェルナンドを殺した時には連合国一般飛竜騎士は半数近くまで減っていたのである。
負けるのを覚悟の上で自ら体を張り、敵の兵数を減らす事を優先し、次に戦う帝国飛竜騎士が少しでも楽になる様に大局を見据えたフェルナンドを第一飛竜連隊の残存兵は切実に教えてくれた。
フェルナンドとは余り会話はしなかったが、同僚としてその想いを無駄にするわけにもいかない。
「復讐などというものをするつもりはない!戦争の結果は先人達の遺産だ。どんな死に方でもそれが誰かの為に一生懸命になれたのなら、それは決して無様じゃない。」
「はぁ?お笑いだね。君にも見せてやりたかったよ。眼が!眼が!と叫びながら、次々とあっけなくやられる帝国竜騎士達の様を!余りにもあっけないからちょっと手加減してやったんだ。そしたら、血を出しながらますます苦しみ出してさ。いやあ愉快だった!」
「……だったら俺が君を帝国竜騎士の状態にしてやるよ。知っているか?俺は竜使いになって三ヶ月少々しか経ってないんだぜ。そんな新米兵士相手に今もなお討ち取る事が出来ない君はどうなんだ?ましてそんな男に無様に負けたとしたらどうだ?」
竜二は挑発に挑発で返した。
「!!この…殺してやる!まだ君の相竜の眼は回復してないはずだ!火炎で焼き尽くしてやる!今度は外さない。アゼリの本気の火炎吐息を見せてやる!!」
挑発しておきながらラドルズはしっかり竜二の挑発に乗ってしまっていた。目が血走っている。アゼリが大きく息を吸い込むのが分かった。
「そうか………でもラドルズ君さ。君は冷静さを失うと周りを見ることさえ出来なくなるらしいな。」
「へ?」
ラドルズは急いで辺りを見渡すと
ビシッッ!!
「ぎゃあああ!」
顔面に思いっきり鞭で叩かれた。痛さの余りラドルズは顔を両手で押さえ蹲っている。
アゼリの左後方に流れる雲の中から大きめな竜のシルエットがゆっくりと現れた。
その姿は冥府から這い上がって来たような凄まじい容貌の竜だった。
「待たせたのうボス!雑魚はあらかた片付けた。これより加勢しようぞ。」
そこにはポッチャリ体型なアゼリよりも大きいユーリーと、ちょこんと騎乗するリサがいた。




