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ドラゴンライダー立身伝~銀翼の死神~  作者: 水無瀬 凜治
遊撃隊長昇任後
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将旗と将章

帝都の冬は寒い。


雪は余り降らないものの、芯まで冷えるような寒さだった。

冬場でも竜騎士は騎乗訓練は怠れない。怠れば相竜の勘が鈍るし、耐寒訓練にもなるし、非戦闘時の最低業務内容でもある。

訓練が欠かせないのは竜騎士に限らず、一般兵も同じである。だが一番の怠れない理由はリサやハルドルとの連携強化であった。

訓練する時間が無かったというのもあるが先の内乱ではひたすらラプトリアの単騎での活躍になった。あの時はリディアが自由に戦ってハルドルがリディアを守りつつ反撃というスタイルになったが、隊長になった以上いつまでもハルドルに任せきりにはできない。

竜二自身、今まで纏まった訓練期間は取れなかったので、ここぞとばかりに鍛錬と連携強化訓練に励んでいる。リサが単騎でも十分に強いので、逆にいうと連携強化に重点を置けるという理由もあるのだが…


ハルドルが回復してから二カ月が過ぎた。

とはいえまだ二月中旬である。寒い事には変わりない。

寒いとはいっても騎乗してしまえば問題ない。飛竜は高度の高いところでも平気であることから五感体感(フィーリングセンシー)を活用する事で低体温症や低酸素にも耐えられる。

運動能力の低い竜二をはじめとする全ての竜使いが高度の高い上空にいても平気なのは、このフィーリングセンシーのおかげであった。これによって大きな旋回によるGにも耐えられるし、強い紫外線や上空の寒さにも順応できるのだ。


この世界に来てからは時間を見つけてジョギングや筋トレをしてはいるものの、実際の竜二の運動能力はアウザールに転移前より毛が生えた程度のモノだった。かといって剣術や武術を学ぶことも出来ない。それを学ぶための基礎体力こそが不足しているためだ。純粋な戦闘能力なら明らかに竜二が足を引っ張っている。

ラプトリアとユーリーとリサとハルドルとアルサーブの強さは証明済みなので自己鍛錬を優先したかったが、そうも言ってられない。

竜騎士は相竜と共にあってナンボの世界だからだ。


よって今日もラプトリアに乗ってハルドル監修の下で騎乗訓練、戦闘訓練、連携訓練に勤しんでいる。

それが終わると竜二は体力の大半を使ってしまって出歩くのが億劫になってしまい図書室で独学に励む。

どちらかというとインドア派で休日では家で本を読んだり、テレビを見ることが多かった竜二だけあって室内の方が落ち着く。

その後、夜にラプトリアの竜房に向かって知識欲旺盛なラプトリア様に竜二先生の講義が始まるというのが最近の竜二の一日の流れだった。


尤もこのスケジュールは一週間に三日だけであり、三日は資金調達として強化代行業と交易業の継続である。連隊から独立したとはいえ、相変わらず運営資金は自己調達もしなければならず、隊長の泣き所であった。尤も資金面には余裕があるので程々に手抜きはしていたが…。


残りの一日は休日になっていて普段はハルドルやリサを食事やお茶に連れていっている。酒場にも連れていくことはあるが酒と言えばビールとワインなどの醸造酒がメインで蒸留酒は希少であり、その醸造酒も保存状態が悪いせいか味も良いとは言えず、もっぱら夜の外食用である。

(ちなみにリサが酒豪という意外な事実が分かったのは余談である)


今日も竜二は二人を喫茶店に連れて行っていた。リサは酒豪だが、それ以上にお菓子が好きで良くスイーツが食べられるところへ行きたがる。この店もリサの見つけた店だった。


「どうですか?この店のスイーツ?」


「うん、まあ………おいしいよ。」


竜二もスイーツが好きなのでお茶には付き合うのだが、この世界のスイーツはとても褒められたものではなかった。

板のように固いビスケットにドライフルーツが乱雑に乗っかってて、その上に蜂蜜をかけているだけの粗末なモノであった。最初は「これがお菓子の原型なのかな?」と探究心丸出しで見たものだが、回数を重ねるごとに飽きてきて、今では完食するのが億劫になってきていた。

士爵館の厨房にある竈をオーブン代わりになるならば自分でお菓子を作った方が良いのではないかと竜二は思い始めている。

そんな竜二の心情などお構いなしにリサは美味しそうにスイーツに満面の笑顔でかぶりついている。余程好きなのだろう。


「お?来たようですな。」


それまで一緒にスイーツを食べていたハルドルが立ち上がり、店外に出た。知り合いでも来たのかな?とリサと向かい合っているとハルドルは男性を引き連れて店内に戻ってきた。


「隊長、紹介します。私の従士のバルスです。」


「ご紹介に頂きましたバルスと申します。雷鳴閣下にお会いでき光栄です。」


「あ!どうも初めまして松原竜二です!」


バルスと名乗った男は竜二の前で丁寧に礼をして挨拶する。咄嗟にフォークを置いて立ち上がり、竜二も慌てて挨拶した。リサもそれに倣う。

その姿を見てバルスは目を見開いた。


「隊長。隊長は目上ですから、そこまですることはありませんよ?」


「あ!……まあ癖って奴だよ。良いんじゃない?礼には礼で返すというのも。」


「隊長らしいですな……ではバルス、戻っていいぞ。」


ハルドルはバルスと違って竜二の性格も大体分かってきたので寛容に受け止めている。


「は、では失礼します。」


そう言うとバルスは一礼したあと店から出て行った。


「帯剣していたけど……剣の使い手?」


「ええ、それも師範を務めておりまして何人か弟子もいるそうです。剣一本で戦場を渡り歩いて生還してきたほどでしてな。」


聞くとバルスという男はハルドルの個人契約の従士だという。見た目は中国人の剣術師範が着るような服装だった。体の線も細く、東洋系の体型である。年齢は四十代半ばぐらいだろうか。髪は長めのストレートで顔立ちは東洋人に近く、幾度も戦場を潜り抜けてきたような鋭い眼をしていた。リサも東洋系の顔立ちなので驚きはしないが、中国を連想するような服装をしている人は見たことが無かった。ハルドルに尋ねるとやはりアウザールよりももっと遠方の方から来た人らしい。出生地はハルドルも知らないという。


武術の素人の竜二でもバルスが只者ではない事はすぐに分かった。バルスからは隙というものが感じられなかったのである。うっかり頭を小突こうものならその瞬間、腕が斬られていたような感じがしたものだ。


「バルスさんとはどういうきっかけで従士にしたのですか?」


「なんてことはないよ。彼が行き倒れていたのさ。資金は持っていたが、このアウザールでは使えない通貨らしくてね。言葉も通じないときたもんだから、生活する(すべ)が無くて、行き倒れていたとこで……」


「ハルさんと会ったと?」


「その通りです。あともう少し私と会うのが遅かったら生きるために犯罪に手を染めようと言ってましたので間一髪でしたな。」


ハルドルが介抱するとバルスが言葉が話せなかった。行き倒れている時から帯刀してたので剣がそこそこ使えるのではと思った事と、ちょうど従士が不在だったこともあり個人契約をしたという。

個人契約すると契約者は騎士の母国語を話せるようになったり、生活習慣に順応できるようになるためである。

何の理由でこのアウザール大陸に来たかは口を噤むがバルスの剣術は帝国の剣術師範が舌を巻くほど優れており、ハルドルは安心して背中を任せられる程だという。


ちなみに今は温和なハルドルに戻っている。どうやら本当に真剣な時や怒っている時、そして昔からの付き合いのある人に対してはぶっきらぼうな口調になるようだった。竜二も今のハルドルの方が接しやすくて好きなので、あえて改めるように促してはいない。


「ちょっと聞きたいんのだけどハルさんの従士は彼が初めて?」


「いえ……国契約と個人契約の従士一人ずついましたが、もう亡くなりました。ずっと前の事ですけどね。」


「…悪かった。」


ハルドルほどのベテランが今まで一人も従士を抱えたことが無いというのも不自然だったので軽い気持ちで聞いてみたが、かなりシリアスな理由だった。


「いやいや騎士然り従士もまた然り、死との隣り合わせのようなものです。いつまでもクヨクヨできませんよ。そういう隊長も戦闘においては素人ですから早めに武術の心得がある人と個人契約した方が良いでは?」


「うん……そうだね。」


切実な悩みではあった。

現状では武器もろくに振るうことが出来ず、修業しようにも武器を振るうだけの筋力も体力も欠けていて基礎体力強化の鍛錬に甘んじている竜二にとって、個人契約の補士官は是非とも欲しいところであった。だが帝都にいると治安が良い事もあってその必要性を忘れてしまう。なにより目ぼしい人は皆契約を結んでおり、後発組の竜二には中々「この人なら!」というような候補はいなかった。


「閣下。そんな神妙な顔しちゃだめですよ。あ!そうだ。これを機に将旗を決めたらいかがですか?」


リサは愛嬌たっぷりの顔を近づけて提案してきた。口の周りに蜂蜜が付着していて子供っぽく愛くるしく感じる。


「そういや決めてなかったな。ようし!そうしよう。」


将旗を決めるのははっきり言って休日しかできない事だった。早速士爵館に移動してハワード達と合流して決めることにした。






「将旗の模様の制限は結構厳しいです。言い換えれば制限さえ満たせば自由ともいえます。」


士爵館到着後の将旗決定会議?の打ち合わせで一番にしゃべったのはビボラの一声だった。


聞くところによると

「竜」は聖教のシンボルだからダメ

他の将軍位を賜っている将軍が掲げているシンボルもダメ(軍籍から離れた場合は使用可能)

将軍がもう退役していたり戦死していた場合でも、その将軍の知名度が高いようなら住民達に浸透しているのでダメ

逆に反逆した将軍の将旗も縁起が悪いのでダメ

敵の将軍の将旗も戦場では紛らわしくなるのでダメ

「獅子」はレッドゴッドの国旗なのでダメ

敵対勢力のバレリーの王旗の「鷲」もダメ

「弓矢」もタカツキのシンボルなのでダメ


他にも帝国にとって神聖な物に関するものの一部は許可が下りない。

ずいぶん制限されているなと思った。まさに早い者勝ちと言える。シンボル一つで此処まで著作権みたいなものがあるとは思ってもみなかった。しかし竜二が驚くのはこの後である。


「虎」ダメ「熊」ダメ

「狼」ダメ「馬」ダメ

「隼」ダメ「梟」ダメ

「猿」ダメ「鹿」ダメ

というか多くの哺乳類や鳥類はダメ

「剣」「槍」「斧」など大半の武器もダメ

「盾」「兜」「鎧」などの防具もダメ

架空の生き物もダメ

植物の絵も掲げている人が多いというから厳しい


こうなったら新撰組みたいに文字で表記しようと思ったら、それは爵位や家名を現わす場合のみであると来たものだ。

何が「制限さえ満たせばシンボルは自由」だろう。制限だらけではないか。どれだけ重複するシンボルがあるのだろう。これだけ著作権が厳しかったらむしろ清々しい。歴史に名を残せばそれだけでそのシンボルは後世に残るからだ。


「架空の生き物がダメという事は神仏や神獣もダメか…」


阿修羅とか明王とかでもいいかなと思ったがそれは出来ないらしい。シンボルに掲げられるのは専ら両生類とか爬虫類とかが主だったが竜二は消極的だった。


「蛙とか蜥蜴とか井守(いもり)か……カッコ悪ぅ〜……」


というか周囲から遠ざかれそうだった。せっかくの象徴物なのだからインパクトのあるものにしたいというのが竜二の思いだった。


「爬虫類も馬鹿には出来ないと思いますが…」


ビボラは爬虫類を過小評価するのに納得がいかないようだった。確かに弱くはないが万人受けするとは思えない。ビボラは爬虫類が好きなのか爬虫類が嫌と言った途端、一瞬眉をしかめた。ちなみに爬虫類はワニ以外は大丈夫とのことである。


「もう一つありますよ。水生生物です。海洋生物とか漁に関するものを掲げている将軍はごく少数です。」


「お!それいいじゃないですか!」


ハワードから助言があった。

クジラ、シャチ、イルカ、サメ、イカ、タコなどの海洋生物や河に生息する水生生物もオーケーらしい。漁具も掲げて良いらしく、銛とか網でも良いそうだ。

しかしそれを象徴として将旗にするにはしっくりこなかった。

何せ飛竜騎士である。空と海との連想は全く違う。空で活躍する騎士が海に関するものを掲げても表現に難があるような気がした。


もっとこう格好良いというか周囲が驚くような、もしくは恐れるような一回でも見たら忘れない位のインパクトある将旗を掲げたいと願う竜二の我儘である。


「農作物とか食べ物なんていかがですか?」


「それは軍人が掲げるに向かないんじゃない?」


リサの提案も却下となった。メルヘンチックなこと言ってこないだけマシだが、そのような物を掲げれば多くの人が首を傾げるだろう。


結局、話し合うも中々良い象徴が浮かんでこない。せっかくの休日なのに決まらないのは手際が悪いと妥協して水生生物にしようかと思っていた矢先、


『海に関するものは殆ど大丈夫なんだよな……非生命体でも構わなくて……戦争屋である軍人が掲げても違和感なく……それでインパクトあるモノ………』




「そうだ!!!」


竜二の脳裏に閃くものがあった。突然の大声に周囲が驚く。


「あった!ありました!之ならどうです?」


そんなことはお構いなしとばかりにすぐさま竜二はデッサンしていく。ハワードたちは困惑しつつも竜二の描く紙に見入る。竜二は絵の腕に関しては上手くもないが下手でもない。大抵の人になら問題なく分かるレベルである。

五分もしない内に完成した。


「どうです!これ?」


「え?………これは……」


竜二が描いたのは正面から見た大きめの頭蓋骨の後ろで二本の剣が突き刺しているかのように交差している絵柄。


いわゆる「海賊旗」である。


海と言えば海賊。海賊の象徴は髑髏。これなら架空の生き物ではない。今までの話を聞く限り、掲げている人は皆無だろうと思った。


「……この骨の絵は何の象徴ですか?」


ビボラは全くの予想外とでも言いたげに呆気にとられながら尋ねて来た。どうやら即否定しないところを見ると著作権とやらには引っ掛からないようだ。


「俺の世界ではよく知られたシンボルなんだ。この髑髏の絵があらわす象徴は死の象徴、恐怖の象徴、強さの象徴を意味するんだ。この旗を見て従わなければ骨と化すぞという警告が込められている。示威行動にも使われてこの旗を見ただけで恐れおののき逃げる者や降伏する者もいるんだよ!」



「隊長の世界の象徴ですか?なんか威圧感ある感じですね。骨なのに弱々しさは感じられないですな。」


ハルドルも意外そうな顔をしている。だが決して嫌悪している感じではなかった。


「自分も…嫌いじゃないです!ユーリーの容貌が容貌ですから……適している気がします。」


リサも控えめに肯定的だった。ユーリーの容貌による後ろめたさがあるのだろう。逆に竜二が可愛らしいものをシンボルに掲げていたなら心苦しかったに違いない。竜二からすればリサの気持ちを汲んだわけではなかったが、結果オーライという形になった。


「後ろの剣は剣を掲げている将軍と重複しないですかね?」


「それは大丈夫だと思います。髑髏の絵が主体になっていて剣は際立っていませんから。」


メインになっておらず引き立て役になっているようなら重複OKなようだった。その境界線は不明ではあったが、突っ込めばさらにややこしくなりそうだったので竜二は我関せずに切り替える。


「それじゃあ、これで申請してみてください。実際の旗の絵柄は黒地に白の塗料で描いてほしいです。将章もそれで!」





翌日、全く問題なく正式に髑髏(海賊旗)の絵柄は認められた。

かくして松原隊長率いる第一特別遊撃隊は将旗と将章がここに決まった。これでようやく隊の体裁は整えることが出来たと言える。


竜二が書いた髑髏の絵は優しいタッチでコミカルに描いたつもりの髑髏の絵柄だったが、軍部から完成品を支給された将旗の髑髏の絵はまるで実物を見ながらスケッチしたかのようなリアルで生々しい威圧感たっぷりの髑髏の絵が描かれた旗であった。

帝国軍人達には雷鳴将軍の将旗がようやく完成したという事で話題になるも、将旗に描かれた迫力と込められた意味を知ることで末端兵まで興味を持つようになり、比較的早く帝国軍内に浸透していくこととなる。




その将旗が決まるのを待っていたとでも言うかの如くタカツキとの戦争が本格的に開始されたのは何とも奇怪なことである。




感想にもありましたが竜使いがGや低酸素に耐えられる説明を入れてませんでした。

ようやく説明する機会がありまして記述できました〜

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