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ドラゴンライダー立身伝~銀翼の死神~  作者: 水無瀬 凜治
遊撃隊長昇任後
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ユーリーの素性

ハルドルはゆっくりと目を覚ました。まだ軽い頭痛がする。


「気が付いたようですな。」


「ここは?」


「ここは士爵館のハルドル様のお部屋ですよ。」


目の前には老人が座っていた。老人はハルドルの脈を取る。どうやら医者のようだった。


「水分が減っているようだ。のどが渇いてませんかな?」


「ああ……カラカラだ。ぜひ飲ませてくれ。」


老人の医者は助手に水を持ってくるよう手配した。


「一体、どのくらい俺は眠っていたんだ?」


「そうですな。二日程度でしょうか?」


「二日か…」


どうりで喉も渇くわけだ。助手が持ってきた水をハルドルはゴクゴク飲んだ。


「二日とはいっても帝都に入ってからの日数ですからな。雷鳴将軍閣下いわく帰還する際、一泊したそうなので実際は三~四日くらいでしょうか?」


そんなにか?そう言われると思い出してきた。あの時、野営地に戻ろうとして岩肌から野生の竜が現れて自分が威勢よく飛び出したくせにあっさり捕まってしまったんだ。

捕まった後の記憶は曖昧だ。必死にもがいたことは覚えている。


水のおかわりを要求し、助手が汲みに行ったところで竜二達が入室してきた。


「お?ハルさん!気が付いたんだね?先生、彼の容態はいかがですか?」


「とりあえず安静にしていれば問題ないでしょう。少なくとも明日までは安静にお願いします。あと水分はしっかりとお取りください。それ以外でお体の方で何かありましたらお呼びください。」


一礼して老人の医者はそう言うと若い助手と共に退室していった。背中越しにハルドルと竜二は礼を言った。


「いやあ、それにしても回復して良かった。顔色は良くなっているし、容態も安定しているのに中々目を覚まさないから心配したよ。」


「心配おかけしてもうしわけありません。私が気を失ってから何かありましたか?」


竜二はハルドルが目を覚ますまでの間に何があったか説明した。


竜二の機転でゾンビ竜を追い詰めることが出来た事

偶然にもリサがそのゾンビ竜と契約出来た事

契約が上手くいかなかった理由はリサが両利きだったことが原因であった事

ゾンビ竜をユーリーと命名した事

下位の竜の群れをリサと共闘で撃退した事

リサと共闘するためにアルサーブの竜具を借りた事

ユーリーに乗った途端リサが人柄が変わってしまった事

帝都に着いてからエバンスに正式に遊撃隊長に任命された事などである。


本当はハルドルがなかなか目を覚まさない為、彼を気遣ってゆっくり飛んでしまったために条件の期限ギリギリに帝都に到着したためエバンスに嫌味を少々言われたのだが、それについては今まで世話になったハルドルに向かって恩着せがましいと思ったので言わないでいた。


リサの変貌ぶりに関しては帝都に着くまでにいろいろと試してみた。まずユーリーに騎乗した場合には必ず変貌する。ラプトリアに乗せてみても同等に変化した。まさかと思い、馬にも乗せてみたらまたも変貌した。何かに騎乗しているときに限ってあの〝高圧的で不敵なリサ〟になるらしい。リサ曰く自分では自覚が無いようで、ただ「爽快感と優越感に満たされているだけ」だと主張しているが……

この話を聞いたときはそんなわけないだろうと突っ込みたかったが、いつもの純朴な目で訴えてくるため嘘ではないと思う……


当のリサはビボラと共に魔道学校に行ってしまった。魔法を体得できたことに加えて竜使いとして竜二の幕下に正式に加入したためである。過去にも竜騎兵になったことで特例処置で卒業できた学生もいるらしいので簡単に卒業手続きは完了するとビボラは言った。竜二は例え手続きが困難でもリサの凄まじい戦闘力を見てしまった以上、彼女を手放すのは惜しい。学費くらいプライベートマネーで肩代わりするつもりだったのだが、ビボラは心配ないと言った。


「あの校長が私に向かって四の五のぬかすはずありませんよ。」


薄気味悪い笑みを浮かべながらそう言ってきたので、とりあえずは任せていいのだろう。



「リサがあの竜と契約出来るとは驚きですな。エバンス閣下は何か言ってましたか?」


「それが竜使いを新規加入出来たことを伝えると、リサを見るでもなく、〝よし!今日から遊撃隊長だ〟と慌てる風で言ってきたんだ。おかげでユーリーを見せる必要もなくなったけど。」


リサの相竜を見せろと言われたら、素直に見せるべきか何か言い訳でも取り繕うか迷ってただけに拍子抜けだった。


エバンスからすれば竜二達は竜使い一人くらいなら簡単に加入させられると思っていた。ハルドルがついているのに竜二達が期限一杯まで使うとは思っていなかったのだ。期限ギリギリで報告してきた時は肝が冷えたものである。


「アルサーブは元気ですか?」


「ハルさんより一日早く意識を取り戻した。明日には飛行が出来ると言っていたよ。」


「そうですか……良かった。」


ハルドルはそこまで聞くともう安心したとばかりにまた眠りについた。まだ意識がはっきりしていないのかもしれない。

竜二とハワードは静かに部屋から退室する。その足で二人は竜舎に向かっていた。


「ところで教官。ユーリーに関して何か分かりましたか?」


帝都に到着後、最初にユーリーを見た時、「何だこの竜は」とばかりにハワードも大変驚いた。ハワードでも現状ではどんな竜か分からないとのことだったので「調べてみますから時間をください」と言われたのである。


「分かった事は分かったのですが……」


ハワードの口調はぎこちない。


「全部は無理だったとか?」


「というかなんというか………………」


「きょーかーん!もったいぶってないで早く!!」


まるでこれから内緒話を聞く直前でお預けを喰らったような衝動に駆られた。


「落ち着いてください。不明な点もありますが……まあ分かった限りで話しますよ。少し支殿での講義の復習も入りますが……」



遥か昔、人間は現在のように竜の種族を細分化しておらず、種族名も鮮明にしていなかった。なぜなら竜の種族は現在ほど多くなく、姿形(すがたかたち)も極めて似通っていて見た目に大きな違いはなかった。そのため、人間達は竜を色で呼んでいた。


体色が赤ならレッドドラゴン、青ならブルードラゴン、緑ならグリーンドラゴンといった感じで呼んでいた。飛竜と地竜との区別に関しては当時、飛竜に緑色の竜がおらず、逆に青い地竜がいなかったなどの理由から、体色による呼び方でも余り不自由しなかったようである。


その中に体色が黒いブラックドラゴンという種がいた。獰猛な性格で狡賢く、人間達に懐かない。むしろ危害を加えることが多く、雑食性で草食動物や農作物を食い荒らし、人間さえも捕食する。退治しようにも群れでも単独でも行動するため、普段は見つけるだけでも一苦労であり、見つけて倒そうとしても単独で叶わないと知るや群れで襲い掛かってくるため人間ではひとたまりもなかった。ブラックドラゴンは身体能力が高く、多彩なスキルやアビリティを有し、単体でも非常に強かったという。


自分達の生活を守るために人間達は徒党を組みブラックドラゴンを退治していくことにした。しかし、ブラックドラゴンの強さは人間が何百人がかりでも苦戦するほどで、撃滅には困難を極めた。

そこで人間達はまだ孵化してない卵や弱い幼竜に目をつけた。親竜も一日中、起き続けて警戒するわけにはいかない。

隙を見計らって寝静まったところや餌を捕獲しに行っているところを人間達は巣を次々と襲った。

これが功を奏し、ブラックドラゴンは大幅に減少していった。その機会を逃さずブラックドラゴンの生息域を絞るために人間達は魔法をかけた障壁で囲う事に成功した。これが世界中に散らばる竜の根城(ドラゴンキャッスル)の原型である。


狡賢いブラックドラゴン達はこれではマズイとばかりに別の種族の竜と交尾をして混血(ハーフ)の子供を産ませて子孫の存続を図った。この存続への交尾は飛竜・地竜なりふり構わず行ったという。ブラックドラゴンとの間に生まれた混血の子供は別種と交わっても繁殖力は有したままであったことから、混血同士などが結ばれたりして自然的に「進化」と「品種改良」が進んでしまった。


これが特殊系に属する竜の誕生である。


つまりラプトリアのような特殊系に属する竜は皆、何らかの形で祖先にブラックドラゴンの血(遺伝子)が入っている竜族なのだ。そのため特殊系は変則的なアビリティを持っていたり、奇抜なスキルを体得したり、肉体が突然急成長したり、もしくは特異な容貌をしていることが特徴である。今でも突然変異などで新種の竜が生まれることがあるという。


特殊系の竜に謎が多いのはそのせいである。


特殊系が上位ばかりなのは遺伝子学的に下位の竜が優性で、上位が劣性なためとされる。

(人間でいうところの黒い目の人と青い目の人との間に生まれた子は青い目が劣性なために黒もしくは茶色の目の子になりやすいといったところだろうか?)


それゆえに下位の竜はブラックドラゴンと結ばれても純血種の存亡に大きな影響はなかったと言われているが、今でも学者達の見解は一致していない。


その説が正しいか間違っているかは不明だが上位になればなるほど純血種が少なくなり、下位に行くほど混血種及び亜種が少ない傾向であった。

血統保全のため、聖教はブラックドラゴンの遺伝の影響を受けてない純血種族を正統系、影響が色濃く出ている混血種族を特殊系に分けた。

聖教は混血種と契約する竜騎士が多くなるとさらに血統の混濁が進むかもしれないため、事前講義では特殊系の事は殆ど教えず、逆に正統系の事を詳しく教えて間接的に正統系と契約したがるように仕向けていた。

ハワードが支殿での事前講義で竜二が特殊系に関する質問した時、早々に話を切り上げたのもそのためである。


とここまでは竜二も知っている。講義の復習であり、士爵館の図書室内で独学でも学んだ。問題はそのあとである。


ユーリーの種族は「ソンブルドラゴン」というらしい。


特殊系の中でも極めて謎が多く、生まれてくる竜は全てユーリーのように一度死んで蘇ったかのような悍ましい姿だという。

どういう経緯で誕生したかは分かっていない。今やブラックドラゴンの血筋が薄れつつある中でソンブルドラゴンは色濃く残っているとされる。(ステルスドラゴンも特殊系の中では血筋が濃い部類に入る)


生態的には筋肉が丈夫で伸縮性があるため衝撃を吸収でき、痛覚は無いわけではないが鈍感であり、非常に打たれ強い。生命力も高くて極地でも平然としている。火にも耐性があるが、爪・角・牙は短くて戦闘には向かず、接近戦は苦手。


(それでラプトリアに懐に入られた時、なすすべが無かったのか……)

竜二は先のユーリーとの戦闘を振り返った。あの時はラプトリアに間合いを詰められて、あっさり触手を切られている。


動作は鈍重で飛行速度もやや遅い。回避力は低く、特に旋回力は最低。体格の大きさも相まってヘビードラゴン以上に小回りが利かない。


ブレスは射程が長くて射角がやや狭い。弾速・息速は速い。


だが最大の特徴は体中から伸びる気味悪い触手である。これが痛覚の代わりを務めており、この触手が感触を判別する。切られると一時的に痛みを感じるものの、これがソンブルドラゴンの手とも眼とも武器ともなるそうだ。

粘着性も強く、一度捕まるとなかなか逃れられない。伸びる長さは有限だが、この触手が三六〇度で対応できるため、後ろからの攻撃に対応でき、旋回力の低さを補っている。



ここまで聞いて竜二はユーリーが頼もしく感じると同時に疑問が湧いた。


「なんだ。謎が多いとか言ってソンブルドラゴンの事、結構分かっているじゃないですか。」


「………謎が多いのはここからです。実は今までの情報は全て野生の…未契約の状態での特徴です。契約するとどれだけ強くなるかは未知数です。裏を返せばラプトリアもそうですがユーリーもまた特殊系だけにこれ以上の事は分かりません。教団は相竜になる種と思ってなかったのか、どの書物にも契約後の記載が無いのです……」


これはラプトリアも同じである。過去にステルスドラゴンの契約例が無いため、未契約の状態での特徴しか分からなかった。


「………てことはユーリーが戦闘経験を積んで順調にリサとの絆が深まれば今より大幅に強くなるかもしれないということですか?」


「お察しのとおりです…」


これで頼もしい仲間がまた一人増えたと喜ぶほど竜二は能天気ではなかった。ということは味方の内は頼もしいが、敵となると相当手ごわくなるということだ。今は大丈夫だろうが、今後はどうなるか分からない。


『こりゃ、リサとユーリーとは日頃から面倒見なくちゃマズイかな』


竜二は今後の二人の接し方を模索しながらユーリーの竜房に向かうが、到着早々その不安は良い意味で早くも裏切られた。


「オーロくぅ~ん!ここも洗ってえ!はやく~!」


「そんなに速く出来ないっスよ。順番にやりますんで。」


ユーリーの竜房に着くや否や、聞いた言葉がこれだった。どうやらユーリーの洗浄の最中みたいだった。ユーリーはラプトリア以上にオーロの事を気に行ったらしい。オーロに頭をすりすりとこすり付けて、尻尾を振っている。

最初はリサ以外に触れられるのを嫌がったユーリーだが、今は積極的にオーロに甘えている。オーロの洗浄が非常に気持ち良かったのも好印象だったが、オーロの翼のマッサージを受けると大幅に翼が軽くなり、飛びやすくなった。そのマッサージは痛覚の鈍いユーリーでさえウトウトしてしまう程心地よかったらしい。また、オーロは筋肉が疲弊しないように竜専用の寝床も作ってくれた。御蔭で久々の爆睡が出来たという。幾ら痛覚が鈍っているとはいえ、今まで岩山で寝ていたのだ。寝心地は最悪だろう。

瞬く間にユーリーはオーロの虜になってしまった。


元々、竜好きで人の良いオーロは嫌がる素振りも見せず、後方支援士団内では上位の竜に気に入られたとしてオーロは同僚達でも鼻が高いという。それ故にユーリーが喜んでくれるのが嬉しいとばかりに良く応えている。

オーロばかりに懐いているかと思いきや、


「ん?あ!アネキ!もう少し待ってくださいよ。もう少しだけオーロくんに洗ってほしいんです!」


傍でいい加減にしろとばかりにラプトリアはユーリーを睨んでいた。ラプトリアとユーリーの竜房は隣同士で壁は着脱式なので、壁を取って、今は一つの大きな竜房になっている。


「早くなさい。時間的に貴方の洗浄時間はもう終わりでしょう!貴方一人のモノではないのよ。」


契約者のリサや竜二にさえタメ口のユーリーだが、ラプトリアには妹分を自称して敬語を使っている。一度でも自分を負かした相手は、目上として敬う主義なのだそうだ。ラプトリアも妹分が出来て嬉しいのか嫌がる様子はなかった。そんなユーリーもオーロに関しては我儘(わがまま)でラプトリアに譲らなかった。


オーロを巡る壮絶なバトルの光景を見て少なくともオーロとラプトリアがいる限り、ユーリーは味方でいてくれるだろう。


(そういえば重要な事を聞いてなかったな)


「教官。ユーリーのランクって何ですか?」


今までの話を聞く限り、特殊系である事に間違いないようだがランクは聞いてなかった。


「……分からないのです。」


ハワードは難しい顔をしながら竜二に教えた。


「へ?それは教官が分からないってこと?それとも教団自体が分からないということ?」


「両方です。言ったでしょう?相竜になることを想定してないって。故にランクが不明です。<ランク外>というランク付けになります。」


ラプトリアも謎が多いとされているがそれでもランクはAランクだと判明している。ユーリーはランクも分からないらしい。


「!!!じゃあ。ランクの判明方法は個人契約で?」


「はい。リサさんが個人契約の従士を二人抱える事が出来ればCかBランク、三人抱えられればAランクでしょう。ユーリーの強さを見るにCランクの可能性は少ないですが………」



個人契約の従士。

それは神殿契約をしない限り、手にすることが出来ない。帝国軍に軍籍を置くリサには無理な相談だった。

結局リサのランクは分からないまま、リサ・ユーリーペアの新規加入をもって遊撃隊は新たな出発をすることになった。




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