現地契約
祝・10,000文字執筆達成!!
文章多い方が読者の方も読み応えあるだろうと思いまして、2話分を1話にして執筆しました!
執筆した感想は・・・もうこりごり・・・・・・二度とやりたくないです・・・
竜二達はキャッスル潜入には無事成功した。
特に騒がれている様子もない。しかし、出入門や外周付近にいると教団兵に発見されるかもしれないので早々と内部に入っていった。途中何度も野生の下位の竜を倒しながら。
おかげでラプトリアとアルサーブの鍛錬を兼ねる事にもなり、竜二達が通った後ろにはたくさんの竜の死体があった。その死体を餌として被りつこうとまた下位の竜達が近寄って襲ってきたため、またラプトリア達が倒すというイタチごっこが続いた。野生の竜が活発化しているというのは本当かもしれなかった。
只でさえ期限が迫っているのに更に時間を費やすことになり、いい加減無視して先に行こうとしたがラプトリアやアルサーブが戦いたがっていたので、結局辺り一面の竜達を倒すまで続くことになった。
ここの下位の竜を絶滅させてしまうかもしれないと思ったが、それは杞憂らしい。それほどこのトウセイ山脈南部のキャッスルは広く、かつ険しかったのである。これなら下位の竜も隠れる場所に事欠かないだろう。
リサの風邪と刻印の入手に手間取った事、キャッスル内の地理の不慣れさ、そしてイタチごっこゆえに上位の竜がいる奥部に行くのに更に日数を要してしまい、エバンスの提示期限にあと一週間を切っていた。
期限は迫っているが収穫はあった。二匹共(特にラプトリア)疲れるどころか戦意揚々としていて、戦闘初心者の竜二でも二匹の体から「闘気」とも「覇気」ともいえるようなものを放っているのが感じ取れた。むしろ素人だからこそ客観的に見れたのかもしれない。
『明らかにラプトリアは強くなっている。肉体的にも精神的にも…』
この短期間でハルドルはどれだけ鍛えてくれたのだろう。竜二はますますラプトリアを頼もしく見えた。竜二の方もラプトリアの飛行能力についていけない事はなく、あっさり順応してしまった。
『仕事で結構車を飛ばしていたからなあ』
仕事上、他県に行くことが多い竜二は意外にも元の世界では高速道走行において制限速度オーバーで駆け抜けるスピード狂(走り屋)なところがある。ラプトリアの速度に早々と適応できたのはそのためではないかと竜二は思っていた。それでもゴールド免許なのが密かな自慢だったのだが…
「それにしても此処まで鍛えてくれたハルさんには感謝だよ。ありがとう。」
「いえ…本当の事を言うと、最初はラプトリアを脅したのですよ。『俺の鍛錬は手加減できない性分だ。鍛錬は過酷を極めるほど厳しいぞ』って。」
ハルドルとアルサーブの強さや頼もしさは先の戦いで実証済みだ。手加減されては思ったほど強くなれないだろうし、なにより先の内戦で不覚をとった無念さが彼女を奮い立たせていた。ハルドルの脅しにも臆することなくラプトリアは即承諾した。その日からハルドルの厳しい訓練が続き、ラプトリアは弱音を吐くことなく今日まで鍛えたのだ。自分の鍛錬結果を見るためにもここで戦いたいと思うのは当然と言えるだろう。
いくら竜使い捜索という主任務があったからとはいえ、竜二には訓練に付き合ってやれなかったという負い目がある。ラプトリアのモチベーション維持するためにも、期限が迫っているというのを承知の上で竜二は「イタチごっこ」を容認した。
そして今日になって、ようやくリサの相竜探しを本格化させることになった。ラプトリアやアルサーブの強さとハルドルの頼もしさから二、三日あれば苦になく契約できるだろうと思ったのだが…それは甘かった。
確かにキャッスル最奥部に向かっていると次々と上位の竜が現れた。屈しない野生の竜は次々と二匹の手によってボロボロまで叩きのめされ屈服を余儀なくされた。ここまでは良かった。リサの契約が上手くいかなかった。
刻印を利き腕に持ち、適性が合うランクの未契約の竜の頭部付近に翳せば現地契約出来るはずである。
だがリサは何回やっても現地契約が出来なかった。ランクが高すぎるのかと思って下位の竜とも契約を試みたが全然うまくいかない。
彼女は右利きだと主張しているが本当に右利きかと不審に思い、左手で再挑戦するもやはりうまくいかず、無情にも日数だけが過ぎていった。
「君の利き腕は右腕で間違いないの?」
「間違いないと思います…ずっと今まで右手で筆を持ってましたから…家族にも左利きはいません。」
「じゃあなんで上手くいかないんだろう?」
竜二は疑問を呈すがハルドルも困った顔して首を捻るばかりである。
リサは俯いて今にも泣きそうだった。せっかく見出せて貰ったのに自己嫌悪に悩まされているのだろう。
「おいおい、そんなに俯くなって。まだ機会はあるよ。何度でも挑戦すればいいのさ。」
竜二は明るくふるまう。こういう時、上官が前向きに考えなくては部下に伝染する。なんとか元気づけようとしたが、竜二もリサも「神殿契約と違って適性がある人の現地契約の失敗例は少なく、簡単にいくだろう」とハワードから聞いてしまったため、今の竜二の発言もリサには気休めにもならないだろう。
『ヤバい!こんなことなら「イタチごっこ」に付き合うんじゃなかった!こんなに余裕がなくなるなんて予想外だ。いや、それ以前に教官を連れてくればよかった…』
支殿勤務していただけに竜と竜使いの知識はハワードは大変豊富だった。戦闘要員ではないし、兼任の仕事があると思って連れてこなかったのが失敗だった。
何か問題があるのだと思って、終いにはハルドルに刻印が本物かどうかも尋ねたが、間違いなく本物であると断言されてしまう。
やっぱりリサは何も出来ない劣等生なのだろうか?
やっぱり留年生は無視すべきだったのだろうか?
やっぱりアンゴラボールだけを信用してはいけなかったのだろうか?
やっぱり自分の人の見る目は無かったのだろうか?
やっぱり遊撃隊長に向いてないのだろうか?
どんどんネガティブな感情になっていく竜二だが、竜二とリサの間の空気に危機感を感じたハルドルは野営を提言しキャッスル中間部で野営することになった。
その夜、竜二の携帯したワンタッチテント内での事でハルドルは意外な事を提案した。
「隊長、明日はもっと最奥部に行きましょう。」
「え?なんで?今までのランクの竜と上手くいかなかったのに。」
基本的に上位の竜と契約できる竜使い候補は下位ランクの竜とも契約出来るとされる。今よりさらに強い竜と契約なんて無謀に思えたのだった。
「こうなったら、如何なる局面でも試してみることです。出来る限りやっていないことに試してみましょう。」
「そうか………そうだな。でも相竜達が苦戦しないかな?」
例え出来なくとも相竜達の上位の竜に対する実戦経験を積ませる事にも繋がる。とはいえラプトリアと言えども敗北したりしないか不安だった。
「野営する時間までにここに戻れば心配いりません。起きてさえいれば二匹共野生の竜なんかに引けは取りませんよ。」
ベテランのハルドルらしい頼りになる発言だった。でも当のリサがやる気を失っていた。
「いえ…もういいです。やっぱり自分には竜使いの適性なんかありません…自分なんかのためにお二人が危険な思いをすることはありません。学校に戻ってまたいつ来るともしれない魔法の開花を待とうと思います…」
リサは泣きながら訴えて来た。今までは竜二達に迷惑を掛けるまいと頑張ってきたが、これ以上足を引っ張ることに耐えられなかった。この人達は良い人達だ。だからこそ他の有望な竜使いを見つければいいのだ。自分なんかが役に立てるはずが無い。一瞬でも希望を持った自分が馬鹿だったのだ。これ以上迷惑はかけられない。
リサが断念する理由としてここまで言うと、竜二は逆に好ましく思った。
『俺の人の見る目は曇ってなかった。こんな責任感の強い子ならなおさらだ』
元気づけようとする竜二が言う前にハルドルが割ってきた。
「なあリサ。お前はなんで魔導学校に入ったんだ?魔導士になって家族を養いたいからだろう?しかしこのまま待ったって魔導士になれると思うか?我々の事を思っての発言は立派だ。だが留年が上限に達して退学すれば家族にも心配かけるぞ。そうなれば結局、家族にも我々にも迷惑掛けるんだ。それを分かっているか?」
「え…」
実際のところ、竜使いになれなくても遊撃隊長の竜二の一声で遊撃隊に編入できるため、リサは全く心配しなくていいのだが、リサはその制度を知らない。
例え知っていても彼女の責任感の強さは良くも悪くも危険だ。この場は押し切っても今後、竜二の隊が危機に瀕するために「自分はいないほうが良い」と考えて逃げ出そうしては厄介だ。帝国において脱走は極刑である。
そうなる前にハルドルは責任感のあるべき姿を見つめなおさせようと思ったのである。
「もしここで引き上げれば、危険を覚悟でキャッスルに潜入し、野生の竜を倒し、奥部まで来た今までの我々の苦労が水の泡となるんだ?それで満足か?」
「………」
リサは返す言葉が見当たらない。自分も竜使いになることに承諾した以上、ここで断念すれば責任逃れになる。それよりも今までの竜二達の苦労と努力を無下にしてしまう。責任感から言った発言を責任感を煽る発言で返されたことに大きく動揺していた。
「いいか?今回の件でお前に責任なんかねえ。お前を見出して勝手に連れて来た隊長と、牧場で契約すればいいのにそれを却下してキャッスルに潜入することを決めた俺達だ。一学生に過ぎないお前にどんな責任能力があるっていうんだ?『迷惑かけている』と思っているなら竜使いになって我々の背中を任せられるくらいにまで強くなれ。いいな?」
「……はい。」
かすれ声だが、聞き取れる声でリサは頷いた。これで大丈夫だろう。竜二は確かな手応えを感じた。
『ハルさんはやっぱすごいな…適わないや。心身とも俺には過ぎた部下だよ…全く』
明日、密かに二人きりになった時にお礼を言おうと決めて三人は早めに就寝した。
翌日、起床したあと朝食の準備に入った。起きた時もリサの表情は明るい。取りあえず「自責の念に駆られている」という事は無いようだった。リサも朝食の準備を手伝いはじめた。
「お手伝いします。」
「お!ありがとう。」
竜二は一人暮らしが長く、きちんと自炊はしていたので料理は意外と上手だった。とはいえこのアウザールでは食材の運搬と保存の問題から簡単で粗末な料理しか作れない。女中の配膳する料理にも飽きて来たので、エバンスの条件を満たして帝都に戻ったら自炊しようと考えていた。その準備中、リサの腰につけているものが目に映った。
「あのさ、その鞭どのくらいの長さがあるの?」
「これですか?前に測った時は一〇メートル跳んで十一メートル以上ありました…」
「えーっと…それって扱える?」
「いいえ…全く……」
ずこっと竜二はコケてしまった。
リサの腰につけているものとは植物を編み込んで作ったのであろう鞭であった。
植物の鞭と言えばバラのような棘の鞭が有名だが、リサの持っている鞭に棘は無く、もっと粗末な感じの鞭だった。何科の植物かは不明だがイモ科あたりの蔓だろうか?丸めて腰に掛けてはいるが、それでも相当な長さであることがわかった。最初はロープかと思ったほどだがきちんと手で握るための柄の部分があり、丹念に編み込んでいて先端部には扱いやすいように小さな重りがついている。それだけに鞭としか考えられない形状だった。触ってみると丈夫で伸縮性はあるが、これで殴っても相手に「痛い」と感じられるようになるには相当な技量が必要な気がした。
「それって完全自作?」
「はい…途中で切るのももったいなくて最後まで編み込んでいたらここまでの長さになってしまいました…」
リサは頭を低くしつつ苦笑しながら言った。
鞭は長くても五、六メートルくらいではないだろうか?幾らなんでも長すぎだと思う。猛獣使いのサーカス団員でもこれ程の長さの鞭は扱わないだろう。
「なぜ、扱えない鞭を扱おうと?」
「…金銭的な事情です。自分には杖を買うお金も護身用の短剣を買うお金も無かったので…自分で育てた植物で何か武器になる物は無いか考えた時、この鞭が思い浮かんだんです…。扱えなくても何かに使えるかなと思って。」
リサは舌を出して笑いながら語った。
聞かなきゃよかったと思ったがもう遅かった。リサからすれば笑うしかないといった場面だった。お金の問題じゃどうにもならない。彼女のお家事情は知っていたはずなのに無神経な質問だと竜二は猛省した。
「その…ごめんね。キャッスルから戻ったら君に合う武器を調達するよ。」
「お心遣い感謝します。でもそれは契約が終わったらにしましょう。」
「ああ、そうだな…」
気を取り直して竜二達は最奥部へ向かった。さすがに竜も手ごわく、相竜二匹でも手間取ることが多々あった。何とか平伏させてみても、やはり契約が上手くいかなかった。それでもハルドルの発言が効いているのか弱音は吐かずに出来なかったら次、また出来なかったら次と飛竜地竜問わずに何度もチャレンジしていた。
このキャッスルに着いてリサが契約を試みた回数は二〇回は確実に超えているだろう。もう日が暮れて来た。ラプトリアはともかくアルサーブの飛行速度を考えると帰還するのにあと猶予は明日までと言ったところか。
時間的には厳しいが最後まで粘ろうと再び野営したところまで戻ろうと渓谷から出ようとした途端、相竜二匹が静止した。
「竜二、ハルさん気を付けて!敵がいるみたい。それも相当強い竜が!」
「うむ、私も感じます。隊長!警戒態勢に入りましょう。」
「分かった。」
ラプトリアとアルサーブは着地して臨戦態勢に入った。
飛び立つ時、飛竜は無防備になりやすい。このような見通しの効かないところでは地上で様子を覗うのが普通だ。思わず竜二はシグに手をやる。
五分経っただろうか?ここは一気に駆け抜けた方が良いのではないかと提案しようと思ったときに事態は動いた。
渓谷の岩の隙間から赤い光弾のような物が竜二達目掛けて飛んできたのである。ラプトリアもアルサーブも瞬時に察知して躱した。
「ほう…やるじゃないか…伊達にここまで…来てないねえ…」
人語が不慣れなのか途切れ途切れで声が聞こえる。気迫のある落ち着いた高音の女性の声だった。
「ああ!?不意打ちとは大層な事をするじゃねえか!!姿を見せろーー!」
ハルドルの怒号ともいえる一声が響き渡る。
「竜騎士風情が…吠えてんじゃ…ないよ…」
渓谷の岩肌が一部崩れ、不意打ちをくらわしてきた奴が姿を現わした。
『なんだよ!ありゃあ!!あれで竜かーー!!』
竜二は思わず心の中で突っ込んでしまった。
岩肌から出て来た竜は異形ともいえる存在だった。確かに竜の形はしているが、ラプトリアやアルサーブとはかけ離れた姿だった。
全体的に太いラインでミッドナイトブルーの体色に赤い眼で目玉が無い、首が長く、口は大きく裂けていて牙や歯茎はむき出し。体の大きさはラプトリアよりも大きく、特に頭部は顕著だった。所々皮膚が剥がれたかのように筋肉が剥き出しており、剥がれた皮膚らしきものが海藻みたいに垂れ下がっている。翼は大きめで一部傷んでいる感じだ。
声からして雌竜だろうか?飛竜であることに間違いなさそうだが、まるで死んで腐敗が始まった竜がゾンビとなって復活したかのような悍ましい姿である。
『なんというか小説や童話やゲームなどでは絶対ラストボスか大ボスで登場しそうな竜だ。こんな姿で立ちはだかるなんて反則だろ!』
竜二が心中で突っ込みまくっている中、ラプトリアや「ハルドル・アルサーブ」ペアは冷静に相対していた。
「どうやらすっかり囲まれているみたいね。」
岩肌が次々と崩れたかと思ったら四方に似たような竜が何匹も現れた。どうやら自分から狩りに行くのではなく、アリジゴクのように此処に来た獲物を仕留める手法をとっているのだろう。
竜二は驚きと恐怖で一瞬身が竦んだが何とか立ち直れた。リサに至っては体が大きく震えるほどに怯えており、竜二の背中にしがみついている。そのおかげで竜二は少しずつ立ち直れることが出来たのである。
〝人のふり見て我がふり直せ〟とはよく言ったものだ。
尤も一番の落ち着けた理由はラプトリアの強さを知っているからだったが。
「ここは…アタシらの…縄張りさ…残念だったねえ…今日がアンタらの…命日になるのさ…命乞いは受けつけないよ…さっさと…くたばりな…!」
最初に現れた雌竜がリーダー格だろう。彼女の号令と共に囲んでいた手下のゾンビ竜が一斉に竜二達に襲い掛かった。
相竜二匹は微動だにせずに接地したままだったが、敵の攻撃が当たる直前に上空へ飛んで躱した。手下のゾンビ竜達がお互いぶつかり合う。そこをアルサーブが連続対地攻撃でまとめて複数のゾンビ竜達を沈黙させる。
ラプトリアはというと、出遅れて襲い掛かれなかった竜達に高速でたちまち間合いを詰め、次々と敵の首を切断していった。
アルサーブの対地攻撃から辛うじて逃れた竜達三匹がいたが、その竜達は逃げるどころか再びアルサーブへ向かってくるも寸でのところで躱し、一匹のゾンビ竜の首を牙で噛み千切った。残りはラプトリアの爪で一掃される。
「ほう…やるじゃないさ…」
リーダーのゾンビ竜は仲間がやられていても怯むどころか、むしろ不敵にこちらへ向かってきた。
「隊長!私とアルサーブにお任せを。」
言うや否やハルドル達は敵に向かっていった。
一体、何ランクの竜なのだろう?いやそもそも聖教がランク別に認定している竜なのだろうか?もし上位なら、または教団非認定の竜ならハルドルが危険だ。心配ではなったが、竜二個人の戦闘力はたかが知れているしラプトリアにはリサも乗っている。
ここは身軽で経験豊富なハルドルが対峙するのが正解だろう。勿論いざという時のためにラプトリアは警戒態勢を怠らない。
ゾンビ竜はアルサーブに向かって口から光弾を吐いた。弾速はかなり速い。アルサーブは避けようとしたが、その速さゆえに回避が間に合わず、前足に当たった。アルサーブは痛がるそぶりも見せずに瞬時に威力を溜めたブレスを吐く。少々強引だが打たれ強さを利用したカウンターアタックだ。敵は躱せずにまともに直撃を受ける。
『決まった!モロに入った!』
ゾンビ竜からは火と煙が上がり、地面に墜落した。
アルサーブは今になって前足を痛がっている。右前足からは血が滴り落ちていた。よく見てみると結構深手のようだった。
「ハルさん!アルサーブ相当な重傷じゃないか!?早く手当てをさせよう。」
ハルドルは直ちにアルサーブに着地するよう指示を出し、アルサーブは高度を下げていくもその途中に事件は起こった。
煙に包まれているゾンビ竜から突如、くねくねした細長いものが現れ、瞬く間にアルサーブを捕縛する。イカの足のような軟体動物の足にも見えるがちょっと違う。まるで体の中から生えているような…
『……触手だ!触手が体中から生えてアルサーブを捕縛しているのか!?』
捕縛されたアルサーブは踠けど踠けど抜け出せそうになく、逆にハルドルまで絡まっていた。このままではヤバいとラプトリアは救助に行く。
「させると…思うかい…」
そうはさせないとばかりにラプトリアに光弾を放つ。相変わらず速い弾速だったが、ラプトリアの飛行能力はアルサーブと違う。至近距離での光弾発射かつリサと竜二を乗せていたにも関わらず、まるまる回避してアルサーブを拘束している触手を切断する。
「な……に!…だが…逃がさないよ…」
一旦アルサーブを落としかけるが、切断したと思ったら素早く根元から新たに触手を伸ばしてまたも拘束してしまった。
触手は一度に伸ばせる長さに限度があるのかラプトリアがある程度離れると触手を伸ばそうとしない。ラプトリアは再びアルサーブの救出へ向かう。するとまた光弾を出して触手を伸ばし、ラプトリアが避けて触手を切断する。今回は竜二もシグで支援射撃を行う。
けどゾンビ竜は痛がるそぶりを見せることなく、また拘束されるという全くもって埒が明かない繰り返しになっていた。
次はさらに触手への攻撃の延長で頭部にも爪で攻撃して首の切断も試みるが肉が厚く、非常に伸縮性が高くて爪が喰い込むも斬るまでには至らない。信じられない打たれ強さだった。
「くっ…竜二!このままじゃ二人が!」
「分かっている!」
触手に何らかの吸引能力でもあるのか…明らかにさっきまで踠いていたアルサーブやハルドルがだんだん大人しくなり衰弱し始めているのが分かる。もはや猶予は無いと言ってよい。でもどうすれば良いのだろう。竜二は焦って何も思い浮かばなかった。
『せめてラプトリアがブレスを吐ければ……………いや、駄目だろうな』
アルサーブの溜め込んだ高威力のブレスをまともに喰らったのにあそこまで動けるのだ。付け焼き刃でブレスを放っても役に立つとは思えない。
ラプトリア自慢の爪攻撃は駄目。竜二自慢のシグも駄目。もう一度触手を切断しても結果は変わらないだろう。頭突きやテールスイングをやっても触手には望み薄な気がした。むしろラプトリアが拘束されてしまう可能性が高い。
『こっちのアドバンテージは隠蔽と速さだけか……』
竜二は自分の腰にしがみついているリサを見た。振り落とされないように必死みたいだった。せめて「リサだけでも守らないと」最悪ハルドルを見捨てることも考えなければならないかと思った矢先、不意にリサの腰についている鞭が目に入った。
『あの無駄に長い手作り鞭か………………ん?待てよ。あのゾンビ竜は見た目こそゾンビだが本当の完全なゾンビってわけじゃないよな?速度と隠蔽で優位なら…………』
「!」
竜二の直感が働く。
イチかバチか!竜二は賭けに出た。
「リサ!その鞭を貸せ!」
「は、はい!」
リサは慌てふためきながら竜二に手渡した。竜二は鞭を受け取った後、ラプトリアにマインドキネシスで交信する。
『いいかラプトリア!これからこの鞭を強化して…………………してみようと思う。協力してくれ!』
『分かったわ!いつでもいいわよ!』
竜二は鞭を急いで形作って結び始めた。
「ようし…出来た!!フェーースアップ!!」
結び終わると同時に魔法を詠唱し、立ちどころに鞭は強化された。
「ようし!駆け抜けろ!チャンスは一度限りだ!」
「しっかり捕まってて!」
ラプトリアは再びゾンビ竜のところへ向かった。
「何度…来ても…同じさ…今度こそ…捕えてやるよ…」
ゾンビ竜が今度は外さないとばかりに空いている全ての触手を伸ばしながら光弾を放ってきた。だが当たる瞬間、ラプトリアが消えてしまったのである。
「な…に…?どこ…へ!?」
きょろきょろ見渡すがどこにもいない。仲間を見捨てたのだろうか?それならそれで構わないのだが、今までの必死さを見ているだけに今になって仲間を見捨てる選択をするとは考えにくい。ゾンビ竜は警戒を怠らないようにしていたが現れる気配が無いので捕えた竜に向き直ろうとした瞬間、突然呼吸困難に陥った。
「が!!?ぐぅ…は……」
気がついたら首元に蔦のような物で締め付けられていた。それだけに留まらず、そのまま体を反対側にひっくり返されるほどの驚異的な力だ。首を絞められても痛みは小さいものだったが、呼吸が出来ないのがきつかった。
上を見上げるとそこにはラプトリアがいた。触手を伸ばしてラプトリアを捕えようとするが、触手を伸ばすと更にラプトリアは高度を上げようとするため、ますます首が締まった。これほど強く締め付けられるともう触手に力が入らない。
「この…!銀…竜めぇ………ぐうう…」
実はラプトリアは消えた後、光弾を回避して速やかにゾンビ竜の懐に入り、強化した鞭の先端部を頭がすっぽり入るくらいの輪を結んで作った竜二が気付かれないようにそっと近づいてゾンビ竜の首に引っ掛け、大きく逆方向へ飛んで首を絞めたのである。
斬ってもだめ。
打ってもだめ。
ブレス(火)もだめ。
となった際、リサの【ロープともいえるような長い鞭】を見て咄嗟に「絞める」という選択肢が思いついたのだった。
今までの状況を見るに痛みこそ感じてないみたいだったが、今は冬だけあって息をしていれば白くなる。口元を見る限り、ゾンビ竜が呼吸をしているのは見て分かった。相手が痛がってくれるかは賭けだったし、何より少しでも竜二が手間取っている間に敵が勘付けば成功しなかっただろう。
まさにイチかバチかの機転と行動だった。敵は痛がりはしなかったものの、呼吸が出来無いせいか「苦しい」という感覚は残っていたようで口から泡を吹いていた。
「さあ今捕えている騎士と竜を放すんだ!そうすればこっちも放してやる!」
実際のところ、そうするしかなかった。聖甲騎士団の鎧さえ切り裂くラプトリアの爪も効果ないのだ。ラプトリアの爪でも切断できないような強靭な肉体を持っているならトドメを刺すことは難しい。このまま首を絞め続けていても今までの打たれ強さを見るに窒息死するとは限らない。敵と命の取引をするのが懸命だと思った。
「………………」
最早しゃべるのも厳しいのか、ゾンビ竜は黙って触手を緩めてアルサーブを放した。ハルドルもアルサーブもぐったりしている。息はしているようで竜二は安心した。
竜二は直ぐには鞭を放さず、アルサーブから少し離れたところまで少しずつ引きずったあと、ようやく鞭を手放した。
ゾンビ竜もぐったりしていて唾を吐き出しながら咳き込んでいる。
竜二達はすぐさまハルドルのところに向かい、ゾンビ竜が回復しない内にアルサーブとハルドルを抱きかかえて最奥部から脱出しようとする。
だが飛び立とうとした瞬間、強烈な打撃がラプトリアを襲う。
「!!?」
ラプトリアが気付くより先にゾンビ竜は長い尻尾を振り下ろして抱きかかえたアルサーブごと地面に叩きつけた。
竜二やリサも地面に投げ出される。
恐ろしい回復の早さだった。さっきまで泡を吹いていたのだ。いや、今も苦しいようで舌を出して呼吸が荒い。執念で反撃したようだ。
「た…確かに…遅…れは…とった…けど…このままじゃ…終われ…ない。」
見ただけでゾンビ竜の体中から怒りの感情が湧き出ているのが感じられる。
不意にゾンビ竜の眼にリサが映った。リサは立ち上がり逃げ出そうとするも一歩遅かった。右前足でリサを拘束し、長い首を伸ばして大きく口を開けて飲み込もうとする。
「い、いやあああ!!!」
リサは尻餅を着き、逃げるのを断念して掌を突き出すように両手を伸ばして顔や体を無意識にガードする。竜二は小剣片手に助けに行こうとするも間に合いそうもない。
よせ!やめろ!
やめろ!!
やめろ!!
全ての行動がスローに見えたような気がした。
ゾンビ竜の口がリサを包み込もうとした………………その時!
!!!
ゾンビ竜の頭部とリサの手が光った!
「え?…………こ、これは契約!?」
ゾンビ竜も驚いて閉じかけた口を開けてリサと距離をとる。
竜二は実体験から一度見たことがあった。間違いなくこれは現地契約だった。よく見てみるとリサの両手の手のひらに刻印があった。
世にも稀な〝両利きの竜使い〟
それこそが【連続留年の落ちこぼれ貧乏劣等生リサ】の本性にして今まで契約が上手くいかない理由だったのである。




