将軍位とは?
ライデン帝国において貴族達には<爵位>、官僚・執政官・役人には<官位>などがあるように軍人にも<将軍位>というものがある。
一番の頂点は皇帝直下で軍部最高決定機関の四皇将だが、その下には様々な名称の〝雷〟が付いた「〜将軍」という呼び名がある。
勿論、序列になっており、名誉だけに限らず序列が格下の者は、相手が年下であっても礼節をもって接しなければならない。論争の結論が出ない場合や軍事上での最終決定の投票権、軍政の異議申し立て、宿泊施設の割り込み利用、兵糧調達の優先権が得られるなど一つ格上なだけで軍事上、幅広い特権を持つ。
四皇将の直下に位置するのが〝雷〟の冠名を持った将軍であり、その下が無冠の将軍、さらにその下は次将軍となり、その下は無く、ただ単純に隊長職に就いている人が多い事から「〜隊長」と呼ばれることが多い。
無冠の将軍は百人程度、次将軍は数百人程度存在するが、〝雷〟の冠名を持った将軍位は二十枠しかいない。この二十の中に選ばれるという事は帝国軍人における栄誉そのものであり、多くの将校の夢であった。
そのため、この二十人枠に入るには相応の実績や強さが必要とされるが、一方で期待度を表す指標としての役割を担っており、若くて期待の軍人に授与することも全く無い訳ではなかった。竜二はむしろ後者の事由の方が強いと思われるが、完全な授与理由について本人達は知る由もない。
序列表には〝迅雷将軍〟〝雷風将軍〟〝雷光将軍〟などの序列がある。最高位は〝雷神将軍〟である。
今回、竜二が賜った〝雷鳴将軍〟は二十番中、十七番目に位置する格付けであった。これだけ見れば低い方だが、それでも選ばれし将軍位を賜ったことに変わりない。竜二は初戦の戦果で相当な栄誉を手にしたといえる。二十枠すべて埋まることは稀で空位が複数あることが多い。昨日まで【雷鳴将軍】を含めて六つの将軍位が空位だったという。
『ここまで希少価値ある地位だなんて凄え。希少さで言ったらF1レーサー以上かな?』
竜二は士爵館の私室にてハワードから将軍位の説明を受けていた。実感はまだないが自分の〝将軍位〟という地位が思ったよりも相当高い事と、軍人の地位が驚くほど精密に区分けされていたことを知って感嘆しきりだった。これなら兵士達も上を目指して頑張ろうとするだろう。実際、竜二自身も名誉を貰って悪い気はしない。
その一方で警戒心も湧き出た。
「いくらなんでも、やり過ぎじゃないですかねー。ガラルド陛下は何か企んでいるんじゃないですか?」
中々鋭い指摘だった。ここまで餌が過ぎると闇雲に歓喜する気にはなれない。さすがにガラルドの思惑までは分からなかったが、何か裏がありそうな気がした。
「これから松原さんには、もっと敵国の制空権奪取に尽力して欲しいのでしょう。期待の表れですよ。」
「要は地位をくれてやるから死地に赴けという事でしょ?」
「まあそうなりますね。」
「ちょっとー!他人事だと思って…言ってくれるじゃないですかー。」
「…補佐官ですから。」
「……」
両者とも何とも言えない引きつった笑顔を作っている。これが最近のパターン化した二人の会話でもあった。それだけ二人共、お互い気を許していると言える。
「えー…それにしても隊長。よく初実戦の後でそんなに笑っていられますなあ。戦場の大量殺戮現場を見た後は食事も満足に出来なかったり、部屋に何日も籠ってしまう若手兵士もいるのに。」
二人のこの「会話のやり取り」を初めて見るハルドルは少し戸惑いつつも会話に入ってきた。竜二は私室にハルドルを招いていた。相談役は多いに越したことはない。
「まあ確かに気持ち悪かったけど、実際は人が死ぬところを見たことよりも人を殺してしまった事の方が心労かな…」
他人の死より自分の殺生の方が、気に掛けるのは自己中心的な物言いにも取れるが本当にそうなのだった。まさか生ではないもののドキュメンタリー番組や歴史の教科書などで人が死んでいる光景は何回か見ていたとは言えない。
もしジンガが、もがき苦しんで死んでいったなら竜二はもっと悪夢に悩まされていただろう。即死だったのはジンガにとっても竜二にとっても良かったのかもしれない。
「それだけの精神力をお持ちとはご立派です。次戦はもっと余裕をもって戦えると思いますよ。」
「その時はお世話になります。ハルドル先輩!」
明るく意気揚々とした返事で返すも半分は虚勢だったが、半分は本音だった。今回の戦いでラプトリアの隠蔽も見切られるという事が発覚した以上、これからは竜二も全てラプトリアに委任という訳にも行かない。そういう意味ではハルドルはまさに戦場における教科書といえる存在である。
一度戦場に出てしまうとハルドルの戦いぶりを観戦するのは難しいだろうが可能な限り、ハルドルから教えを請うて戦場で生かしたいと考えていた。だが、それもエバンスからの条件をクリアしてからである。
「その意気込みは立派ですが、まずはエバンス閣下の課題の方が先決ですよ。どうなさるおつもりですか?」
「それなんだけど、帝国竜騎兵の人たちはどこで竜と現地契約しているんだ?」
以前から竜二は気になっていた。
竜はドラゴンキャッスルに生息しているが、そこは教団が管理している。だが教団と敵対している以上、支殿から通行証が発行されるとは思えない。どうやって、これ程集めることが出来ているのかが謎だった。
「それは簡単です。牧場があるからですよ。」
「牧場!!竜の牧場?」
ハルドルは頷いた。
「最近、ドラゴンキャッスルの野生の竜が活発化しているのはご存知ですか?これによりドラゴンキャッスル内の竜が外部に抜け出すことが多くなってきたのです。」
ドラゴンキャッスルは外周が高い障壁に覆われているが、飛竜は勿論のこと、地竜でも強靭な瞬発力をもってすれば決して飛び越えられないことはない。教団は外周部に特殊な魔法をかけて竜が障壁に近づかないようにしているそうだ。どんな魔法なのかは教団の秘匿らしく、世間には広まってない。
最近、原因は不明だが一部のドラゴンキャッスル内の野生の竜が狂暴化したり、活発化して障壁を越えてしまうことがある。その竜を捕まえて現地契約するものが多くなってきているという。
そんなことが多発しているなら、いくらこの世界に転移して間もない竜二も耳にして良さそうなものだが、今もって竜二の耳に入るほど大きな社会問題になっていないのはラプトリアのような上位の竜は最奥部に住んでいるため、キャッスル外に出ることは稀で人間への被害は少ない。キャッスル外に出るのはもっぱらキャッスル内の外周近くに住んでいる下位の竜だった。未契約の下位の竜なら成人男性数人がかりでも十分捕獲可能である。実際、支殿近くの商人からはそういった器具や道具が売られている。
「でも、それが牧場と何の関係が?」
「教団と袂を分かった帝国からすれば、これを利用しない手はないという訳です。」
滑舌が悪くなってきたハルドルを見かねて、ここからはハワードが継いだ。
つまり教団からは今まで通り仲介してもらえず、通行証の発行さえしてもらえない。このままでは現地契約の竜使いさえいなくなってしまうだろう。そこに野生の竜の捕獲は渡りに船であった。上位の竜は契約しようがしまいが影響はないが、下位の竜は契約するとなぜか繁殖力が落ちやすくなる。
(一説には契約により竜の知能が上がるため、抑制が出来るようになるためとも言われているが下位の竜は人語を話せない為、未だ結論に達していない。)
そのため、野生のままで捕えた竜を一箇所に集めて繁殖させ、効率よく竜を供給させようと帝国は考えたのである。
それこそが竜に関する知識に富んだ者に作業員をやらせた国指定の竜専門の牧場である。元々、下位の竜は繁殖力が強いため、すんなりと飼育下での繁殖に成功し、今となっては失敗例の方が少ないほど繁殖方法は確立されている。
ガラルドはこの国立牧場を初代皇帝バスク1世にちなんで「国立バスク牧場」と名付け、〝雷〟がついている将軍、もしくはそれらの叙任経験がある退役した元将軍を年期制で牧場長に任命していた。その事からもいかにガラルドがこの牧場での竜の供給に力を入れているかが知れる。
「てことは、竜使い候補さえ見つければ?」
「ええ、現地契約は順調に進むでしょう。」
「でもちょっと待った!現地契約には刻印が必要だろ?帝国の人達は一体どこでそれを?」
現地契約の際は刻印を利き腕に持って竜の眼前に翳さなければならない。竜二は刻印を支殿内の商店で買ったが、教団と敵対している帝国に出回るものだろうか?
「それは行商人から割高にはなるものの買い付けが可能です。一時は流通制限がなされていましたが、大陸中の商人の転売を全て取り締まるのは難しいですから。ましてや<帝国>というお得意様がいれば尚のことです。」
つまり刻印を教団から買いづらい帝国は商人にとって値段が高くても刻印を買ってくれるオイシイ客なわけである。
「となるとあとは竜使い候補だな。捜す目星はどうです?」
竜使いもしくは竜騎士の素質があるかどうかを見極める方法は未契約の竜の尾に触れることだとされる。竜は尻尾を触れられるのを嫌がるため素質が無い者が触れると怒るが、適性や素質がある者が触れると怒らず、じっとしている事が多い。これで個人に適性があるかを見抜くのだ。
これが最も簡単で分かりやすい判別方法だが、その半面確実性に劣るという欠点があった。実際、竜の気分次第で素質に関係なく怒ることもあれば怒らない時もあり、たまに全く素質が無いのに竜が拒まなかったからと言って幾度となく契約しようとして失敗しまくる人が後を絶たない。
「まずは松原さんの場合、竜使い候補を見つける為に人を何人も牧場に連れて来て飼育下の竜に触れさせなければならないという訳です。」
果てしない地道な作業と知って竜二は項垂れた。竜はいるのに竜騎士、いや竜使い候補を見つけることが難しいとは竜二にとってはかなり意外な問題だった。
「…例え竜使い候補が見つけられても、本人が断れば終わりですからな。もし本人が良くても年齢的にも身体的にも無理な場合があります。」
ハルドルからの追い討ちセリフが入った。確かに適性があっても体が不自由だったり、妊娠中だったり、高齢だったり、病気持ちだったりしたら無理がある。
しかし、ここで竜二はふと疑問に思った。
「そもそも本人が断ることって出来るの?兵役は絶対じゃ…」
帝国は現在、軍事拡張政策を行っているだけあって兵士への引き抜きし放題ではないかと竜二は思った。軍人が増える分には越したことはないと思ったからである。
「…帝国の法律では徴兵令が出てないと民を強制的に引き抜くことが出来ないのです。出ない内は要請するしかありません。」
つまり竜使い候補が見つかっても断られたら終わりという事である。
それはそうだろう。個人の好きで就いている職業だってある。無理やり転職させられては堪ったものではないだろう。その言い分は理解出来たがそうなると更に厳しくなる。
「そこで松原さんにお勧めしたいのが、傭兵の竜使いを雇用することですね。これなら即戦力として期待できるでしょう。」
ハワードの提案は使えそうだと竜二も思ったが、真顔でハルドルが待ったをかけた。
「それはやめた方が良いでしょう。それならエバンス閣下もわざわざ課題なんぞ出さぬはずです。それにフリーの飛竜使いは自由奔放で一癖ある者が多く、組織というものに束縛されることを嫌います。日が浅い隊長の言う事を聞くとは思えません。その案はいつでも実行可能ですから、期日に余裕がなくなるまで別の案を考えた方が良いでしょう。」
熟練のハルドルにこう言われては二人共言い返せなかった。三人は押し黙りじっと考えるも中々いい案が浮かんでこない。
『ん?そういえば…』
暫く考えたところで竜二に心当たりがあるものが頭に浮かんできた。
「アンゴラボールって使えないんですかね?」
竜二の疑問はこの世界に降臨したときにリリアが使っていたアンゴラボールである。適職を調べられるアレのおかげで竜二は竜騎士というこの世界における職業を確保した。あれが無かったらどんな職業に就いていたか分かったものではない。
「あれで竜騎士の適性を調べるという訳ですか!?…成程、確かに確実な手段です。お勧めできますが現状では二つの難点があります。」
「使うのに魔力が必要だという事でしょ?俺は竜騎士だから問題ないんじゃないですか?」
ハワードはゆっくり頭を振りながら答えた。
「いいえ、違います。それを削除しての二つの難点があるのです。一つは非常に高価だという事です。」
その時の売値にもよるが値段は五百万クローツ以上するという。帝国の平均所得が十万〜十一万前後なので、現在日本の大卒初任給が十八万〜二十万円だとすると約二倍の金銭感覚になるだろうか。
『日本の約一千万円の金額に感じられるといったところかな?外車でも新車で買えるし、中古物件なら家も買える額だ。確かに高価だな…』
だが背に腹は代えられない。報奨金を貰った事だし、二人が勧められるのなら悪いようにはならないだろう。このさい奮発しようと思ったが、もう一つの難点が気になった。
「それで…もう一つの難点とは?」
「それは教団領でしか買えないという事です。刻印と違い、高価なせいか諸外国の一般市民には出回りません。出回るのは富裕層から注文が入った時くらいです。」
高価なものを仕入れても売れなければ意味がない。商人達も余剰在庫は持ちたくないわけだ。でも今から竜二が商人に注文しても、これから買い付けしに行くことを考えると竜二の手元に来るまでには相当な時間がかかる。しかもいつ入荷するか分からない。
「松原さんが魔法を使える以上、アンゴラボールを使うのは最も確実な方法ですが今からですと時間がかかり過ぎます。以上の難点から厳しいかと。」
竜二はハルドルを見た。
ハルドルも難しいだろうといった顔だ。どうやら本当に商人を介して買うか、教団領で直接買うしかないようだ。帝国が確実性が高いにも関わらずアンゴラボールを使わないのは入手したくても出来ないという思惑があるからかもしれない。
結局、諦めるしかないかと思ったその時、竜二にぴかんっと閃くものがあった。
「待った教官!教団領であれば本殿でなくても町とかで買えるってこと?」
「ええ。辺境の町でも売っているそうです。」
「だったらですよ!俺が行けば余裕で買えるじゃないですか?」
ハワードは<何を言っているんだ君は?それが出来ないから難点だと言っているのに>とでも言いたげな顔だ。
「確かにラプトリアの背中に乗れば日数は稼げるでしょうけど、我々帝国民が教団領に入ることは出来ません!必ず関所で止められます。松原さんが庶民や商人に扮したとしても確実に見抜かれます!」
「…その関所を通らない。そして見つからないとくれば…いかがです?」
竜二は怪しげに笑いながら問いかけてくる。ハワードとハルドルは竜二の意中を察した。
そう竜二には彼女がいるのだ。誰にも見つけられない彼女が。
「アイツの怪我もすっかり良くなっている事ですし、鍛錬がてら一走り行って買って来ます。これで一つ解決でしょ?」
警戒を怠らず関所さえ超えてしまえば後はどうにでもなる。いちいち民衆に身分証があるわけもない。でも超える必要さえ無いとくれば実行する価値は十分にある。というより怪我が治っているなら成功率は極めて高い。
二人に咎める理由はなかった…




