論功行賞
竜二は補佐官のハワードを連れて王宮に向かっていた。
ようやく論功行賞が賜れるという。領地を持つ貴族達は配分が難しいので、もう少しかかるとのことだが、兵士・騎士達は領地は無いので、褒賞は早めに決まったという。その論功行賞を行う式典が玉座の間が開かれるので王宮に向かっているのだった。
「リディアさんの件ですが・・・・・何か臭いますね。」
「教官もですかー?いやー意見が合ってとりあえず良かったです。」
「それはどうも。ですが決まったのでしょう?」
「ええ。本人が承諾した以上、俺もどうにもならなくて」
エリーナの説明を聞いた時、リディアは「やります!!」と二つ返事で快諾した。概要を聞く限り、研究内容は素晴らしいことだと思うが、いくらなんでも検証実験じゃ危険が付き物ではないかと思う。それでも成功すればリディアは大きく躍進するだろう。
リディアからすれば研究が完成すれば、いずれはリディアだってその恩恵を受けられるだろうが、彼女のような末端の竜騎兵なら後回しになる可能性が高い。だから最終実験の段階で名乗りを上げたのだ。
「ライバルに負けたくない。」「足手まといになりたくない。」「メルドに申し訳が立たない。」「祖国のために役に立ちたい。」
そして
「もっと強くなりたい。」
こう言われては、竜二も止めることは出来なかった。無理に止めれば、彼女の向上心に水を灌ぐことになる。幸い、九割方完成しているなら彼女の命に関わるほどにはなるまい。何より上官である連隊長の命とあらば従うしかない。気にはなるが竜二は明るく送り出すしかなかった。今後リディアの回復を待って正式に実験に入るのだそうだ。
「とはいってもなー。宰相絡みですかね?」
「そうかもしれませんが確証はありません。分からないのは適任者がリトリルさんだという事ですね。」
「そこなんですよ!この研究が確立されれば、誰でも神殿契約したときと同じ効果が得られると言っている。それならば適任者なんて関係ないじゃないですかー?現地契約している竜使いなら誰でもいいはずでしょ!?」
「ですが、この研究は陛下主導です。宰相閣下が介入したとは聞いていません。陛下にしても松原さんを弱体化しても利があるとは思えないのですが。」
そう、ガラルドは皇帝として領地を広げ、他国を攻略し教団の権威を低下させようとしている。それには竜二の存在が不可欠のはずだ。竜二の小隊の戦力を態々低下させるような真似するとは思えない。竜二が死亡する可能性を上げては意味がないのだ。
つまり、今回の人選はガラルドが関わっているとは思えない。となると他の上層部という事になる。アルバードかミハイルあたりだろうか?
「どうやら、これからも権力者には翻弄されそうーっすねえ。」
「残念ながら・・・せめて犯人がもう少し特定できればいいのですが。」
恐らくは宰相あたりが糸を引いているのだろうとは二人とも思ったが、所詮推論に過ぎない。黒幕は全くつかめないが、とりあえず今日は割り切ることにした。なにせ今日はめでたい論功行賞の日だ。さすがに初戦で莫大な褒美は期待してないが、多少は褒美をもらえるかもしれない。出来れば脱退するリディアの代役の竜騎兵を加入させてくれると嬉しいと願う竜二であった。
「一つお聞きしたいのですが、強制的にリディアさんを引き抜かれたというのに開き直ったというかサバサバした感じですね?てっきりブロノワ隊長に陰口の一つや二つ吐くのかと思ってましたが。」
ハワードは歩きながら話題を変えた。直後に竜二は俯き始める。
「悔しいですよ・・・でも、それはエリーナ隊長に対してじゃない。自分の不甲斐なさです。俺のせいで彼女の相竜を死なせてしまいましたし、怪我も負った。しかもあの時、彼女は実験の誘いが来たとき即決してしまった。俺に全く相談もせずに。」
ハワードは内心で質問したことを後悔した。
リディアが検証実験を引き受けたのに他意はないだろうが、竜二からすれば自分を必要としてくれなかった事、頼りにされてなかった事が影を落としているのかもしれない。
例えリディアが再び竜騎兵になれずに一般歩兵になったとしても遊撃小隊の隊長である竜二なら彼女を雇用することができる。運用兵科に縛りがなく、隊長の竜二が良ければ、隊長責任で誰でも引き抜くことができるからだ。
竜二の懐具合も問題ない。一介の隊長には有り過ぎるほどに資金力があるので医療費だって工面できる。装備品も出来る限り買ってあげられる。Aランクだからある程度、幹部に口利きだって出来ただろう。
にもかかわらずリディアは竜二が意見を言うより先に決めてしまったのだ。落ち込みたくもなる気持ちも理解できた。竜二がサバサバしているのは、その感情を押し殺すためなのだとハワードは察した。
あからさまに他人を責めないのは立派だが、彼にとってはつらい事を思い出させたことに変わりない。
「つらい事を思い出させましたね。申し訳ありま・・・」
ハワードが謝った後にぎこちなく元気づけようとするより先に
「あーやめだやめだ。もう終わったことです。話を切り替えましょうよ教官。」
と言ってきた。
「そうですね・・・そうしましょう。今日は論功行賞というめでたい日ですから。」
竜二なりに前向きに行こうとしているのだろう。ハワードも竜二と波長を合わせることにした。
「ところで、さっきから気になって仕方ないのですが、このマント何とかならないですかねー?」
竜二は騎士らしく式典用の軽装の鎧とマントを着けていた。最初はカッコイイと思って、喜んで着たがマントが長すぎる。裾を引きずっている状態だった。マントに関してはサイズが男性用と女性用と二つしかないそうだ。廊下を歩くだけなので、土まみれにはならないだろうが、不快感はぬぐえない。
「そうですか?似合ってますけどね。式典が終わるまでの辛抱ですよ。」
「あーもー、なんてうざったいんだ!」
結局、竜二は王宮に着くまで裾の部分を手で持ち上げながら歩くことにした。
王宮に入ってから竜二はハワードと別れた。騎士の整列場所は玉座に近いところなので一緒には並べない。
十数分後、いよいよ式典が催された。周りを見るとどんな褒美がもらえるか楽しみだと言わんばかりに、皆うきうきしている。
ガラルドの挨拶のあと、今回の内乱の総括、兵士達への感謝の意、今後の抱負を述べる。
新しい近衛軍大将の発表があるのかと思いきや、意外にも近衛軍は解体するという事になった。今回の失態に加え、幹部級の多くが戦死したため統率者がおらず、正規軍へ編入することになった。今後、帝都と皇帝の防衛は正規軍が担うことになる。
その後、いよいよ論功行賞がスタートした。
宰相が証書を読み上げていく。
ミハイルには国指定の鍛冶職人によって作られた名剣と副宰相の官職が、パウルには駿馬と勲章が送られた。クルードには報奨金と参謀総長の職位が与えられた。
エバンスにはエリーナの失態もあって勲章だけにとどまった。
他の五将軍の方も軒並み褒美をもらった。
バルツァーも報奨金と黄金で出来た短剣を賜った。
周囲も唸るほどの見事な黄金の短剣である。これだけで飛竜騎士団の功績を高く評価されていると多くの者が期待した。
しかし、各連隊長の方は余り褒美は多くなく、少量の金額と労いの言葉だけで終わった。
(のちに聞いた話では今回の内乱では余り活躍できなかったからだそうだ。)
連隊長達の中にエリーナが不在だったのが気になるが・・・
『連隊長連中を見ている限りじゃ、やっぱ高望みは禁物か。今回の内乱では、そこそこ活躍した自負はあるけど「Aランクなら出来て当然だろ?」と言われたらどう弁明しよう・・・・』
今頃になって帝国の褒賞の評価基準を調べておかなかったことを悔いる竜二だったが、そうこうしているうちに名前が呼ばれた。
「松原士爵!」
「はい!」
宰相に呼ばれ、急いで玉座の前に駆けつけて跪く。するとガラルドは今まで宰相に褒賞を任せて玉座に座ったまま動かなかったのに急に立ち上がり、竜二の前に進み出た。
「松原士爵。お前には宰相からではなく私自ら褒美をつかわそう。」
「はい。ありがとうございます。」
「まずは報奨金を受け取るがよい。」
今回の戦争で竜二は一〇九騎撃墜した。飛竜騎士の場合、対地攻撃分は実績に含まれないため、この撃墜数が竜二の功績になる。一騎につき一〇万クローツなので一〇九〇万クローツになる。近年まれにみる撃墜数である。
一回の戦闘で二〇騎以上撃墜すると「ライデン飛翔勲章」と二〇〇万クローツが授けられ、通算一〇〇騎以上撃墜すると騎士・竜共に「撃墜王」の称号と「ライデン紫雲勲章」と四〇〇万クローツが贈られる。
これに幹部級の将軍を討ち取ったことで「将軍殺し」の称号と一〇〇万クローツが上乗せされる。
これにガラルド個人の好意による追加報奨で二〇〇〇万クローツが竜二に贈られた。
竜二は一度に二つの称号と大金を貰ったのである。
(ちなみに「ライデン飛翔勲章」は竜側に、「ライデン紫雲勲章」は騎士側に贈られる)
とここまでは、ほぼ適正な評価だ。称号も勲章も実績に乗っ取っているし、報奨金も上乗せ金額は珍しいほど高額ではなかった。
竜二から見れば交易と強化代行で稼いだ金額の半分近くを一度に手にした上、勲章まで手にしたのだから満足であり、もう終わりかと思った。逆にこれ以上貰うと嫉妬を買うかもしれない。
(というより現時点では竜二は褒賞の評価基準を知らないので、これが厳正な評価の元に差し出された報奨額なのかさえ知らなかったのだが。)
だが周囲の者は、まだ何かしらの褒美があると思っていた。ガラルド自らが褒美をやるからにはこれで終わりのはずがないと思っていたのだった。
勲章と報奨金を渡した後、宰相に何かの書類を持ってこさせ、その紙をガラルドが受け取り、竜二の前で広げた。
「松原士爵。」
「は、はい!」
「貴殿の先の戦いでの戦功、誠に見事であった。その功により貴殿に本日より【雷鳴将軍】の将軍位を授ける。なお、それに伴い将旗及び将章の象徴を自由に選定できることをここに許可する。これから帝国のためにより一層邁進することを期待する!」
周囲から「おお〜!!」という声がちらほら聞こえた。
これって凄い事なのだろうか?後で教官に聞いてみようと考えているとガラルドから藁半紙みたいな書類で書かれた証書が差しのべられた。皇帝と宰相からとの証書関連の受け取り方の違いはあるのか、聞いてないので慌てたが、表面上は顔に出さず、
「ありがとうございます。謹んで拝命します!」
と言って、宰相と同様の受け取り方で受け取った。周囲からの視線がなんとなく痛いが、ガラルドが席に戻ったので、座るのを見届けてから元の場所に戻ろうとすると
「あ!!」
曲がれ右して歩こうとした途端、自分のマントを踏みつけてしまい、思いっきり転んでしまった。
「いってーー!!!」
周囲からクスクスと笑いが聞こえる。
竜二は冷や汗垂らしながら気まずそうにしながら列に戻った。
その後も式典は続き全員に褒賞を贈ったあと、お開きになった。
式典が終わって早く部屋に戻ってすぐさま鎧を脱ごうとする竜二を止める輩がいた。エバンスである。
「松原士爵、話がある。私の執務室に来るように。」
さっき転んだことを咎められるのかと思って憂鬱だったが、さすがに本人直々の命令とあれば待たせるわけにはいかない。竜二はその足でエバンスの執務室に入った。横にバルツァーが控えて立っていた。
「来たか。まあ掛けてくれ。」
目の前にある椅子に座るよう勧められた。バルツァーが立ちっぱなしで自分が座るなんて良いのかな?と思ったが、さらに上官のエバンスから勧められたので座ることにする。
「さっきの様子ではマントが体に合わないようだな?」
「はい・・・式典の進行を妨げるような行為をしてしまったことは申し訳なく思ってます!!」
「そんなに気負わなくていい。マントで躓く者は良くいるんだ。今回はお前さんだけだから目立ってしまったのさ。寧ろ転倒する人を見たくて来賓席に座りたがる人もいるくらいだ。」
二階のテラスが来賓席になっている。そういや笑い声は主に二階から多く聞こえたような気がした。どこでも好奇心旺盛な奴はいるもんだ。
しかしそうなるとエバンスはなんで自分を呼んだのか分からない。
「まずは祝言といこう。松原士爵、此度は雷鳴将軍就任おめでとう。」
「ありがとうございます。」
将軍位とやらがどれだけ凄いのか分からないが祝福してくれた以上、礼を返すべきである。
「将軍位の説明はハワードから聞いてもらうとして、今回呼んだのは褒美の件だ。」
「何か貰った褒美に不釣合いのものがありましたか?」
嫉妬を買われるのも嫌だし、それならそれで返そうかと思ったが違うようだ。
「いや・・・陛下の褒美の件じゃない。俺とバルツァーからの褒美だ。第十一飛竜連隊が解体したのは知っているな?」
「いえ初耳です。隊の体裁を保持できなくなったとは聞いてますが・・・」
竜二は第十一飛竜連隊が先の内乱で壊滅的な被害を受けたのは聞いていたが、まだ形式上存在すると思っていた。エリーナとの法皇と謁見できるように段取りするという約束は果たされないまま、解体したという現実は受け入れたくなかったのだが・・・どうやら竜二の夢は崩れることになるようだ。
「実は本日をもって第十一飛竜連隊は解体することになった。残存兵は各連隊に編入されることになる。」
予想していたがやはりそうなるようだ。
祝賀会で迷いに迷って第十一飛竜連隊を選んだのにまた振り出しに戻ってしまった。しかもリディアまで自分から引き離して何を企んでいるんだろう。あの女性は。
『待てよ。てことは今日以降であればリディアの件を断ることができたかもしれないわけか。もう一日早く解体されていれば、リディアを止めることができたかもしれないのに!』
と考えて、すぐ思い直した。
第十一飛竜連隊が解体したのなら、傘下の自分も隊長職は続けられない。結局、リディアを止められなかったに違いなかった。エリーナが式典にいなかったのはそのためだろうか。
「あの、ブロノワ隊長はどうなったのですか?」
「・・・彼女は特別調査官に異動となった。軍籍は残るが我ら竜騎総合本部の管轄からは外れることになる。」
余り触れてほしくないのか、エバンスは一瞬顔を歪めた。
竜二は即、話を戻すことにした。彼女のせいで、褒賞が少なくなったのが原因かもしれない。これ以上、エリーナの事を聞けばエバンスの機嫌を損ねるのではと本能的に察したためである。
「さて問題は、お前さんの遊撃小隊についてだが」
自分も余所の連隊に転属になるのだろうなと竜二は思った。何せリディアが抜けた今、隊員はハルドルしかいない。小隊というよりタッグチームだ。心残りはあるが仕方ない。また一から実績を積もうと考え始めた竜二にエバンスは意外なことを言った。
「本来なら遊撃小隊にも解散命令を出すところだが・・・我らの褒美とは遊撃小隊を連隊から脱却することだ。」
「といいますと各連隊に編入しなくていいということですか?」
「そうだ。だが二人では隊運用は難しいだろう?」
エバンスはニヤリと笑った。何か企んでいるような笑みだった。
「ええ、まあ・・・」
竜二の懸念を見事に当てた。当然と言えば当然だ。帝国に戦闘部隊で二騎だけの隊編成は存在しない。あるのは偵察竜騎兵だけだ。だが竜二はエバンスの含み笑いが何とも引っかかった。
「と、そこで我らの褒美が必要になるのさ・・・条件付きだがな。」
条件付きとはいえ人数の話が出た以上、竜二は早速、追加加入者を紹介してくれるのかと次の発言を待つも、予想は裏切られることになる。
「本日をもって松原士爵を飛竜騎士団直轄、第一特別遊撃隊隊長に任命する。今後の上官は此処にいるバルツァー団長となる。明日より隊運営のための陣頭指揮を貴殿が執る様に。ただし条件として一ヶ月以内に最低あと一人、帝国軍人以外の竜使いの新規加入者を入れる事とする。以上だ。」
竜二は咄嗟に立ち尽くしたのち、あいまいに承諾の意を示した後、困惑したまま部屋に戻っていった。
私室に戻るとあれだけ取りたかったマントの事を忘れて、ハワードやハルドルに頭を下げて助けを乞うたのは当人達だけが知ることである。
日間ランキング一位!
ヤバい!暇つぶしがてら手抜きして書いてたのに、こうも集まるとは・・・・
数日前まで読者はほとんど増えておらず、結末は変えずに中身は、中盤から改稿版のカオスモードに突入させようかなと思ってました・・・・
当初の原案書どこにやったっけ?
キャラの人物像薄いのは中盤近くに個性ある主要キャラクターを出すことで、後半に盛り上がらせようとしたためです。
ですが、こんなに読者が集まるとは本当に意外でした。よって、予定より早いですが一人繰り上げ登場させようと思います。それこそがエバンス閣下の新規加入者です。
今後は原案通り比較的シリアスにしながら、改案のギャグ要素入れられたらと思います。




