隊員達の内情
「やってくれたな。エリーナ。」
「も、申し訳ありません!宰相閣下!!」
エリーナは平伏し、必死にアルバード宰相に謝罪していた。アルバードは執務室でエリーナと向き合って腕を組みながら無表情でエリーナを見下ろしている。
「松原士爵の武勲は相当なものだ。此度の論功行賞では確実に昇進するだろう。初戦で幹部卿らと肩を並べるほど出世することはないだろうが今後、陛下のお気に入りになるのは間違いない。」
「・・・・・・」
「お前が先走ったおかげで、陛下は危うく危機に瀕した。お前をかばうために軍令権を使うことになったではないか!!この始末、どうしてくれるか!」
「誠に申し訳ございません!」
宰相には正規軍に対して「軍令権」という名の命令する権限がある。
帝国の法律では年二回しか使えない。元は国の大事において、徹底抗戦派の将軍らを抑えるために生まれた権利だという。アルバードはその貴重な一回分を使ったのだった。
アルバードは今回、この権利を使って軍籍の除籍処分を免除するよう命令を出していた。
「謝って兵が生き返るか!お前が余計なことをしたせいで第十一飛竜連隊は壊滅状態。後軍の戦いが熾烈を極めたせいもあって飛竜騎士団員は著しく消耗した。その分、今後は松原竜二の活躍が飛躍的に増えていくだろう。さてどうしたものか・・・・」
先の内乱で第十一飛竜連隊は七割以上失っている。生き残った隊員も半数以上が負傷をしており、もはや連隊編成で運用できない状態だった。
帝国は今後、空中戦において今まで以上に数より質を重んじた部隊運用をしていくことになるだろう。そのためには竜二とラプトリアのペアが不可欠のはずだ。
もはや竜二の戦績を操作するのは不可能に近い。エリーナがこのザマでは自分達の力ではどうにも出来そうに無かった。
「まあいい。現状は放っておくしかない。エリーナ。お前に命を下す。」
「はい・・・何なりと。」
エリーナは重々しく頭を上げた。反省しつつも名誉挽回させてくれるのかと一縷の望みが担っているような目だった。
その彼女をアルバードは内心、鼻で笑いながら説明を始めた。
「・・・実は帝国の竜騎兵養成施設内で魔道士中心になって運営している研究施設がある。先日ついに研究結果に大きな進展があった。この研究が成功すれば、現地契約しかしていない竜騎兵でも限りなく神殿契約をしたときと同じ効果が得られるのだそうだ。」
「本当ですか!?もし・・・もしもそれが実証されれば我が軍は。」
「ああ、単独で大国レッドゴッドに対抗できる強国となろう・・・・」
軍事力ならレッドゴッド連邦の方が上だとされるが、それは竜騎士の数が圧倒的に少ない為と言われている。総兵力も魔導士の数も装備の質も勝っている帝国にとって数少ない弱点であり、大陸統一を狙えない最大の理由だからだ。
その最大の弱点が解消されるというのにエリーナもアルバードも複雑な表情を浮かべている。二人にとって帝国が強大になるのは喜ばしいことではないのだった。
とはいえ、この研究はガラルド皇帝の命令による一大事業である。協力しないわけにはいかない。
「・・・閣下、それで私めに命令とは何でしょうか?」
「研究はほぼ九割方、終わっているそうだ。あとは人体実験による検証だという。」
エリーナの顔がどんどん青ざめていく。
「閣下!!よもや私を実験に!?」
彼女も神殿契約をしていない。自分が神殿契約したときと同じような能力が得られたら嬉しい事は間違いないが、検証実験とあれば話は違ってくる。自分の体や命がどうなるか分かったものではなかった。
それでもエリーナは宰相に迷惑をかけている後ろめたさから、この実験を甘んじて引き受けなければならないかと半ば諦めかけていた矢先、アルバードは意外なことを言った。
「ふん。お前ではない。お前の部下に適任者がいるんだ。」
自分ではないことを知ってひとまず胸を撫で下ろしたエリーナだが、そうなると誰だろうか?第十一飛竜連隊の残存兵の顔を思い浮かべたが、ピンとくる隊員はいなかった。
「・・・・あの私の部下とは誰でしょうか?」
アルバードは椅子に座って執務机に頬杖をつきながら言いはじめた。
「リトリル竜騎兵だ。」
「!!!!・・・・それは松原竜二の隊の!?」
「・・・・エリーナ。命令だ!お前の連隊長としての権限でリディア・リトリルを養成施設へ出向させろ。連隊長解任の処分はそれまで引き延ばしておく。」
「ここにいたか。ハルドル。」
「バルツァー団長。お疲れ様です。」
竜舎でアルサーブの体をぬるま湯で絞った布で拭いていた時にハルドルはバルツァーに話しかけられた。いつも通りの満面の笑顔で応対する。
「おいおい、ここには二人きりしかいないんだぞ?昔のように接してくれ。」
「・・・そうかい。ではそうさせてもらうぜ。」
今までの愛嬌ある顔はどこへやら、打って変わって険しい顔になった。まるで鬼軍曹を思わせる精悍な顔だ。まだ幾らか柔らかさがあるのは怒っているわけではないからだろう。
「戦場にはもう足を踏み入れないつもりだったのではないのか?」
「さすがに休職期間が満期を迎えれば、軍役に戻るしかねえだろう。」
ハルドルは途端に大柄な口調になった。お互い非常に打ち解けた会話だった。まるで今日まで仕事をしていた同僚仲間のようである。
「・・・退役する選択は考えなかったのか?」
「そりゃあ何度か考えたけどな。・・・それじゃあ、あいつらが報われない気がしてな。」
「そうか・・・。」
「お前こそ、ウチらの隊長をずいぶん手荒に扱っているじゃねえか。何が「私と共に南部の竜使いを向かい撃つぞ」だ!新人隊長に背負い込ませ過ぎだぜ。彼にもしもの事があったらエバンス閣下にどう顔向けするつもりだったんだ?」
南部方面の迎撃には相手側が三百騎だという事はバルツァーも聞いていた。だが東部方面を強化するために南部は百騎だけにした。足りない分を松原竜二に頑張って削いでもらおうと思ったためである。模擬戦の動きを見るに十分対抗できると思った。
結果は予想以上でラプトリアが縦横無尽に駆け抜け、ことごとく敵を撃墜し、残存兵力も恐怖から最後は逃げていった。
これだけでも十分な功労だが、バルツァーはこれだけにとどまらず、東部方面にも竜二を参戦させ、聖甲騎士団弓兵に攻撃命令まで出した。果てはブレスが吐けないのに対地戦までやらせる始末である。
とても初実戦の新人隊長にやらせる量ではない。
帝国飛竜騎兵の多くが撃墜されている中、騎士も相竜もよく生還出来たものだ。本来ならどちらかが戦死してもおかしくないだろう。
「・・・・すまなかった。頼り過ぎたな。Aランクならと甘く見ていた。彼には詫びをいれることにしよう。」
「今はやめとけ。・・・隊長は自分を責めている。自分が対地戦の参加を遠慮していればこうはならなかったってな。お前が行ったら期待に応えられなかった事に余計責めるだろうよ。」
本当は、これから竜二がリディアの見舞いに行くのを邪魔させたくなかったからだが、ハルドルはもっともらしい理由をつけてバルツァーに待ったをかけた。
確かに竜二の負担は大きいが、これが今の帝国の実態なのだ。どんなに国力が増しても、兵力が多くても制空権さえまともに確保できないのだ。飛竜騎士団の泣き所である。
泣き所はこれだけではなく、
指揮官不足。
これも泣き所だった。
バルツァーもハルドルも一人の竜騎士として前線で戦っている方が好きだった。バルツァーは指揮官としては二流だと自覚していた。ハルドルもバルツァーの葛藤を理解しているため、指揮官としての能力を馬鹿にしたりはしない。
「・・・・では、日を改めよう。新人にも関わらず責任感が強いものだ。我らと違うな。」
「あのころが懐かしいぜ。後先考えず、特攻かましていた頃が・・・」
「言うな。一体どれほどの仲間が散ったと思っているんだ。こうやって我らが生きているのも何かの縁だろうさ。松原竜二に関しては私からエバンス閣下に上奏してもらうよう頼んでみる。その時、彼に詫びを入れよう。」
「ああ、それがいいだろうよ。」
今回の内乱での竜二の功績は計り知れない。彼がいなければ、もっと作戦に制約を受けていただろう。ガラルドのことだ。褒賞は出すだろうが適正な褒美とは限らない。戦果を確実に報告しなければならなかった。
「・・・松原竜二はどうだ?上手くやれそうか?」
「問題ねえよ。神殿契約したのに肉体補正が得られてないのと責任感が強いのが難点だがな。物腰はやわらかいし、相竜との仲も良好、竜騎士としての素質も十分だ。何より勤勉家だしな。独学で帝国の慣習や竜騎士の知識を習得しているのは評価できるぜ。」
ハルドルは少し黙ったあと、うっすらと微笑みながら言った。
その様子を見てバルツァーも顔を綻ばせた。
「そうか。邪魔したな。もう戻るよ。」
バルツァーはアルサーブを一瞥したあと曲がれ右をして竜舎を出ていこうとした。ハルドルはアルサーブの体を再び拭き始める。
「・・・あのな。ハルドル。」
竜舎を出る直前に背中越しのままハルドルに話しかけた。
「なんだ?」
「お前を松原竜二の遊撃小隊に配属するように仕向けたのは俺だ。」
「・・・だろうな。薄々感づいていたさ。俺は第十一連隊に知り合いはいねえからな。」
休職明けならば、知り合いの古参の連隊長らが自分達の隊に入隊するよう声を掛けても良さようなものだが、ハルドルが正規軍に戻るとき、声を掛けられる前に配属通知が来ていた。
遊撃小隊と聞いて最初は憤慨したものだが、隊長がAランクと聞いて、実際に会ってからでも良いかと思って松原竜二と会った。最初はピンと来なかったが、ラプトリアの戦闘力と先程の平謝りされたことによる竜二の人格を見て、この遊撃小隊にもう少しいてもいいかなと思うようになっていた。
「彼はこれから何度も戦場に駆り出されるだろう。俺の手が及ばない時は面倒を見てやってくれ。」
ハルドルはピクッと手を止めて向き直る。
「それは、お前からの命令か?それともエバンス閣下からか?」
「両方だ。・・・それとな、これは命令ではなく・・・依頼だ。」
バルツァーはそこまで言うと竜舎を出ていった。




