後日談
数日後・・・・
竜二は士爵館のベッドの上で寝転び、呆然と天井を見上げていた。
どうやらジグ発砲後、気を失ってしまったらしい。
丸一日、目を覚まさなかったというから驚きだ。兵士達の度重なる斬殺死体、もがき苦しむ姿、ラプトリアの飛行によって酔ってきたのに加え、窮地に追い込まれたことで精神的疲労が限界に来たのかもしれない。目が覚めた後も体がだるく、起き上がるのも億劫で、また何時間も寝てしまった。完全に目を覚ました時は内乱が終わりに近づいていた。
ハワードから聞いた話では竜二が気を失った後、すぐさまパシャ将軍とハルドルが援護に駆けつけ、竜二はこれ以上、手傷を負わずに済んだ。その後、パシャ将軍の部下にリディアと一緒に本陣に運ばれたという。
戦争の方はバルツァーが教えてくれた。ボリクス将軍と部下の兵士達が殿を務めたためルトナー公爵を捕えることは叶わなかったが、ルトナー軍撤退により東部方面の戦争は終結したという。
その間に帝都にはグリフィス伯爵を筆頭とする西部諸侯軍が突入していた。
クルードの策により予め脱走兵を装った一般兵の間者を忍ばせてクラニーズ近衛大将がどこを守っているかを伝えさせ、西部諸侯軍の主力にそこを集中攻撃させるように仕向けた。
グリフィス伯爵は元来商人の家系で御用商人から出世した貴族だったため、客にもなる民衆を敵に回すとどうなるかを知っており、むやみに民を殺すと税収がどれだけ減るか弁えている庶民派貴族である。彼なら非武装の民衆を攻撃したりはせず、近衛軍を攻撃しながら真っ直ぐ王宮を目指すだろうという首脳部の予想があり、表向き修理中の西門をそのままにして入城しやすくしていた。
また、グリフィス伯爵は人と接するにあたり礼儀にはうるさい人で有名だった。あからさまに上から目線でものを言うクラニーズを快く思っていないはず。指揮系統を狂わすためにも近衛大将の所在を教えれば真っ先に討ち取りに行くだろうと踏んでいた。
その予想は的中し、西門警備をしていた近衛兵を撃退したあと、貴族軍は二手に分かれ、グリフィス自らが率いた部隊で王宮裏側にある近衛軍本部に急襲した。クラニーズは就寝中で、慌てて起きて部下と共に必死に応戦するも、ろくな装備を着けることができず、多勢に無勢もあって最後には打ち取られた。
(この報告を聞いたとき、クルードが人知れずクスッと笑ったのは余談である。)
他の西部諸侯軍は王宮に入り、次々と近衛兵は打ち取られ、玉座の間に到達を許してしまった。するとそこにはガラルドがいた。玉座の間は非常に広くて千人近く収容することができる。この時とばかりに諸侯軍の大半が玉座の間へ入り、皇帝を捕縛すると周囲は青ざめた。よく似た別人、偽物だったのである。
「影武者か!?」
「まずい!罠だ。戻れ!」
気付いた時には遅かった。二階のテラスから一斉に人影が現れた。ポルタヴァ会戦敗北後の教訓からガラルドが予算を注ぎ込んで揃えた帝国魔導士達である。帝国魔導士は正規軍の管轄に入るため、ミハイルの命令下によって動く。
グリフィス伯爵は王宮に侵入する作戦確認ばかりに気を取られ、ムジル平原で魔導士が出てきたかどうか確認をとるのを怠ってしまったのである。
(クラニーズを討ち取ることに固執して気をとられたのも確認を怠る理由の一つなのだが。)
大量の兵士が集まった玉座の間は突然現れた魔導士達の魔法攻撃によって一斉に地獄と化した。次々と冷気魔法を放ち、貴族軍兵士達を凍らせていったのである。
通常、国に魔導士が二〇人。上級魔導士が五・六人いれば十分と言われている中、帝国は上級魔導士を三〇人以上揃えていた。これらを複数の班に分け、王宮内に潜伏させていたのである。玉座の間から逃げ遂せた兵士達も次々と宮殿内に潜伏していた魔導士達の魔法の餌食となった。
その時、敵を討つ際の巻き添えという形で近衛軍幹部達にも魔法を放ち、凍死させたのもミハイルとクルードの策であった。もちろんガラルドには秘匿である。
貴族軍も近衛軍も幹部が次々と死に指揮系統が乱れ始めた時にミハイル率いる正規軍後軍が東門から帝都に入り、貴族軍兵士を撃破していく。もはやこれまでと悟った貴族兵士達は次々と降伏。一部は西門から退却していった。
グリフィス伯爵は退路を断たれ、降伏したという。
終わってみれば軍功は全て正規軍の独り占めという結果であった。
西方諸侯軍が帝都占領に失敗したことと聖甲騎士団が撤退したことで事実上内乱は失敗に終わり、ルトナー公爵もオットマール公爵も早々と自分の領土に撤退し、内乱は終結した。もう少ししたら戦後処理で何らかの処分が下されるのだそうだ。
ちなみに魔導士達が放つ魔法が冷気魔法中心だったのは、火の魔法で王宮を火事にするわけにいかないことと、氷が溶ければ再び玉座の間を再利用出来るからとのことだそうだ。
これをバルツァーから聞いた時、竜二は背筋に悪寒が走ったものである。
一つは神聖な玉座を戦場に変えることに躊躇が無かった事である。
皇帝ガラルドという人は勝つ為、自分の目的の為には自らの身内さえ利用とする人だそうだ。玉座に影武者を置いて貴族軍を引き込み魔道士達で一網打尽にしてはどうかとクルードが提案した際は、パウルなどが蒼白になる中、本人は快諾したという。
「さすがにこの玉座の間で惨劇が起こるとは貴族連中も思うまい。クルードの案を採用しよう。例え玉座の破損が酷くても場所を変えて新たに玉座を設置すればいいだけだ。」
覇王気質の人ってこうでなくちゃいけないのだろうか?
良くも悪くも合理主義者といったところか。貴族でなくとも誰も思いつかないのではないかと思う。
二つ目は凍った兵士の体が溶けて遺体を運搬し整備すれば、また使うと言っているところ。
死者が何百人も出た場所で、遺体を片付けた後に再利用するとは・・・・
薄気味悪さとか感じないのだろうか?
その事をバルツァーに聞いたところ、
「陛下はむしろ誇りに思っているそうだ。“魔道士達の獅子奮迅の活躍により逆賊を討ち取った栄誉ある場所になったのだ。不吉さなど無い。”と言っていた。」
現代社会でも多くの偉人達がそうであるように何事もポシティブにプラス思考だ。決してマイナス思考に入ってはいけない。組織運用の基本だ。一体、あのガラルド陛下は誰に帝王学を学んだのだろうか?
三つ目は流れ玉が当たった事にして近衛軍幹部を倒してしまったことである。この策は一般兵は勿論、ガラルドにも知らされてないという。
今回の活躍が素晴らしかった為、例外的に竜二は教えてもらえたが当然ながら緘口令が敷かれた。
実際、まだ正規軍に責任追及は来ていないという。その場にガラルドはいなかったし、証人になりうる者はことごとく始末した。今回の戦争における正規軍の戦功は高い。後方で特に活躍していない末端の近衛軍兵士が何を言ったところで、もう無駄だろう。
正規軍と近衛軍が仲が悪いとはハワードから聞いていたが、生死に関わるまでに発展していたとは思わなかった。明日は我が身になるのではと竜二は悪寒が走ったものである。
「そのような心配はするな。これで近衛軍は発言力を大きく損なうだろう。ミハイル閣下は能力ある者には寛大だ。君をぞんざいに扱ったりはするまい。むしろ君の今回の功は絶大だ。結果を楽しみにしているといいぞ。」
功が絶大だからこそ我が身が怖いのだが、バルツァーは察してくれないらしい。竜二の見たところエバンスはともかくミハイルは政略家としては未知数だった。
今後、自分は政治的圧力に翻弄されるのだろうか?
今日になっても竜二が落ち着かない要因の一つである。何せミハイルはいつもアーメットヘルムを被ってて表情が全く分からないのだから。
コンコンッ
ノックする音があった。入室を促すとハワードが入ってきた。竜二にとってオーロと並び、気が休まる人物だった。
「松原さん。体調はいかがですか?」
「気遣ってくれてどうもです・・・・まだ微妙に体に痛みが残ってます。」
「痛いのは精神面の方では?」
「・・・・教官には見抜かれてましたか。」
竜二が目を覚ましたとき、体の方は節々が打撲と擦り傷だらけだった。脱臼も骨折も無かったのは幸運と言える。ズキズキと体が痛むのに加え、戦場の実情を思い知らされて睡眠が不安定になり、結局もう二、三日休む羽目になった。
尤も肉体面の方は、今まで打撲が完治するのに二週間近く、かかっていたのに二日休んだら大幅に痛みが引いており、傷も治ってきた。ハルドル曰く、これが神殿契約の恩恵らしい。治癒能力が向上しているからだという。
だが睡眠欲や食欲は未だ不安定で精神的な疲労はまだ時間がかかりそうだった。特にジンガに追い詰められた時とジンガを射殺した時の場面は今も頭に鮮明に残っている
ハワードに聞いた話ではジンガの眉間に小さな穴が空いていたという。即死だったそうだ。しかも後頭部にも同じ大きさの穴が空いていた。つまり弾が頭を貫通したということだろう。
とっさの思いつきだった。別に強化しなくてもよかった。やらないよりはマシだと思っただけだ。威力が上がらなくてもいいから、目には確実に当てようと思っていた。実際、現実社会でもエアガンの弾に当たって失明したり、目を手術した人もいる。それほど凶器になりうるのだ。ジンガは目は大きい方だったし、竜二を討ち取ったと思い込んでいたのだろう。顔は無防備だった。目に当たれば確実に怯むと思ったのである。ジンガの後ろからハルドルが助けに来てくれているのは気づいていた。怯んで時間が稼げればハルドルが間に合うと思って撃っただけなのに・・・・
強化しただけでここまで殺傷力が上がるとは思いもしなかった。ついこの間まで、この銃でバトルフィールドでチームメンバー同士で撃ち合っていたのにである。
ベッドスタンドにあるシグを手に取ってみた。手にはあの時と同じ《強化されたシグ・ザウエル》があった。誰かが運んで置いてくれたらしい。
弾はサバゲー用の6mmBB弾である。弾倉を見たがBB弾ごと強化されていた。
シグを握りながら、ついに自分も殺人者の仲間入りをしたのだと思い知らされる。
「凝視してますがひょっとして、それでジンガ将軍を?」
「はい・・・・鋭いですね。他にも誰かが触りましたか?」
「パシャ将軍の命令で松原さんの身柄と装備は丁重に扱えと命令が出ましたから。気絶した松原さんを運ぶ際に触ったくらいではないでしょうか?松原さんが気を失っていたときは右手にガッチリ握っていたそうですよ。」
『パシャ将軍に貸しができたな。』
竜二のジグに限らず、ガスガンや電動ガンと違い、エアガンのハンドガンは単発式が大半である。例え触って面白半分で撃っても遊底を引かないと引き金を押しても弾は出ない。
この世界の人が、その仕組みを理解しているとは思えなかった。ゆえに触ったところでどうなるものではないと思うが、手に戻ってきてくれただけ一安心である。
「教官。これの事は・・・」
「私は内緒にしておきますよ。」
分かっているとばかりにハワードは返答した。
「・・・現場に居合わせた人達は感づくんじゃ?」
「その危険性はありますが、パシャ将軍の咄嗟の弁明によりAランクのみに与えられる能力だと言うことになってますよ。」
「そうですか。」
さすがにミハイルくらいには報告されるだろうが、とりあえず即座の銃押収の危機は脱したかな。竜二は大きく息を吐いた。
「・・・目下の周囲の目はラプトリアの容態に関心が集まっているのも、気づかれない理由でしょうけどね。」
「はい・・・。」
ラプトリアは厳重体制の大型竜房で現在治療中である。魔道士の回復魔法や後方支援士団の手当てにより少しずつ回復していた。ラプトリアの傷は深く、呼吸器系にまで到達していた。胸骨も何本か折れていた。痛みを軽減させるため、ラプトリアは魔法で眠っている状態であると言う。覚醒許可が下りて目を覚ますまで騎士といえど面会はできないのだそうだ。
打たれ強さは竜の中では中程度なステルスドラゴンだが、不可視の状態での一撃でここまでの損傷はさすがに可笑しいと後方支援士団が調べたところ、ジンガの鉄金槌には爆発系魔法の付与が入っていたことが判明した。
これで殴られると、体の内側から破裂するかの様に損傷するそうだ。
神殿契約していなければ竜の能力は低い。ラプトリアが一命を取り留めたのは神殿契約までしていたからだろうとの事だった。そのおかげで生命力や再生力も上がっているのに加え、献身の治療のかいあって明日には目を覚ましても大丈夫だろうと言われた。
つまり明日には会えると言うことである。
正規軍内部ではラプトリアの損傷が大きな噂の種になっていることと、戦後の褒章などの話の方が引き立っており、結果的に竜二のジグに対して軍関係者の視点は向けられてなかった。向けられているのは精々竜二がジンガを倒した事だけであり、どういう経緯で倒したかまでは噂として広まっていない。「さすがA級騎士だ」と美化されている程度にとどまっている。
それ以上に戦後の褒章の方が気になるのだろう。ガラルドは軍事拡張政策を敷いているだけあって功労者には一般兵でも褒美をやるという。
『まあおかげで助かったんだが・・・』
個人的な当面の悩みは大丈夫そうだが、悩み事はまだあった。竜二には謝りたい人がいたのである。
「教官。あの人、呼んでくれました?」
「ええ。もうすぐ来るかと。」
「失礼します。」
竜二の私室にハルドルが入ってきた。普段と同じ温厚な顔だが、どことなく神妙である。本来なら竜二自らが彼の元へ行こうとしたが、まだ怪我が治ってない事もあって、気遣ったハワードが呼んできてくれたのであった。
「ハルさん!すみません!俺が下手に意気込んだせいでこんなことに。」
竜二はベッド越しで謝った。
あの時、バルツァーに戻れと言われたのに、自分達だけ帰還する後ろめたさから対地戦に加わると言ってしまった。結果としてラプトリアとリディアが大怪我を負い、自分も死にかけた。パシャ将軍にまで迷惑をかけてしまった。ハルドルから助言されていたのにかかわらずである。
許可を出したのはバルツァーなので最終責任はバルツァーにあるが、隊長として隊員の意見を退け、危険な目に合わせる事になったのは事実である。ラプトリアの戦闘力の凄まじさを見て、思い上がってしまった。初心者隊長が指示に異を唱えるのは早かったのだ。
自分が対地戦に参加したいと言わなければ、こうはならなかったものを・・・
そこまで説明して改めてハルドルに謝った。
「そこまで失敗を痛感し反省しているのなら、何も言うことはありませんよ。隊長のおっしゃる通り、最終責任者は団長ですから。」
どうやらハルドルは余り怒ってないようだった。厳しい言葉一つ二つ覚悟してたのだが、意に介していないようで竜二は胸をなでおろす。
しかし直後、ハルドルは大真面目な顔になって言った。
「ですが、その言葉はリディアに言ってください。彼女こそ最大の被害者でしょうから。・・・・出来れば隊長の足でリディアのところへ行くべきかと。」
彼女は、いの一番に竜二を助けようとしてくれた。その彼女が大怪我をしたのだ。彼女にこそ謝るべきなのだが、ハルドルが最大の被害者と言ったのはもう一つ理由がある。
相竜のメルドが意識不明の重体であるということである。呼吸もままならず今日か明日が峠だという。ジンガの爆発系魔法を付与された金槌で脳天を殴られたのだ。竜も頭に脳があるそうなので、脳も損傷している可能性が高い。
この世界の人は「脳」という名前を知らないようだが、脳の重要性を理解している竜二からすれば、自発呼吸も満足に出来ないとあれば回復はほぼ絶望的だろう。
今のリディアは祈るような思いでメルドの回復を待っているに違いない。そんな彼女と会うのは心苦しかった。
「分かった・・・もう少し経ったら・・・必ず行くよ。」
弱弱しくも、はっきりとハルドルに伝えた。
成人用エアガンのシグは小型ですが特にカスタマイズしてなくても威力と命中力は非常に高いです。近距離ならリンゴも貫きます。私は15メートル離れた場所に立てた10円玉にも当てられました。
これを強化したらどうなるか?
一度考えてみた次第です。小説の中で実践できて良かったー(笑)




