帝国内乱〜ラパント攻防戦 2
〜ヴィルトン侯爵軍陣営〜
「・・・さっそく飛竜騎士団のお出ましか。」
飛竜騎士団が帝都から出撃してきた。二手に分かれ、東部方面と我ら南部方面に向かっている。それはいいのだがアストには負に落ちない点があった。
飛竜騎兵が少ないのである。特に自軍の南部方面に向かってくる飛竜騎兵はせいぜい百騎程度。
対してこちらが契約した竜使いの数は約六百騎。半分は東部方面に派遣したものの三百騎は現有戦力として存在している。
もちろん大半が飛竜使いである。
帝国軍は三倍の兵力相手に立ち向かう気なのか?それほど兵力をムジル平原に裂いたのか?
帝国軍は教団との離別から大半が現地契約止まりの竜騎兵のはずだ。であれば自分達が契約したフリーの竜使い達と実力差は大きく開かない。
各々の経験の差もあれど、どうしても兵数が決定打になるはずだ。それを三分の一の兵力で向かい撃つなどとは・・・・・
『こっちに向かっている百騎は精鋭なのだろうか?だが竜騎兵は陸軍の重装槍兵団と違って[精鋭]という区別は無かったはずだ。』
話に聞いているA級騎士松原竜二かとも考えたが、それは無いと考えなおした。
かのA級竜騎士は新人ホヤホヤでろくに力を発揮できないはずだ。竜も成竜になっておらず、力も十分に発揮出来ないと聞いている。
現在の帝国では、もはや伝説となっているAランクの竜だが、その歴代のAランクの竜の強さは貴族達にも有名だった。もしも松原竜二の相竜が十分に力を発揮できる状態ならば、貴族達も此度の内乱は思い止まっただろう。
反乱貴族達にとってはラプトリアが成竜になる前に内乱を成功させなければならなかった。彼女の若さが貴族蜂起の実行を早めることになったのだから如何にAランクの竜が強く、より怖いかが知れる。
「侯爵様、偵察兵より新たな情報が入りました!此方の迎撃部隊の指揮官は飛竜騎士団団長自らが率いているそうです!」
「バルツァー殿自らがか!!」
飛竜連隊長ではなく団長自身が統率者になっているとは驚きだが、これで合点がいった。
経験豊富な飛竜騎士の長が出撃しているのだ。これなら騎兵達の士気も高くなる上に的確な指示が出せて粘り強く戦えるだろう。
『いや、それが狙いか。東部方面に主力を投入し竜使い達を撃退した後、南部に竜騎兵を結集させる。言うならば南部方面の竜騎兵は東部の竜使いを撃退するまでの時間稼ぎと言ったところか。』
一見、無茶なようだがバルツァー団長なら出来ないことは無い。彼は歴戦の宿将。決して不可能ではなかった。
そうと分かればアストの指示は早い。
「下手に小出ししてはバルツァー殿の事だ。持ち応える可能性が高い。持ちうる総兵力全てを投入せよ!出し惜しむ必要は無い!団長を撃った者は巨額の恩賞を約束すると伝えよ。」
アストの命令が竜使いに伝わっていった。
~帝都南部方面 上空~
「あの兵数・・・敵は温存策を採らなかったか。」
バルツァーは冷静に分析した。この数を見て我らを侮り、敵も百騎か二百騎程度に抑えるかとも考えたがそうもいかない様だ。
そこはさすがヴィルトン侯爵だと言える。
『今回の戦はラプトリアに任せ、多少は楽が出来るかと思ったがそうも行かぬか。』
チラッと横を見る。落ち着かず必死にしがみついている竜騎士と、平然としている相竜のコンビは見ていて飽きないものである。
敵が竜使いを六百~七百程度有していることは偵察兵の情報から聞いていた。バルツァーにとって一番恐れていたのは、その現有戦力を一箇所に集めて我等のどちらかを攻撃しようと試みた時である。
だが敵は竜使いの兵力を二つに分けてくれた。それだけでもありがたい。
・・・それではいよいよ出番か。
バルツァーは右手を天高く掲げ、右手を前に倒した。攻撃開始の合図である。
さあどれだけ活躍してくれるんだ?Aランク様。
攻撃開始の合図は明確だった。
あらかじめバルツァーからは自由に暴れてよいと言われているので、ラプトリアも遠慮が無かった。
「行くわよ。竜二!」
「わ、分かった!思う存分暴れてしまえーーー!」
竜二が言い終わるよりも先にラプトリアが動いた。
横一列になっている敵の前衛に向かって高速で突進し、敵に体当たりするのではないかと思うほど近づいた。
「くっ!回避!」
「分かれろ。分散だ!」
敵の竜使いがお互いに指示を出していくが実行に移すより先にラプトリアの速度のほうが速かった。
ラプトリアは敵とぶつかると思われた瞬間、一気に方向転換し弧の字を描くかのように急カーブを断行した。
突風が巻き起こり、何人かの竜使いが竜から吹き飛ばされる。ここは雲の上ではないが雲の近くまで到達する上空。落ちたらとても助かりそうにない。一瞬で数名を脱落させてしまった。
「くそ!飛び道具で勝負だ!」
「撃てー」
敵からブレスが放たれるが、それが当たるより先に既にラプトリアは急上昇して悠々と躱し、敵の集団目掛けて急降下した。
「やばい!回避を!」
ある青年竜使いが言ったが、戦列が整っていたことが逆に仇となり、左右前後が味方で邪魔になっており避けることも叶わなかった。ラプトリアは戦列の真ん中目掛けて降下する。迎撃しようと相竜の口を上方に向ける頃にはもうラプトリアは間近に迫り、一気に通り過ぎていった。
大半の竜使いが目をつぶってしまったが、通り過ぎて行ってしまった後、一体何をしたんだと多くの竜使いはキョロキョロ見渡した。
だが認知する頃には手遅れだった。ある者は首が切断され、ある者は頸動脈がすっぱり切られていた。
ラプトリアの爪攻撃である。伸ばした爪で目にも止まらない速さで回転しながら次々と竜または竜使いの首を裂いたのである。
「くそ!分散だ。まとまっていると犠牲が大きくなる!分散して少しでも犠牲を最小限に減らすんだ!」
敵の隊長格が指示を出していく。
「・・・・・・連携の指示も出さずに分散するとは愚かな。これでは各個撃破してくださいといわんばかりだ。」
バルツァーはつぶやきながら、部下に指示を出していく。すると少しずつだが敵はまた一人また一人と撃墜されていった。
『松原士爵に好きなだけ暴れてよいと言って正解だったな。良い囮役だ。』
敵の分散命令と共に敵の竜使い達は一斉に分かれる。飛竜はお互いの翼が当たらないよう左右の間隔には気を使う。前後の分散より左右の分散の方を優先してしまいがちだ。
それは士爵館の図書室にある戦術書を熟読した竜二が良く知っている。竜二は空中戦では余りすることがないため、心苦しい思いをしていた。
考えた末に竜二が出した結論は自分が学んだ知識をラプトリアに教えるというもの。
帝国では知識より経験の方が大事という風習が根強い。だからこそ鍛錬に時間を大幅に割く人を評価したがるのだろう。「筋肉バカの集まり」と罵ってしまえばそれまでだが、竜二はそれを否定する気はなかった。個人の主義主張だから之に正解も不正解もない。
とはいえ、竜使いとしての基礎的な講義はハワードから教わったものの、帝国竜騎士としての教育を受けておらず、いきなり竜騎士になってしまったことで専門知識がない竜二やラプトリアにとって知識は不可欠なものであった。教育の重要性を竜二はしっかり理解している。
そこで竜二は士爵館の図書室で軍用書を読み漁り可能な限り独学で知識を吸収していた。それに加えてハワードから一般常識を、ハルドルからも騎乗指南などの個別講義を受けていたのである。
軍用書の内容が希薄で、現在のミリタリー雑誌の方が圧倒的に内容が濃かったのは仕方ないことであったが。
尤も後半は資金調達に追われ時間がなかったが、交易中の移動時間を使ってマインドキネシスを使い、学んだ知識をラプトリアに惜しみなく教えた。ラプトリアは聡明で飛行中にも関わらずメキメキと吸収した。
元々知識欲は旺盛なようで、今となっては竜二やハワードに「もっと知識や学術を教えて」と頼んでくる始末である。
その光景を見て竜二とハワードは顔を見合わせ、冷静さと勇猛さと智謀を兼ね揃えた知勇兼備な【武将】ならぬ【竜】になって益々「化け物」になるのではないかと苦笑したものだ。
そんな勉強熱心な彼女が戦場で生かさないはずがなく、敵が分散し始めた頃には既に敵陣の側面におり、いつでもサイドアタックできる態勢になっていた。
そして敵が左右から前後の方へ分散し始めるよりも前にラプトリアは敵陣の側面を突いた。
急加速した途端、翼を折り畳み、爪を伸ばした両足を敵にぶつかる寸前に広げ、高速回転しながら敵集団を通り過ぎていく。
今後ラプトリアの得意技にして最初の必殺技となる高速回転攻撃である。(竜二はこれをスクリューロールアタックと呼ぶため、のちにアウザール大陸内ではスクリューロールアタックという呼び名が定着する)
これにより多くの竜使い、もしくは相竜が輪切りに斬り刻まれ、瞬く間に数十騎が墜落していった。
「焦るな!通り過ぎて我らに背後見せている今がチャンスだ!ブレスを集中しろ!」
隊長格の竜使いが命令を発するもそれが実行されることはなかった。
「どこがチャンスだと言うのだ?」
敵の隊長は振り向いた途端に火に撒かれた。
「ぐあああ〜〜!!」
隊長は相竜共々焼死した。バルツァーの相竜の火炎吐息である。
「我らを忘れては困るな。敵はAランクだけでは無いぞ?」
いつの間にかバルツァーは部下を伴って中衛に押し寄せていた。前衛の方は殆ど味方がいない。大半が撃墜されたと見て良かった。
「・・・合流だ!!後衛と合流して再結集だ!退けい!」
隊長格が死んだ今、中衛をまとめる者はいない。誰が言ったかわからないが一斉に後方へ退き始める。おそらくベテランの竜使いの誰かだろう。彼らにとっては天の声に聞こえたに違いない。
「よし!我らも進撃する。敵に時間を与えるな!」
ヴィルトン侯爵率いる竜使い達は後方へ下がるものの、結局は個別契約した竜使いの集まり。バルツァー隊とラプトリアが迫ってくると、恐れおののいて瞬く間に脱走していった。
こうして帝都南部の空中戦は終止符が打たれたのである。
「松原士爵。ちょっと待ってくれ。」
「はい!なんでしょうか?」
この一帯は敵がいなくなったので、竜二はすぐさま東部方面上空に向かおうとしたが、バルツァーに呼び止められた。
「君の相竜はまだブレスを吐けないそうだな?」
「はい。残念ながら・・・」
「そうか。じゃあ上空で待機していてくれ。これより我々は次の攻撃に移る。」
「へ?次って・・・」
竜二の質問に答えるよりも先にバルツァーは部下を引き連れ、高度を下げていき、地上に狙いを定められる距離まで降下した。近くには竜二の部下であるハルドルとリディアが残った。
「ハルさん。これから団長たちは何をするんだ?」
「ん?彼らですか?上空の敵を一蹴して制空権を奪ったとあらば次にする事といえば、決まっているじゃないですか。」
「まさか・・・あそこを攻撃?」
「お察しの通りです。」
竜二は下に視点を落とした。地上ではヴィルトン侯爵軍に向かってバルツァー達が対地攻撃を行っている。
もちろん味方に被害が出ないように配慮しているのか前線兵士には手を出していない。バルツァー達の餌食になっているのは後方の兵士達で、敵は弓で応戦しているが散発的にしか対空攻撃が出来ず、バルツァーの指揮能力及び騎乗能力の高さも加わって一方的である。
息を吹き返した皇帝派貴族軍も猛反撃に出て、瞬く間に形勢逆転し、次々と兵士が撃ち倒されヴィルトン侯爵軍は完全に崩壊するのに時間は掛からなかった。
「・・・いくらなんでもやり過ぎじゃない?」
「それは甘いです。隊長の世界ではどうか分かりませんが、こっちのアウザール大陸ではこういうことは珍しい光景ではありませんよ。だからこそ皆、制空権が欲しいのです。それだけで戦局が変わりますからな。」
ハルドルは真剣な顔で竜二に語りかけてきた。
『そうだった!!何を生易しい事を言っているんだ俺は。』
敵を少しでも削いでおくのは常套手段だ。
これはいつの時代でも変わらないだろう。まして竜二は歴史の授業やドキュメント番組などで戦争というものはどんなものか、こっちの世界の人達より知ってるはずなのにである。
兵器が発展していないせいか、こんな光景は第二次世界大戦中の光景に比べれば易しい方だ。むしろ市民達に攻撃を加えていない分、好意的といえる。
まして制空権や制海権確保の大切さはミリタリー雑誌や歴史書を読んだ竜二にとっては、基礎的な知識といえた。下手に陸戦にこだわっても効率性から見れば、戦が長期化し双方とも疲弊するだけだ。
知識と実践が違うことを思い知らされた竜二ではあったが・・・・
「・・・・見ていて気持ちいいもんじゃないな。」
竜二もさすがに年齢が年齢だけに泣いたり、吐いてしまうことはなかったが竜のブレスで焼かれ、のたうち回っている敵兵に向かって、歩兵達が槍で串刺しにしている光景は実に生々しい。
敵とはいえヴィルトン軍兵士には少し同情する気になった。
「待たせたな。対地攻撃は完了だ。これより東部戦線に行くか。」
「・・・もういいのですか?」
三十分も掛かっただろうか?急いでバルツァー部隊が戻ってきた。
「ああ、これだけやっておけば大丈夫だろう。皇帝派貴族軍も戦功が欲しいだろうからな。あとは彼らに譲ることにしたよ。」
「了解です・・・・。」
とても何百何千という兵士達をたった今殺してきた顔とは思えない極めて平静な顔だ。おそらくバルツァーの頭は東部方面の救援のことで一杯だろう。
今後はメンタリティーを鍛えることが最優先だと竜二は固く決めるのだった。
〜ヴィルトン侯爵軍陣営〜
「何が近接攻撃もまともに出来ないだ!!」
ヴィルトン侯爵は急いで撤退している。自分の周りには百人足らずの兵士だけであった。
竜使いを次々と倒され、残った残存竜使いも遁走してしまった。
制空権が奪われれば、あとは敵の対地攻撃にさらされる。
案の定、次々と飛竜騎兵が高度を下げて部下達が殺されていった。原因は明白。松原竜二の相竜の能力を見誤ったからだ。
確かにブレスは吐かなかったものの空中戦ではほぼ無敵の強さだった。接近戦でことごとく敵をなぎ倒す様は凄まじいの一言である。否、凄いのは攻撃だけではない。
「常識外な飛行速度に旋回力、いとも簡単に回転を行う飛行技術。なんというか総合的な飛行能力が卓越している。いや、敵の弱点も的確に読んでいたようだから頭も切れるか。」
もし、ヴィルトン伯爵もここまでラプトリアが成長していることを知っていれば、あからさまに聖教に味方しただろうか?
『あの速度ならムジル平原にいる前軍にさえ一日かからずに合流できるだろう。我々が挙兵していた地点ですでに制空権は皇帝軍のものだったのだ。』
改めてAランクの竜の強さを思い知らされた。
松原竜二を味方にしておかなかった。あるいは彼の相竜の強さを甘く見た。これがこの戦の敗因だろう。
『時間稼ぎどころか、こっち部隊が精鋭であったな。松原竜二が救援に駆けつければ、おそらく東部ももつまい。それまでにグリフィス伯爵筆頭の西部貴族軍が帝都を占拠してくれればいいのだが・・・』
と考えながら、自分の領地目掛けて撤退するもついに追いつかれた。
「いたぞ!!ヴィルトン侯爵だ。捕らえろ!」
敵は追撃に兵を大量に裂いたのだろう。あちこちで敵兵が自分達に駆け寄ってくる。
『終わったか・・・』
アストはもう無駄だと決めるや早々と降伏した。こうしてヴィルトン侯爵は捕らえられたのである。




