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ドラゴンライダー立身伝~銀翼の死神~  作者: 水無瀬 凜治
帝国小隊長昇任後
44/88

帝国内乱〜ラパント攻防戦 1

〜西部諸侯軍 本陣〜


「帝都の西側が手薄だと?」


「はい。何でも正規軍と皇帝派の諸侯軍はルトナー公爵軍とウィルトン侯爵軍を向かい撃つのに全兵力を投入するため、南部と東部に集中するそうです。我らに近衛軍をあてようとしてたようですが、近衛大将殿が頷かないようで難儀しているようです。」


「・・・あのお高く止まった老人か。」


西部諸侯軍の大将シルヴァス・グリフィス伯爵が吐き捨てるようにいった。ベルトランとは宮殿で何度か会ったことがあるが、常に上から目線で何度不快な思いをしたか分からない。

だが中級貴族である自分ならまだしも、他の侯爵・公爵の方々にもふてぶてしい態度をとっている。あれに比べたら、素顔が分からず得体のしれない男だが正規軍のミハイルの方が断然マシだった。


「伯爵様、誰が聞く耳立てているか分かりません。口を控えた方が・・・」


ここは西部諸侯軍の野営地である。防音対策などはなく、聞けば告げ口し放題な環境であった。


「別に構わん。軍事機密にかかわることでもないしな。誰かが盗み聞きしていても共感者のほうが多いだろうよ。」


実際のところ、ベルトランに信用がおかれているのはガラルド十二世くらいで宰相とも折り合いが悪かった。当の本人は気にした様子もない。それはそうだろう。帝都に踏ん反り返っていればいいのだから。他国を攻めるにせよ、他国から攻められるにせよ軍事行動は正規軍の仕事だ。とはいえ帝都の治安維持は憲兵隊の仕事。

近衛兵達は陛下が外出するときの護衛と、帝都の外周を定期巡回する程度だ。

装飾が散りばめられた高級な武器防具が優先的に配備される上、給金も正規軍より高いという。そのくせ近衛軍だけで兵数で約一万人もいる。


『陛下はかような軍事拡張政策が今回の内乱に結び付いたのを理解しているのだろうか?』


物思いにふけったシルヴィスだが、思い直し作戦立案に戻した。どうせもう後戻りはできないのだから。


現在、西部諸侯軍は帝都攻略の為の最終確認を行っていた。最新の帝都の状態を密偵を送り込んで調べさせると副官から先ほどの報告を受けたという訳である。


「あともう一つ報告ですが、陛下が王宮入りしているのでは?との報告もあります。」


「馬鹿な!陛下はムジル平原にいるはずだ。皇族家紋入りの皇旗が翻っていたと聞いていたが?」


「先日、一騎の飛竜騎士が高速で誰かを乗せた状態で帝都入りしたと偵察兵から報告が上がっております。おそらく、その飛竜騎士が噂の・・・」


「・・・松原竜二か?」


「ダークシルバーの体色から見て間違いないだろうと。」


「・・・その誰かとは陛下で間違いないのか?」


「いえ、残念ながら遠目からで良く見えなかったと。ただ全身鎧を身にまとっていたとのことです。」


シルヴィスは考えた。全身鎧とはミハイルの事だが、自分たちに顔を見られたくないとすれば陛下でも十分あり得る。何より戦時中にAランクの竜騎士が単騎で乗せているとあれば高貴な人に違いないだろう。護送役にも申し分ない。ミハイルの武量は誰もが認めるところである。彼なら何もAランクの竜に乗る必要はない。

ミハイルの可能性もあるが陛下の可能性が高いと見た。もし陛下を捕えたなら自分の栄光は計り知れないだろう。シルヴィスは逸る気持ちを抑えながら冷静に言った。


「クラニーズ将軍とは幾度となく会っているが彼の性格を察するに先の報告には信憑性がある。元々、我々が帝都に押し入る手はずだったからな。帝都防衛の兵の士気維持のために陛下が帝都に帰還した可能性も高い。予定通り、手薄の西門を攻めることにする。諸侯達にはそう伝えよ。」


帝都の城壁改築はもっぱら西側が中心である。西部に広大なロンドスター平原があり、大地も肥沃で農業に適しており、農地にも市街地にもできると期待されている。

そのため攻めに適しているのが西側である。親聖教派の帝都攻略の作戦概要はいかにして西門を奪取するかが争点であった。そこで大半が東部から攻めて東門の負担を重くし、少しでも西部を手薄にしようということで決まった。単純だが確実な方法として決まったのである。会議の際はシルヴィスは距離の関係上、出席出来なかったが帝都襲撃の大役を任せてくれるとあらば不満はない。


最初の栄光を掴めるかもしれないとあっては会議の最終結果を勝手に決められた事も我慢できる。



「・・・決めてしまってよろしいのですか?」


「よい。公爵の方々が危険な役を自ら買って出てくれたのだ。我々も応えねばなるまい。ただちに出撃準備だ。」


「かしこまりました。」





〜帝都内部 正規軍陣営〜


昼になると戦争映画のワンシーンのような光景が広がった。


ラパントの南部と東部には大軍とも言うべき兵士が整然と整列している。指揮官の一声で一斉に戦闘が始まるだろう。竜二は城壁に隠れながら大軍に圧倒されていた。


「いいか?打ち合わせ通りにやれ。陸軍は打って出るが、我々は敵の竜使いが攻めてきてからの出撃だ。」


バルツァー騎士団長から最終確認が入る。飛竜騎兵からは緊迫した雰囲気がひしひしと感じる。


『それにしても・・・・・・』


飛竜騎士団は確かに結集されてはいるが、兵数が少ないように感じた。各連隊が定員割れしているとはいえ総兵力合わせれば飛竜騎士団だけで千九百騎以上はあるはずだが、ここにいるのは全体の三割程度しかいない。


『こんなんで本当に戦えるのか?何か策があるのかな?』


初出撃でただでさえ緊張しているのに、この兵の少なさが更に緊張に拍車をかけていた。


前線に出がちなガラルドのために前軍の兵を厚くする必要があったのと、クルードの案でラプトリアがリスク分散の一環に使われていることをもちろん竜二は知るべくもなかった。


後ろを見るとリディアも落ち着かないようだった。手も震えている。対するハルドルは目をつぶって静粛にしている。こういうとき経験者が傍にいるってありがたいなと心から思う。

ラプトリアはというと言わずもがな、


「いよいよ実戦ね!強い竜がいるといいのだけど・・・」


とあいかわらずである。大人びて落ち着いている一方で、意外に好戦的な性格のラプトリアであった。いや、強い竜と闘いたいということは向上心豊富な性格とも取れるが・・・・


竜二が思わず苦笑している内についに戦局が動いた。


ブオーブオーブオー


戦笛が鳴り響く。


後軍と皇帝派諸侯軍が一斉に敵に向かって進撃する。


「いいか?ルトナー軍は山越えで疲れているはずだ。遠慮はいらん。いけいっ!!狙うはフェリックス・ルトナーの首ただ一つ!」


ミハイルが大声で叫ぶ。

後軍兵士はルトナー公爵軍陣営に到達し、壮絶な戦闘を繰り広げ始めた。





〜ルトナー公爵陣営〜


「正規軍がお出ましか。」


髭を生やした上級貴族フェリックス・ルトナーがぼやいた。正規軍と対戦とくれば否が応でも気が引き締まる思いだが、前方の兵はどうだ。

兵数二万が良いところではないか?こっちは倍の四万。


敵は我々の戦力を読み違えたのか?

我々が山越えするとは露知らず兵をムジル平原に出しすぎたか?


いずれにせよこの戦、楽に進みそうだな。


ルトナー公爵が気を緩み始め戦の状況を見ていると、ふと疑問が湧き出てきた。


おかしい。

戦況をよく見ると、自軍の方が兵力では多いはずなのに徐々に押されている。目に見えて味方の兵が斬り倒されているのが分かる。

ルトナー公爵は帝国貴族達の中でも屈指の武闘派であり、ゆえに戦場こそ彼が得意とするところであった。数に物を言わせて何事にも力押ししたがる嫌いはあったが、戦況を覗うのは帝国貴族の中でも優れている方である。


フェリックスが頭を傾げているところに横から伝令が駆けつけてきた。


「申し上げます!!敵は四皇将ミハイル将軍だけではなく、パシャ将軍、バイバルス将軍、ジューダス将軍、ライオネル将軍、ザッキン将軍の五名を擁しているようでして、わが軍が押されてます!!」


「何だと!名だたる将軍達ではないか!?」


これらの五人の将軍達は四皇将を除くと最も位が高く、次期四皇将に近い人物だとされる。


普段は冷静だが戦いとなると一挙に勇者になる猛将リン・パシャ将軍

逆に普段でも戦場でも剛毅で、パシャ将軍と二枚看板の猛将バフリー・バイバルス将軍

知勇共に優れた勇将ダガン・ジューダス将軍

ガラルド十二世の護衛役として近年まで常に守り続けてきた女将軍ハンナ・ライオネル将軍

若手ゆえに粗さは目立つも槍術試合で優勝し今の地位まで上り詰めたガシップ・ザッキン将軍


正規軍に限らず、帝都民まで認知されている将軍なのだ。貴族のフェリックスが知らないはずはなく、正規軍の真剣さをまざまざと思い知った。


尤も、これらの将軍達が帝都防衛に回ったためにムジル平原で、前軍が聖甲騎士団相手に手こずったのは余談である。


「なるほどな。敵もやはり簡単には勝たしてくれんな。ジンガとボリクスを呼べ。出来るだけ温存したかったが士気を高めるためには仕方ない。傭兵達も積極的に前線に向かわせろ。戦列が整う間だけの時間を稼いでくれるだけでよい!!」


敵の出方を見て、ついにルトナー公爵も本気を出したのである。


「それとアスト殿に伝令を走らせろ。竜使いを投入してくれとな・・・・策は使うに越したことはないからな。・・・それと聖甲騎士団員にも出撃要請を!」





〜正規軍陣営〜


「敵!前線を持ち直しつつあります。どうやらジンガ将軍とボリクス将軍が出てきたと思われます!」


「ほう。敵も本気を出したか。よし、リンとバフリーを一旦前線から下がらせよ!二人と対決させるのだ!その間にダガンと筆頭に敵を押し切れ!相手が少しでも怖気づけば終わりだ。」


すぐさま命令が伝令により各将軍に伝わる。

バフリーあたりは暴れ足りないとばかりに顔を顰めたが、これから大物との一騎打ちをやってもらうと聞いた途端、甘んじて引き下がった。


ジンガはルトナー公爵軍に属する蛮将と呼ばれる勇猛な将軍である。多くの蛮族達を従え、蛮族達の盟主としての役割も併せ持つ。

ボリクスは初任官時から公爵家に仕える将軍である。彼もまた武勇に富んだ猛将であり、軍人同士の交流試合でバイバルス将軍と闘い、勝負が着かなかったという逸話を持つ。帝国内では珍しく馬術が巧みである。


「ミハイル閣下!バイバルス戻りました。ボリクスはどちらに?」


気が付くとパシャとバイバルスは戻ったようだった。


『相変わらず迅速な行動力だ。戦時中で手抜かりをしないところは背中を預けられる絶対条件だ。帝都防衛に残して正解だったかもしないな。』


ヘルムに覆われて表情は分からないがミハイルは二人に向けて顔を綻ばせた。


「よし!ルトナーはいよいよ本気を出してきた。ボリクスは左翼にいる。バフリー!相手をせよ。ジンガは側面からライオネルの部隊を攻撃している。リン!やってくれるな?」


「は!お任せを。」


「腕が鳴ります!」


両将軍とも乗り気である。早速、ミハイルは二人を向かわせた。


『これでハンナの負担は大きく減るだろう。これでハンナも中央に集中できる。ルトナーまであと少しか。』


だがミハイルは気にかかることがあった。

一体いつ、敵は竜騎兵を投入するのかということである。





〜ヴィルトン侯爵軍陣営〜


東部の戦闘が白熱している頃、南部もまた白熱していた。


兵力は皇帝派の貴族諸侯軍が多かったものの、アスト・ヴィルトン侯爵は充実した兵器や武器や軍馬を所有していた上、加えて名だたる傭兵団とも契約を結んでいる。そのせいか戦況はヴィルトン侯爵とその傘家の貴族軍が押している。

戦闘後しばらくするとマズル伯爵軍が自分の領地から出撃し、ヴィルトン侯爵軍は挟み撃ちにあうも全く押されておらず、むしろ戦況は良い方向に向かっていた。


「出費はきつかったが、高名な傭兵団を雇っておいて正解だったな。」


このアウザール大陸において規模はまちまちだが三十以上の傭兵団が存在する。彼らにとって周辺国と戦争してくれる帝国はありがたい顧客だ。正規軍にとっては余り馴染みがないが、地方領主で限られた兵力しか持たない貴族達には実に重宝する。働き手の男を失うと納税にも影響が出るからだ。


タカツキ戦線には自国の兵を出さずに契約した傭兵団を派遣した領主もいたほどである。

だが今回の内戦においては親聖教派の貴族が挙兵を鮮明にする前にあらかじめ複数の名だたる傭兵団と契約を済ませて皇帝派貴族に対してガードしていた。


おかげで皇帝派は自軍の領民に徴兵令を出さざるを得ず、今回の内戦では絶対に勝って褒賞を貰いたかったのである。


このまま自分達が敗退しては皇帝軍が勝っても恩恵は少ない。皇帝派の貴族達は必死だった。


「不利な時に雇用した竜使い達を投入するつもりだったが、その必要性はないようだな。」


フリーの竜使いは大抵、出来高払いであり出撃しなければ、契約料を満額払う必要はなく、前金として二割程度の保証金を払うだけでいい。

このような制度になっている理由は契約料が傭兵より高額なためである。戦後の事を考えると出撃しないに越したことはないのだ。


アストが竜使いを出す必要性がないかと思い始めていた矢先に伝令が入った。


「なに!ルトナー様から!?」


こっちは優勢だが、あちらは劣勢らしい。

聞くところによると、正規軍は帝都にあまりいないだろうとのことだったが、油断でもしたのだろうか?東部の戦場が気になるが、ここからではよく見えない。


「仕方がない。竜使いの契約料はルトナー家とオットマール家との折半だしな。要請を断るわけにはいかん。契約した竜使いを投入せよ。半分は我ら南部に、もう半分は東部の応援に向かわせろ。」


アストの命令で数十分後、契約した竜使い全てが戦場に投入された。





〜帝都内部 飛竜騎士団待機場所 中央広場〜


「申し上げます!!ついに敵が竜使いを出撃させたとのことです!」


伝令兵がバルツァーに情報を伝えた。


「そうか、動いたか。よろしい。諸君!聞いての通りだ!敵は竜使いを使ってきた。我らはこれに抗い、敵の竜使いを向かい撃つ!歩兵を支援するぞ!」


「「おお〜!!」」


飛竜騎兵が一斉に勢いづく。


「松原隊長!!」


「はい!!」


バルツァー団長からいきなり呼ばれた。何か無礼な態度でも取ったかと思ったが違うようだ。


「君は初出撃だったな?」


「はい。初めてです。」


「よろしい。君は私と共に南部の竜使いを向かい撃つ。もしもの時は援護する。眼前の敵に集中しろ。いいな!」


「はい!ありがとうございます!」


竜二の緊張はバルツァーの発言と共に大きく和らいだ。こういう時は熟練者は実に心強い。何処となくリラックスできた。

ぎこちない笑顔をしている竜二の後ろでハルドルがうっすらと顔を顰めていたのをバルツァーは見逃さなかった。



数分後、飛竜騎士団は全員が都外へ迎撃に向かったのである。





〜西部諸侯軍 本陣〜


伝令より飛竜騎士団が帝都を飛び立ったことをシルヴァスは偵察兵を通じて確認した。


「これで帝都は近衛軍だけか・・・・・・」


もう帝都から竜騎兵が出る様子はない。全員出撃したのだろう。

シルヴァスは目を細め、決断する。


「よし!!全軍に伝えよ!これより帝都内に向かう。相手は陛下直轄の近衛軍だ。手加減するな。全力でいけ!くれぐれも非武装の住民には手出しはしないように徹底させよ!」


シルヴァスの号令で西部諸侯軍は一斉に帝都に襲撃に向かった。


グリフィス伯爵軍を初めとする西部諸侯軍は破竹の勢いで城壁を超えて帝都に入っていった。



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