帝国内乱〜ラパント攻防戦 前夜
竜二は落ち着かなかった。
ラプトリアに乗って急いでラパントに向かっている。そこまでは良い。問題なのは後ろにミハイル将軍が乗っていることだ。
ラプトリアが二人乗り禁止というわけでもないし、飛行速度はさほど落ちないため、問題ないといえば問題ないのだが、それでも恐縮してしまう。
何故こうなったかというと、帝都に敵が向かっているという報せが後軍に届いたときにまで遡る。
竜騎士軍団を含め、急いで後軍兵士は反転し、帝都に向かいだした。その際、飛竜騎兵達は一足先に帝都に向かうよう指示が来た。
いち早く駆けつけろということなんだろうな。とそこまでは疑問に思わなかった竜二だが、帝都に向かう直前、後軍指揮官ミハイル将軍を同乗させるようにと命令があった。
将軍が帝都にいち早く戻れば、それだけ迎撃態勢を整えることができる。そこは理解できたが、よりによって自分の竜に乗ると言い出すとは・・・
だが、自分が同じ立場でも「ラプトリアに乗せてくれ」と頼んだであろう。ラプトリアが一番速いのは間違いないのだから。ここにエリーナはおらず、後軍の飛竜騎兵の統率者は飛竜騎士団団長ブルーノ・バルツァーであり、遠征中は彼が竜二の上官となる。ミハイルはしっかりブルーノに話を通していたらしく、団長から事前に命令があった。よってミハイルを乗せることになったのである。
「ここにいる正規軍から離れて良いのですか?」
「構わんさ。後軍の主力は帝都にいるからな。」
「は?後軍ってまだたくさんいるんですか?」
「おや?この兵数を見て少ないと思わないか?」
竜二は帝国兵を見渡した。ずいぶん前軍と中軍から離されてしまったため、かなり少なくなってしまったが、それでも十分な数がいるような気がするのだが・・・・違うところと言えば重装歩兵とは名ばかりの装備が軽装だというところだろうか?
「事前に話していなかったから仕方ないかもしれんが、後軍の総兵力は約二万五千人だ。ここには五千人の兵士しかいない。残りはどこだと思う?」
「・・・・帝都にいるということですか?」
「そういうことだ。この五千の兵士も軽装である故、かなり早くラパントに駆けつけることができよう。指揮は副将格の者に任せてある。案ずることはない。ラパントに連れて行ってくれ。ラプトリア単騎なら今日中に帝都に着くだろう?」
「はっ。了解です。」
というわけで竜二はミハイルと共に一足先に帝都に向かっていた。竜二の価値観では五千人でも十分な大兵力に見えたが、まだ予備兵力がいたとは驚きだった。
行軍中、日に日に前軍や中軍とドンドン離され、後軍が極端に進軍速度が遅かったという事だけは竜二にも理解できた。
ひょっとして、このためだったのかな?と物思いにふける竜二だが、末端の兵士が考えることではないと思い直し、飛行に集中した。
ハルさんやリディアなど後続の飛竜騎兵は帝都に到着次第、合流することになっている。
飛行中、お互い終始無言だった。いや会話することのほうが難しい。高速移動中に話しかけても声が相手に届くわけがない。その点はバイクの二人乗りと一緒である。
ミハイルは素顔は皇帝しか見たことがないと言われるほど、常にアーメットヘルムを被っていることで知られる。服装も夏場でも常に鎧を着こんでいるそうだ。これにより独特の威圧感がある。
それがさらに竜二を委縮させる要因となり、体も頭も使ってないのに、みるみる疲労感が募る。ラプトリアの飛行能力でも数時間はかかるだろう。その時間が竜二には果てしなく長く感じた。
三時間か四時間たっただろうか?ようやく帝都に着いた。
『やっと着いた〜長すぎるぞ〜。』
帝都に着くやミハイル将軍は礼を言って司令部に戻っていった。今日は休めと言われたので久々の士爵館である。
「なんかどっぷり疲れた〜。こんなに疲れたのはドラゴンキャッスルから帰還した時以来かー・・・」
あの時は辺り一面、野生の竜だらけだったので、常に神経を尖らせていた。大げさかもしれないが、ただ乗っているだけなのに今回の送迎はそれに匹敵する疲労感だった。
「実戦が近づいているのでしょう?今日はゆっくり休みましょう。二人と合流した後は忙しくなるでしょうから。」
「ああ。・・・・そうだね。」
相変わらず頼もしい言葉を掛けてもらいつつ、竜二は士爵館へと戻っていった。
ミハイルは司令部廊下を歩いていた。
「閣下!お待ちしてました。後軍二万人いつでも出兵可能です。」
「そうか。中部諸侯達の軍はどうなっている?」
「アルバース公爵とクリムト伯爵の軍が帝都入りしています。マズル伯爵は領地が帝都に近いこともあって帝都には来ていませんが、いつでも出兵可能とのことです。」
「敵の動きは?」
「大きく迂回しているようですから、あと三日は必要だろうと。」
当然だ。ムジル平原もミヤワン街道も使わずに帝都に来るということは山越えをするしかない。であれば大きく行軍速度が損なわれる。まさか敵は帝都に万単位の正規軍がいるとは思ってもいないだろう。
そして、四皇将初めとする名だたる将軍はムジル平原に出払っていると思い込んでいるだろう。だが三日なら先発した後軍の五千の合流は難しかろうが、飛竜騎士団は合流できる。
おそらく敵はラパント襲撃のために個別で雇った竜使い全員を帝都襲撃軍に回しているだろう。ラパントは城壁が高いため、空からの攻撃が最も効果的だからだ。
それでこそ松原竜二が活かせる。新人竜騎士にこのような大役を与えるのは酔狂だが、それは模擬戦の戦果が証明している。
それでも「実戦は別物」としてパウルなどは懐疑的だ。ミハイルもその点は賭けになる要素が強いと理解している。だが今日、ラプトリアに乗った限りでは心配無用だろう。
騎士の竜二は尻込みしていたが、当のラプトリアは自分が乗っていても威風堂々とし、冷静にかつ手抜かりなく帝都まで飛行を続けていた。そんな彼女がいざ実戦で尻込みするとは思えない。
おそらく一定の戦果は挙げてくれるだろう。
「・・・あとは近衛軍か。」
その時ミハイルは一瞬、誰にも気付かないくらいに目を細めていた。
翌朝、後軍配備の飛竜騎士団は全員が帝都に到着した。
味方の補充はこれで終了し、迎撃態勢は整ったことになる。
「松原さん、おはようございます。久しぶりっすね。」
竜舎内を歩いている最中にオーロから挨拶される。いつもの三枚目の懐かしい顔だ。しみじみ思う。
「おはようー。ラプトリアの様子見てくれた?」
「朝一でやったすよ。肉体面は全く問題ありません。今のところ特に戦闘はしてないんでしょ?」
「うん、まあこれからって奴だね。」
「言わずもがなでしょうけど頑張ってください。帰還したら洗浄してやると言ったらラプトリア喜んでましたんで。」
オーロの洗浄は今やすっかりラプトリアのお気に入りだった。竜二はラプトリアのちょっとした弱味を握った気分になった。
「ところで教官は?」
「ラプトリアの竜房にいるッスよ。ラプトリアと松原さんと同時に会えるのはここだけだからって。」
「わかった。あんがと。」
竜二は少し苦笑する。確かにその通りだな。俺を捜しているときは下手に捜さずにラプトリアの竜房で待っていればいいわけだ。教官も考えたな。
竜房に行くとハワードはもういた。
「教官、おっはようです。」
「おはようございます。松原さん。初出兵はいかがでしたか?」
「ひたすら器具や器材のあとかたづけとテントの解体作業及び陣営の撤収作業に追われてました・・・・」
「まあ、聞くところによると後軍はまだ戦闘はしてないそうですね。これからですよ、これから。」
「・・・・はい。」
確かに敵が行軍していることは聞いていた。明日にもなれば臨戦態勢に入るとのことだ。嫌でも実戦に出ることになるだろう。それに対しての緊張もあるが、『どうせ引き返すのなら帝都に留まっていた方が良いのにな』とも思う。
兵馬が疲れていたら何にもならないんだし・・・
竜二の愚痴は最もだが竜二がラパントを出撃する時点では敵の策は分からなかったため、あの時はああするほかないというのも事実である。
「・・・・ブロノワ隊長とは合流できずじまいですか?」
「ええ。出撃前に前軍と後軍に別れたきりですね。前軍がどうしているのかさえ聞いてません。」
ハワードは内心安堵した。竜二の個室内でオーロとの会話では、エリーナは宰相と結託し竜二を自分達のために何かに利用しようとしているのは明らかだった。だが現在の情報では、それ以上は分からない。
証拠はないが、エリーナの指揮の及ばないところで竜二が活躍できるのはハワードにとっては喜ばしいことである。今回の戦闘では竜二にとって政治的な思惑に振り回されることは少ないだろう。
早朝から真っ先にラプトリアの竜房に向かったのはラプトリアにその事を伝えるためであった。彼女もハワード同様エリーナを快く思ってなかったらしく、明日の戦闘はあえて苦戦して見せようかとも考えていたという。
事の事態によってはミハイルの予想が大きく外れることになるのを防げたのは竜二にとっても正規軍にとっても怪我の功名といえるかもしれない。
「騎士が活躍すればするほど政治的な駆け引きは付きまとうものです。ですが松原さん、明日はそんなことは考えずに敵を倒すことと味方を支援することに専念してください。」
「助言ありがとうございます。頑張りますよ。」
竜二は満面の愛想笑いで答えた。
竜二はラプトリアの竜房を離れ、中央広場へ向かった。戦争中だけあって、いつもは活気づいている広場も殺気立っているといった感じだ。竜騎兵は大半がムジル平原に出払っているため今は帝都に後軍配属の飛竜騎兵しかいない。数日前には不貞腐れてたのに、いざ戦争となるとこれか。
「やはり皆戦争好きという訳無いっか。」
多くの竜騎兵が不貞腐れていたのは戦闘をしないことには名誉、褒賞、出世、経験などが手に入らないからだろう。緊迫した様子の竜騎兵も数多い。
広場の中心部に行くと目当ての人がベンチに座っていた。
「・・・・お疲れ様です隊長。」
「お疲れ様・・・緊張してる?」
「多少は。・・・でも活躍して見せます!足は引っ張らないようにしますから隊長は自分の事に集中して下さい。」
とは言うものの、リディアは相当緊張しているのが見て取れた。
『こういうのは一度戦闘が始まってしまうと緊張は気にならなくなるものだが、その時までが大変なんだよな。』
竜二は自分の体験談からそう解釈した。
とはいえ、今のうちにある程度抑えておかないと今夜は全く寝れなくて明日は使い物にならないなんてことにもなりかねない。良くも悪くもデビュー戦。「寝不足で戦死」なんてことになったら洒落にならない。何とかならないかと思っていたら彼女から問いかけがあった。
「隊長は緊張してるようには見えませんが、昨日は快眠だったんですか?」
「そういやバッチリ快眠だったな。」
行軍中に支給された軍用寝具の寝心地は悪く、常に睡眠不足だった。それに加えて昨日はミハイルと騎乗である。緊張を通り越し心身とも疲れ果て爆睡していた。そういう意味では竜二は戦い前に士爵館に戻れたのは幸運と言える。
「君も体を虐めると良いさ。ジョギングするとか肉体鍛錬をするとか素振りをするとか。徹底的に体を酷使して疲れさせればバッチリ快眠!緊張に勝ってしまうよ。ただし明日の戦闘に影響が出ない程度にね。」
「そんなもんですか?そこまでして寝なくとも・・・」
「睡眠不足は全ての肉体行動に影響を及ぼすんだぞ。翌日のメンタリティーがだいぶ違う。空腹よりつらいんだ。睡眠だけはしっかりとらなくちゃいけないんだ!」
「はーまあ隊長が言うなら、今日は早めに寝よっかな。。。。」
リディアは首を傾げながら、あいまいに答えた。少なくとも彼女の頭からは一時的にも明日の戦闘の事は消えたようだ。こういう横の繋がりは重要だ。今後のマネジメントの観点から取り入れていくべきかもな。
「お疲れ様です。隊長。」
愛嬌たっぷりの用務員のおじさんを思わす中年の男が相竜と共にやってきた。
「ハルさんは逆に緊張してないね。」
「戦争前の緊張なんてものは十年前に克服しました。隊長も初戦を経験すれば、次戦以降は落ち着くと思いますよ。」
「やっぱ経験に勝るものはないかー。」
嘆きながら竜二はハルドルの隣にいる相竜を見た。こうやって間近で見るのは初めてだった。ふてぶてしく大きい顔立ちに獰猛さをうかがわせる眼、体はアースドラゴンより大きく、線は太い。腕や足の太さはアースドラゴンの二倍くらい太い。赤褐色な体色が更に重圧感を出している。体はなんとも堅そうな皮膚で覆われており牙も鋭い。絆は勿論あるようでハルドルの言うことには従順だった。
一番の特徴は全身傷だらけであるということ。正確には傷痕だらけと言ったほうが正しい。随所に火傷のような跡もある。特に額には鉄の棍棒で殴られたのではないかと思うほど、傷痕が四方に広がっている。これだけ受けてよく日常生活を送れるなと思う。
帝国では少なくなったDランクの竜「ヘビードラゴン」。それがハルドルの相竜の種族だったはずだ。雄竜で確か名前は・・・
「アルサーブですよ。」
「やだな〜。何も言ってないって。」
「気にしないでください。隊長に限らず、殆どの者がこいつを見ると凝視しますから。」
「今更だけどアルサーブは明日の戦闘、大丈夫だよね?」
「・・・・こいつがこれ程の怪我を負ったのはもうずいぶん昔です。今日まで普通に生活してたのですから大丈夫ですよ。」
竜二は思わずマジマジとアルサーブを見てしまった。歴戦の猛者と言わせるような圧倒的な威圧感だ。なんかすごいな。
リディアも同じ気持ちだったようで、目を見開いてアルサーブを見ている。
Dランクの竜は主に三種。
重量型のヘビードラゴン
軽量型のライトドラゴン
飛行特化型のフライングドラゴンである。
ヘビードラゴンは直線上の飛行速度はアースドラゴンと同程度であるが旋回能力や回避能力はアースドラゴンに負ける。小回りも効かない。その反面、打たれ強さと体力と筋力は非常に優れている。ブレスの威力はDランク三種の中では一番強力だが射程が短い傾向である。ラプトリアには及ばないものの接近戦も得意である。
竜は白兵戦において主に爪・角・牙の三種が重要な武器となる。逆にどれが優れているかによって攻略法も異なるのだ。
ラプトリアの場合、爪の攻撃が得意で人間のような横に広がっている爪や猛禽類のような湾曲を描いた爪など形状を自由に変えられる。爪の伸縮もある程度可能。竜二が見たところ一メートルには到達しているぐらいの長さだった。一方で咬みつきは不得手である。牙はそこそこ鋭いのだが顎の力が強くないのだそうだ。
アルサーブは逆で爪は発達しておらず意外に短い。人間の爪が大きくなった感じだろうか?一方で鋭く堅い牙を持ち、特に顎の力は凄く、噛みつかれると滅多なことでは離れないとされる。その戦闘経験からか上位ランクのラプトリアを前にしても物怖じせず、悠然としている。
「隊長、明日は頑張りましょう。私もラプトリアに遅れないように頑張りますから。」
「分かった。だがハルさんこそ無理しないようにしてくれ。ポルタヴァ会戦の事は詳しく聞かないけどまだまだ死んで欲しくない。」
「はははっ!安心してください。死ぬつもりなんぞこれっぽっちもありません。Aランクの竜を間近で見れるなんて滅多なことではできませんからな。こんな幸運を逃がすような私がありませんよ。」
「問題ない・・・・期待に応えられるよう明日は必死にラプトリアにしがみつくからさ!」
二人から笑いがとれて終始、遊撃小隊は談笑ムードだった。
「明日の作戦ですが・・・・」
「ワシらは帝都の防衛を最優先するぞ。敵は正規軍が向かい撃て。」
近衛軍大将ベルトラン・クラニーズとミハイルが明日の迎撃について作戦の調整をしていた。ベルトランは白髪の髭を生やした老将軍で石頭みたいな頑固さが感じ取れる男だった。
「その帝都も今は防衛も満足にできないでしょう?打って出て敵を向かい撃つべきです。それは帝都防衛にもつながります。」
「そうさせないのが、正規軍の仕事であろう?それとも諸侯の方々は頼りにならないと?」
「!!今回の戦は内乱ということになってますが、実際は陛下と教団との戦いです!諸侯は巻き添えを喰らっているにすぎません!陛下の臣下である我々が率先して戦うべきです。」
流石に声を荒げてしまった。だが諸侯達は協力者であることに違いはない。陛下でさえ前線に出ているのに自分たちは帝都に居座り、諸侯達に死地に出向けとは流石にあんまりである。
「かといって諸侯達に帝都の守りを任せるわけにはいくまい?これを機に城を乗っ取られたらどうする?陛下直属の我らでなくば勤まらん。」
何が城を乗っ取られるだ!
現状、ラパントで籠城は出来ない。諸侯が城を乗っ取ったとしても城壁が十分に機能しない以上、我らに奪い返されるのがオチだ。それに気づかない諸侯達でもあるまい。陛下が正規軍に極力協力するようにとベルトランに命令したはずだが、いざ実戦になるとこれだ。ミハイルは心の中で溜息をついた。
「陛下がおっしゃる通り帝都での戦いには協力するが、それは帝都に着いたらの話だ。それまでは貴軍が責任もって敵を向かい撃て。帝都に敵の侵入を許したときワシらが協力しよう。」
「・・・・では帝都の東西南北の全ての守りをお任せしてよろしいですか?」
「構わん。最も帝都に侵入を許そうものなら正規軍の信用問題に関わるだろうがな・・・フン。」
いちいち癪に障る老人だ。だがこれぐらいの態度は想定内だ。
「分かりました。我ら正規軍も尽力します。」
話はもう終わりとばかりにベルトランは敬礼もせず会議室から去っていった。
もう少し協力的かと思ったが、やはり駄目だったか。だがミハイルは薄ら笑いを浮かべていた。
クラニーズ老。非協力的な貴方を今回は利用させてもらうぞ。
やられなければいいがな・・・・ミハイルの仮面の中からかすかな笑い声が聞こえた。
今回の帝国内乱での戦いにおけるラパント攻防戦は刻々と近づいている。




