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ドラゴンライダー立身伝~銀翼の死神~  作者: 水無瀬 凜治
帝国小隊長昇任後
42/88

帝国内乱〜ムジル平原の戦い 3

〜聖甲騎士団 本陣〜


「なに!松原竜二は前軍にいないだと!?」


モーリスが問い質す。彼は目を大きく見開いている。当然だ。松原竜二の身柄確保が一番の目標だったのだから。何の為に前軍襲撃組に立候補したか分からない。


「は!報告によりますと後軍に割り当てられているとの事です。」


「後軍だと?Aランクの騎士を後方にくれてやったというのか!?」


Aランクの騎士は戦場の花形だ。たいていの場合、戦局を左右する重要な部隊に配属させるはずだ。


ガラルドに即位当時から辛酸をなめさせられている聖甲騎士団は、ガラルドが前軍にいるのは予想できた。国の主が前軍に入るなど、本来ならば自殺行為だが、どんな戦争でもガラルドは何度も乗り越えてきた。何度も戦っているからこそ、分かる相手の心情。

それだけに竜騎士達を初め、松原竜二も当然、皇帝が顕在する前軍にいるものと考えていた。よりにもよって後軍にいるとは思っていなかったのである。


松原竜二に戦功を取られるのを嫌ったのか?

我々の策に気付いたのか?

新人ゆえに戦死されるのを恐れたか?

あるいは、しばらく上位竜騎士を臣下に加えていなかったせいか戦術を見誤りおったか?


「おのれ!このままでは、大きく予定が狂ってしまう!ミハイルめ!ガラルドめ!」


モーリスは地団駄を踏みながら、戦況を見つめた。


現在、皇帝軍前軍は聖甲騎士団と親聖教派の諸侯達の連合軍で南北から挟み撃ちにされている。戦局的には皇帝軍の不利だが、皇帝軍は竜騎兵を投入していない。聖甲騎士団を警戒しているのは明らかだった。聖甲騎士団は、竜使い戦では無類の強さを発揮するが、守備と攻撃に優れた重装歩兵には、苦戦することが多い。ポルタヴァ会戦以降、信者の加入によって兵数はそろっているものの、歴戦の精兵は少ない。そういう猛者は光竜騎士団に配属されがちである。これが帝国軍相手に苦戦している要因にもなっている。


今でこそ皇帝軍の不利だが、このまま持久戦に持ち込まれると戦況が逆転するのは分かっていた。帝国軍は守りに長けている。さらに皇帝自らが前軍指揮官ときた。士気はすごぶる高い。


何か手はないか?モーリスは頭を抱え、考えているときに戦機が一変するようなことが起きた。


「団長!敵の飛竜部隊が襲ってきてます!ご指示をお願いします!」


「なんだと!」


戦場の上空を見上げると確かに襲ってくる飛竜部隊が存在していた。数からして連隊規模だろうか?モーリスは口の端を吊り上げた。

我ら聖甲騎士団相手に真っ正直に竜騎士で襲撃してくるとは。余程、竜騎士に自信があるのか?ガラルドめ、過信しすぎだ。


松原竜二がいないと知ったときは憤慨したが、どうやら天運は我らにあるようだ。


「敵が網に掛かった!竜騎士部隊を殲滅せよ!その後、敵の混乱に乗じて我らの竜騎士達を投入するのだ!」


そうと決まると団員達の行動は早かった。瞬く間に迎撃体勢を整え、対空攻撃を開始する。


これにより前線の聖甲騎士団団員の士気も上がり、皇帝軍前軍は押され気味になるという相乗効果が生まれた。諸侯連合軍もこれに便乗し、前軍の旗色も危うくなっていった。





~皇帝軍前軍~


本陣内ではガラルドとエバンスが言い争っていた。


「エバンス!!あの飛竜連隊はどこの隊だ!?正規軍達が怖気づいているではないか!」


「はっ!誠に申し訳ありません。全ての連隊長には別名あるまで本陣から動くなと命じていたのですが・・・・」


前線に出た第十一飛竜連隊は総攻撃により敵を掻き乱しているが、それ以上に聖甲騎士団の対空攻撃の前にバタバタと討ち落とされている。

軍の前衛兵士達は、その光景を見て委縮気味であり、徐々に押されている。


今回の帝国兵に限らず、飛竜騎士が空中で撃たれる姿は後方からでも非常に生々しく見えるため、兵士達は自軍が不利ではないかと錯覚することがある。そのため竜騎士(特に飛竜騎士)は頼りになる分、投入するタイミングが難しい兵種とされた。



「くっ!反対側からの聖教派諸侯軍も活気づいているようだし、仕方ない!私自らが出向いて士気を上げるか。」


「お待ちください!それでは、敵に好機を与えるようなものです!まだその時ではありません!なにより陛下が離れれば反対側の諸侯軍と相対している兵士達が動揺します。」


「ではどうしろというのだ!ただでさえ挟み撃ちになっているのだぞ!?このままでは我々は押し切られてしまうだろう!」


ガラルドは明らかに動揺していた。

それはエバンスも同じだった。いや、それ以上と言ってよい。部下をろくに統制できなかったとしてエバンスは自らの管理能力の至らなさを激しく責めていた。


「こうなったら、別働隊を率いて力ずくで、第十一飛竜連隊を連れてきます。陛下はここでお待ちを!」


「何を言っている!それでは二次被害になる可能性もある。私が出た方が早かろう。」


別働隊が逆に敵の攻撃を受け、更なる被害になる可能性がある。しかもエバンスは地竜騎士である。直接飛竜部隊を統率することは出来ない。

竜騎士団を前線に投入しようにも聖甲騎士団相手ではなんとも分が悪い。むしろ相手の士気を上げることになりかねなかった。


やはり、陛下が前線に出向かれた方が良いのだろうか?


そう考え始めたとき、両者の緊迫した空気が一変する。

伝令が本陣にやってきたのだ。


「申し上げます。クルード将軍率いる重装槍兵団が到着しました。聖甲騎士団を後方から攻撃するとのことです!」


ガラルドとエバンスの表情に生気がついてきた。


「・・・・間に合ったか!陛下!お聞きになりましたか?」


「もちろんだ!さすがクルードよ!それでは、重装槍兵団の攻撃と共に反撃だ!逆に聖甲騎士団を挟み撃ちにする!聖甲騎士団さえ撤退すれば諸侯軍も戦意を無くすであろう。エバンス!偵察竜騎兵を使い、重装槍兵団の動きを逐一報告せよ!」


「は!」


エバンスはクルードに内心、感謝しながら大急ぎで竜騎士軍団の陣地に戻っていった。




〜重装槍兵団〜


救援に駆けつけたクルードが歩きながら小高い丘から戦況を見ていた。あと二十分もあれば戦場に到着するだろう。

なぜか飛竜騎士の連隊が聖甲騎士団の上空を飛び回って、次々と撃墜されていた。聖甲騎士団に対して策無く飛び込むのは自殺行為だ。エバンスの命令だろうか?ガラルドの命令だろうか?

いずれにせよ戦況は芳しくないようだ。


「陛下の軍が押されているようですね。少し行軍速度を速めましょう。皇帝軍前軍と挟撃するのです。」


伝令が各隊長に伝えようと散らばる。


重装槍兵団は別の街道を通って行軍していた。

アルパタ砦に行くには、ムジル平原を経由するルートとミヤワン街道を経由するルートという二通りのルートがあるが、敵がどっちから攻めてくるか分からなかった。

道が整備されているのは、ミヤワン街道のほうだが大軍を率いるのには不向きである。常道からすればムジル平原で戦うことになるだろうと幹部達は予想したが、万が一ということもある。

後方から奇襲する小部隊と遭遇するかもしれない可能性からクルード率いる重装槍兵団がこのルートで行軍していた。


道中、特に不審者はなく行軍は順調だったが、パウルからの使者で「敵は本軍を攻めてきた」という知らせを聞き、急いで軍の方向を変えて救援に駆けつけたのであった。


中軍と前軍と、どっちの救援に駆けつけるかの選択肢がクルードに委ねられたが、クルードは迷わず前軍に駆けつけることを選択した。


理由は帝国貴族なら陛下が後方に布陣するのを嫌うということを見抜いているはず、おそらく前軍を攻撃する敵こそが大物であろうと踏んだためである。


案の定、聖甲騎士団の軍旗が翻っていた。


『陛下を討ち取るだけなら聖甲騎士団が出てこなくても良いはず。敵は松原竜二が前軍にいると思ったか。それは好都合だな。』


「前軍に合流する必要はありません。我々はこのまま聖甲騎士団の背後を強襲します。」


「は!承知しました。しかし挟撃されていたにも関わらず、軍を崩壊させないとは流石陛下ですね。」


クルードの副官ジャン・エヴァンが言う。彼は心底、感嘆したような口ぶりだった。


「・・・・ええ、そうですね。陛下の負担を少しでも減らすためにも急ぎましょう。」


前軍があそこまで粘り強く戦っている背景にはアルパタ砦の守備兵が前軍の前衛に配備されているからだ。アルパタ砦があれほどあっけなく陥落したのは守備兵を極限まで帝都に戻したためである。

アルパタ砦は軍事的重要な要所であるため、精兵や熟練兵が配属される。重装槍兵団から出向している兵士もいる。

言うなればアルパタ砦の守備兵は重装槍兵団級なのだ。その兵士達が前軍で壁となっている。そうそう軍が崩壊するとは思えなかった。

だが、そう安堵もしていられないようだ。竜騎士が撃墜されている以上、味方の被害を最小限に止めなければならない。


敵まであと一歩というところで、ついにクルードは突撃命令を出す。


「容赦する必要はない!敵を殲滅せよ!」


クルードの号令と共に重装槍兵団が一斉に聖甲騎士団に襲い掛かった。





〜聖甲騎士団 本陣〜


「後方に重装槍兵団だと?偵察兵は何をしていたんだ!?」


「・・・後方には出しておりませんでしたので気付くのが遅れました。」


「馬鹿者が!!」


モーリスが副官に向かって怒鳴る。モーリスも前方の竜騎士を撃墜するのに気を取られ、後方に偵察兵を送ることを指示しなかったので、副官ばかりを責めるのは筋違いというものだろう。


そのため副官もむやみに謝ることはしなかった。


「ですが閣下、私を責めている場合ではありません。すでに我々は挟撃されています。命令を!」


重装槍兵団は精鋭だけあって、その武量は凄まじく、次々と団員達が倒されていった。このままでは崩壊するのは火を見るより明らかだった。

前軍も重装槍兵団の襲撃と共に息を吹き返し、自軍の方が押されてきている。


『元々、内輪揉めを利用しての松原竜二奪取が目的。松原竜二が後軍にいた時点で、ここに留まる必要ないか・・・・』


「全兵に伝えよ。これより我々は撤退する。アルパタ砦に引き上げよ!」


「宜しいのですか?」


「構わん。松原竜二の確保ができん以上、ここに留まる必要はない。」


「は!総員、退却だ。アルパタ砦へ急げ!」


騎士団兵士が撤退を開始する。





その後、聖甲騎士団が撤退し始めるのを確認すると今まで温存していたエバンス率いる竜騎士軍団が一斉に諸侯連合軍に襲い掛かる。

竜騎士達に厄介な聖甲騎士団が戦場から離れた以上、もう遠慮はする必要はない。

陸・空両方から攻められた諸侯連合軍は瞬く間に強力な竜騎士軍団に蹂躙され、諸侯軍は潰走していった。




ムジル平原における皇帝軍前軍・重装槍兵団 VS 親聖教派貴族・聖甲騎士団連合軍との戦いは、聖甲騎士団の撤退により皇帝軍の勝利となった。


だが前軍にガラルドや竜騎士軍団、重装槍兵団といった精鋭がいる地点で、今から帝都の応援に行っても間に合う可能性は低い。竜騎士軍団が辛うじて間に合うというところだろうか。

そういう意味では、ここに釘付けにした親聖教派の戦略的勝利と言える。


事実上、親聖教派の戦略的勝利を覆すのは後軍と近衛軍に託されたのだった。



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