帝国内乱〜ムジル平原の戦い 1
お待たせしました。
長期赴任および出張から解放されたので投稿します。
3カ月たっているので、内容忘れている人もいるでしょう?
おさらいしつつ、読んでくれれば幸いです。
この世界に共通の暦はない。
否、あるかも知れないが、この世界では浸透していない。おそらく、何十年後か何百年後か後世の歴史家か学者によって生み出されるかもしれない。
よって、多くの国々は建国もしくは独立を宣言した年から年数を数える。
ライデン帝国は今年で建国三六〇年を迎える。
ライデン暦三六〇年晩秋。ここに帝国の内乱が正式勃発し、帝国正規軍十万人強が鎮圧に出兵した。これに皇帝を支持する皇帝派の貴族の数万人もの私兵達が加わる。これを総称して皇帝軍と呼ぶ。
勃発理由の表向きは先の敗戦による長期の重税を課された領主たちの不満の爆発。
裏向きは新教団による帝国貴族達の誘惑及び扇動である。
理由はAランクの竜二を取り返したい事と帝国を打倒したい教団が画策したためだが、帝国側からすれば、この機会に聖教の力を弱体化させ、さらに聖教を支持する一部の帝国の不満分子を一掃したいという思惑があった。
何せ、今後も戦いは続くのだから。
少しでも自分たちの背中を脅かす者は少ない方が良い。
だがそれも城壁の修繕が完成していたらという条件付である。
皇帝軍からすれば、篭城戦を選ぶことはできない。
しかし城壁が完成すれば、貴族たちは反乱するのを抑え、後日、隙を見て背後を突こうとするしれない。
現状では帝都で篭城戦が出来ない、今なら貴族たちはここぞとばかりに反旗を翻すだろう。だからガラルドはあえて反乱しそうな貴族に対して対策を講じなかった。その一方で、しっかり軍備は整えていた。
ここまでは良い。むしろ皇帝側にとって予想外なのは聖教に同調して反乱に加担した貴族が思ったより多かったことであろう。
領地の規模は様々だが、信頼していた貴族まで続々と聖教側についたのだ。特に西部の大半の貴族が聖教側に就いた。
皇帝軍にとっても痛手ではあったが、ガラルド個人にとっても、自分はこれほど支持されてなかったと思い知らされる程、精神的にショックだった。これでは皇帝としてのカリスマ性を疑われてしまう。
ガラルドからすれば、ポルタヴァ会戦以前より少し税率を上げただけだったのだが・・・・
何にせよ、皇帝軍は鎮圧のために西部へ出兵中にムジル平野にて親聖教派より奇襲を受け、皇帝軍前軍と中軍は翻弄されていた。
竜二が、帝都が攻撃されたという報告を受ける少し前。
ムジル平原 ~皇帝軍中軍~
「矢を放ち続けろ!敵を蹴散らせい!」
敵軍の隊長からの指示が飛ぶ。今まで森に隠れていた親聖教派連合軍の強襲部隊が行軍中の皇帝軍歩兵達に向かって一斉に襲い掛かった。前衛からの報告が無かったため、目的地まで行軍する事に専念していた帝国兵達は見事に不意を突かれた形となった。突然の奇襲攻撃で不意を突かれた帝国正規軍は混乱を極めた。
飛竜竜騎兵は前軍と後軍に配置されており、中軍のここにはいない。地竜騎兵は中軍と後軍にいるが、中軍にいる地竜騎兵たちは歩兵同様混乱しており、統率がとれていない。大兵力の皇帝軍は間延びしており、前軍が駆け付けるのは相当時間がかかりそうだった。
「くっ!怯むな。我らの鎧の前では矢など屁でもないわ!陣列を組めい!迎え撃つのだ!」
皇帝軍の隊長から号令が出る。それを皮切りに少しずつではあるが、混乱が収まりつつあった。実際、敵の矢は正規軍の厚い鎧によって致命傷になった兵は少ないようだ。
とはいっても今も矢の雨が続いているため、完全には混乱が収まらない。帝国歩兵達は各自応急で隊列を組み直し、直ちに迎撃態勢に入り、敵強襲部隊のもとへ突撃した。
接近戦に持ち込めば、重装歩兵主体の帝国正規軍は無類の強さを発揮する。帝国貴族である敵はそれを弁えているはずだ。敵部隊も近距離まで歩兵の接近を許せば早々と撤退するか、部隊が崩壊するだろうと帝国軍隊長は思っていた。
しかし次の瞬間、隊長の顔からは余裕が消えることになる。
敵部隊を打とうとしていた帝国歩兵達が次々と倒れこんだのだ。ある者はもがき苦しみ始め、ある者は痙攣しはじめ、ある者は血を吐いて倒れた。それは迎撃しようとした歩兵達にとどまらず、隊長周辺にいる帝国兵も同様である。そして倒れた兵士は例外なく最後にはピクリとも動かなくなった。
「!!これは・・・・毒矢か!?おのれ反逆者どもめ!」
帝国軍の防具では至近距離から放たれない限り、致命傷には至らない。だが鎧を全く貫通しないわけではなかった。距離と力の調整具合によっては貫通するのだ。深手には中々至らないのを親聖教派は、毒矢で打開しようとしたのである。
「敵は毒矢を放っている!全員盾を装備し突撃せよ!接近戦に持ち込んで敵の矢を封じるのだ!数はこちらが有利。一気に蹴散らせい!」
隊長はなんとか収拾しようと試みて反撃を命令するが、隊長の中には疑問が沸いていた。
一体、前衛の偵察兵は何をしていたのだろうか?いくら敵が森に隠れていたとはいえ、これだけの兵数なら発見出来ていいはずだ。だが今日の朝の定期報告では、行軍に問題ないとのことだった。
「手抜きでもしたのか?役立たず共め!」
「こちらが粘れば前軍や後軍の部隊からも合流があるはずだ!耐えるんだ!」
隊長の怒声と共に中軍兵士は気を引き締めて敵を迎撃する。
だが結論から言うと前軍も後軍も来る事は無かった。
前軍も聖甲騎士団から奇襲を受けたうえ、後軍はこれから報告を受けることになる帝都が攻められたために救援に向かうことになるからである。
ちなみに偵察兵が敵を発見できなかったのは、トムフール新教団屈指の教定魔道士による幻惑魔法のせいなのだが、皇帝軍がそのことを知るのは内戦が終結した後である。
ラバントが攻め込まれたという報せが交戦中の四皇将の耳に届いた。飛竜騎兵を伝令役に使えば認知するのに後衛部隊とさほど時間差は開かない。
「前衛部隊を奇襲して、ラバントを攻めての同時攻撃だと!」
出征軍率いるパウルは叫んだ。奇襲はどこかで仕掛けてくるだろうと予想していた。だからこそ被害を抑えるため前軍を二班に分け、次の野営予定地までどこまでも突き進む前衛部隊と一時間程度遅れて出発する後衛部隊とに分けた。そして中軍を進ませる。
結果的に竜二達撤収組が大きく出発が遅れることになり、最後方の竜騎兵達が不貞腐れ始めたのだが、本軍が崩壊するより大分マシである。帝国軍の核はあくまで重装歩兵なのだ。
親聖教派が軍を分けてラバントを攻める事も予想していた。皇帝ガラルドを討ち取れば戦争は即終結だからだ。帝都の城壁は改築中のため籠城戦に向かない。帝国諸侯たちは普段から城壁の近況について報告を受けているはずである。なぜなら城壁が完成すれば間違いなく完成記念パーティーが催される。諸侯達はそれに合わせて予定を調整しておかなければならない。小貴族達でも調べていることだ。
この機を狙わずに攻城戦を仕掛けないはずがなかった。
奇襲もラバント攻撃も予想していたが、どちらかを集中攻撃すると予想していた。同時に攻め込まれるとは思っていなかったのである。こんなに息のあった攻撃が偶然のわけがない。どうして出来たのか?偵察兵を上手く使ったのだろうか?だがそうなると沢山の偵察兵が必要になる。こちらの偵察兵が気づくはずだ。
内通者がいる可能性もある。帝国同士の戦いなのだから親聖教派貴族の領土出身の兵もいるだろう。だがそうなると連絡手段がなんなのだろう?魔術士の力だろうか?
考えても結論が出そうになかった。
「だが、これでクルードの奴の読み通りになったな。確かにリスク分散にはなったが・・・・。」
とはいえ、敵の兵力が思ったより膨れてしまったため、前軍と中軍に大目に兵士を割り振る羽目になってしまい、後軍の兵力は少ない。
「・・・近衛軍の奴らと、あのAランクの優男がどれだけ期待に応えてくれるかだな。」
現状では、パウルはまだ竜二を信用していなかった。模擬戦は観戦していたものの、実際の戦闘とは別物と考えていたからだ。
だが、その心配も眼前の敵を蹴散らしてからである。
「早馬を飛ばせ!クルードに「敵は本軍の方を攻めてきた」とな。」
前軍 〜第十一飛竜連隊〜
「隊長の予想が当たりましたね。でもラバントと同時に攻めるとは親聖教派も思い切った事をしますね。一体どうやって連携が取れたのでしょうか?」
「・・・そうね。」
第十一連隊は前軍に配備されており、聖甲騎士団の奇襲を受け、他の連隊と共に壮絶に戦っていた。
確かに敵が、皇帝軍に察知されることなく、連携がとれたのは謎だが、エリーナは別のことが気にかかっていた。竜二の事である。
彼には、自分たちと共に前線に立たせ、活躍してもらおうと思っていた。そうすれば彼の名声が上がり、間接的に約束を守ったことになる。
また傍にいれば、戦場で危なくなっても、いざというとき助けられる。彼の戦績も調整することができる。
彼女からすれば竜二には、活躍しすぎても、しなさ過ぎても都合が悪いのだ。何とか命令して竜二の戦績を操作しようと考えていた。
でも、その思惑は外れた。
エバンス総将が直々に竜二を後軍(撤収組)に配置するよう命令したためである。せっかくのAランクの竜騎士を何故、後方に回すのか理解できなかった。
全く、活躍の場がないのなら良かった。あとで如何様にも擁護できるし、タカツキとの戦争で活躍させればいいのだ。
しかし帝都が攻め込まれ、後軍は帝都の救援に向かった。帝都を攻撃した敵の規模は不明だが、帝都での結果次第では・・・・・
「飛躍的に活躍するかもしれない・・・」
エバンス総将はこれを予期していたのだろうか?
一体、陛下と四皇将はどんな作戦を立てたのだろう?
エリーナは後軍の救援と称して離脱しようかとも考えたが、それは出来なかった。
前軍にはガラルド陛下が居たためである。しかも前衛部隊にいた。
戦争好きなガラルドが前軍にいるのは珍しいことではない。それはポルタヴァ会戦でも見て取れる。安全な後方でふんぞり返るような男ではない。
もし離脱して、ガラルドにもしもの事があったら、エリーナは戦犯になるだろう。今の持ち場から離れるわけにはいかなかった。
だが、到着が遅れれば遅れるほど、竜二の安否も気になる。さすがに戦死されたら元も子もない。せっかく自分の連隊を選んでもらったというのに、苦労が台無しだ。
かくなる上は、前軍の戦いを一刻も早く終わらせて、陛下の身の安全を確認した後、応援と称して後軍に駆けつけるしかない。
エリーナは覚悟を決めた。
「陛下の護衛は、他の連隊に任せなさい!私達は攻勢に出るわ!」
エリーナの号令と共に、本陣の近くを守っていた第十一連隊は聖甲騎士団の精鋭に向けて反撃に転じた。
勿論、これは焦りからの冷静さに欠いた命令だったが、エリーナは自覚していない。
「なに!おい!どこへ行く気だ!持ち場を離れるな!」
エバンスからの命令が飛ぶも、エリーナには聞こえず、すでに第十一連隊は敵陣の上空へ向かっていた。
世間的に有名な対竜騎士戦のエキスパートの聖甲騎士団の上空にである。
「馬鹿が!」
エバンスはこの上ない険しい顔で、第十一連隊をにらみつけていた。




