戦端
「正規軍兵士達は凄いな・・・あの防具の重さにこの寒さ。どこにあんな力があるのだろう?それ以前に帝国軍ってこんなに兵数が多いのかー。」
竜二は親聖教派の領土に向けて行軍している正規軍に混じって東部方面に向かっていた。
通常、機動力に優れた飛竜騎士団は目的地まで先に行軍を終えて野営地を構築する部隊と、最後尾の歩兵が出立してから野営地を撤収した後に行軍する部隊とで分かれる事が多い。
飛竜騎士団全員が先発すると目立ってしまうし、後方の警戒が疎かになる。哨戒に使う偵察竜騎兵もそんなに数は必要ない。
世界各国共通として歩兵の斥候を偵察歩兵と呼び、竜騎兵の斥候を飛竜騎兵なら偵察飛竜騎兵、地竜騎兵なら偵察地竜騎兵と呼び、これらを総称して「偵察兵」と呼ぶ。この世界でも偵察の主役は見つかりにくい偵察歩兵(物見)だった。
とはいえ敵には見つかりやすいが竜騎兵も偵察兵には使われる。偵察歩兵の補助には打ってつけだからだ。
地形や障害物の下見や観察、
目的地までの偵察歩兵の運搬及び回収、
不審物や不審者を見つけた場合の伝令役、
偵察竜騎兵が偵察歩兵を見つけると口封じのために襲ってくる。そういう敵偵察竜騎兵からの味方偵察歩兵の護衛などにも偵察竜騎兵の出番となる。
哨戒及び斥候は偵察歩兵と偵察竜騎兵を上手く併用して使いこなさないといけないのだ。
今回も親聖教派と戦うにあたって、飛竜騎士団は二つの軍団に分かれた。
先に野営候補地に移動して仮陣地を作って周囲を哨戒する前方軍団と全員が前日に野営していた陣地を撤収する後方軍団である。飛竜騎士はなまじ機動力がある故に、このような雑務がやることが多いという。竜二の第一遊撃小隊は後者の撤収組であった。ちなみに本隊の第十一飛行連隊は前方軍団である。
後方(撤収)作業を多くの騎士はやりたがらないが、各連隊から小隊か中隊を後方軍団に抜擢しなければならない。
その大任を遊撃小隊は与えられたのである。もちろん竜二はその事を知るべくもなく、「わかりました」と即承諾した。
竜二が凄いと言ったのは延々と長蛇の列で行軍し続ける重装歩兵に対してであった。
帝国軍の重装歩兵の鎧はその猛々しさと美しさとは裏腹に硬くて厚くて非常に重い。竜二も試しに装着してみたが、一歩足を前に出すのでさえ一苦労だった。学生の頃、十キロの米袋担いだ事があるが、その倍の重量はある気がする。
ベテラン兵士に聞いた限りでは、これでも数年前よりは軽くなったそうだ。一体当時はどれ程重かったのだろう?それでいて武器の重さも加わり、冬が近づいているだけあってこの寒さである。寒さは着実に体力を奪う。ペースを落とさずに一定の速度で歩く重装歩兵達を竜二が感嘆したのも無理は無いといえた。
いや、冬ならまだしも、太陽照りつける真夏は地獄なのではないだろうか?この世界の人々に体力測定をしたら元の世界の成人男性でも子供に負けるのではないだろうか?確かにこれなら防御力に優れているのも頷けるが・・・・
『いずれにせよ俺は飛竜騎士で良かったー。』
陣地の撤収作業をやりながら竜二はそんな事を考えていた。
作業しながら周りを見ていると
「ん?」
多くの竜騎兵が不貞腐れながら作業に従事していた。
どうしたんだろう?戦いが始まってもないし、敗戦したわけでもないのに・・・
「ハルさん。みんな何故不貞腐れているんだ?」
竜二はハルドルに聞いてみた。
「え?・・・あー彼らですか?後方担当だからですよ。竜使いに憧れている人が多いのはご存知でしょう?・・・にもかかわらず最後方で後片付け作業なんて多くの兵が最も嫌がる作業です。本来は雑兵のやる仕事です・・・・・・やる気が出ないのも無理はないでしょうな。後方軍団は戦闘に参加できないときもありますからね。」
後方軍団が合流しているときは決着がついているときもある。また前方軍団が手柄を取られないように後方軍団に合流を拒否することもある。初実戦だけあって後方軍団に入るように命じられた竜二は内心ホッとしていたのだが、他の竜騎兵は違うようだ。
戦闘時は指揮官号令の下、全軍総力をあげて戦うが、本来は歩兵や騎馬兵、竜騎兵はお互い邪魔にならないように干渉せずに行軍するのが普通だ。
しかし、如何せん帝国正規軍重装歩兵は機動力が低い。そのため、どうしても機動力が優れる飛竜騎兵が雑務を手伝って行軍速度を稼がなければならない。
かといって花形の職に就いて地味な雑用は士気を削ぐことにもなりかねない。
他国に比べて帝国の竜騎士・竜騎兵の増加率が横ばいな理由の一つでもあった。
「いやー俺だけかなあ?初実戦だけあって撤収組で良かったと思っているのはー。」
「何を言っているんですか!!今こそ隊長の・・・そして小隊の武名を轟かす良い機会じゃないですか!後方作業ということは活躍の場は与えられないということですよー!?」
甲高い声が聞こえてきた。リディアである。彼女は最初こそ意気揚々として行軍に参加していたが、早くも不貞腐れた一人である。彼女は前線で活躍したいようだ。
「まあまあ落ち着いて。聞くところによるとリディアも初実戦なんだろう?いきなり前線は危険だって。まずは後方で戦争というのを知ることから始めよう。いずれ出番は来るって。」
本当は竜二も法皇に会うための段取りとして名声を手にするためにうかうかしてられないのだが、なにぶん戦争というものを知らない。後方に回されたのは竜二からすれば歓迎だった。後方軍団ならどんなに頑張っても高評価はされにくいが低評価もされにくい。これを機に後方で戦争の勝手を把握すればいいと考えていたのである。
「なに呑気なこと言っているんですか!部隊が有名になるのも無名になるのも隊長に左右されるんですよ?しっかりしてくださーい。」
「分かっているよ。でも新米隊長がズケズケと異議を申し立てるのは角が立つだろう?地味な仕事でも地道に完璧にやってこそ反論ができるってもんさ。」
「むうー・・・分かりましたよ。」
手抜かりなくやるべき事をやってこそ言い訳もできるし、信用も生まれるものだ。
流石に正論で返されたせいかリディアも言葉少なげである。
後方に当てられて歓迎していたのは竜二だけかと思いきや、意外にもハルドルも嫌な顔はしていない。
「後方軍団なのにハルさんは不機嫌そうじゃないですね?」
「私の場合、怪我がありますからな。子供もいますし後方なら後方で私は構いません。」
冷静に自己分析できてるなと竜二は見直した。竜二にとって心の支えはラプトリアだが、対人関係や職務などの相談役はハワードやオーロぐらいしかいないため心許なかった。だがハルドルは相談役としては中々信用できそうだと安心する。
そのハワードもオーロも現在は帝都に留守番である。今回の内戦は長期戦を見据えてはいないが、敵は帝国の国土や地形を知っているため、帝都にも押しかけてくる可能性があるという判断から人員の層を厚くするため軍務局や後方支援士団から待機命令が出たのである。
出征前のハワードとの会話を思い返していた。
竜二は軍隊なんだから命令もしょうがないかと割り切っていたのだが・・・
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「おそらくは人質でしょうね。」
「!!・・・俺が裏切らないようにするためですか?」
「・・・裏切りとは限りません。脱走する可能性も無視できなかったのでしょうね。ラプトリアのアビリティ使うと脱走は容易でしょうから。例えアビリティを使わなくともラプトリアの飛行速度に叶う竜は少ない。そして遊撃小隊も結成されたばかりで松原さんがリトリルさん達とも親睦を十分に深めているとは言えない。・・・・・・松原さんに対する手札が少ないということです。」
「その俺にとって数少ない弱点が教官だと上層部は思ったわけですね?」
「おそらくはそうでしょう。でなければクリスセンさんはともかく、補佐官である私の処遇は松原さんに必ず一回は相談するはずです。主人である騎士の意志を無視して命令を出すことは不文律です。」
「そういえば・・・俺が教官に待機命令が出たのを知ったのは、その後だったな。」
「松原さんが帝国の法律や習慣に疎いというのを利用したんでしょう。今後もこのような手が使われる可能性があります。」
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『つまり教官は俺に戦争で活躍して上層部の信用を勝ち取れと言いたかったんだろうな。』
その後もハワードの言葉を思い返したが、竜二は不思議と苛立たなかった。
自分でも同じ立場ならそうしないと言い切れなかったからだ。味方が強ければ強いほど頼りになる反面、裏切られると怖い。A級騎士の叙任が初めてだというなら理不尽だと思うが、帝国は過去にA級騎士から痛い目にあっている。事情を聞かされている分、少しは同情できた。
補佐官は他の職務と兼任であることが多いため、兼任の上官から命令されると組織に準じなければならない事もある。補士官は兼任することが少ないため、他の組織に拘束される心配が無く、主人の傍に控えて護衛する事ができる。
『教官が「補士官を雇いませんか?」と聞いた背景には、補佐官は兼任の職業や組織によっては主人から離れなければならないからだろう。きっと俺に対する気配りに違いない。主人想いの従士を持って喜ぶべきなんだろうな。』
竜二は改めてハワードに感謝した。
とはいえ帝国正規軍は帝都を出発してもうすぐ二週間になろうとしていた。一体、いつになったら戦争が始まるのだろう?歴史の教科書などで古来は戦場に行くまでに時間がかかることは知っていたが、ここまでとは思わなかった。ファンタジー映画みたいにラプトリアに乗って短時間で戦場に到達して、壮絶な戦闘をすることになると思い込んでいた。
だが歩兵に速度を合わせなければならないとは、宝の持ち腐れな気がする。それがこの世界の常識だと言われれば頷くしかないのだが。
さすがに連日この単調作業の繰り返しで大分手慣れてきており竜二の作業速度はかなり速くなった。リディアは相変わらずご機嫌斜めな状態が続いているものの、ラプトリアは冷静であり、後方に回された事を伝えたときも耽々と従っていた。不平不満を言わない理由を聞いても
「本当に私達の事が必要になったら、向こう(上官)から呼びかけ(要請)があるはずよ。今は待ちましょう。与えられた仕事をこなさなくては。」
と大人の対応を見せている。冷静ぶりはハルさん以上だなと思った。
帝都を出発してちょうど二週間経った昼前、伝令役の飛竜騎兵より前線部隊が敵と遭遇して交戦に入ったという報告が入った。後方軍団にも早急に撤収作業を終えて前線に向かうようにとの指示である。
ついに戦争が始まるんだ!
第一遊撃小隊は緊張した面持ちで撤収作業を行い、前線に駆けつける事になった。
「いよいよですな。隊長。」
「あ、ああ。手柄を取られないように後方軍団には要請は出さないことがあるって聞いたから、もしかして出番無しかと思ってたんだけどね・・・・」
初実戦の不安から竜二の心のどこかで、そうなっても良いかなと思っていたのは秘密である。
「今回は帝国中を巻き込んだ総力戦ですからな。相手は帝国有数の大貴族。とても手柄を独占できる兵力ではありませんよ。私は出番が必ずあるだろうと思ってましたよ。」
『ハルさんが後方でも不機嫌になってないのは、怪我も理由の一つだろうが・・・遠からず前線に出る事になるだろうと見抜いていたからか。』
現在、帝国竜騎士の大半はポルタヴァ会戦を経験していない。あの会戦以後、帝国には大きな戦争は無かった。ポルタヴァ会戦は後方軍団が前線に出た、いわゆる総力戦だったのだろう。やはり戦を経験している人は違うなと思った。
「ようし、撤収作業早く終えて戦場に駆けつけよう!戦場に駆けつけた順位が最下位じゃ格好が悪い。」
「はい!了解です。」
リディアの調子が上がってきたようだ。テキパキと仕事をこなしていく。
竜二も迅速に仕事をこなしていった。こうなったら覚悟を決めるしかない。遅かれ早かれ戦場で危険にさらされるなら、早めに戦場に駆けつけた方が心証も上がるというものだ。
一時間後ようやく撤収作業が終わり、竜二達及び後方軍団がこれから一斉に戦場に向かおうとした矢先、事態は急展開を迎えることになる。
それはラバントが攻め込まれたため、後方軍団は直ちに反転して帝都へ救援に向かい、敵部隊を迎え撃つようにとの伝令であった・・・・・・




