貴族蜂起
夜、帝都王宮にて。
ガラルドとアルバードとミハイルが話し合っていた。
「そうか、動いたか・・・」
「はい、オットマール公爵を筆頭にルトナー公爵、ヴィルトン侯爵という上級貴族が続いてます。意外にもグリフィス伯爵など一部の西方の貴族も蜂起しています。」
「なんだと!・・・して我が方はどうなっている?」
「中部の貴族は皇族を慕う者が多く、寝返った者は少ないです。東部は半数以上が寝返っていますが、下級貴族は周辺の上級貴族が寝返ったために渋々従っている者も多いようです。親聖教派とやらは少数の大貴族が連合して成り立っているようですね。西方貴族の方はこれから調査しない事には・・・」
ミハイルから報告を聞きガラルドは一瞬怯んだものの、すぐ落ち着いて平静を取り戻した。上に立つ者が弱みを見せるわけにはいかない。
とはいえ、ここまで大規模に寝返るのはガラルドにも予想外だった。聖教の後ろ盾に気を良くした一部の貴族が聖甲騎士団の出征と共に寝返るものと思っていた。
ここまで複数の大貴族が結託して武力蜂起するとは思っていなかったのである。一体何が彼らを結びつける要因になったのか。
「錚々たる面子だな。オットマールはともかくルトナーまで私に牙をむくとはな。あの二人は犬猿の仲だったはずだが?」
「何を持って手を組んだのかは分かりません。聖教から同志として目的を共にするための何らかの餌を用意されたとしか・・・。私も見抜けませんでした。申し訳ございません。」
オットマール公爵とルトナー公爵は同じ爵位で領地も隣接している。そのせいか、お互いが牽制しあい派閥闘争を行っていた。
バレリー王国に隣接しているだけあって軍備に力を入れており、軍事力はルトナー公爵家の方が優れているが、オットマール公爵家は王宮官僚を多く輩出しており、前皇帝の夫人もオットマール家出身という事もあって王宮内における発言力はオットマール公爵の方が上だった。
帝国東部の領土の大半はオットマール公爵とルトナー公爵の両公爵とその血筋の下級貴族達によって統治されており、ヴィルトン侯爵の領地がこれに続く。帝国直轄領は少ない。
帝国東部において「官僚のオットマール」「軍人のルトナー」と帝国内では非常に有名である。
前皇帝時代ではオットマール公爵家の発言力は高かったが、現皇帝ガラルドになってからはオットマール家の影響力は低下した。当然オットマール家にしてみれば面白くない。不快感がぬぐえないであろう。
それだけにガラルドや四皇将達は、自分達に歯向かうのはオットマール家であり、普段敵対しているルトナー家はこの時とばかりに皇帝に味方するものと思っていた。この両家が手を組むことはガラルドにとってもミハイルにとっても誤算だったのである。
「お前のせいではない。戦に絶対はないのだ。ルトナーが味方すると思い込んで事前に協力を仰いでおかなかった私の落ち度だ。してヴィルトンはどうなっている?」
ガラルドは険しい表情をしているものの冷静さは失っていない。このような状況でも部下の気を配る器量を持ち合わせている。だからこそミハイルのような臣下に恵まれたといえるだろう。
「はっ。両公爵家離反に伴って呼応したようです。報告では既に自分の領内へ聖甲騎士団の先発隊を受け入れているようです。」
ヴィルトン侯爵家の領土はトムフール新教団領とバレリー王国に隣接しており、最前線中の最前線を守る貴族だった。眷族の貴族の領土も多くが新教団領と接しており、ヴィルトン家は「帝国の番人」と呼ばれる。ヴィルトン侯爵自身はポルタヴァ会戦時は殿を務めてくれた貴族でガラルドが帝都に生還する遠因を作ったともいえる人物である。最前線だけにヴィルトン侯爵領には特別に予算を組んで最新の兵器を配備していたのだが、こちらも皇帝を見限ったようである。
「・・・私から袂を分かった理由はわかるか?」
「残念ながら分かりかねます。ですが道は違えたのです。お覚悟をお決めになさりませ。」
「そうか・・・」
アルバードが宥めるも命を助けられた過去があるからかガラルドは敵と認めたくない様だった。それでも皇帝としての任は全うしなければならない。何か理由があるのかもしれないのだから。
「多少の読み違いはあったが、貴族達が聖教と手を組むのは予期していたことだ。タカツキへは最小限の兵だけ配置せよ。これより帝国全軍で東部の貴族連合を叩くこととする。兵を招集せよ!」
「「は!」」
皇帝の一声は絶対命令である。これより帝国は臨戦態勢となったのである。
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「え~!!ハルさん神殿契約結んでいるんですか!?」
翌日の昼頃、街で竜二は休日がてら隊員達と軽食とりながら雑談していた。景気づけに食事を奢りながら親睦を深めようと思ったのである。
竜二はハルドルのことをいつの間にか愛嬌を込めて「ハルさん」と呼んでいた。本人も特に嫌がる様子は無くあっさり受け入れていた。最近はリディア達もそう呼び始めた。ハワードだけは相変わらず家名で呼んでいる。
「おや?聞いていませんでしたか?実はそうなのです。神殿契約組の生き残りという奴ですな。」
ハルドルは相変わらず愛嬌良く笑いながら答えた。
「私もびっくりですよ!全然聞いてなかったですもん。」
リディアも初耳だったようだ。それはそうだろう。遊撃小隊なんぞに配属されるのだから、きっと落ちこぼれの隊員だと思っていたに違いない。
「でも神殿契約の竜騎士なら引く手数多じゃないのですか?なんで予備役になっていたんです!?」
現在帝国は、神殿契約の竜騎士が喉から手が出るほど欲しいはずだ。理由なく予備役に回すとは思えない。相竜の都合だろうか?
『例えば相竜がパートナーの手に負えない暴れん坊だとか。でもそれなら「絆」が芽生えるはず無いしな。騎士側の都合かな?』
予備役に回されるほどハルドルは厄介者にも見えないが。
「理由は主に三つです。一つは帝国の法律上、竜騎士は世帯を持ち、子を二人以上儲けるとよほどの有事でもない限り、育児に専念できるよう休職する権利が与えられます。戦災孤児の増加や一家の離散を防ぐための処置ってわけです。」
帝国の法律では、騎士は家族や部下を養う責任があるとして有期限ではあるが戦場を離れて休職する事ができる。
騎士が死ぬと働き手を失った家族は生活に困り、貧民街に引っ越すことが多く、下手すると離散するか、乞食になるか、飢え死にする者もいる。それは一般兵の家族も同じだが騎士の場合、従士や従者も養わなければならず、貧困の連鎖は一般兵より加速しやすくなる。しかも従士は戦慣れしている分、盗人に身を落すと憲兵隊では対応しきれず治安の低下を招くこととなる。
そのため、騎士は子供がある程度成長するまで前線から離れる事が出来る。騎士が死んでも子供が成長さえして後継者になっていれば、とりあえず食い扶持は確保できるというわけである。ハルドルはこの権利を使ったのだろう。
「って事はお子さんがいると言う事?」
「ええ、これでも二児の父でしてね。」
格別驚きはしなかった。ハルドルの歳を考えれば子供がいても不思議は無い。
「二つ目は怪我です。肩を痛めてしまいましてね。今でも肘が肩より上にあがりません。」
ハルドルは右腕を上げた。だが頭と上腕二頭筋は垂直のままで、それ以上は上がらない。
「二の腕と耳をくっつける事は出来ないんですか!?」
リディアが右腕を思いっきり上げて上腕二頭筋と耳をくっつけるジェスチャーをした。
「いや、ここまでが限度だ。まったく君達が羨ましいよ。」
ハルドルは大きく苦笑した。
「その肩はポルタヴァ会戦で?」
「その通りです。張り切りすぎました。尤もそのおかげで早い時期に前線から離れて戦死せずに子供の成長を見守る事が出来ているわけですから分からないものですな。」
愛想笑いしながら穏やかに振舞っているが、何処となく表情は暗い。竜二は本能的に察した。
「さぞ悔しかったでしょう?」
「無念でしたね・・・何度も思い返しましたよ。なんで自分が生きているんだろう?生きていていいのか?自分は何しに行ったんだろう?って」
あのポルタヴァ会戦で多くの竜騎士が勇敢に戦って散った。早々と戦場から離脱したハルドルはさぞ自責の念に駆られたに違いない。きっと会戦後は多くの騎士から蔑んだ目で見られたのかもしれない。少なくとも今の表情は生還できたことを喜ぶ顔ではなかった。
「無神経な質問でした。すみません。」
「いえ、こちらこそお心遣い感謝します。」
ハルドルは少しだけ頭を下げた。
「それで三つ目の理由というのは?」
「ああ、三つ目ですか?教えるのは大変恐縮なのですが・・・」
「???あの、言いたくないなら無理して言わなくても・・・」
「いやあ違います!三つ目の理由は私の魔法にあるんです。」
「魔法?」
確かに神殿契約している以上、魔法を体得していても不思議はない。一体、魔法が予備役と何の関係があるのだろう。
「はい。実は私の魔法が・・・・・・・・・」
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「・・・・・・ま、そんなわけです。」
「確かにそれだと他の人から嫌がられるでしょうけど・・・実際、体感しないと何とも言えないかな。怖いけど後日、体験させてもらえます?」
「あ、私も体験させてください!私も知っておくべきだと思いますから。」
リディアも乗ってきた。女性には覚悟が要りそうだが大丈夫なのだろうか?
「構わんよ。では後日に。」
「そういや、なんで予備役のハルさんが今回召集がかかったんだ?もうすぐ戦争が始まるのかな?」
竜二はこの二週間、ひたすら資金調達に奔走していた。皇帝や四皇将の思惑など知る由も無いので現段階の情勢を知らない。タカツキ連合国をやりあう気だということは、ハワードから聞いていた。しかし兵を引き上げたばかりだし、帝国は冬期が寒いので、戦争は年明けではないかと聞いていた。だからこそ竜二は部隊の訓練を後回しにして資金調達を優先したのである。
「近頃、軍の演習が頻繁ですからな。おそらくは・・・」
「ここにおいででしたか。松原隊長殿。」
会話を遮断するかのように突然後ろから正規軍兵士が話しかけてきた。緊迫した表情である。少し息が荒い。どうやら伝令役を命じられたようだ。
「はい?なんでしょう?」
「第十一飛竜連隊の大隊長および中隊長達に緊急呼集がかかりました。松原隊長にも参加するようにとの事です。急ぎ士爵館西棟の会議室までお願いします。」
「はあ了解です。」
正規軍兵士は返答を聞くと再び走っていった。まだ伝えてない他の隊長に報告しにいくのだろう。
「どうやら隊長の予感が当たりそうですな。」
「え?まだ分からないんじゃ?」
「こんな真昼間に騎士に緊急呼集とは戦争か軍事に関わること以外考えられませんよ。」
ハルドルの言葉からそんな言葉を聞かされると、なまじベテランだけに真実味がある。竜騎士になった以上、覚悟はしていたがやっぱり外れていてほしいと思う。平和が一番だ。もちろん死にたいわけも無い。
しかし戦場で活躍して名を挙げないと法皇にあえそうにない。竜二の心の準備がなかなかできないのはこうした矛盾から踏ん切りがつかないためであった。
竜二は三人分の食事の料金を支払って急いで西棟に向かった。
会議室に入ると大半の隊長達が席についていた。多くの隊長達が奇異な目で見ている。隊長たちも竜二もお互い初見だ。特に竜二は、十一連隊において隊長クラスといえばエリーナしか知らない。
竜二は新参者だし、小隊長という身分なので末席に座った。特に不快な顔をされなかったので作法としては間違っていないようである。
「さて、全員揃った様ね。ではこれより会議を始めます。うすうす気づいている人はいると思うけど、一部の帝国貴族が挙兵し帝国から離反したわ。」
多くの隊長がざわめいている。竜二も初耳だった。戦争だとしてもタカツキ連合国と戦争だと思っていた。帝国貴族ということは内戦か?いざ戦争となったとしてもタカツキ連合国は国土が狭くて兵力も少ないと聞いていたので竜二の心に多少の余裕があったが、内戦となると話が違ってくる。規模はどのくらいなのかな?竜二の手に汗が出始めた。竜二が質問するより前に別の隊長から質問がでた。
「離反した貴族とは誰でしょうか?」
「報告では東部の貴族が主体ね。オットマール公爵とかルトナー公爵とその眷族の貴族達。西部でも一部の貴族が挙兵したわ。」
「大貴族じゃないですか?親族血族の私兵を合わせると優に万を超えますよ!」
さすがに驚いたようだ。竜二は貴族社会についてはある程度学んでいた。公爵といえば皇族の縁に連なる者がなるような大貴族の地位だ。領土も非常に広く、国政の影響力も高い。
「そうね。でも陛下は迎え撃つつもりよ。エバンス総将からも全連隊へ第一級命令が出たわ。各自戦闘準備に入りなさい。相竜は最終調整させるのよ。」
「もう一つ質問していいですか?なぜこの機を狙って公爵達は離反したのでしょうか?我々を敵に回してもタダで済まないことはあちらも承知しているはずです。」
竜二からそんな質問が出た。一斉に視線が集まる。一瞬で気まずくなった。
「あの・・・今の質問は聞かなかったことに・・・・」
「陛下は背後に教団があると見ているようね。タカツキ戦線から兵を引き上げた直後に挙兵なんて出来すぎている。まして犬猿の仲の二人が手を組むなんて誰かがお膳立てをしてくれないことには考えられないわ。」
「ということは貴族に加えて今回は教団とも戦う必要があるというわけですか?」
別の中隊長が質問する。さすがに緊張しているのか声のトーンが低い。
「直接戦闘するかどうかは分からない。でも常に目を光らせる必要がある。そのためにも哨戒を含めて飛竜連隊には期待されているのよ。」
その後は細かな打ち合わせでお開きとなった。
親聖教派連合軍がどう動くのかが鍵だった。いくら離反しても軍事行動してくれないことには帝国全軍を動かす大義名分としては不十分だ。皇族支持派及び中立派の貴族の建前もある。
しかし数日後、戦局は大きく変化することになる。
アルパタ砦が敵の手に渡ったという知らせだった。




