資金調達
「おはようございます。」
「おはようございます。」
顔も知らない竜騎兵が頭を下げて挨拶する。竜二も挨拶を返す。
竜房に向かっている竜二は一日で周りの対応が変わったのを実感した。遊撃小隊小隊長は「小隊長」という役職になっているが実質的には正規軍の小隊長と中隊長の間に位置する階級とされる。遊撃小隊は場合によって正規軍小隊や竜騎士団小隊より隊員数が多くなることもあるためだ。そのため竜二には小隊長以下の軍人達は竜二に上官として接しなければならない。
「まー確かに悪い気分にはならないけども・・・・」
表向きは敬意を払っていても遊撃隊の歴史が歴史だけに裏では陰口を叩いているに違いなかった。竜二からすれば何とか功績をたてて過小評価している者を見返したい気持ちもあるが、それよりも資金調達である。隊長としての初任務が金稼ぎとは情けないが模擬戦でラプトリアが周囲の期待に応えた以上、今度は自分が応える番だと思っていた。
竜は素晴らしいが騎士は大したことないという評価は個人的に避けたかったし、何よりラプトリアの評価まで下がる可能性があるからだ。
「浮かない顔ッスね?折角小隊長になれたっていうのに。」
後ろからオーロに声をかけられた。相変わらず三枚目な顔をしている。
「その隊長の初仕事が金稼ぎだよ?この世界の経済や商業も詳しく知らないのにさ。」
「それをこれから話し合うのでしょう?今回配属された隊員達はどうしたんッスか?」
「彼らには自主鍛錬に励むように言ってあるんだ。最初くらいは自分の力で稼ぎたかったからさ。」
「隊長としての面子って奴ッスか?」
「うんまあ・・・そんなとこ・・。」
実際その通りだった。実績が無い分、今こそ何かしら知恵を絞りだそうと考えていた。ここで資金調達出来なければ部下に示しがつかない。何より隊員総がかりで資金稼ぎしないと隊の運営が出来ないようでは末期症状ではないかと感じた。何としてもハワードと自分だけで資金調達を成功させたかった。
「俺も男ッスから少しは分かるッスけどね・・・・。ああ、そうそう竜房で既にハワードさんが来ているっすよ。」
「え!もう?」
寝坊したわけでないのにもう竜房に来ているのか。朝は兼任の軍務局の仕事があるはずなのにどうしたのだろう?竜二はオーロと一緒に竜房に入った。ハワードはラプトリアと一緒に竜房にいた。
「おはようございます。」
「おはようございまっす。教官」
いまやハワードと砕けた会話をするのはすっかりお馴染である。本来従士のハワードには敬語使う必要は無いのだが、ハワードとは主従関係より師弟関係を重んじたいという竜二の想いによるものであった。幼少から孤独の身で今まで生き抜いてきたハワードを尊敬しているという理由もある。
「おはよう、竜二。」
ラプトリアは相変わらず寝坊する事が無い。
「おはよう。ラプトリア。今日話し合う内容は聞いてる?」
「オーロから聞いているわ。私も出来る限り協力するから。」
その言葉を聞いて竜二は安心した。資金調達の打ち合わせはこれからだがラプトリアの協力は不可欠だと思ったからだ。ラプトリアが非協力的なら大きく選択肢が絞られることになる。
「ところで教官。随分早くないですか?軍務局の方はどうしたんす?」
「休んじゃいました。私も資金調達で知恵を提供できたらと思いましてね。松原さんのおかげで私は給金が安定していますが、他の二人はそうはいきません。松原さんに丸投げというのも気が引けたのですよ。」
「そうですか。ありがとうございます。」
従士の鑑といえば鑑といえる。本来真面目な性格なのだろう。力仕事が期待できない補士官の場合、知恵の協力ということになるが知恵が役に立たなければ意味が無い。
それでも仕事を休んでまで竜房に来てくれたことは嬉しかった。
「それで何か良い案ありましたか?」
「最初に申したいのが身寄りの無い松原さんにとってラプトリアを活用しない手はないということです。」
「・・・まあそうなるでしょうね。」
そんな事は分かっている。自分にとって数少ないアドバンテージなのだから。ハワードは遠慮がちに喋ったが、その辺は弁えているつもりだ。
「そこで提案なのですが運送業をやってみたらいかがでしょう?武器や食料などの物資を迅速に運んで領主や砦主達の力になるのです。」
物流集積所の運送トラックみたいな役割だろうか。
「それだと確かに迅速ですけど積載量が少なくなってしまって余り稼げないんじゃないッスか?余り載せるとラプトリアに負担がかかるッスよ?」
ラプトリアに限らず飛竜は負担重量に非常に敏感である。沢山積めばそれだけ飛行速度と高度は下がるし体力の消耗も激しくなる。かといって少量では資金を効率的に稼げない。運送業をやるならどちらかを取るしかないのだ。
「それよりなら人を運んだらいかがッスか?所定の場所に連れて行って欲しい人はごろごろいるッスよ?」
つまりタクシーの運転手をやったらどうかということか。
「確かにそういう人は溢れており需要があるでしょう。実際それで生計を立てているフリーの竜使いはいます。ラプトリアも一人二人くらいなら速度こそ多少は落ちるでしょうが、馬車よりは断然速く運べると思います。ですが私はお勧めしません。」
「へ?何故ッスか?元手はラプトリアの体力だけッスよ?赤字になることもないじゃないッスか。」
「それだと客に扮した敵の間者も乗せる危険性があります。空中では助けも呼べません。空中で松原さんやラプトリアの背中に毒針とかを突き刺すのは子供でも出来るでしょう。」
下位の飛竜ならともかく、ラプトリア程の上位の竜ならば暗殺される危険性がある。これは竜二も同様だ。一度空中に上がればそこは無法地帯と化す。とても竜二やラプトリアに勧められたものではなかった。
「う・・・そうでした。すみませんス。」
「へこむ事はないって。ドンドン案は出すべきだ。・・・・とはいえ確かに危険だな。運送業が一番現実的かな?」
「積載量を軽くして運搬回数をこなすか、運搬回数を減らす代わりに大量に物資を運ぶか二者択一ですね。・・・どちらを選んでもラプトリアの運動にはなるので翼の筋肉が鈍ることはないと思いますが。」
確かにそれが一番健全だろう。ラプトリアの飛行能力はこの目で見ている。よほど遠くない限り宅配は出来るだろうし、ラプトリアの鍛錬にもなる。だが何か引っかかるような気がするのだが・・・・
「・・・さっき領主や砦主の力になると言いましたね?つまり受注先も配達先もそういった人達から受けるのですか?」
「そうなりますね。松原さんは騎士ですから早くに信用を得られるでしょう。」
『騎士は世間から信用されるか・・・待てよ。領主のような地位の高い人でも信用されやすいとしたら民衆ならもっと早く信用されるのでは?・・・そしてラプトリアを使えば迅速に移動が出来る。・・・・・そしてすぐお金が必要で且つ沢山のお金を持っている人と言えば・・・・・・・ひょっとして!!』
「・・・各都市や町の交易商人相手ならいかがです!?俺が行商人、もしくは仕入れ業者になると言うのは?」
「!!そうか!商人なら蓄財をしている!商人相手に運搬すると言う訳ですね。でもそうなると大量の在庫を保持しなければなりません。その時々に需要のある商品を持っていなければならないのですから・・・」
「それこそ機動力に富んだラプトリアが活きてくるじゃないですか!例えばこの帝都で不足している交易品と余っている交易品を調べて、帝都で余っている交易品を不足している町や村に売れば高値で売れる。そのまた逆も然りです。これならラプトリアが辛くならない程度に量を調整してもあっという間に利益が取れるはずです。」
何か引っかかるような気がした理由は利益の効率性とトータルバランスだ。領主や砦主相手ではどんなに頑張っても報酬額は固定。何より喜ぶ人は特定の人だけだ。だが交易品は不足している町なら喉から手が出るほど欲しいだろう。交渉次第で思わぬ高値がつくかもしれない。何よりも中央広場のように需要と供給が安定し、経済も活性化する。不足している交易品が欲しい住民は喜ぶのだ。
書籍から調べたりハワードから聞いた話などを纏めると、この世界では現代のように街道はまだ整備されておらず、行商人も町から町へ移動するのに何週間もかかる事が多い。なにより同じ帝国内でも領内を移動する人は少ない。ハワードのように明確な理由でもない限り、多くの人が生まれた故郷で生涯を終える。これも街道の整備が進んでいないせいだ。つまり住民達が他の町へ買い付けしに行く事も少ない。
フリーの竜使いで同じ事を考えている者もいるだろうが、ラプトリアの飛行能力に敵うはずもない。よほど遠くない限り、ほぼリアルタイムで需要に対応できるだろう。
ここまで竜二が説明するとハワードもオーロも非常に前向きな表情をしていた。
「確かにそれなら即時とはいかないまでもかなり早く調達ができますね。」
「でも最初の買い付けの時にある程度の手持ち金が要るッスよ?」
「それも問題ない。手持ちなら少しはあるさ。」
ボールペンを売ったお金がまだ残っていたのと、騎士叙任の時に準備金を貰っていたので無茶な買い付けしない限り当座の運転資金は問題ないだろう。計画は決まった。
早速、ハワードに帝都の商店や問屋を回って現地調査してもらい、まずは近場からということで竜二は近隣の町や村に行って調査しに行った。手持ちがあるとはいえ、最初が肝心だ。失敗は許されない。
竜二達は一日かけて市場動向を徹底的に調べ上げ、翌日から交易品行商を開始した。
それから二週間後・・・・
交易は見事に成功した。累計四千万クローツ以上を稼ぎだした。前半はラプトリアに可能な限り町や村を行き来してもらい、量より回数で稼ぐことにした。ラプトリアも今までは本気で飛ぶ機会が無かったせいか鬱憤が溜まっていたのだろう。ここぞとばかりに全力で飛びまくって一日何往復も帝都と地方を行き来した。時には行商人が余り行かない山間部の村にまで売り払いに行った。
後半からはこれだけではなく、他にも収入源が見つかった。
帝国中の町や村を回っている内に強化された武器や防具などが高値で売られていることに気がついた。新品の武具は高い割に長持ちするとは限らず、人力で作っているだけあって商品によっては直ぐ折れたり、壊れたり、凹んだりして性能が一貫しない。
だが強化された武具は安物でも長持ちしやすい。強化の魔法を使える者が少ないせいもあり、未使用品であれば新品より高値がつくことが多いとのことだった。
これに飛び付かない竜二ではない。竜二は直ちに帝都で安物の武器や防具を買って強化し、地方で売り払った。これでさらに資金が増す!・・・・・・かと思いきや重量がかさみ、運送物資の量が減ると言う矛盾が露わになった。
結局、交易で稼ぐ方が手っ取り早い。そう考えた時。
「!」
竜二の直感が働く。
「そうだ!そんな事する必要無いんだ!現地の物を強化すれば!」
思いついたのは強化代行業である。護身用の武器から狩猟用の弓、薪割り用の斧、漁用の銛や網、釣竿、鍬、鋤、鎌、包丁などを片っ端から強化して報酬を受け取った。料金は噂が広がりやすいよう比較的安価にした。帝国公認の竜騎士の魔法だけにハワードの言うとおり住民へ瞬く間に広がり、詐欺と疑われる事も無く客足は衰えなかった。中には自分の馬車や家まで強化してほしいと頼んでくる住民もいた。強化の魔法は大小に関わらず消費体力は同じだが完了するのに時間がかかるため、料金の上乗せで対応した。地元民からは交易品を運んでくれて、道具を強化までしてくれた上、竜二の出しゃばらない性格も加わって人気も良かった。
消費した体力はラプトリアでの移動中に休息をとったり、帝都に着いた時にハワードに交易交渉を任せて仮眠するなどして鋭気を養った。こうして竜二は一攫千金を手にしたのである。
早速竜二は稼ぎだした資金を使って隊の運営に必要なものを買い揃えた。余りの羽振りの良さにハルドルは喜ぶどころか逆に心配する始末だった。だがこれで二人の隊員の維持費は心配無くなったのである。
ラプトリアにはきつかったかもしれない。それでも弱音を吐かず、懸命に応えてくれた。見た感じ本当に余裕がある感じだったが、明日は自分もラプトリアも休日にしよう。ハワードにも明日は従士の仕事を休みにする事に決めた。本格的な部隊としての訓練は明後日からでも良いだろう。
オーロにもその旨を伝えて夜、竜二は満足感に浸りながら就寝すると翌日には事態が急変することになる。
親聖教派と名乗る帝国貴族が武力蜂起したという知らせだった・・・・




