遊撃小隊とは?
ライデン帝国の竜騎士軍団。正式名称は竜騎総合本部。
戦闘部隊として地竜騎士団と飛竜騎士団の二つが存在し、非戦闘部隊として後方支援士団が存在する。
後方支援士団の主な業務は、竜や竜騎士の医療、食糧確保、武具調達、衛生管理、陣所の設置、捕虜の管理、物資の運搬、竜の世話などを行う。
代表例としてオーロ・クリスセンは後方支援士団に属する。
地竜騎士団も飛竜騎士団も組織構図は一緒であり、一番下の地位だと一般隊員(一般兵)から始まり、そこから分隊長➝小隊長➝中隊長➝大隊長➝連隊長と続き、その連隊長を束ねる両騎士団の頂点が団長となり、この三つの士団の頂点に君臨するのが総将、つまりエバンス・ジェドールである。
分隊は二騎編制で、部隊運用の最小単位は四騎編制の小隊規模である。つまり二個分隊で一小隊となる。
三個小隊で一中隊、四個中隊で一大隊、四個大隊で一連隊である。
現在、帝国には地竜騎士団が十一連隊、飛竜騎士団が十二連隊存在する。最盛期は各騎士団とも二十連隊存在していて、連隊の上に戦隊という編制単位があった。ポルタヴァ会戦で多数の竜騎士が戦死したうえ、中には後遺症が残るほどの怪我を負った者、相竜が死に次の相竜と契約できず陸軍に加入された者、戦場で捕虜になった者、精神を病んでしまった者、敵国に寝返った者などで竜騎士の数が激減し半数以下にまで減ってしまった。
何年もの時を経てようやく現状まで回復した。
回復したとはいっても飛竜騎士団の場合、十二連隊あれば単純計算で二千三百人以上いる事になるが、第十二連隊は創設されたばかりで二個大隊規模の人数しかいない。
他にも定員割れしている連隊が存在し、定数通りに配属されていないのが現状であった。これは地竜騎士団も同じである。今回、士官学校を卒業した候補生達が新規配属されるが、それでも定員割れが解消とはいかなかった。
「今回卒業した候補生の数はどのくらいなんです?養成機関は大量募集しないのですか?」
「候補生の人数は百人前後です。百人とはいっても一部の学生は最後まで竜と現地契約できなかったり、成績が芳しくなくて陸軍に回されたり、後方支援士団に回される事があります。正式配属されるのは卒業総数の七割くらいでしょうか。」
「てことは、その七割から飛竜・地竜両騎士団に分けられるのですか?」
「現地契約は学校在学中に済ますことになっているので、卒業する時にはどっちの騎士団に配属されるか決まってます。今回の飛竜騎士団配属数は三〇人に届かず二十九人だったと聞いてます。」
「今回は地竜騎士候補生の方が多いという訳ですね?」
今、竜二はハワードから帝国軍組織概要の説明を受けていた。竜二は既に士爵館の図書室での独学により軍隊組織構図は把握していたが、遊撃小隊について記述された書物はまだ読んでいない。比較的新しい部隊運用らしい。「独立遊撃小隊とは何か?」とハワードに聞いたら帝国軍事の基礎からの説明に入ったと言うわけである。竜二からすれば時間が勿体ないなと思ったが、ハワードの好意を無下に出来なかったし、知識習得のおさらいも兼ねて冷静に聞いていた。士官学校と卒業生の近況については良く知らなかったので嬉しい情報源である。
「そういう事になりますね。さて質問の内容についてですが、独立遊撃小隊とは先のポルタヴァ会戦前後に出来た歴史の浅い部隊編制です。人数によっては遊撃中隊とも表現されます。これらを通称で遊撃隊と言います。他の小隊と決定的に違うのは、隊長の権限が広く、命令系統に縛りが少ないという点と隊長もしくは上官の意向で兵士数が増減するという点です。」
「縛りが少ないとは?」
通常、「小隊長は中隊長の命令に従い、中隊長は大隊長の命令に従う。」というように直系の上官の命令に従う。だが遊撃隊は直系の上官がおらず竜騎士軍団においては大抵の場合、連隊長または大隊長預かりとなり、預かった隊長のみが上官になる。今回の場合、エリーナのみが上官になる。エリーナの命令が無ければ戦闘時、非戦闘時問わず遊撃隊長は部隊運用を自己判断で決められるのだ。
「・・・・随分、隊長の意志が尊重されて良い事ずくめっぽく聞こえますが・・・・・欠点もあるんですよね?」
「勿論です。各部隊は毎年運営予算が組まれ経費内でお金を使う事が出来ますが、遊撃隊は自由度が高い分、財務局からの予算額が少なく経費だけでは部隊運用は困難です。隊長や隊員達が資金調達する必要があります。要は自由時間を使って銭儲けに勤しめという訳です。」
「自由をやるから金も自分で面倒見ろってことですか?そんな軍隊聞いたことが無いですよ。有事の時に金が無かったら飲まず食わずで戦えってわけですか?」
「有事の際は連隊の予算内で食料と矢玉は賄われます。問題は非戦闘時ですね。隊員と相竜の食費、仮設テントや寝袋などの物品購入費、隊員達の医療費、武器防具の維持費などが重くのしかかります。さらに付け加えると松原さん自身は給金が軍から支給されますが遊撃隊所属の隊員は本隊所属の隊員達より給金が低めです。多くの遊撃隊は資金運用に悩まされます。隊長によっては戦争中は補給物資が貰えるため、あえて戦争になる事を望む者もいます。」
「はあ~、前途多難・・・か。」
やはりエリーナは一癖ある女だ。俺がこの世界に来て間もない事を知っているはずなのに金は自分で稼げとは・・・金は天下の回りものとはいえ、この国の経済もろくに知らないのに・・・
ん?そういえば・・・
「そもそもなぜ遊撃隊みたいなんて部隊が出来たんですか?」
「・・・・言ってしまえば戦争の産物と言ったところですね。」
遊撃隊が出来た理由。それはポルタヴァ会戦より以前に遡る。当時ガラルドは西方への領土拡張や一揆の鎮圧、バレリーとの海域争奪戦、トムフール新教団などとの戦いに明け暮れて帝国軍は編成に追いつかなくなっていた。その頃から戦費が積り始め、そこにポルタヴァ会戦である。会戦後も膠着状態が続き、戦局を打開しようにも隊長不在の部隊や原隊がいない軍人が続出している事が露わになり、消耗した軍の編成が急務であった。
補給の確保でさえ時間がかかるのに編成にまで時間をかけてられない帝国軍幕僚は連隊及び大隊に新規で傘下の部隊を作ることにした。その新規部隊に原隊の無い一般兵、部下を失った分隊長、指揮官がいなくなった名ばかり部隊、足手まといにしかならない負傷兵や本隊から持て余された問題児等を一遍に纏めて部隊の体裁を整えた。これが予備兵力と託けた遊撃隊の始まりである。最初は陸軍だけだったが、編成処理の容易さと速さから竜騎士軍団にもこの編成制度が設けられた。
当時は「本隊から干された問題集団」「敗残兵の集まり」と散々卑下されたあげく、予備兵力と言うだけあって資金を投下する必要性はないと判断され、予算もほとんど組まれず戦費削減の最初の対象となった。その割に他の部隊同様、前線には配置される。当然ながら遊撃隊の士気も上がるはずもなく亡命者や脱走者や強奪者が続出し、軍内部で乱闘が起こり始めて死者まで出る始末だった。この事態に帝国上層部は膠着状態が解け、タカツキ連合国へ出兵するまでの間に遊撃隊の解体を指示し大規模な編成を行ってようやく軍内部は秩序を取り戻した。
しかし、その後も遊撃隊の低コスト運用は魅力であり、自由度が高い分、隊長の手腕次第では大化けするかもしれない。何より怪我人や問題児の面倒を見てくれる受け皿が必要と判断され今も存続させている部隊が存在する。第十一飛竜連隊もその部隊の一つである。
『つまりエリーナは俺を試しているという事か。でも初っ端から遊撃小隊長でスタートさせなくても良いのはないか?それとも経験を積ませて俺に早く成長してもらいたいとか?・・・・・・まさかね。』
「・・・隊長や上官の意向で兵士数が増減するというのは、本隊から持て余された隊員が加入するからですか?」
「そうです。とはいえ隊長に拒否権が無いわけではありません。さすがに過剰に増えても軍資金が無ければ飢え死にますから。功績が認められた隊員は希望次第で本隊へ復員する事もあります。また隊長自らが他の軍人に入隊の勧誘をする事も出来ます。」
「遊撃隊に入りたいと言う酔狂な人がいたらでしょ?」
「それこそが松原さんの腕の見せ所ですよ。」
「・・・・言ってくれるじゃないですかー?」
「・・・補士官ですから。」
両者とも見つめあい、愛想笑いとも苦笑いともとれるように笑っていた。
「隊員の方はどうなさったのです?」
「この士爵館の応接室に来るって言ってたんですけどね。そろそろだと思いますけど。」
エリーナからは早速部下をつけてやると言われた。独立遊撃小隊という隊について知らなかったため、竜二はとうとう自分の部下が出来ると内心はしゃいで安請け負いしてしまった。ハワードから教えられた今となっては後悔している。事前に聞いていれば資金集めから始めたであろう。
「失礼します!松原隊長はいらっしゃいますか!?」
甲高く明るい朗らかな声が聞こえた。扉が開く。この世界にはノックという習慣が無いようである。
「ようこそ。とりあえずこっちに座って・・・・・・あ!」
「あなたは!?」
ハワードも驚いた!目の前にいたのは帝国までの案内役だった女性竜騎兵リディア・リトリルだった。
「君が新たな第一遊撃小隊の隊員?」
「そうなんです!お役に立ちますよー!」
リディアは満面の笑顔で顔を近づける。顔は綺麗系なのに立ち振舞いは天然系の芸能人みたいだ。高嶺の花という感じはしない。容姿を鼻にかけている感じも無い。竜二はこういう女性は好感が持てた。
「えーと・・宜しく!君は第十一飛竜連隊だったの?」
「はい!第三飛竜連隊から第八へ、そこから十一飛竜連隊と転属して今回遊撃小隊に配属になりました!松原隊長の遊撃小隊配属は私の希望です。」
「そう・・・それじゃ今後とも宜しく・・・」
「宜しくお願いします!」
元気な明るく甲高い声でリディアは敬礼した。
竜二とハワードは顔を見合わせた。どうみても彼女は年齢的には若い。二十代前半だろう。そんな彼女が既に二回も転属しているのは奇妙だと思った。ひょっとして厄介者を押しつけられたのだろうか?
だとしたら分かる気がする。帝都までの経緯を知っている者ならば。
同じ推察に至ったのかハワードも苦笑している。だが彼女は転属を希望して来たと言った。それが疑問だった。自分は何か転属希望されるような事をしたっけ?彼女は何を期待して転属希望したのだろう・・・
「それともう一人配属の方がいますよ。ハルドルさん!入って良いですよー。」
再び扉が開いた。入ってきたのは四十歳後半くらいの男だった。毬栗頭で愛嬌が良く満面の笑顔を難なく作っている。子供に好かれる小学校の用務員のおじさんを思わせる面構えだ。
「失礼します。松原隊長ですね?ハルドル・ラクオスと申します。今回、急遽予備役から編入する事になりましてな。これから宜しくお願いしますよ。」
「・・・はい。宜しくお願いします。」
物腰柔らかくて拍子抜けしつつも挨拶した。ハワードも続いて挨拶した。
どうやら顔見知りのリディアが先に入って挨拶してから、ハルドルが入って挨拶をするという段取りらしい。
実力はまだ分からないが、ハルドルは見た感じ悪い人に見えない。上手くやって行けそうだ。しかし、そうなると竜二は覚悟しなければならない。この二人を合わせた隊の維持費を捻出しなければならないのだ。
隊費の捻出をどうしたらいいのか。
現在の竜二の切なる悩みであった。
部隊編制は第二次世界大戦中のドイツ空軍をモデルにしました。
ドイツ空軍は1分隊2機編制でした。
小隊だと戦闘機は4機編制。爆撃機だと3機編制だったとされています。




