それぞれの思惑
「あの男はどうだ?味方になりそうか?」
「難しそうです。奴の補佐官が巧みに会話を終了させ、次の貴族の方に回して効率よく顔合わせさせるのです。特定の人に時間を割かせてはもらえませんでした。」
「そうか・・・親密な関係になりづらいか・・・」
「大公閣下、そう考え込まなくてもいいのではありませんか?彼は強化の魔法しか使えませんし、相竜もブレスが吐けないそうではありませんか?近接攻撃もできないとも聞いております。しかも肉体的には成竜にさえなってない。如何にAランクといえど、それではCランク、いやDランク程度の戦闘力しか発揮できないのでは?」
「ふむ、そうか・・・そうだといいが」
会話している二人は貴族の豪華な衣装を身にまとっている。それも上級貴族のみ許される装飾品を付けている。模擬戦はガラルドと軍人しか観戦は許されていなかったため、二人は模擬戦を見ていない。ラプトリアが近接攻撃無しで勝ったという結果が、いつしか近接攻撃さえもろくに出来ずに辛うじて勝ったという噂になって伝わっていた。
「それよりも我らの私兵達をようやく前線から返してもらえたのです。今が好機ではないですか?」
「それはあっちも一緒であろう?」
「皇帝軍は今後もタカツキ前線に兵を配置しなければなりません。ですが我々は出兵拒否する事が出来ます。兵が少なくなったところで一気に叩きましょう。新教団からもようやく良い条件が得られたのでしょう?」
「ふ・・まあな。今回はかなりあちらも譲歩してくれた。突然態度を軟化させたのには気になるが、あちらさんが考えを改めないうちに動くとしよう。準備は整っているか?」
「上々です。二週間もあれば完了するでしょう。」
「うむ、楽しみにしてるぞ。ガラルド陛下は我らが冬場は大人しくしていると読んでいるようだが、詰めが甘い事を実感してもらわねばな。」
二人は口の端を上げてほくそ笑んでいた。
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「よもや帝国貴族を動かされましたか。さすがですね。手を打っているとおっしゃってましたが、この事だったとは・・・」
ローブを身にまとった老齢の男とカーテン越しの者が地下で密談していた。
「・・・あの時点では機は熟していなかった。タカツキ戦線から全兵士が引き上げていなかったのでな。だが此度の部隊編成のための撤兵により貴族達は所有する全兵力を動かす事が出来るわけだ。」
「しかし、よく帝国貴族達が承諾しましたね。ガラルドでさえ手を焼く曲者達ですのに。」
「曲者ゆえ豪華な餌に弱い。皇族を打ちとった暁には竜使いに対する権益を与えてやると言ったら、あっさり喰い付いてきおったわ。」
「なんですと!よろしいのですか?権益を一貴族にやるとは!」
「皇族を打ち取る事は帝国が滅ぶ事を意味する。誰が元首になるか分からぬが貴族達が新たに建国した国に他国同様の権益を与えれば約定に違わぬであろう?」
「確かですね・・・・・では、もうすぐ我らの出番という事ですか?」
「うむ。聖甲騎士団の徴兵と編成を行え。ポルタヴァ会戦よりも多めにな。」
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「・・・では確定ですね?」
「はい。あの人の下で働いてみたいと思ってます。」
今話しているのは竜二とハワードの上官選びの意見交換である。丁度、上官の結論が出たところだった。
二人は祝賀会翌日に二人で話し合い、何時間も論議を重ねていたのである。
「いつブロノワ連隊長に伝える予定ですか?」
「直接言ったら他の連隊長達に角が立つかもしれないのでエバンス総将に伝えようかと思ってるんですよ。俺に上官を選ぶよう指示したのも総将ですしね。」
祝賀会の晩、部屋に戻ったあとハワードとお互いの総括に入ったが、一番時間を割いたのはエリーナに関してである。先日の祝賀会で多くの連隊長の話を聞けたが、エリーナとの会話が一番の衝撃を受けた。
彼女を含め竜二を勧誘してきた六人の連隊長の事は、人物評価と実績はエバンス総将から大まかに確認した。
エリーナは連隊長としての経歴は浅いみたいだが、一軍人としての実績は確かなようである。とはいっても現場生活は短かったらしいから超エリートと言えるのかもしれないが。
それでも竜二はエリーナを信用できない何か第六感のようなものが頭に訴えている。出来ることなら彼女とは距離を置きたいと思っていた。それに関してはハワードも共感している。
しかし、その度に
『異世界から来たあなたが法皇と謁見できるように段取りするというのは?』
という言葉が脳裏をかすめる。なぜ、そのことを知っているのか聞いても
「私は何でもお見通しなの。」
とだけ返し、それ以上は答えてくれなかった。
なぜ知っているのだろう?支殿での神殿契約の時、謎の声を聞いたのは自分だけのはずだ。神官長でさえ聞いていないはずだ。彼女はテレパシーでも持っているのか?一体彼女は何者なのだろうか。
士爵館に着くまでの間、他の連隊長同様エリーナにはいろいろな質問をした。だがにっこりと笑ったのは法皇との謁見に関する話をした時だけで、それ以外は殆ど笑わず、無表情だった。これが竜二の疑念に拍車をかけた。謎めいたところがあるだけでなく、表情にも感情が出ていないため、心情が全く読めず薄気味悪さが感じられた。
竜二が選ぶ権利がある以上、本来ならエリーナは選考対象から除外したいところだが竜二の本当の目的を知っている以上、彼女の下にいたほうが得策に思える。また、どうして竜二の目的を知っているのか分からないうちは、彼女から離れない方がよい。待遇面は聞く限りでは竜二やラプトリアに対して冷遇はしないと言ってくれた。
以上の理由から気乗りはしないがエリーナを上官に決めたのである。
「松原さん、まだ早いと思いましたが貴方の命を守ってくれる補士官を雇ったらいかがですか?」
「無茶言わないでくださいよ。俺もできることなら欲しいですが、今の給金では私生活に影響が出ますよ。」
竜二はAクラスの竜騎士だけあって初給金は高めになっているが、その分、従士の給金も高くなる。ランクが高ければ高いほど命が狙われやすくなるからだ。特に補士官は補佐官と違い、他の役職と兼任する事は少なく、常に主に付き添って体を張って守らなければならない。補佐官より殉死する確率が高いため、補佐官より給金が高い傾向にある。今の竜二の給金ではハワードに加えて新たに補士官を雇うのは厳しかった。給金を上げるには実績を積まなければならないのだ。
「確かにそうでしょうけど、私も何か引っ掛かるものがあるのです。松原さんに直ぐ危険が及ぶ事は無いでしょうけど。」
ハワードも同じ気持ちなようだ。少なくとも自分だけの偏見ではない事が分かり、竜二は多少は気が晴れた。
「心配してくれるのは嬉しいですけど、現状の判断材料では限界があります。とりあえず俺は総将のところへ行ってきます。」
口ではそう言いながら、竜二は浮かない顔をしながら自室を後にした。
・・・・数日後、正式に竜二は第十一飛行連隊に配属する事となる。
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竜二とハワードが総評して話し合っていた頃、
エリーナに彼女の副官ラフモンが勧誘の手応えがあったかどうか訪ねていた。
「彼は大丈夫でしょうか?」
「種は蒔いたわ。おそらく大丈夫ね。」
「では上手くいきそうなんですね?これで一歩目的に近づきますね。」
「ええ・・・だけど、まだまだこれからよ。これからの局面次第では・・・」
「はっ!心得ております。」
これからの事を考えながらエリーナは口の端を吊り上げていた。
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「・・・・クルード、貴族共は動きそうか?」
「ええ、間違いなく。おそらくは我々の寝首を打ち取れると過信している事でしょう。」
「陛下は納得されたのですか?」
「最初は驚かれたが、直ぐに納得なさってくださった。しかし良く見抜いたな。教団が動くと。」
「・・・・・それだけ我ら帝国にAランクの原石をくれてやるのは惜しいという事でしょう。一番は彼らの大きな財源であるタカツキに存続してもらいたいというのが真実でしょうけど・・・」
「今回は内戦だ。多数の民兵が動員される可能性が高い。バレリーは手を出さんだろう。いかに我らが公敵とは言え、そのような事をすれば帝国に在住するトムフール聖教者にも被害が出る。」
「ええ、ですから動くとすれば・・・」
「・・・・・聖甲騎士団、だな。」




