祝賀会
祝賀会の開催場所は王宮中庭である。卒業生を祝うというより、社交界の人達に顔合わせする事を目的とした屋外パーティーといった感じだ。周りを見渡すと見事に地位や身分が高そうな人達で溢れかえっている。普段は竜騎士も竜騎兵も軍服や帝国の紋様が付いた防具を身につけるが、こういう社交界になると差は現れる。竜騎兵は式典用の軍服を身に纏うが、竜騎士は礼服を身に纏う。
勿論、竜騎士に限らず別の騎士に叙任した者も同様である。
「はあ~これが祝賀会ですか。」
ハリウッド映画のシーンによくあるセレブ達が集まるナイトパーティーのようだ。女性達はこぞって身なりを競っているかのようである。
「話には聞いてましたが圧巻ですね。」
竜二はハワードと一緒に出席していた。ハワードは竜二付きの補佐官であり軍人ではないため、礼服を着装している。
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今から一週間前、エバンスから補佐官の紹介をうけた後、二人が会議室を出てから竜二はハワードをラプトリアの竜房に連れて行った。オーロは洗浄作業が終わったのだろう。ラプトリアしか居なかった。好都合とばかりにラプトリアの竜房内に入る。ハワードも続いた。ラプトリアの傍に座って、ようやく口を開いた。
「いや~驚きましたよ。俺に補佐官がつくというのも驚きですが、その補佐官が教官だったなんて。」
「私もです。どうやら私は平穏な生活が出来ない運命にあるみたいです。今回の役職もそうですが、私は何かしら戦争と関わる事になる人生なのでしょうね。」
補佐官というのは騎士に就く直属の文官型の部下である。直属の武官型の部下を補士官と呼ぶ。これらを総称して従士と呼ぶ。帝国軍人ではあるが帝国騎士個人の配下であり、いわゆる騎士の私兵という立場になる。給金も半分は騎士の給金から差っ引かれて支払われる。騎士の給金が高い背景には部下の給金を賄う必要があるためもある。
竜二からすれば勝手に人の部下を決めておきながら給金まで取られるとは腹立だしかったが、最初の部下は上官が紹介するのが習わしだという。竜二の場合、原隊が無いため上官はエバンスだけになる。
実はエバンスが補佐官を任命するのは、彼のちょっとした気配りであった。騎士は上官が最初の部下を紹介するまで配下を持つ事が出来ない。上官が最初の部下を紹介する事で、騎士は資金に余裕がある限り二人目以降の従士を自分の判断で持つ事が出来る。言うなれば一人目の従士を持つ事が「今後は自分の部下を作って良いよ」というサインなのだ。これ以後、竜二は自分の給金の許す範囲で二人以上の直属の部下を自由に作れることになる。竜二からしてもハワードは性格も穏やかで、知識量も豊富で頼りになる。ハワード自身も竜二の補佐官になることに異論はないとの事だったので彼を補佐官にするのは異論は無かった。
ちなみに騎士の補佐官は戦闘時以外で特に命令が無い場合、普段は別の職務と兼任している事が多い。ハワードは今回の功により、帝国軍軍務局事務総長補佐という役職を得ていた。名目上の役職ではなく職務は実に多彩だという。
「まーまーまー、心中はお察ししますよ!幾らかお聞きしたい事があるのですが・・・」
返す言葉を探すのに苦労しながら竜二は今までの経緯の質問をし始めた。ハワードは簡潔ではあるが質問に答えてくれた。
竜二の叙任式の後、父は亡くなっていたが兄には会えた事。
兄とは同居は出来なかったが、住居は与えられた事。
その後、すぐに軍務局に職場を与えられた事。
模擬戦は直接見てないが、結果は知らされている事。
作業と対人関係に慣れるより先に竜二の補佐官に任命された事。
そして今回、竜二と祝賀会に同席して補佐するように伝えられた事などである。
竜二がハワードに今までの経緯と顛末を聞いたのは帝国という国が信用できる国かどうか気になったからである。少なくとも帝国は約束を反故にするような国家じゃないという事がわかった。
「祝賀会の補佐って、どうせ補佐官という名の俺の監視役か何かじゃないんですか?」
竜二は疑うような目をしながら冗談を言うような軽い口調で言い放った。
「半分正解の半分不正解です。監視役というのは事実です。松原さんがどんな上官を選ぶか見届けると同時に、悪い虫がつかないようにするのが私の役目です。」
「悪い虫?」
「あなたに便宜を図ろうとする悪質な上級貴族などです。挨拶程度ならともかく、まだ帝国に功績が無い一人の騎士に長時間会話する必要はないでしょう?ですが松原さんとは、後々の事を考えると親密になっておいた方が良い。私はそういう人達を遠ざけるのも仕事の一つです。要は松原さんには上官選びに専念してほしいという事ですよ。」
「ははは・・・早くも補佐官の本領発揮ってとこですね。宜しくお願いします・・・・」
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その言葉通り祝賀会開催中は、実にいろんな人から話しかけられる。最初はみんな竜二を見ているだけだったが、途中でAランクの竜騎士だと聞いたのだろう。少し経つと次々と話しかけられた。
しかも皆、貴族の人達だとハワードは教えてくれた。竜二は仮にも貴族なので社交界に顔を認知してもらうため、彼らを無視はできない。
単に自己紹介で宜しくと終わってしまう人、騎士を辞めて自分の部下になり仕えないかと誘ってくる者、延々と愚痴を言うかのように長話する人、娘を嫁にどうかといってくる者まで実に多い。その度にハワードが横から入って会話を遮断してくれる。しかも会話を遮断する間が絶妙であり、ごく自然の成り行きで会話が終了したかのような遮断の仕方だった。改めてハワードの優秀さに舌を巻いた。現在ならさぞ政治家秘書に打ってつけの人だったかもしれない。
一体ハワードはどこの学校を出たのだろう?この世界にも学校は存在する事は聞いていたが、帝国の学校の仕組みや教育制度や学校の名前などは竜二は全く聞いていない。後でハワードに聞いてみるか。
「貴族の人達の挨拶はこのくらいで良いでしょうね。次はダンスホールに行きましょう。そこが軍人達の祝賀会場です。」
今回は士官学校の卒業記念の祝賀会なので軍人と卒業生たちが主役である。いつもは屋外で立食する事が多い軍人も、この日ばかりは屋内での出席になるのだ。
ダンスホールに入ると卒業式が終わったせいか皆、お祭りムードである。踊って飲んで食べて話して笑ってと楽しそうだ。貴族がいた中庭と違うのは服装が一律軍服を着ている事だろうか。
ちなみに現役正規軍人と学生の制服は違う。他にも騎士はいるがごく少数で礼服の竜二は目立っている。一部の人達からは視線が集まり居心地が悪かった。
「何だか服装が違う俺らは浮いてますね。ここで行うんですか?」
「そうです。むしろ目立つ分、先方から声をかけられると思いますよ。殆どの軍人は騎士の顔は知っています。見慣れない顔の礼服来た男が現れたとあれば、それは誰なのか隊長達は存じているはず。松原さんは誰が将官の人か分からないでしょう?とりあえずお腹を満たしたらいかがです?中庭では余り食べてなかったのでしょう?」
言われてみればその通りだった。裏庭では次々と会話に付き合わされ食事が進まなかった。目上の人に酒臭い匂いを漂わせても失礼なので、手にはワイングラスを持ちながら水ばかり飲んでいた。
ハワードに促され竜二は、ようやく食事にありつく。
立食なため基本バイキング形式である。裏庭程ではないが、こちらも豪華だった。ハワードも気が抜けたのか食事にありついている。ハワードも腹をすかしていたようだ。
とはいえ慣れてないからなのか、知り合いがいないからなのか、さっきよりはましだが見慣れない場所だけあってやはり落ち着かなかった。
「やあ君が松原君かな?」
ぎこちなく食事中に早速話しかけられた。髭を生やした貫禄のある男である。軍人か政治家以外の職業が考えられないような威圧感がある。
「はい、そうです。」
「やはりそうか。私はフェルナンド・ヴェッツ。第一飛竜連隊連隊長をやっている。以後よろしく頼む。君はまだ所轄が決まってないのだろう?どうだ。私の隊に入らんか?」
「フェルナンド隊長の隊にですか?」
「そうだ。我が隊には熟練の竜騎兵が数多くいる。きっと君の軍人生活を支えてくれるだろう。」
「待ってくれ。松原君。私はストラン・ストラフという。よかったらウチの隊にこそ入らないか?フェルナンド隊長の隊はFランクの竜が多いが私の隊は隊員の数は少ないもののDランクの竜の比率が一番高い。おそらく君の竜の足手まといになる事は少ないはずだ。」
「何を言ってるんだ。ストラン!お前たちの隊は人数が少ない分、隊長職の職位は空いてないだろう?一般兵から始発させる気か?」
「・・・・もうすぐ一人の小隊長が退役するのですよ。待遇面なら問題ありません。」
ストランはフェルナンドに対して問題無いとばかりに応答した。
「それなら私も立候補させてもらうかな。待遇面なら問題ない。」
現れたのは白髪が混じった中年の男だ。中肉中背という言葉がこれほど似合う人はいないだろう。地味な印象だが、愛嬌が良い顔で会社に一人はいそうな上司みたいな印象を受ける。
「お前のところは、際立った戦績が無いじゃないか。実績が無いのに勧誘とは厚かましいぞ。」
「そうです。ロアルド隊長はまず実績を積むべきです。でないと松原君を育てられるかどうかわかりません。」
「戦績がないとは心外ですな。まるで直接的な戦闘回数や殺傷人数で決めているみたいじゃないですか。出撃回数はあなた方の隊とたいして変わりませんよ。」
「まあ待ってください。とりあえずお一人ずつ話を聞かせてください。」
このままでは決まらないと悟った竜二が一人一人時間を割いて話を聞くことにした。今までは年上の人にプレゼンしていたのが当たり前だったため、年長者が自分にプレゼンをしているようで複雑な気分になりつつ、いろいろ聞いた。
隊風、隊員数、戦績、隊員の大体の特徴、自分の待遇、戦場での作戦傾向、自分の能力向上に生かせるかどうか、それ以外にもメリットがあるかどうかなどである。
他にも二人加わり、計五人の人と祝賀会場での談笑という名の個人面談を行った。ハワードを傍にいてもらい足りない知識を補充してもらいながら。
自分の隊以外にも、いろいろなことが聞けて此れだけでも収穫があった。中には「これからの帝国はこうあるべきだ」と政治の話までする者もいた。一介の騎士が聞いたところでどうなるものでもないのだが、甘い誘い文句だけで勧誘させるより当人の個性が鑑み見えるため、表向き関心がある振りをしながら、じっくり観察する。
数時間後、ようやく五人目が終わり、一息ついてハワードと対面した。祝賀会ももうすぐ終わりに近づいている。
「これで終わりですかねえ?」
「そうだと思います。そろそろ帰り支度をしましょう。」
もうパーティーも終わりである。ハワードと士爵館に戻って隊長達の印象について意見交換し合おうと思った時、
「あの・・・失礼ですけど帰るまでの道程、時間を割かせてもらっても宜しいかしら?」
「俺は士爵館に住んでいるので・・・・・って、え!」
まだいたのか。と思ってウンザリしながら渋々振り返った瞬間、驚きに包まれ目を見開いた。
目の前にいたのは黒髪に黒い眼の色白な美女である。女性軍人は長ズボンのスラックスタイプと膝頭が隠れるくらいのタイトスカートタイプの軍服とを選ぶことができるが、彼女はスカート型を着ていた。露出された脚を見ても綺麗な脚である。体の線も整っておりモデルみたいな容姿だ。さぞ男から告白されていそうだと思いきや、恋愛には困らないというより高嶺の花みたいな近寄りがたさがある。
というのも顔は何処となく鋭さがあり、柔らかさがない。ドラマや映画で出演しても悪役の抜擢が多そうな感じを受ける。
「突然話しかけてごめんなさい。私もあなたにウチの隊に誘いたい一人よ。帰宅するまでの時間、私に時間を貰えないかな?」
「え、ええ。構いませんが俺は士爵館に住んでいるので・・・」
「問題ないわ。私も士爵館在住だから。」
「そ、そうですか。補佐官と一緒でも良いなら・・・」
「かまわないわ。騎士の補佐官が行動を共にするのは当然だもの。」
竜二はハワードと黒髪の美女と一緒に士爵館へ向かった。
「まずは自己紹介するわね。私の名前はエリーナ・ブロノワ。第十一飛竜連隊連隊長よ。出来ることならあなたには私の隊に入ってほしいの。」
「それは嬉しいですが、俺がエリーナ隊長の隊に入った場合どのような利点があるのですか?」
美女から誘われて悪い気はしないが、これからの運命を左右する上官である。妥協を許すわけにはいかない。それは竜二を誘った他の五人の隊長も同じである。
「そうね。例えば・・・・・異世界から来たあなたが法皇と謁見できるように段取りするというのは?」
「な!」
竜二は驚きと警戒に満ちた険しい顔でエリーナを睨みつけた。エリーナはその視線を受け止め、にっこりと笑っていた。




