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ドラゴンライダー立身伝~銀翼の死神~  作者: 水無瀬 凜治
第2章 帝国編
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四皇将

「どうなさいますか?」


「・・・難しいな。なまじ爵位があるだけに体裁がある。他の隊長らの面子もある。」


「しかし、欲しがっているのも事実でしょう?」


「だから難しいのだ。どんなに強くても流石に新人なら誰かに預かってもらう必要がある。」


「もうすぐ秋期卒業が近づいてます。」


「それがどうした?・・・・まさか彼を?」


「違います。卒業式で祝賀会があるじゃないですか。そこに彼を参加させては?」


「・・・彼に選ばせる気か?」


「左様でございます。彼がどう選択しようと自分の意思で選んだという事実があれば、地位の体裁も保てましょう。」


「こういうとき貴族社会は不憫だな。せめて下位の竜なら完全に軍隊の組織に浸らせる事も出来るのだが・・・」


「あれだけの戦闘を見せつけられては、完璧な縦社会への強制恭順は難しいですね。陛下からも目をつけられているのでしょう?」


「うむ、丁重に扱えとのご命令だ。極力彼の不満は溜まらないようにしなくてはな、敵に寝返われては困る。」


「話している限りでは、彼も組織構造の重要性は理解しているようです。むやみに規律や風紀を乱すような事は無いと思われます。」



帝国にもかつてAランクの竜騎士は何人かは仕官していた事があるが、殆どは貴族のように過信して好き勝手振舞い、やりたい放題だったという。終いには総大将までヘコヘコする始末だったとされる。

それほどAランクの竜騎士は貴重であった。A級騎士一人いるだけで他国への牽制にもなる。

帝国がまだ国力が低い時は、その横暴に我慢し続けるしかなかったが、やがて帝国が繁栄し、大国の地位にまで国力が上がるとA級騎士に頼る必要はなくなり、軍隊組織に準じる事を強制する様になる。すると脱走者が現れ始めて他国に亡命して攻め込んできたり、盗賊に落ちぶれて帝国軍人を襲ったりするようになった。

それほどA級騎士は国同士の軍事力のバランスさえ揺るがしかねない存在であり、以後帝国はA級騎士を登用しなくなった。元々聖教は弱い小国にこそA級騎士が必要だと唱えており、帝国も聖教とは距離を置いていた事もあって、A級騎士の仲介はここ数十年無い。

ガラルドが聖教との対立を表明するまでは、救済処置としてBランクの竜使いが小国より若干多めに仲介されていた。


四皇将の一人である竜騎士軍団総将エバンス・ジェドールはその時に仲介されたB級騎士である。

今の会話は帝国軍総合司令部の会議室内での竜二に関するエバンスとミハイルの会話である。ここに帝国軍将帥らの内、同じく四皇将のパウル・ヒューデン将軍とクルード・オレック将軍がいた。


二人が話しているのは竜二の待遇についての相談であった。本来は一人の竜騎士に四皇将らが集まって話し合うのは異例だが、Aランクの竜騎士で、かつ昨日の模擬戦を見た後となっては、彼の待遇をどうするかは他の将軍の意見も聞く必要がある。何せ帝国には何十年とAランクの竜騎士はいなかったのだから。

騎士の場合、本来はエリートとして小隊長からスタートさせるのが普通である。騎士が多すぎると最悪、分隊長からスタートする事もあるが、帝国は神殿契約した竜騎士が少ない事もあって配属先には事欠かない筈である。竜二の部下を彼に選ばせるか、それとも自分達で決めてしまうかで話し合っていた。せっかくのAランクの竜騎士なのだ。優秀な部下もしくは将来有望な部下をつけたいと思う。しかし、仮にもAランクの竜騎士なのに部下を選ぶ権限も与えないとあれば、地位を重んじる貴族や官僚からは反発は必至。彼も不満を抱くかもしれない。


部下をどうするか。それ以前に小隊長からスタートさせるかどうか。竜二の処遇が論点だった。


「そうだと良いのですが・・・・」

返答したのはクルードである。彼は部下にも上司にも敬語で話し、常に相手を思いやる人で通っていた。一方で戦術家としては卑劣な策や強引な策も辞さない案を提示して周囲を驚かす事もある。だが叛意はなく、彼なりのガラルドに対する忠誠心からの作戦立案であり、他の四皇将の将軍らも知っているため、彼の提案を無下に却下する将軍はいない。



ここで帝国軍における最高幹部の将軍の説明をしておこう。

帝国には四皇将という四人の代表的な将軍がいる。この由来は初代皇帝が謀反を起こす際、部隊を四つに分け、それぞれの部隊が一斉に夜襲を強行し実父や他の族長を殺して建国した。

その時の忠実な四人の部隊長はのちに将軍になり建国当時から国を支え続け、帝国の礎を築いた。


四皇将とは、その当時の四人の部隊長に由来する。皇帝自らが軍事を支える忠臣に与える役職とされ、通称でも呼称でもなく、帝国公認の将軍職の称号であり戦争時は多くの権限が与えられる。

帝国内には他にも将軍位を拝命されている将官は存在しているが、地位・身分は四皇将に比べると低い。四皇将は地位で言うと大将軍の階級に位置する。


四皇将の筆頭が

帝国軍総合司令部の頂点である総大将にして副宰相も兼ねるミハイル・ガリューコフ将軍

であり、そこから順に

帝国陸軍総将にして司令部の副将パウル・ヒューデン将軍

ミハイルの後を継ぎ重装槍兵団の団長に就き作戦参謀の役割も持つクルード・オレック将軍

全ての帝国竜騎士・竜騎兵を統括する竜騎士軍団総将エバンス・ジェドール将軍


と続く。

別にこの四人の地位に差はないが発言力は差がある。初代皇帝が考案した序列が今もなお適応されており、軍事の権限や発言力の大きさの差もあって序列が低い者は高い者に敬語を使うのが暗黙のルールである。

エバンスも上記の三人の将軍には敬語を使っている。


この他にも近衛軍大将という後発で新設された将軍職もある。地位は一緒だが帝国総司令部とは完全に独立しており、帝国総司令部は宰相アルバードの命令で動く事もあれば、総大将の権限で動く事もあるが、近衛軍は皇帝の勅命によってのみ動く。帝都防衛と皇帝護衛が主任務であり、自ら攻勢に出る事は殆ど無い。どんなに有能でも四皇将に数えられる事もない。採用試験の内容も日程も違う。

一方で普段は、戦闘する局面が少ないゆえの死亡率の低さや引っ越しを伴う異動や左遷がない。

名誉職としての印象もあるため、合格倍率も正規軍試験より高い。そのせいか近衛軍兵士は正規軍兵士を見下す者もいる。



そのクルード将軍は、まだ懸念しているようだ。

四皇将の中では若い方でゆくゆくは彼が総大将になるのではないかと噂されている期待の将軍である。


「クルード閣下は彼がそう見えないと?」


「違います。彼の性格がどうであれ今の帝国には飛竜騎士は必要でしょう。ですが今後、彼を中心に政争が起こったりしないかが気がかりなのです。」


どうやらクルードは竜二が過信する心配より、貴族間での政争により国内が混乱する危険性を指摘しているようだ。それも一理ある。彼を派閥に取り込めばここぞとばかりに、取り込んだ派閥は勢いづくだろう。なにせ三十年近く帝国にはA級の騎士は帝国に仕官していない。貴族や官僚にとってもまさに金の卵だ。


「A級騎士など不要だ。そろそろ軍備も充実しつつある。これを機に総攻撃すればタカツキは落ちるだろう。」


こう切り出したのはパウル将軍である。髭を蓄え、厳めしい顔をしており、見るからに近寄りがたい容貌である。歳は五十過ぎだろうか。四皇将では最も高齢である。外見通り勇猛な性格であり、彼を目にすると敵味方とも前線兵士は震えあがるとされる。


「不要とはいってももう臣下に加えてしまったではないですか。」


「何もさせず留守番させておけばよかろう?下手に活躍させて脚光を浴び台風の目になられては困る。Aランクの竜騎士は存在していればこそだ。」


それも一理ある意見だった。バウルは竜二を他国への牽制役に徹しさせれば良いと言っているのだ。これならA級騎士の強さも貴族や官僚に認知されにくいため派閥抗争は起きにくい。しかしタカツキ連合国との戦で兵士の損耗率が上がるのは避けられない案でもある。


「バウルの意見も一理あるが、Aランクの騎士を欲したのは陛下の意向だ。昨日の模擬戦で陛下はすっかり気に入ってしまったようでな。留守番させる事をよしとするまい。留守番させるぐらいなら模擬戦も観戦なさらなかっただろう。おそらく我らが何と言ったところで彼の参戦を御望みになるだろうな。」


「さすがのミハイル閣下でも説き伏せられないと?」


バウルの挑発的な発言に苛立ったミハイルだが、睨みつけながら冷静にこう切り出した。


「神殿契約した上位の飛竜騎士獲得は数年越しの陛下の渇望だったのだ。今回Aランクの騎士が来た時の陛下の喜びようは目覚ましく、久々に陛下は笑顔をお見せになられた。陛下がここまで望んだのも陸軍の戦力を整えるのに時間が掛っているのと、今もってタカツキ攻略において戦果が上がらないためだ。陸軍の総将であるお前が、タカツキの防衛線をしっかり破っていればこうはならん。お前達陸軍の戦果が上がらないゆえに陛下は松原竜二に仕官してもらうよう頭を下げる事になったのだ。お前に反対する資格はない!」


ミハイルは語尾を強めて言い放った。

尻拭いといえば聞こえは悪いが、戦果が上がらず醜態を晒している陸軍の尻拭いの意味も兼ねて、ガラルドが竜二に頭を下げたのも事実であった。


「今までは、戦力が整っていなかったためです!今度こそは我ら陸軍が・・・・」


「何ふぬけた事を!戦争に絶対はない。結果が全てだ!これ以上、陛下を侮辱するな!」


次に陸軍がタカツキ連合国の防衛線を破れるかはともかく、今の戦況を打開するためにガラルドが、竜二に仕官してもらえるように頭を下げた行為は事実である。今のバウルの発言はその行為さえ否定しかねない発言だ。本来なら拘束されても可笑しくない発言だが、処罰を言い渡さないのはミハイルの見えない優しさであろう。


「はっ!・・・・・誠に申し訳ありません!」


言ってから事の重大さに気付いたようだ。バウルも性格は横暴で融通が利かないところがあるが、ガラルドに忠誠を誓っている一人である。ガラルドの名誉を傷つけるのは彼の本意ではなかった。


沈黙が流れる・・・・・・・


四人の間に気まずい雰囲気が続く中、

「エバンス将軍の観察眼が確かなら、松原竜二は現状、自由にさせて問題ないと思います。」


クルードが進言する。


「ほう。何故そう思う?」


「彼はもう二十代後半でしょう?その年齢なら流石に派閥や政争に加担するメリットやデメリットをある程度理解しているはずです。そもそも派閥闘争に巻き込まれるのは、甘い言葉にのせられたり、魅力的な待遇があるからです。次のタカツキ攻略の際には貴族達にも大半の兵士を動員させて危険な思いをしてもらいましょう。そして何処の派閥も危険性は同じなんだと認識すれば、少なくとも貴族派閥に加わったりする可能性は低いでしょう。」


「貴族にそんなことさせられるのか?あのドラ息子どもに?」

沈黙を守っていたバウルからの質問である。彼は唾棄しそうな顔で言い捨てた。


「さっきバウル将軍が言っていたではないですか?陸軍が充実してきたと。編成が済んだ正規軍相手に反対するほどの度胸のある貴族はいるかどうか・・・」


戦力を整えた帝国正規陸軍を貴族の尻叩きに使うつもりのようだ。確かに今までは陸軍はタカツキ戦線に駆り出され、いつも貴族の顔色を窺いながら頭を下げ、出兵要請をしている。だが現在は部隊編成と鍛錬強化のために全軍引き上げている。貴族達に兵士動員するように脅し、従わないようなら陸軍総出で攻略し帝国直轄領にしてしまえば、さらに帝国正規軍は兵力が増すだろう。ガラルドも四皇将に愚痴を隠さないほど、貴族連中には腹を立てている。陛下も反対はしないであろう。今こそ腐敗した貴族を掃討する良い機会だと、ここまで極めて冷静にクルードは言い放った。


「だが、もし貴族が総兵力で襲いかかってきたら陸軍全軍でも厳しいぞ。お前の重装槍兵団と竜騎士軍団及び遊撃隊など正規軍を合わせれば何とか勝てるだろうが・・・」


「陛下さえ前向きならばどうとでもなります。そうですね。王宮には影武者を用意しましょう!そして、普段戦う機会がない者たちにも戦わせましょう。そう・・・・ポルタヴァ会戦のように・・・」


クルードが優しく、しかし確固たる口調で言った。


「「「 !!! 」」」


三人がクルードの言いたい事を察した。


「・・・・・まさか近衛軍を聖甲騎士団。帝国正規軍を連合軍に見立てる気か!」


「ええ、その通りです。私も近衛軍には快く思っていない一人でしてね。」


無表情で冷たく言い放った。

クルードはバレリー王国の総帥エレン・バーキンスがやったように帝都から動けない近衛軍を囮にし、帝国正規軍で貴族の領土を制圧する事を提案しているのだ。帝国の貴族とはいえ、帝都に危険が及べば近衛軍も軍事行動を行わざるを得ない。貴族軍が攻め込めば近衛軍が迎撃してくれる。帝国正規軍は戦力が弱まった貴族領を簡単に制圧し直轄領に出来るわけだ。


かつてポルタヴァ会戦でそうだったように・・・・


「あの会戦は陛下にとって悪夢そのものです。承知するとは思えません!」


「だからこそ好都合なのです。」


「なん・・・ですって?」


「会戦で負けて苦い思いをした我らが、この様な策を練るとは貴族達は絶対思わないでしょうから。」

エバンスは息をのんだ。返す言葉が見つからないようだ。



『極めて危険だ。下手すると帝都の都民達が巻き添えを食らいかねない。いや陛下の命令で動く近衛軍なら陛下さえ、この案を採用すれば確かにどうとでもなるか。』

しかし、ミハイルは何か引っかかるものがあった。


「なぜ、今のタイミングでそれを提案したのだ?帝国の軍事力は順当に回復している。反発貴族ぐらいなら、今でなくても軍事鎮圧を提案出来た筈だ。」


「おや、今回の会議の議題は元々、何についての会議でしたっけ?」


「それは松原竜二の待遇・・・・・・・・まさか!!」


クルードは微笑みながらこう付け足す。


「A級騎士は何も他国の牽制である必要はありません。自国の牽制に使う手立てだってあるのです。国の安定を崩しかねない存在ならいっそ崩してもらいましょう。派閥に加わるかもしれないなら、派閥の貴族の軍事力を壊滅して弱体化させてしまいましょう。寝返る可能性があるなら、その前に思いっきり暴れてもらいましょう。これで陛下の権威も増します。我ら正規軍に近衛軍そしてA級騎士、リスク分散も万全です。これ程の好機が他にありましょうか?」


誰も何も言えなかった・・・・・・・・




ミハイルだけは別の心配をしていた。


いったいこの事を誰が上申するんだ?



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