模擬戦 (上)
三日目の朝が来た・・・
分かっていたとはいえ、やはり落ち着かなかった。命令を受けてから今日まで前向きに考えようと頑張っているのだが、どうしても不安になりがちであった。
ラプトリアが強いから大丈夫だと思っても、もし苦戦をしたらどうしよう。自分が役立たずのレッテル貼られたらどうしようという具合である。ラプトリアの性格と飛行能力はここまでの付き合いで少しは理解したが、戦闘能力は知らなかった。
支殿にいる時、ハワードから座学でステルスドラゴンという種族と能力については聞いたが、あれは「成長したら」という条件付きである。
ラプトリアに聞いた限りでは竜の最大の武器である吐息はまだ吐けないという。竜二の不安が取れない最大の要因はそこにあった。
それでも当のラプトリアは
「大丈夫よ。竜二に肩身狭い思いはさせないわ。竜二もこれを機に私の騎乗技術のコツを掴んで。まずはあなたに経験を積んでもらいたいと思ってたから良い機会だと思うの。」
と、優しく前向きに訴えかけてくる。この言葉に何度救われた事か。
だが竜二は模擬戦なるものを見たことがない。見たことがないため上手くいくかが想定できず、どうしても塞ぎがちであった。一回でも模擬戦を見ていればもっとイメージついただろう。
しかも今回は単騎戦の模擬戦だった。つまり味方無しの竜二一騎だけで行われる。よって味方役もいない。他の騎士の人に聞いてみてもルールがその時々によって違うので当日にならないと分からないという事だった。オーロに相談しても軍関係者以外は非公開とのことで見たことが無いという。救いは相手役も単騎だという事か。
とはいえ、相棒が意気込んでいるのに自分だけ塞ぎこんでも意味がない。こうなった以上、自分が塞ぎこんでラプトリアまで気が滅入ってしまっては悪い。何が何でも幹部をギャフンと言わせなければ・・・
準備を済ませた竜二は食事をとらずに水だけ飲んで竜舎に向かう。
「おはようッス。松原さん。いよいよすね。」
ラプトリアの竜房に向かうと、掃除中のオーロが明るく挨拶してきた。
「・・・・おはよーッス。元気だねー」
「まだ、気にしているんスか?なるようにしかなりやせんよ。」
「でも、この模擬戦は軍の幹部も見るそうじゃないか?単騎っていうのも加わって不安でね。」
「単騎戦だからこそッスよ。一人なら気楽じゃないですか。チーム戦なら自分だけ先走ったり、足手まといになったりしたら、それだけ味方に迷惑がかかります。けど松原さん一人なら負けても誰にも迷惑がかからないじゃねーすか。一生懸命やったなら悔いは残りませんて。」
言われてみたらその通り。極めて正論な助言だった。
なんで気が付かなかったんだろう。
「そうだな。うん一理ある!ようし駄目元でがんばるか!」
竜二の顔が明るくなった。
「お!やる気が出てきましたね。その意気っすよ!」
オーロは相変わらずな愛嬌たっぷりな顔で笑いながら応えた。
二人の様子をラプトリアは竜房越しで見守っていた。オーロという男に感心していた。今日、もし竜二がまだ気が沈んでいるようなら、どんな言葉をかけようか模索してただけに取り越し苦労だったようだ。
オーロは今日まで真面目に仕事をこなしていた。掃除も完璧だし、体は温かい布で綺麗に拭いてくれる。爪の手入れもしてくれた。そのせいかラプトリアはオーロの事を嫌いじゃなかった。だが竜二と折り合いが良いのかが分からなかった。初めて会った初日以外、仕事関係の話しかしてないせいだ。
見てる限りでは二人は友好関係を築けそうだ。竜二に何か気になる時はオーロに相談してみよう。ラプトリアはそう結論付ける。
「さて、そろそろ指定場所に行った方が良いすよ。早めに行くに越したことはないスから。準備はいつでもOKッス。」
「ああ、了解。それじゃ行くか。」
飛竜の竜房は窓側の壁全体が上下スライド式になっており、そこから直接出撃できる。部隊編成で行く場合は一度、中央広場に集まってから出撃する事もあるが、今回は竜二だけなので、直接出撃だ。
オーロに壁を開けてもらい、竜二はラプトリアに跨って準備万端。
「それじゃ出撃!」
竜二の一声と共にラプトリアは飛び立つ。あっという間に雲の近くまで到達した。そのままロンドスター平原に向かう。
「うーむ見事な飛翔だ。あれほどの飛行速度を持っている飛竜は帝国内でも少ない。あんなに不安がらなくても模擬戦なんてお茶の子さいさいだと思うんスけどねえ。」
ラプトリアの後ろ姿を見てオーロは一人ごちていた・・・・・
しばらくするとロンドスター平原に到着した。
帝都のすぐ西側にあり、今後帝都が発展し、都の面積が広くなるとしたら西側から拡張していくのではないかという噂があるほど、地平線が広がっている。
夏は草木が生い茂り、武器や体を隠すのに打ってつけだった。そのため街道は設置されているものの、その付近以外はもっぱら軍の演習場として使われることが多い。
平原に入ると陣地が設けられている。帝国兵士も何人もいる。そこが指定場所だろう。ラプトリアは陣地めがけて降下した。着地した途端、兵士が寄ってくる。
「お疲れ様です!松原様ですね?大将閣下が議場で御待ちです。こちらへ。」
「恐れ入ります。」
竜二はラプトリアから降りて、議場に向かう。議場とは屋外の会議室みたいなものだ。軍用テントでは狭いので、天気が良い時は屋外での会議が多い。
「いえ、お待ちください。相竜も一緒にお連れください。そう仰せつかってますので。」
「え?ラプトリアもですか?」
会議の場に竜は普段連れて行かないのが普通だ。ラプトリアが人語を理解しているからだろうか?
竜二としては、ラプトリアに伝える手間が省けるので大助かりである。
議場に到着すると、エバンス将軍がいた。
「ほう、来たな。叙任式以来か?松原竜二士爵。」
打ち合わせ中だったようだが、立ち上がって開口一番のセリフがこれであった。だが、皮肉でも嫌味でもなく、気を和ませようとした末の発言に聞こえる。
「ええ、あの節はお世話になりました。今回の件は本当、びっくりですよ。」
「人事が一切決まってないのに命令が出たからだろう?今回の命令は言ってしまえば、お前さんの人事を決めるための模擬戦だ。」
「・・・・てことは今回の模擬戦の結果で俺・・・私の所轄が決まると?」
「そういうことだ。一番は結果よりも今回の模擬戦でお前さんの相竜。ラプトリアの実力を見たいというのが本音だろうが・・・」
「そうでしたか。」
竜二はようやく納得した。どうやら自分は脇役に徹してて良いらしい。自分が軽んじられた苛立ちよりプレッシャーから解放された安堵感の方が勝っていた。
「とはいえ、この模擬戦は陛下も見ておられる。程々の緊張感は常に持つようにな。」
「・・・・・はい、了解です。」
またまた、少し胃が重くなった竜二であった。
「けっこう。では今回の模擬戦のルールを説明する。一度しか言わないから良く聞けよ。」
ルールは単騎同士の戦い。つまりは一騎打ちである。制限時間は無し。武器・道具の所持は禁止。防具は支給品のみOK。竜から転落したら負け。地面に体のどこでも接触したら負け。自分が降参しても負け。引き分けは無し。決着つくまで続ける。今回は隠蔽能力の使用は禁止。
そして気になる相手だが現役竜騎士ではなく、魔道士によって生成された複製兵士である。
複製兵士とは、分かりやすく言うと召喚魔法で召喚された人造兵士の総称。
体力を消費すればそれだけ強い兵士が造れるが竜騎士の場合、人と竜を別々で造らなければならないため手間がかかる。竜だけ造っても兵士も造らないと何故か戦闘力が上がらない。しかも、どんなに体力と時間をかけても複製兵士の戦闘力は中級クラスが精々で、一流の竜騎士相手では相手にならない。
長所は強化の魔法同様、一度生成すると魔道士が魔法を解除しない限り、永続的に存在させ続けられることだが、強化と違うのは召喚中は微量ながら体力を消耗し続けるため、十分な魔導師を確保できないと複製兵士だけで大部隊を編成するのは難しい。
それゆえ前日の内に召喚させておいて軍事演習の敵役や退却時の足止め役に使われる事が最も多い。
今回の模擬戦に使われたのもそういう理由からだ。
「今回の複製兵士は限界までとは言えないが結構、手間暇かけて生成したそうだ。生身の人間でないから本気も出せるだろう?」
「ええ、まあ概要は分かりました。注意事項は以上ですか?」
「あともう一つ。開始時刻を早めたいそうだ。複製兵士はいつでも出撃可能らしいし、陛下も到着して観戦席に着いたそうだ。お前達が準備良ければ、直ぐにでも始めたいらしい。ラプトリアを呼んだのは手間を省きたかったからさ。何か質問は?」
「我々の勝利条件はただ撃墜するだけでいいんですね?」
「そうだ。加減する必要はない。好きにしろ。」
「はあ・・・了解です。」
「ラプトリアは?」
「飛行高度の制限は?」
「曇っている時は地上からは見えなくなるから、雲の上に行ってはならないという制限がつく場合もあるが、今回は快晴のため制限はない。他は?」
「ありません。」
「では配置につけ。あそこに赤い旗を持った兵がいるだろう?あそこがお前達の開始地点だ。お前達が配置につくと旗兵が旗を降ろし、それが開始準備万端の合図だ。すると後方から戦笛が響く。それが開始の合図だ。」
「了解です。では行ってきます。」
ラプトリアと共に竜二は開始地点に向かった。
「いよいよだね・・・・」
「そうね。本当は帝国の竜を見定めたかったけど、手加減しなくていい分、これはこれでやり甲斐があるわ。」
うー・・・・怖いけど頼りになるセリフ。
初めての戦闘なのに、一体どこにそんな自信があるのだろう?不思議だ・・・・
一方その頃、皇帝専用観戦席。
「陛下、ご足労いただきましてありがとうございます。ずいぶんお早いですね。」
「一刻も早く確認しておきたかったのでな。例の物は用意しているのだろうな?」
「はい、けっこうな数が集まりました。」
「よろしい。早く見てみたいものよ。」
「すでに開始時刻を早めるように指示を出してます。今しばらくお待ちを・・・」
陛下もAランクともなると流石に気になるようだな。ミハイルはAランクの竜の実力を生で見るのは初めてである。ミハイルも気になっていた。
竜二とラプトリアは開始地点についた。旗兵が旗を降ろす。
すると後方から戦笛が鳴った。模擬戦が開始の合図だ。
ラプトリアが勢いよく飛び立つ。
瞬く間に風に乗り、飛行を安定させる。複製兵士は何処だろうか?まずは敵役を探さないと話にならない。そう言えば複製兵士の特徴聞くの忘れてしまった。今更ながらに竜二は後悔するも直ぐに杞憂に終わる。黒い影のような竜騎士がこっちに向かってくる。
あれが敵役のようだ。良く見ると全身茶色だ。まるで土が動く人形となったかのような茶色い兵士だ。竜まで茶一色である。複製兵士は土が主原料なのか?
などと考えてると複製兵が襲ってきた。高速で駆け抜ける。たちまち突風が巻き起こり、ラプトリアはバランスを崩すが直ぐ安定させた。
『どうやら、これが複製兵士ね。行くわよ。しっかり捕まって頭を低くして!』
ラプトリアが思念を使って話しかけてくる。竜二が返事する前にラプトリアは急旋回した。もの凄い遠心力が掛るが竜二は何とか前のめりにしがみついた。
複製兵も旋回を終え、こっちに向かってくる。ラプトリアは複製兵めがけて突撃する。このままでは衝突するぞ!と竜二が焦った途端、複製竜の口から火球が吐かれた。
複製が火を吐くのか!それも聞くの忘れた!竜二が思わず突っ込もうとした途端、ラプトリアは体をしならせて左に直角に移動させてかわす。
その後、再び突撃する。もう急ブレーキ踏んでも間に合わない!それくらい近づいた。その途端、複製兵の竜の方が堪らず、方向を変えた。高速で移動してた両者は見事にすれ違う。あと三センチずれてたら、竜二の頭が摺れ切れてたかも知れない。竜二は背筋に冷たいものを感じた。
ラプトリアは旋回した後、再び複製兵に向き直る。複製兵は向きをこっちに向けた後、低速で飛んでいた。そして、ラプトリアに向かって火球を断続的に連発する。少しずつ発射角度を変えて発射し、数で命中精度を高める気だろう。
それでもラプトリアは動じない。むしろ火球目指して突っ込んでいった。高速でロールして寸前で避けて、それを全弾躱す。まるで羽毛を相手にしているかの様になだらかに躱している。それを高速移動中に見事にやってのけた。
そして、遂に至近距離にまで接近した。複製竜はこれ以上は無理だと思ったのか、口を全開に開いて牙をさらけ出し、噛みつこうとする。
だがラプトリアを噛みつく事は二度と無かった。噛みついて口を閉じかけようとした時には既に複製竜の首が、真っ二つに切断されていたのだ。
その時、既にラプトリアは複製兵を通り過ぎて背後にいた。
いったい何が起こったのだろう。竜二も全く見えなかった。既に複製兵は落下している。
勝負は着いた。見事に勝った。
竜二はタダしがみついていただけで、体が震えている。空中戦の凄まじさを目の当たりにしたせいだろうか?それとも怖かったからだろうか?なんで震えているか分からないが勝利したし、ラプトリアの戦闘力は嫌という程思い知らされたので結果オーライかな?
そんな事を考えているとラプトリアは既に降下し始めていた。
ガラルドはずーっと上空を見上げていた。
「陛下・・・如何でしたか?」
「・・・時間はどのくらいかかった?」
「三分弱です」
「すさまじく」とは言えないが、「かなり」速いタイムだ。しかしガラルドもミハイルも見抜いていた。明らかに敵の能力を調べようと最初の突進は手を抜いていた事に。最初の一分程度は上空に上昇する時間と敵を判別する時間に費やしていたようだから、総評するとほぼ満点といえる。
「・・・・このくらいは予想していた。確かラプトリアといったな?例の物を出せ。ラプトリアと戦わせるんだ。」
「かしこまりました。休憩させてからでも宜しいですか?それとも今すぐやりますか?」
「丁重に扱えと言ったであろう?・・・・・しばし休憩して再び開始させよ。」
「はっ!!」
フッ!面白くなって来た。もっと見せてくれ。最高のショーを!
竜二もラプトリアも模擬戦に第二幕がある事をまだ知らなかった。




