騎士の特権
「あの男をどう思うか?」
ガラルドが宰相アルバードに尋ねた。ここは皇帝の私室であり、皇帝が許可した者しか入れない。
「弱々しくて頼りない印象を受けましたが、まだ何とも言えません。二つ返事で騎士叙任を承諾したのは評価しますが。」
神殿契約をして各支殿の神官長に仲介された竜使いは、必ず紹介国へ就く事が義務付けられているが例外もある。
パートナーである竜が体質的に紹介国の環境へ適応できない等の竜側に都合が悪い場合や、紹介した前後に元首が亡くなったり、災害が起こった等の国側に都合が悪い時である。
今回のケースでは、帝国は公敵であるため国側の都合になり竜使いは拒否権があった。
あくまで拒否権があるだけで赴任先の希望は言えないのだが。
「このさい、弱くても構わん。気になるのは奴の性格と相竜の強さだ。」
竜騎士同士の戦いは竜が主役になりがちである。地竜騎士の場合は騎士の強さもある程度、戦局に左右されるため、各国は強くて男気がある騎士を欲しがる。だが飛竜騎士の場合、空中戦での騎士の出番は比較的少なくなりやすい。
そのため、強さよりも状況に応じて咄嗟に竜へ指示を出す判断力を持ち、主君を裏切らない義理堅い性格の騎士を欲しがる。帝国もその願望に洩れなかった。
「彼については、私がハワードに問い質したところ、現状では彼が裏切る心配はないだろうとのことです。」
「それは何故だ?」
「どうやら彼は異世界から召喚されたらしいのです。突然、聖域の台座から召喚されたとか。信じられませんが、もし事実なら彼はこの世界では天涯孤独の身になります。この世界で生まれ育ったのなら一人で生きていくのも良いでしょう。ですが彼はこの世界の勝手を知りません。右も左も知らない彼にとって一人は心細いはず。我ら周りの人間が彼と親密に付き合って味方と認識し、心を開けば陛下にも忠誠を誓ってくれるでしょう。」
「なるほどな。それなら二つ返事で騎士の叙任を受けたのも合点がいく。早めに衣食住の確保と人脈を作る必要があったからだろう。」
「おそらくはそうでしょうな。」
「抜け目ない事よ。あとは相竜の方だな。」
「そちらに関しては私から申し上げたきことがございます。」
提言したのは、私室にいるもう一人の最高幹部。帝国軍総大将ミハイル・ガリューコフ将軍である。皇帝が発言を許すと喋り始めた。
「現状では彼の相竜の強さは分かりませんが、基礎能力は高いのは間違いない様です。」
「その口ぶりだとミハイル。お前自身がその眼で確認したわけではないようだな。」
「はい・・・城外で巡視中の偵察兵からの報告です。実は彼ら一行が帝都に入るとき・・・・・・」
ミハイルは竜二たちが帝都入りした状況をガラルドに説明した。
帝都に来るとき、先頭は竜二の相竜であって、案内役の竜騎兵の相竜ではなかったこと。
竜二の相竜がハワードという成年男子を乗せて、かつ竜騎兵の相竜を引っ張りながらも速い速度で帝都上空まで到達したこと。
竜騎兵の相竜は明らかに疲れが見えていたが、竜二の相竜は体力的にまだ余裕がありそうに見えたこと等である。
「そういえば、あの者達は到着予定時刻よりも早く帝都に着いていたな。これも奴の相竜の恩恵といったところか・・・・」
「待ってくれミハイル。松原の相竜が先頭で飛んで来たのは、その竜騎兵の職務怠慢ではなく、奴の竜についていけなかったからだというのか?」
「いえ、初めての長距離移動ということもあってペース配分を間違えてしまったため、疲労が過剰に溜まったそうです。」
ミハイルは申し訳なさそうに報告する。ガラルドとアルバードは額に手をあてて俯いた。
その竜騎兵に呆れているのではなく、帝国の飛竜騎兵全体の質の低さに呆れていた。兵力を補うために急編成したのは良いが、それによって竜騎兵の知識や能力の均一化が進んでおらず、バラつきがあることが帝国の弱点だった。近年ようやく士官学校や養成施設の整備が進み、育成過程も改善されて兵の質の向上が期待されるが、まだ費用対効果が目に見えるようになるのは時間が掛かりそうである。
「竜騎兵の数は順当に増えているが、竜騎士の不足解消が至上命題なのは相変わらずか・・・」
竜騎士と竜騎兵の違いは爵位を授かっているかどうかである。騎士は士爵という爵位になり、世襲はできず一代限りではあるが、貴族と同列になる。地位は最も低いが有事の際は上級貴族でも命令することができ、名前は家名として国公認で遺すことができる。もちろん給金にも差がある。
神殿契約した竜使いは無条件で竜騎士になれるが、現地契約までしかしてない竜使いは竜騎兵となり、実績と能力が認められないと竜騎士になれない。神殿契約しないと竜の力を一〇〇パーセント引き出すことができないためだ。そのため竜騎兵で如何に竜騎士のように竜の力を引き出すかが帝国軍の研究議題である。士官学校や養成施設の整備はその一端であった。
「面目ありません・・・・」
ミハイルは深々と頭を下げる。
「お前一人の責任ではない。すべてはポルタヴァ会戦で敗北した私の落ち度よ。」
「陛下!それは・・・・」
「よいよい。何も言ってくれるな。事実だ・・・話を戻そう。松原竜二の処遇だったな?奴の相竜の素質を見極めたい。何か良い方法はないか?」
「それでしたら是非、わたくしめにお任せください。考えがございます。」
「宜しい。ミハイルお前に任そう。せっかくの特A級の竜騎士だ。くれぐれも丁重にな。」
「御意・・・」
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「こちらが松原様の居住場所である私室となります。」
「はい。ありがとうございます。」
竜二は女中の一人に私室の案内をされていた。騎士の居住施設は士爵館と呼ばれ、王城からは離れているが、屋根付き廊下でつながっており、雨に濡れずに王宮に行けるのが特権である。3階建ての大きい屋敷だ。食堂や訓練場所、図書室などがある。
士爵館は広くて立派な造りであり、東棟と西棟の二棟で分かれている。
一極集中で居住すれば、そこを襲撃されると軍の機能が異常をきたす可能性が高い。組織的被害を抑えるのが本来の目的だが、東西に分けることで王城の東側と西側双方から攻め込まれても即座に対処できるという強みもある。
竜二は東棟の個室が与えられた。入ってみると結構広い。大きいベッドと机とクローゼットと書棚は理解できたが、ソファとテーブルという所謂応接セットまであった。絨毯まで敷かれている。
『ベッドが不釣り合いだけど、まるで政治家の個室みたいだ。』
広さは確実に十畳では効かないだろう。二十畳あるだろうか?それくらい広かった。これを見て竜二は嬉しさよりも自分なんかがこんな部屋使っていいのかという罪悪感に悩まされた。
「あの~、騎士たちの個室は皆、これくらいの広さなんですか?」
「はい。騎士の方は一律この広さの部屋になります。軍の中枢を担う役職に就いている方はもっと広い部屋が割り当てられます。まあ大体の騎士様はそうなる前に身を固められて市街地に引っ越したり、私邸を持ったりしますが。」
『言うならば、ここは騎士の独身寮といった所か。』
竜二はそう解釈した。
「それは騎士という特権ですか?一般兵の方の部屋はどんな感じですか?」
「ほとんどが相部屋です。隊長クラスになれば個室が貰えますが狭いです。近衛隊や特務部隊などに入隊すると、ある程度広い個室になりますが、この部屋の半分よりちょっと広いくらいだと思います。」
「ひゃー。騎士ってかなり贅沢ですね!」
「騎士になると貴族の列席ですから当然です。これでも質素なくらいだと思います。」
竜二は個室に来る道中、すでに帝国における騎士については大体聞いていたので、今さら貴族扱いされたことには驚かない。もちろん最初は相当驚いたが・・・
「はー・・・そうなんですか?」
「では次に食堂に案内します。こちらへ・・・」
竜二は士爵館内一通りの施設を案内された。率直な感想はレトロな大きいホテルといった感じだ。しかも特に拒否しなければ一週間に二回は昼ごろに掃除とベッドメイクもしに来るという。あとは個室内にトイレがあれば完璧なんだが・・・・
最後に竜舎に案内された。竜舎は一箇所だけであり東棟・西棟関係なく全ての騎士が共通に使う。理由は竜舎が面積をとるため二箇所も設置できないからだそうだ。
王宮の真裏にあり、下の階に地竜が、上の階に飛竜の竜房がある。士爵館からは少し距離があるが、ここも雨に当たらずに行けるのが魅力である。
行ってみると非常に長くて大きかった。二階建ての細長い巨大マンションといったところだろうか。出撃命令が出るとここから一斉に出撃するのか!さぞ壮観だろうなとしみじみ思う。
竜舎内をしばらく歩くと、いつもの心強いパートナーがいた。
「ここが松原様の相竜の竜房になります。」
「ありがとうございます!おうラプトリア!気分はどう?」
「竜二!きてくれたの?さすがに竜房の数が多くて戸惑っているけど快適よ。」
ラプトリアの竜房は竜舎の端っこだ。竜房の割り振りは基本的にタイミングなのでランクは関係ない。空いている竜房に割り当てられる。
なんかラプトリアが蚊帳の外扱いされているような感じがして不快だった竜二だが、士爵館への渡り廊下の出入り口に一番近い竜房なので、アクセスが便利という利点から前向きに考えることにした竜二であった。
竜房内を見てみると支殿の竜房より広くて快適そうである。天井も高い。
「確かに広いな。狭くて不満が溜まることはなさそうだね。」
何気に隅の竜房だけあって角部屋であり、窓が二箇所あるのも好環境だな。中央部の竜房よりよほど良いかも。竜房内をマジマジと見ていた竜二が振り返ると女中は若い男性を連れてきた。
「松原様、この人がオーロ・クリスセンさんです。この竜舎の労務員で松原様の相竜の身の回りの世話をしてくれます。」
若い男はペコリと頭を下げて挨拶した。寝癖が目立つ三枚目キャラみたいな男だ。それ程美形ではないが愛嬌があるルックスである。
「紹介に預かりました。オーロ・クリスセンッス。今日から松原様の相竜・・・・・えーっとラプトリアという名前ですよね?彼女の担当になりました。よろしくお願いします。」
「あ、どうも松原竜二です。世話役なんて付くんですか?てっきり世話は自分でやるものだと思ってました。」
「さすがに騎士様の相竜の世話を自分でやれというわけにはいきませんよ。ましてやAランクの竜なのでしょう?この手で触れるだけでも嬉しいのに俺が担当になるなんてメチャクチャ光栄ッス。」
「はあ~そんなもんですかねえ?」
毎日のようにラプトリアを見ている竜二からすれば、それ程嬉しい事かと思うのだが、喜んでくれるのなら、その意気込みに水を差すのも何なので愛想笑いするにとどめた。
「担当とは言っても、申し分けないスけどラプトリア専属というわけではなくて他に二体ほどの竜を担当してますから。俺の及ばない所はフォローしてくれると嬉しいッス。」
「了解ッス!!」
竜二は愛嬌こめて返事を返した。お堅い人ではないと察したのかオーロは愛想笑いしながらうなずいた。
「それでは松原様、竜舎内についてはクリスセンさんに聞いてください。他のめぼしい場所は案内が済んだので私はこれにて・・・・」
「あ、忙しいところどうもありがとうございました。」
「いえいえ、とんでもありません。また分からないことがありましたら遠慮なくどうぞ。」
最後に一礼して女中は立ち去った。
「さて、どうしますかねえ。」
「これからすることが無いなら、中央広場に行きやせんか?まだそこは案内されてないでしょう?」
「中央広場?」
「竜舎の中央部にある大きな共有スペースッス。竜と一緒に寛いだり、他の竜騎士や竜舎関係者の人たちと会話できる気の利いた場所でしてね。出撃前の作戦の全容を伝えるブリーディングの場としても使われます。屋内で竜と直接相対出来る数少ない場所でもあるんス。」
「そんなところが!ようし行きましょう!えーっとラプトリアも連れて行っても?」
「もちろんス。ちょっと待っててください。今、開けますんで」
竜二はオーロにラプトリアを竜房から出してもらい、ラプトリアと共に中央広場に向かった。
広場に入って最初に思ったのは洋風のショッピングモールみたいな場所だということ。真ん中ところどころにベンチがあり、上はガラス天井で太陽の光が差し込んでいて明るい。両隅には竜関係の道具を売っている店や竜騎士向きの武具店、地竜向けの蹄鉄屋などの店があり、賑わっている。確かにこの広さなら竜も邪魔になりにくいだろう。
「すごいですね!まるで竜使いのための商店街みたいだ!」
「でしょう!ちなみに此処は一般の竜騎兵も入れます。商人も竜または竜使いに役立つものであれば販売許可が下りて店舗を構えることができるんッスよ。」
どうやら、竜舎中央入り口から王宮の裏口までの長くて広い通路を中央広場というらしい。現皇帝であるガラルド十二世がこの無駄に広いスペースを有効活用できないかと考え、商業施設の誘致を行い、今のような盛況ぶりになったという。
もっとも裏向きは竜騎兵の底上げもあった。装備や道具で少しでも竜騎兵の能力向上を狙った皇帝の施策である。
しかし、動機はどうであれ安価な家賃で商人は店を構えることができる。竜使い達も竜関係の道具を市街地で売られている店は少なく、しかも店と店の距離が離れていることが多いせいもあって不憫だったが、この広場に来れば殆ど揃うため、「需要と供給」が安定し、商業発展には貢献したといえよう。
「いやあ、目移りしそうだった。これから休みの日は適度に来なくては・・・」
竜二はオーロと分かれて広場内を散策していた。珍しい竜だけあってラプトリアは注目されたが、同じ竜使い同士ということもあって、一般人ほどジロジロ見る人はいなかったのは良かった。
「・・・ここに来れば他の帝国内の竜たちも見ることができそうね。どんな竜がいるか楽しみだわ。」
「気になるの?」
「もちろん。強い竜なら今後の戦いで参考になるし、ランクの高い竜ならライバルになるでしょう?私や竜二に友好的かどうかも確かめたいしね・・・」
相変わらずしっかりしているなあ。
ラプトリアの大人ぶりに舌を巻いた。
『大人びているというか、落ち着きすぎているというか、とても生後一ヶ月経ってない奴の発する言葉とは思えないね。俺と会う九日間に親はどういう躾をしてきたんだ?いや、そんなに短いと躾もできないか・・・・』
などと考えていると突然、大声が聞こえた。
「松原さん!松原さん!大変すよ!」
オーロが大慌てで駆け寄ってきた。
これから付き合いが長くなるだろうから「松原様」は辞めてくれと言ったらオーロが困惑しつつ反対した。口論の末「さん」付けで決着を見たのは余談である。
「え!オーロさん。落ち着いて。何があったの?」
「ハーハー・・・・ええ!実はミハイル将軍から松原さんに命令が下りまして、その内容を伝えに来たんス。」
「俺に命令?」
妙だ。まだ配属の部隊も上官も決まってないのに新人の自分に出撃命令が出るとは思えないのだが。軍は組織的運用が重要ではなかったのか?
「その命令がですね。“模擬戦”です。」
「へ?模擬戦?」
「そうッス。<三日後の正午、竜騎士松原竜二は模擬戦闘に参戦せよ。場所はロンドスター平原にて行う。>これが命令文書の内容ッス!」
読者の皆様、お待たせしました。
模擬戦闘ではありますが、次話ではラプトリアが活躍します。
初の戦闘描写だけに上手く書けるかどうか・・・




