案内人
夜空をラプトリアが羽ばたく。
竜二がラプトリアに乗るのは二度目か。あの時は竜具が無いのでラプトリアの体にしがみつくのに必死で、あの時に感想を言えと言われたら「くたびれた」が第一声に出るだろう。
しかし、竜具を着けていると乗り心地が良く、足を固定しているせいか安心感も生まれ、素晴らしい爽快感だ。夜で地上が見えないのが怖いが、ラプトリアがゆっくり飛行してくれているので幾分落ち着く。
「ジキスムントから教えられた待ち合わせ場所にいくわ。そこに使者がいるはずよ。」
「わかった。」
支殿の裏にある山を越えたあたりでラプトリアが高度を下げ始めた。どうやら合流地点が近いようだ。しばらくするとラプトリアが着陸した。そこは支殿の北部の山地を越えた麓にある小さな村の入り口である。竜二はラプトリアから降りた。目の前には小規模な麦畑が広がっている。
見晴らしがいい上空とはいえ、よく暗い中でこんな小さな村見つけられるなとラプトリアに感心する。
そういや教官の書記官から基本的に竜の視力は人間より優れていると聞いた。暗視力は種族によってまちまちだがステルスドラゴンは暗視力が非常に優れていると言っていたな。
ラプトリアと組んでいる内は夜の方が活躍の舞台になるかもしれないな。などと竜二は考える。
そういや教官は丁寧で優しかったなとしみじみ思っていた矢先、
「松原さん、何ボーッとしているんです?」
「うわあ!!」
竜二はビビって飛び退いた。ラプトリアは既に気づいていたとばかりに落ち着いている。
「って教官?ハワード教官じゃないですか?なぜこんなところに?」
「おや?その様子じゃからデニス兵士長から何も聞いてないようですね?」
ハワードは意外だなとばかりに不思議がった顔をした。今、気が付いたが後ろには軽装の鎧にロングコートみたいな防寒具と兜を装備した人と竜がいる。鼻から上が覆われた兜というか【口より下が露出したアーメットヘルム】みたいな兜を被っている。首から下は軽装なのに頭は重装とアンバランスな装備をしている。相竜は大きめなアースドラゴンのようだ。顔つきは大きさの割に温厚そうである。この人が使者なのだろうか?
とはいえ紹介されてないのにマジマジと見るのは失礼と思い、ハワードに向き直る。良く見るとハワードもロングコートのような防寒着を着ていた。
「・・・ええ、ただ此処に来れば使者の人と合流できるとしか。ひょっとして教官が!?」
「いやいや、違いますよ。今回は付き添いです。私の役目は終わりましたから。」
「・・・どういうことですか?」
ハワードは竜二が聞きそびれた部分を一通り説明した。見る見るうちに竜二は目を見開く。
「教官が帝国の諜報員だったなんて・・・ご家族の事は大変だったと思いますが、よく受けましたねえ?神官長にバレたら危なかったんじゃないですか?」
「私からすれば、このまま家族に会えずに天寿を全うするより、リスクを冒してでも一目会うチャンスを逃したくなかったんですよ。」
「へえ、親孝行ですね。いや兄も入っているから家族想いか。」
「・・・まあ、それはそうなんですが・・・・・・それも松原さんが無事、帝国に入国出来ればこそですよ。この方が今回の松原さんの案内人です。」
ハワードが手を向けると兜を被った人は兜を外すと、深く一礼して挨拶する。黒髪に鳶色の眼をした若い女性だ。年齢は二十代初めくらいだろうか。大人しくて礼儀正しそうな、それでいて無垢なところもありそうな綺麗な女性である。髪を丸めているが元の髪型はロングヘアであろう。身長は竜二よりやや低いと言ったところか。竜二も慌てて一礼する。
「初めまして、松原竜二さんですね?今回、案内人の任を承ったリディア・リトリルと申します。帝都までご案内します。」
いざ顔を上げて向き合ってみると一見、柔らかそうな顔立ちだが芯は強そうな感じだ。竜二も人事課で鍛えられているだけあって人を見る目は、少しは自信がある。社交的には見えないが、彼女は人見知りするようなタイプではないと見た。少なくとも帝都に着くまでダンマリを決め込んだりはしないだろうと予想する。
「こちらこそ松原です。全くの素人で未熟者で出遅れると思いますが、何卒よろしくお願いします。」
「いえ気にすることはありません。最初は上手く乗りこなせないのが普通ですよ。大丈夫です。なるべくゆっくり飛びますから。」
リディアといった女性は柔らかく愛嬌たっぷりに笑いながら応えた。一瞬、心がよろめく。気立ては良いみたいだ。
「ええ!そうしてくれると助かります。」
ふふ、なんか楽しい帝都旅になりそうだ! 竜二は早くも前向きになっている。
さっきまで神官長に殺されそうになっていたことを知ってから竜二は気が沈みがちでありラプトリアは心配していた。しかし理由はどうであれ、ようやくポシティブに切り替えられそうな竜二を見てラプトリアは安心する。そんな気分屋な竜二をラプトリアは温かく見守るのだった。
「早く出発しましょう。余り長居しているわけにも行きません。」
「教官も行くんですか?」
「松原さんの帝都到着をもって終了するのですよ。」
「そうでした・・・それではリトリルさん、帝都までお願いします。」
「かしこまりました。」
帝都までは夕方頃には着くとの事。竜二はラプトリアに乗って飛び立ち、リディアの後を付いていく。最初、ハワードを乗せればいいのか困惑したが、聞くより先にリディアの相竜にハワードが乗ってしまったため乗せる必要が無くなった。竜二からすればラプトリアの体に負担をかけたくなかったし、竜二自身の荷物も背中に付いているので、顔には出さないが大きく安堵していた。
帝都までは問題なく進んでいる。デニスの手回しにより支殿からは追手は来ない様だから、もっと雑談とか漫談交えた楽しい空旅かと予想していたが終始、羽音しか聞こえない静まり返った移動である。リディアが仕事に真面目すぎるのか、根が無口なのか予想したが違うようだ。上空での飛行中では相手の声はろくに聞こえないのである。竜二が横を向いて話しかけても振り向きもしなかったし、なにより竜二自身が自分の声が相手に届いていないことに気づいた。
かつて友人のバイクに二人乗りで後ろに乗り高速道路をかっ飛ばした時、友人が余りにもスピードを出すので、大声で注意したが運転手が目の前にいるのに声が置いていかれて届かないという事態に陥った。今回もまさにそれだな。
ハワード教官から飛竜騎士の場合は作戦や上司ごとに「緊急回避」・「撤収」・「追撃」・「着陸」・「救助」などのサインが決められると座学で習ったが、こういう理由からか。
あの時は急ピッチでの講義だったからサインを決められる理由を説明されていなかったけど、これじゃ会話は思念交信を使ってのラプトリア以外とのコミュニケーションは無理か・・・
案内人が綺麗な人だと分かると意気揚々としていた竜二であったが、心の中で残念がる。
そうと分かればラプトリアと親睦を深めるか。
「ラプトリア。長時間の飛行移動だけど大丈夫?」
「大丈夫よ。通常飛行なら体力を余り消耗しないから。それに、この速度ならはぐれる心配は無いわ。」
「そうか・・・」
会話が終わってしまった。景色を楽しもうにも夜だから暗くて見えない。ハワード達とは会話できない。かといって尾行中のラプトリアに積極的に話しかけるのも気がひけた。竜二からすれば本当にただ乗っているだけなので暇だったのである。
「・・・どうやらあのリディアという子は負けず嫌いな性格の子のようね。」
「え?そうなの?」
竜二の彼女に対する第一印象は、綺麗で責任感強そうな芯の強い印象だった。笑顔もすがすがしい。礼儀作法も弁えているようだった。
「さっき『ゆっくり飛行します。』と言っていたけど、あれは竜二を気遣ったというよりはハワードを乗せているからゆっくり飛びざるえないのよ。もし乗せてなかったら、『ついてこれるものならついて来てごらん』とばかりに飛ばしたのではないかしら。ハワードを乗せているのにあんなに翼に負担をかける飛行をしてたら、いつか相竜の体力に限界が来るでしょうね・・・」
ラプトリアの予想は当たっていた。ハワードからラプトリアがAランクだという事を聞いていたリディアはAランクだからって舐められたくない一心で相竜を酷使して飛ばしていた。まだ竜使いになって間もない様なので今ならまだ自分でも優位に立てると思ったのである。彼女は目立たない様に振舞っているが根は勝気であった。同じ竜騎士同士でも編隊を組むときでも隣の竜騎士に追い突かれると頭一つは抜きん出るようにスピードを上げる。勿論、編隊を乱さない程度にではあるが・・・
本来、案内人が案内する側の速度に合わせて進むのが礼儀だが、下位竜ならそんなに彼女もむきにならなかったろう。Aランクの竜が息が上がり疲れ果てて付いて行くこともままならない状態に追い込めないかと思っていたのである。飛行経験比べならこっちが有利なのだから。追い込めたら自分の勝ちという彼女視点の我儘なルールなのだが。
だがハワードを乗せることでさすがに厳しくなった。てっきりハワードとは別行動すると思っていたのである。しかし宰相閣下直々の命令を受けた人を拒否するわけにもいかない。あっちはあっちで引っ越しを伴うせいか少なくない荷物を背負っている。そこにハワードも乗せてとは言えなかった。ということで彼女は成年男子一人分の負担重量を背負っている相竜を酷使させつつ出来る限り速度を上げて飛ばしているのである。
「なんか速度が速くないですか?貴方の竜は大丈夫?」
「こんなものこの子にとっては日常茶飯事ですよ。いつも私が鍛えてますから。」
「そうですか。それなら良いのですが。」
「ハワードさんは彼を教示したんですよね?どんな人ですか?」
「教示したと言っても一日だけですけどね・・・彼は知識の飲み込みは早かったですよ。ただスキルの上達は遅かったですね。力も体力も剣術も褒められたものではなかったですが。」
「戦士としては未熟という事ですか?」
「そうでしょうね。まあ時々核心を突くような質問してきたので頭は悪い方ではないでしょう。」
リディアは安堵していた。どうやら劣等感に悩ませられる心配は無い様だ。正式に帝国騎士になったとしても配属先は分からないが、すぐ出し抜かれる心配は無いだろう。
速度を上げていたせいか帝国領に入った。昼前には着くかな?そうしたら思ったよりも早くて上官に褒められるかもしれない。そんな事を想像しながら帝国領の奥地へ進んで行くと事件は起こった。リディアの相竜がペースダウンし降下し始めた。良く見ると翼が上手く羽ばたけていない。口をダラーッと大きく空けている。明らかに限界が迫っている証である。
「ま、まって!しっかりして!せめてあの山を越えてからにして!」
あれは山を超えると町や村が点在し休息場所が確保できるからだが、その願い叶わずみるみる高度が下がって行った。
後ろから付いて来ていた竜二とラプトリアは同時に呟いた。
「「あ・・・やっぱり」」




