帝国へ出立
ある一家の話・・・・
その日、父は夜遅く帰ってきた。父はいつも遅くまで働き、休みも無く休日返上で働いていて家族に時間を割いていなかった・・・・
娘・・・ねえ、パパ。パパって1時間にどのくらい稼いでいるの?
父・・・何だ急に。なんでそんな事を聞くんだ?
父は日々仕事に追われ、疲れている体に唯一の癒しであるビール一缶飲みながら問いただした。
娘・・・大事なことなの。ねえ一体いくら稼いでいるの?
父・・・そうだなあ。1000円くらいかな?
娘・・・本当?じゃあ。お願い。お小遣い500円ちょうだい。
タダでさえ仕事で疲れているのに、給料の事を聞いておきながら、小遣いまでせびる娘に父は怒った。
父・・・馬鹿なこと言っているんじゃない!子供は寝る時間だ!もう寝なさい!
娘・・・お願い。今どうしても必要なの!私の貯金じゃ足りないの!来月のお小遣いいらないから!
父・・・ダメだ!どうせ無駄遣いするに決まっている!来月までお預けだ!!
父は、ほろ酔い状態であったことと、くたくたに疲れているせいもあって終いには怒鳴りつけてしまった。
娘は、うつむいたまま部屋に閉じこもってしまった。
暫くすると父は言い過ぎたかな?と反省し、娘の部屋に行った。
娘の部屋に入ると娘はベッドにうずくまり、めそめそ泣いていた。
父・・・さっきはごめんな。ほらお小遣い。500円でいいか?
父は、500円を娘に差し出すと娘は明るく笑って喜んだ。
娘・・・ありがとう。パパ!これと私の貯金合わせれば1000円になる!
父・・・今、どうしても1000円欲しかったなんて、いったい何が欲しかったんだ?
娘は父から貰った500円と貯金箱の中身を全部出した総額500円分を合わせて1000円にし、父に差し出した。
娘・・・はい!1000円!これで明日1時間、働かなくていいでしょ?1時間、しっかりと休んで!
娘は自分の休息時間を作りたかったためにお金が欲しかったのである。
父・・・な!なぜ、そんな事をするんだ!パパだって自分の体くらい・・・・
娘・・・だって、明日は・・・パパにとって特別な日だから・・・・
父はカレンダーを見た。
翌日は6月の第3日曜日「父の日」だったのである。
1000円は娘から父への感謝の気持ちと父を休ませたいという「休息時間」のプレゼントだったのだ。
これを受け取った父は感激して泣いて喜び、翌日は娘の望むところへ連れて行き、思う存分遊んだという。
・・・・・・・
・・・・・・
・・・・・
元の世界で人事課にいたときに会社説明会のエンディングで流した文字だけのパワーポイント動画である。
実際の父の日に自社で編集した販促用DVDを参考に竜二が作ったものだ。
自社のインパクトを強めるために学生達に流していた。「君達もこういう作品作れるんだよ。」というフレーズの後、次の選考の日程発表という訳である。
監禁された暗くて狭くてベッドと机と粗末なトイレしかない部屋の中でふと苦労して作った作品を思い出した。
夜遅くまで一人残って社内真っ暗の中、自分の机のライトだけ点けて制作していた時が共通していたからかもしれない。
あの時は目的があったから暗い中、一人でも頑張れた。けど今は違う。自分には窓が無い暗くて狭い部屋に閉じ込められ自由が無く、話し相手もおらず、時間の感覚もない。ただ、裁定の結果を延々と待ち続けている。恐怖と不安で心が押しつぶされそうだった。あの時、書記官長の遺体を発見して周囲の人たちに知らせた途端、容疑者扱いされ、部屋に閉じ込められた。監視兵付きである。無実と分かるまで監禁されるという。犯人と断定されれば死罪だと監視の兵から聞いた。
はあ~。一体、自分は何のために来たのだろう?自分の時間を返してほしかった。頼もしいパートナーがいても一度下りれば、ひ弱な青年に逆戻りだ。
自分を弁護してくれる人もいない。会社員だけあって発言力の高い人の命令の重さを竜二は良く知っている。結局、自分は自由も時間も命さえも奪われ、手のひらで踊らされていたマリオネットだったという事なのか。
個室のベッドの中で竜二は悔し涙を流した。
そう言えば、あの鍛錬以来、ラプトリアと会話してない。タイミングが無かっただけだが、今になってラプトリアが愛おしくなった。マインドキネシスを使っても上手く行かない。ラプトリアも自分より居心地のいいマスター見つけて自分と決別したのかな?
契約の破棄に関して双方の同意が必要なので、そんなことは本来ありえないのだが、心労で半ば自棄になっているせいで判断力が低下しているのか自虐する竜二であった・・・・
どのくらい経ったのだろう?
時間間隔がわからない。食事が配膳されるので二日目といったところか?
四日目には帝国に入国しないとまずいのだが、あと何日もすれば、さすがに帝国も怪しんで助けてくれるかな?いや、正式に着任してない者を庇うことはしないか・・・・
配膳の回数からして今は二日目の夜といったところか。
おそらく三日目が瀬戸際か・・・三日目の朝食後か昼食後あたりに裁定結果が出るだろう。そうしないと帝国への到着に間に合わない。
いくらなんでも自分で仲介しておきながら帝国に連絡も取らずに処刑することは無いだろう。
と思ってはいるが、本当のところどうなるか分からず、予測にすぎなかった。何せ神官長の権限がどれ程なのかも知らないのだ。大逆転で死罪という事もあり得る。
先が思いやられるが、仕方無い。今日は休もう。少なくとも朝食までは静かだろう。
そう考えながら竜二は寝床に着く・・・・
その直後、突然部屋の扉が大きく開いた!
「マスター!起きていらっしゃいますか!?」
「え?ジキスムント?」
「起きておいででしたか。さあ早くここを出ましょう。」
「あ、ああ、分かった。」
話が見えず、聞き返したい衝動に駆られたが辞めた。聞き返して下手に時間が経てばジキスムントの苦労が水の泡になりそうな気がしたからだ。しっかり空気は読まなくては。詳細は脱出しながら聞くことにしよう。
竜二はジキスムントの後を小走りでついて行く。極力足音を立てない様に言われたためだ。ジキスムントの後をついていくと支殿の台所の裏口から屋外に出た。さすがに息が上がりそうだったが、その後も必死について行く。支殿内の商業区画を抜けて行った先は、竜二が泊まっていた宿だった。二階が宿で一階がジキスムントと兵士長が飲みあっていた酒場だ。
そこの目の前にラプトリアと兵士長がいた。兵士長は酒場の前のベンチで妙にくつろいでいる。ラプトリアはステルスアビリティを発動させているのだろう。半透明状だ。勿論、半透明状に見えるのはパートナーである竜二だけであり、他の人は全く見えない。ラプトリアは周囲を警戒しているようだ。
「へ?どういうこと?もうそろそろ段取り教えてくれても良くない?」
竜二は小声で聞いた。さすがに逃走中なので、その辺の配慮は忘れない。
「あそこにいる兵士長の態度は演技です。周囲の者には酒場で酔いすぎて夜風に当たってくると伝えています。二人とも私たちを待っているのです。」
要約するとこうだ。深夜に兵士長がラプトリアを竜房から出して酒場に誘導し身を隠す。その後は、程々に酒を飲んで夜風に当たってくると言って、ジキスムントと竜二を待つ。ラプトリアはそれまで他の客が近づいて来てないか警戒する。もし酒場に近づいてくる者がいたら兵士長が適当な理由をつけて追い払う。
竜二を脱出させてから合流する場所を何処にするか兵士長とジキスムントは悩んだが、兵士長はジキスムントに会う前から、この酒場を懇意にしていたため飲んでいても警戒されにくい。ラプトリアが居ればさすがに多くの者は不審に思うだろうが、ステルスドラゴンのラプトリアなら通行人に感知されないわけだ。
『シンプルだが確実だな。これなら逆に堂々過ぎて怪しまれないか・・・』
そう思いながら竜二とジキスムントは兵士長達と合流する。ラプトリアは嬉しそうだ。
「兵士長、お待たせしました。準備はどうです?」
「上々ですよ。意外に早かったですね。荷物はすでにラプトリアに装着させてます。」
「ってことは俺は今すぐに帝国に旅立つってこと?」
「そうだ。使者は既に支殿から離れたところに待機させている。予定より早いが君は帝国へ出向だ。」
「そんな事をして大丈夫なんですか?」
「無論、本来はダメだ。だが今回は仕方ない。神官長は君を処刑する気満々だからな。」
「・・・・・あ、やっぱり・・・」
うすうす予想はしていたが、いざ言われると背筋が震える。やはり利用する気だったのだ。とはいっても竜二自身はどうする事も出来なかっただろう。一命を取り留めた竜二は二人に感謝する一方で、早くココからずらかりたい気分になった。
「時間が惜しいです。出立準備をお願いします。」
「ジキスムントはこれからどうする?」
竜二は準備しながら聞いた。
「私は陸路を使って帝国へ行きます。時間は掛りますが何、私一人なら身軽ですからどうとでもなります。」
確かにジキスムントなら一人でも大丈夫だろう。今までの同行中でも頼もしかった。まだまだ未熟な自分を支えてくれるだろう。しかし、竜二は頭を切り替えた。
商人から教えてもらった開錠の呪文を唱えた。
「ちょっと待って。“ネックアプーレ”」
ガチャ
竜二が呪文を唱えた途端、ジキスムントの首輪がはずれた。
兵士長も目を丸くしている。
主人と商人しかわからない開錠方法だが商人に相談した末、シンプルに呪文にした。自分の唾をつけるとか、特定の指で触ると開錠する仕組みにするとか、開錠方法は選べたが呪文が最もポピュラーであり、かつ簡単だと薦められたので呪文にしたのである。ちなみに首輪ごとに開錠呪文は違うそうである。
「・・・・何の真似です?」
「見てのとおりだよ。もう自由だ。そこまで苦労して帝国に来ることは無い。ジキスムントだって歳が歳だけに知り合いも多いでしょ?元気な顔を見せてあげなって。」
「それは嬉しいですが、宜しいのですか?まだ、私を購入した金額分働いたと思えませんが。」
「俺の中じゃ十分お釣りが来るさ。今後、いつの日か時間があったら帝国に遊びに来てほしい。スノーキュリアは君にやるよ。くれぐれも死なせない様にな」
「ありがとうございます!最後の仕事としてマスターが出立するまでは警護を務めます。」
「うん、頼む。」
再び、出立準備にもどる。数分後ようやく終わった。ラプトリアもすでにジキスムントと打ち合わせを終えて出立準備万端なようだ。
「竜二君、この逃走劇の支援は君に貸しだ。いつかきっと返すんだぞ。」
「・・・ええー!しっかり俺が強化した制服装着しているじゃないですか?これで貸し借り無しでしょう?」
「君に対する貸し借りは無しだ。だが君のパートナー分はまだだが?」
「う・・・わかりやしたよ・・・」
竜二にもしものことがあればラプトリアも死ぬ。竜二の命を助けることは間接的にラプトリアの命の恩人にもなる。ましてや助命のみならず、ラプトリアの方の脱出の手引きまでしてくれたのだ。さすがに強化した制服一着でチャラにするのは安すぎる気がした。
「返事の悪さはこの際、目をつぶろう。そう言えば今まで名乗って無かったな。私の名はデニス。デニス・ワルターだ。いつまでも待っているぞ。」
「りょーかいッス!それじゃラプトリア!準備は良い?」
「いつでも良いわ。いい?飛ぶわよ!しっかり捕まって。」
竜二が返事する前にラプトリアは飛び立った。竜二は二人に手を振り続けた。本当は大声で叫びたかったが、そうもいかない。ラプトリアはジキスムントから教えられていた通り、支殿から離れて使者の待機場所へ向かって行った。
「しかし、ジキスムント殿の目は間違いない様ですな。その気になれば、あんなこじつけともいえる恩返しをする必要無いのに。どうして義理堅いようですね。」
実際、何かを貰っても教えられても忘れたとばかりに薄情な者は沢山いる。礼さえ言わない者もいる。兵士長はそういう者との出会いが多かっただけに、実直なジキスムントや義理堅い竜二は愛着が持てた。竜二達を助けたのも感銘を何処となく受けたからかもしれない。
「あの性格が逆に帝国に利用される可能性は十分にある。沈着冷静なラプトリアが上手く補ってくれるだろうが・・・」
それよりもジキスムントはむしろ別の心配をしていた。いつの日かマスターと戦場で対峙するかもしれない事に。




