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ドラゴンライダー立身伝~銀翼の死神~  作者: 水無瀬 凜治
間章 竜騎士就任まで
22/88

帝国の諜報員

「・・・・・・どういうつもりです?」


「どうもこうもない。犯人は奴しかいないだろう?あーも容易く首を切断できる程の手練れは君を除けば一般兵ではおるまい。」


ここは神官長室において兵士長が入室早々放ったセリフがこれだった。

どうやら神官長は何を聞いてくるか薄々感づいてたらしい。


「それは彼とて同じです。それどころか到底、中級者にも及びません。」


「一般人なら不可能かもしれんが、彼はAランクの竜使いだ。Aランクといえば各国が即戦力として喉から手が出るほど欲しい人材だ。それこそ資金を惜しまないほどにな。そんな人物ができない保証はどこにもあるまい。」


「・・・彼の魔法はすでに検証済みです。例え使いこなせたとしても、あのような潜入方法や殺害方法には至りません。私だからこそ分かるのです。あれは間違いなく卓越した技術を持った刺客でしょう。彼は無実です。」


「・・・・・・・・・なあ兵士長。君も事を荒立てたくないだろう?書記官長と言えば高官だ。その者が殺され、本殿に漏れたとあらば、君も私も責任追及され処罰は免れない。どうだ!彼で犯人で良くはないか?どうせ彼は公敵である帝国に雇用されるのだ。恨んで置き土産(・・・・)をしたとあらば、周囲も納得しよう?今さら帝国に少し心象が悪くなったとしても、どうかなるものでもない。口止め料といっては何だが給料を弾むぞ。」


「・・・・・・」


兵士長は確信した。

目の前の男が真犯人だと。そうでなければ腹心の部下が死んでいるのに平静としている理由が見つからない。自分の身の危険が無いことを知っているのだ。

殺害現場では周囲は騒然としていた。にもかかわらず神官長を疑っている者はいなかった。現場では見事な演技をしたのだろう。さぞかし驚きつつも迅速で冷静な頼りになる上司を演じたに違いない。

あとは自分を買収するのに必死だといったところか。


神官長にもしもの事があった場合、兵士長または書記官長が代理を務めることになっている。立場上この三役だけが本殿に告発することができるのだ。書記官長亡き今、神官長にとって背中を脅かす存在は兵士長のみ。兵士長を味方にできるかが神官長の瀬戸際といえる。兵士長はとりあえず乗ってみることにした。


「彼を犯人にして周囲が納得したところでどうするのです?彼を早急に帝国へ派遣させて逃げられたことにするのですか?」


「そんな事はせんよ。仮にも罪人だ。罪人を逃したとあらば物笑いの種だ。必死に追い詰めて捕縛したことにし、正義の名の下に処刑すれば問題ない。死人に口なしだ。誰も気づくまい。」


処刑だと!そんな事をすれば裏金はもらえなくなるはずだ。自分たちの読みは違ったのだろうか?


「・・・・ならばいつ処刑なさるおつもりですか?本日中に?」


「そうだな。明後日の夕方以降にしようか。」



!!そういうことか!


竜二はこの世界の事を知らないため、帝都まで案内してくれる案内人が必要だった。

その案内人が明後日に来る手筈になっている。これは通知を受け取った神官長が打診したものである。

つまり帝国の案内人に竜二を見せて確認してもらい裏金を受け取った後、時間を貰って処刑する気だろう。祖国とは違う国へ仲介されることもあるため、地理が分からず国から案内人が派遣されるのは珍しいことではない。


『案内人を証人にして賄賂を受け取る気か。竜二君が土地勘がないことを利用するとは何とも抜け目がない。』


例え、案内人が憤慨し怒ったとしても公敵指定されている帝国は表立って抗議はできない。神官長からすれば帝国から密告される心配はないわけだ。金を貰えば用済み。あとは処刑した後、次々と罪を偽証して正義漢ぶれば本殿を言い包められると見たのだろう。この世界の出身じゃない分、彼の経歴は偽造し放題だ。それに加え神官長はかなり弁舌が効く方だ。本殿も一人の竜使いにいちいち現地調査はしない。本殿の報告書も虚偽の報告ででっち上げれば誰も不信に思わない。


『結構周到だな。狸め、私を手なずけるのに忙しいと見るな。とはいえ、ここで反論すれば私の身も危ういか・・・』


「まあ、私も事を荒立てたくありません。それで事が鎮まるなら悪くないと思います。その代わり給料の上乗せは色をつけてください。」


「おー、そう言ってもらえると助かる。あとは私に任せてくれ。数日後には何事も無かったかのように平穏を取り戻すことを約束する。給料の方も了解した。」


「彼の監視役は私が担当しても?」


「構わんよ。仮にもAクラスの竜使いだけあって一般兵は不安がっているだろう。君が付いてくれれば安心するはずだ。」


「は!お任せを!」



兵士長は退室すると、神官長は大きく一息ついた。

神官長は内心では兵士長が拒絶しないかヒヤヒヤしていた。さすがに書記官長に続いて兵士長まで死んでしまっては、本殿の連中を言い包められる自信が無い。

書記官長暗殺にあたって刺客に依頼したは良いが暗殺方法を指定していなかった。こんなことなら指定すれば良かった。てっきり人気のない山道か森林へ誘導して暗殺すると思っていた。まさか、あそこまで鮮やかな殺し方を選択するとは・・・・彼の能力や性格も調べれば良かったのだ。そうすればもっと完璧な裏工作も出来たものを。


『初の暗殺依頼であったが故、ぬかったわ!もし次に依頼するときは内容を詳細まで詰めなくては・・・』


自前の話術で上への報告は誤魔化しが効くが、兵士長の疑問の解消をする(すべ)は思いつかなかった。何せ竜二を指導し、武術に優れた警備や防衛統括の兵士長が言うのだ。「彼には無理」と言われれば言葉に詰まってしまう。竜二に指導しているという話は聞いていたが、てっきり指導は部下に任せ、空き時間に質問されたら端的に答える程度の指導だと思っていた。ところが一日中付きっきりで鍛錬に付き合っているとは思わなかった。それを知ったのは刺客に書記官長の暗殺が完了した後であり、既にキャンセルが効かない状態であった。それも神官長にとっては誤算といえる。


『とはいえ、とりあえず懸念材料は一つ消えた。あとは案内人の口説き文句か・・・』




兵士長は廊下を歩きながら思う。


『確かに神官長。あなたの弁舌能力は突出している。あなたの話術なら上を説き伏せられるかもしれない。だが一つミスを犯している。それは私の素性をつかんでおかなかった事だ。精々騙されていてくれ。』


口の端を吊り上げながら、内心でつぶやく。

そして屋外に出て神官長室の裏へ回ると、


「で?・・・・・・いつまで、そこに隠れているつもりだ。」


「ひえ!」


隠れている男は驚いて飛び退いた。神官長と会話している最中に裏からかすかに物音が聞こえたので巡回がてら来て見ると人間の背中が見えたという訳である。


「隠れていたわけではないんです・・・ここを通っていたら書記官長の事が聞こえて・・・私も書記官長の死の真相が知りたくて・・・」


「おかしいな。ここから先は馬房だろう?書記官達は馬に乗ることはできないはずだ。なぜここを通る必要がある?」


隠れていたのは、竜二がキャッスルに向かう前に丸一日、竜使いの講義をしていた若い書記官である。確かハワードといったな。

書記官達は支殿内では馬に乗る事は無い。遠出したいときは馬車を使うのが普通だ。


神殿の軍馬は専任の騎兵が割り当てられ、騎兵が相棒である馬の世話もする。騎兵が他人の馬に乗ることは本人の同意が無い限りない。よって自由に扱っていい馬は存在しない。支殿関係者とはいえ、神殿の所有物である軍馬を易々と使う事は出来ないのだ。


「ええーと・・・その・・・すみません。盗み聞きしてました・・・」


「・・・こっちへ来い。ここでは目立つ。」


兵士長に連行されたハワードが連れてこられたのは兵士長室である。

ここでは大声あげても誰も助けにきてくれないだろう。取り調べという名目の拷問が始まるのだろうか?兵士長は給料上乗せのオイシイ話に乗っていた。自分を口封じのために脅迫するかもしれない。

そう思うとハワードは震えが止まらない。

兵士長は本棚で何かの書類を探しているようだ。


「そんなに怯えなくていい。お前をどうかしようと言う訳ではない。聞きたいことがあるだけだ。」


「・・・何でしょうか?」


そう言われても恐怖の念は消えていない。胃痛を堪えるのに必死だった。

目的の書類が見つかったのか、兵士長は応対用の椅子に腰かける。ハワードにも椅子に座るように指示して座らせる。


「帝国にはいつ密告する予定だ?」


「!!!・・・・・・何のことですか?」


「しらを切る気か。君の経歴は事細かに書かれているぞ。何でも元帝国領にあって国境近くの町アンスバッハの町出身だそうだな?だが先のポルタヴァ会戦によって帝国が敗北したために、現在はバレリー王国の領土となっている。もし、君が何らかの理由があって帝国への帰順意識があるのなら、わざわざ盗み聞きしていたのにも頷ける。ちゃんと報告が上がっているぞ。先日、竜二君へ契約通知書を持参した帝国軍飛竜騎士が君に何か手渡したように見えたとな。」


理由がどうであれ神官長が仲介した以上、使者が支殿に契約の可否を伝えに来るのは正統な手順だ。公敵とはいえ非武装の者に危害を加えるわけにはいかない。神官長が受け取ったか確認するまでは使者は帰るわけにはいかないのだ。それまでの休息中の飛竜騎士の歓待は、ハワードが行っていた。

護衛と監視を兼ねて二人の護衛兵が部屋の隅に控えていたが、その護衛兵からの報告であった。


「それは状況証拠じゃ・・・」


「では、君が盗み聞きした件を公表しても良いかね?機密保持のために君を処刑するか・・・」


「・・・申し訳ありません。観念します。お察しの通りです。」


ハワードはガクンと頭を垂れた。

この程度の脅迫で自白するとはな。この男は諜報員としても捜査員としても素人か。

帝国も他国の支殿に諜報員を派遣する余裕はない様だな。タカツキ連合国やバレリー王国、トムフール新教団領に潜入させるので手一杯といったところか。


「真相を話してもらえるか?」


「はい・・・」


ハワードは一呼吸おきゆっくり話し始めた。


「おっしゃた通り私はアンスバッハ出身です。どこの国にも領土問題はあるでしょうが、私の町もその一つです。バレリー王国はアンスバッハを占領しました。ですが占領後、バレリー軍は町民に虐待も徴収もせずに迎えてくれました。此処までは嬉しかったのですが、親と引き離された戦災孤児が問題でした。」


「君がその一人だと?」


「ええ、そうです。父と兄は徴兵により帝都へ出向したため衛生兵の母は幼い私を孤児院に預け、市街地戦の際に死亡しました。終戦後アンスバッハはバレリー王国の領土になりました。それにより今もなお、父と兄には会えません・・・・実家も税の取り立てで押収されました。」


「協力と引き換えに家族と暮らせる確約を貰ったか?」


「はい。家族を引き合わせることと定住する際の住居の提供を約束してくれると要請書には書いてました。必要であれば就職支援もしてくれると」


取り立てて難しくは無い。現実的な条件だ。

加えて帝国軍飛竜騎士という立場の人間が伝書を持参した背景には、竜二に対しての誠意もあるだろうが、ハワードに対しての本気度を示す必要があったからに違いない。結果として目の前にいる青年は要請に乗り尽力している。住居も就職も皇帝の一声で解決だろう。彼もまた孤独なのだ。ずっと耐え続けてきたのだ。それから解放してくれるかもしれない飛竜騎士はさぞ天使に映ったことであろう。

とはいえ彼のような一介の書記官にまで要請書が行くという事は、帝国軍はかなりの情報網を持っていると見ていい。

少なくとも、諸外国にいる帝国(ゆかり)の一般市民は把握していると見ていいだろう。戦争で負けてもタダでは起きないと言ったところか。相変わらずな戦争屋国家だ。


「帝国に頼まれた事はなんだ?」


「・・・本当にここの神官長がAランクの竜使いを紹介する気なのか。我々を陥れようとしていないか調査して報告をせよと。」


「・・・・・・そうか。」


『帝国も疑っているという事か。突然Aランクの竜使いを紹介されたのだ。疑わない方がおかしいな。』


兵士長は迷った。今、この青年を処罰しても余計に怪しまれるだろう。それどころか自分に無実の罪が着せられるかもしれない。この青年は帝国に調査協力を承諾しているのだ。彼の身に何かあれば帝国も怪しむだろう。嘘とは言え、欲の皮つっぱったところを見られたのだ。自分も共犯者にされかねない。


仕方ない。ここは一つ。


「聞かれてしまったのなら仕方ない。至急、明日中に松原竜二を帝国へ案内する段取りをつけてくれ。」


「え?兵士長は神官長に味方するつもりでは?」


「あれは演技だ。盗み聞きしていたなら勘付いているとは思うが、書記官長の件は神官長の仕業だ。ああ言わなければ、神官長に次の標的にされかねなかったからな。それに関しては嘘は無い。君に関しては、私は見なかったことにする。急ぎ連絡をつけろ。知っての通り竜二君の監視責任者は私だ。どうにでもなる。私はこれから彼の相竜のところへ行くのでな。」


「はい!ありがとうございます。必ず明日中に来るように伝達します!・・・書記官長に関しては、盗み聞きするまで全く分かりませんでした。おそらく多くの関係者は疑問に思っていないと思います。」


「・・・それだけ神官長がお前達より役者が上だという事だ。分かっていると思うが極秘でやれ。案内人は支殿の裏側に待機させよ。」


「分かりました!」


一礼した後、駆け足で書記官は退室した。


フゥ~。

兵士長は目を閉じて溜息を吐いた。

ジキスムント殿に貸しを作るつもりが、自分まで巻き添えを喰うとはな。だが竜二君、これは君には貸しだぞ。いつかきっと返しに来い。


左胸の紋章を触りながら心の中でひとりごちた。それは竜二が練習台で強化した階級章だ。鍛錬の時、稽古着に着替えたため、収納庫に置いていたところを制服もろとも強化された。強化された制服は重量も材質も変わらないのに鎖帷子並みに頑丈になっており、いくら剣を振り下ろしても切れず、火にかけても全く燃えず、糸一本ほつれる気配さえ無かった。あくまで切れないだけで打撲のような痛みは来るので制服の内側に緩衝材のような代用品が必要だが、例え無くても、ある程度の衝撃は抑えてくれる。厚手の装甲をつけるより余程マシだと思った。今では兵士長の欠かせない装備になっている。



強化の魔法は永続性と複数同時に強化できる事と立て続けに連発出来るのがウリだが、消費体力の多さと使用頻度の少なさと戦場での使い勝手の悪さと見た目の地味さ故に多くの魔導師は覚えたがらない。そのせいか強化の魔法を見たことが無い者も多かった。だが、こうして見るとこの魔法も捨てたもんじゃない。自分の部下に強化が出来る者を追加するよう打診してみるか・・・



などと考えながら数分後、兵士長は立ちあがって竜房に向かった・・・・・・



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