魔法体得
帝国か・・・
神殿契約が終わった翌朝、目が覚めてから竜二は物思いに耽っていた。
帝国が好戦的で教団領と対立し、周辺諸国から公敵指定されている事は事前に聞いていた。武力が豊富であることも。それゆえに解せなかった。何故、自分を帝国へ紹介するのだろう?
国家間の均衡のためかな?それとも自分は各国からお払い箱になったのだろうか?それとも自分が配属になっても軍事力など露ほども変わらないということか?
いや、どんな理由であれ公敵に赴任させて神官長や配下の責任問題はないのか?
神官長の通達を聞いた時、多くの人は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。他の人たちも驚いたのは間違いない。
まー・・・前向きに考えるか。武力による領土拡張に積極的な国なら、戦場に出て武勲を積みやすいということだ。まずは名声を得なくては。兎にも角にも功績を積まなければならないのだ。
・・・けど対立関係の帝国では、どんなに功績を積んでも法皇に謁見する事は不可能ではないのか?
あの夢の中の光は、神官長の心理も理解したうえで助言してくれたのかな?
法皇に会えないと主目的から大きく外れてしまうのだが・・・
ううん、ダメだ。考えても結論は出そうにない!
自分は選択権はないんだ!こうなった以上、帝国で信用と功績を勝ち取るのみ!
たった一人の独断によって、自分の立場が大きく翻弄されている事を竜二はまだ知らない・・・
竜二は、ベッドから起き上がり眼鏡をつけると違和感があった。
あれ・・・・・・変だな?
竜二は鏡を見て違和感がある。
眼鏡をつけると、視界が悪くなり、見えづらい。それどころか酔ってしまう。
裸眼だと良く見える。鏡に映っている自分の体の小さなホクロまで見えるほどに・・・
今まで視力は0.01だったのに。眼鏡をしている矯正視力よりも眼が良くなった感じだ。
これが神殿契約の恩恵なのか?
三十路を皮切りに視力改善のレーザー治療をやろうとしていただけに、嬉しい産物だ。
神殿契約すると肉体がある程度、強化されるとは聞いていた。
正式に竜使いになると、肉体補正、魔法体得、寿命延命、老化遅延、再生力付加などのアドバンテージが付く。書記官の講義を聞いた時、かなり気分が昂ったものだ。
肉体補正なんか、すぐ分かりそうだと思ったが・・・
しかし、竜二は筋力自体は変化しなかった。腕力も変わらない。肉体は「やせ型の優男」のままである。
やっぱり失敗なんじゃないのか?と疑念を抱いていた矢先に視力改善だ。
竜二は眼鏡歴は二十年に及ぶ。
裸眼の状態でも、目元に手をやってフレームの位置を整えようとする癖がついてしまったほどに・・・
ひょっとして五感が強化されたのかな?
しかし、嗅覚も聴覚も強化されたようには見えなかった。
何にせよ、長い眼鏡歴から解放された。
今まで眼鏡屋で免許の更新が近づくたびに更新用の眼鏡を買ったりして、支出が馬鹿にならなかったので凄くうれしかった。
これで肩こりも改善されるかな?
竜二は一部の近視の人の悩みとも言うべき、肩こりに悩んでいる一人である。
ん?そういえば肩こりといえば・・・
「マスター、おはようございます。」
ジキスムントが後ろから声をかけてきた。洗面台の鏡に事前に映っていたので驚きはしないが。
「・・・ああ、おはよ。」
「朝食後に始めようと思いますが宜しいですか?」
「ああ、了解。練兵所だよね?」
「はい。」
始めるとは覚醒訓練である。
神殿契約すると、何かしらの魔法を習得している可能性が高い。
それ以前に、全ての竜騎士が必ず覚える固有魔法が存在する。
それを覚えなければ話にならない。
ジキスムントは既に兵士長に交渉して練兵所の隅を使わせてもらえるようにしてくれた。
練兵所なら壁が厚く、多少の衝撃にも耐えられる。
だが、新米竜使いの竜二に貸し出されるのは異例だ。
竜二は、『自分のパートナーがAランクだから特別扱いしてくれるのだろうな。』と自虐した。
だが理由はどうであれ、この機会を逃す手はない。
覚醒結果は、自分の生死に関わるのだから気を使っていられないのだ。
竜二はラプトリアと共に練兵所に移動した。すでにジキスムントが佇んでスタンバイしている。
「揃いましたね。・・・それでは始めますよ。」
「ちょっとまって。何故に兵士長がここに?」
ジキスムントの隣に兵士長が居座っていた。
竜二には比較的、友好的だったため嫌いではなかったが、公務は良いのか?
これもAランクの恩恵かな?
「・・・私が頼んだのですよ。Aランクの指導は初だったので手伝ってもらおうと思いましてね。」
ジキスムントは顎に手を当てながら、兵士長を見た。
「ま、そんなわけだ。私も竜騎士なんでな。体験者の話は参考になるだろう?」
「それは心強い。お忙しい中お世話になります。よろしくです。」
ここで兵士長なんて地位にあるくらいだから予想はしていた。
パートナーはどんな竜なんだろう?支殿離れるまでにお目見えできるかな?
などと思いながら、訓練に集中する。
「始める前に、お身体で変わったところはありますか?」
「そう!それ聞こうと思っていた。全然肉体が強くなってないんだよ!腕力も変わらない。もっとこう引き締まった体になるのかと思ってたのに!」
「それは変ですね・・・ひょっとしてマスターは体に欠点があったのではないですか?持病や疾患を持っていませんか?難聴とか関節痛とか喘息などを持っているとか?」
ぎくっ!!
心当たりがあった。
「・・・実は目が悪いんだ。ほら、昨日まで縁にレンズがついたものを目元につけてただろ?あれで視力を矯正してたんだ。俺の世界の眼の悪い人には必需品ってやつ。」
「それでしょうね!肉体補正より視力補正が優先されたのでしょう。」
「!!!・・・じゃあ、今日になって肩こりや腰痛が取れ、妙に体が軽く感じるのも・・・」
「・・・・・・ずいぶんマスターは体を酷使してたんですね。適度に体は労らないとダメですよ。」
竜二は手で顔を覆った。
現代のストレス社会において体がどこも悪くないというのは珍しい。
事実上、竜二は健康な体を手に入れることができたわけだ。
要するに、この世界の人たちの標準の体になっただけである。これこそが肉体補正だったのだ。
そういえば、奥歯が虫歯になってたのに、朝食に冷水飲んでも奥歯にしみなかった。
契約のおかげなんだろうか?・・・・・・医療費浮いたし・・・とりあえず喜んでおこう・・・
気を取り直し、訓練開始を促すことにする。
兵士長の呆れた視線が痛い・・・
「それでは始めます。まずは固有魔法です。」
固有魔法とは、すべての竜騎士が会得する魔法だ。覚えるのも簡単。いつでもどこでも発動可能というのが特徴。
本来なら現地契約の状態でも習得可能だが、竜二がAランクの竜と契約できたことで周囲が慌てふためき、後回しになっただけである。
その内訳は二つ。
“思念交信”
早い話がパートナー同士のテレパシーによる会話。これを習得すると口に出すことなく会話可能。ある程度、両者が離れてても交信可能。人語が喋れない竜の場合は、この魔法で指示を出せる。
“五感体感”
両者の五感を解除するまで体感できる。例えば、竜は人間より非常に視力が良い。その視力をこの魔法を使うことで竜の目線を体感できる。人間では見えないところまで視認できるようになるのだ。
体得方法も非常に簡単。
竜と竜使いの頭同士を暫くくっつけるだけ。
・・・・・・・・・・・・
10分もくっつけただろうか?
あっけなく終了。
「さあ、心の中で念じて見てください。試しに“思念交信”と唱えるのです。」
竜二は眼をつぶって、念じて見た。
『マインドキネシス。』
キーン!
一時的に大きな耳鳴りがしたが、すぐに治まった。
『竜二、聞こえる?』
ラプトリアの声だ!
『うん、聞こえるよ!』
『どうやら成功のようね』
やった!成功だ!
続く五感体感も成功した。念じるだけでラプトリアの五感が体感できた。ラプトリアが見ているのは・・・ん? 奇妙なことにラプトリアは、兵士長の右手の刻印をずっと見ていた。
気になるのかな?
まあなんにせよ成功だ!
「ここまでは簡単です。続いて個人魔法に入ります。・・・これが難しいのです。時間が掛ることも多いです。」
個人魔法は大きく分けて常時発動型と任意発動型と二種類ある。
下位の竜だと、この内一つしか体得できないのが普通。
上位の竜なら二つ。Aランクなら三つ体得するのも珍しくないそうだ。
共通しているのは常時発動型と任意発動型とでは一貫性がない。上位の竜でも常時型を二つ覚える場合もあれば常時型一つと任意型一つと分かれることもある。
何を体得できるかは全くのランダム。
ここまで説明してジキスムントはこう言ってきた。
「突然ではありますが・・・ここで兵士長と闘ってもらいます。」
「へ?・・・なんで?」
「心身とも酷使させることで覚醒しやすくなるのです。乱暴ですが尤も一般的な体得方法なんですよ。」
竜二は一瞬、血の気が引いた。
ジキスムントは奴隷なので、修業とはいえ主人に安易に暴力は振るえないはずだ。そのための兵士長だったのか・・・・・・竜二はガクッと項垂れた。
「安心してくれ。武器は使わない。素手での組み打ちだ。ちゃんと加減はするさ。」
愛想笑いしながら、兵士長は語ってくれるのだが、
全然気休めにならない・・・
確かに安全といえば安全だが・・・
まあ、やってみるか!さっき肉体補正の結果は喋ったわけだし。手加減してくれるだろう。
魔法を覚えなければ先に進めないんだ!
半ばやけくそになって組み打ちを開始した。
組み打ちを開始して十数分後・・・
血まみれになった竜二が倒れていた・・・
兵士長は呼吸一つ乱れてない。ラプトリアが心配そうに竜二を見つめている。
『これだけ痛めつけても肉体に何の兆候もないとは・・・少なくとも今現在、覚えられる魔法は常時発動型の魔法ではないようだな。』
ジキスムントは心の中でつぶやく。
兵士長もジキスムントの顔を見てうなずいた。どうやら兵士長も同感らしい。
では、趣向を変えて見よう。
「マスター、苦しいでしょうが起き上がってください。休むのはあとにしましょう。」
こいつは鬼か!ここまで体を酷使したら「今日はこのくらいにしましょう」だろ!
渋々起き上がりながら、息も絶え絶えに、思いっきり竜二はジキスムントを睨みつけた。
「体が苦しい今こそ魔法を体得する好機なのです。もう少しですよ、マスター。」
竜二の視線に気づかないふりをして竜二を元気づけようとする。
「・・・本当なのだろうね・・・」
一刻も早く休みたい竜二の切なる望みである。
「確かに嘘ではないな。もう少しだ。竜二君。君は今何がしたい?」
「何って?・・・そりゃあ体を休めたいですよ。」
「ならばマスター、それを思い描くのです。それが現実になった時、魔法を体得してます。」
はあ、何だか良く分からないが・・・
竜二は体を休めているところを思い描いた。痛めつけられた体を手当てしてもらって温泉に入って、マッサージしてもらって、あったかい布団で寝て休めているところを思い描いた。
しかし何も変わらない。
「・・・どうやら回復系でもないようだな。竜二君、次はどんなことをしたい?ドンドン思い浮かべるんだ。どんな非常識な事でも良い。だが決して体を休めてはならない。」
どうやら思い描いた描写が魔法体得に関係しているようだ。
そうと分かれば・・・それからドンドン思い浮かべた。ジキスムントを魔法でお返しがてら、お仕置きする様や、思いっきりどなり散らす様。
ラプトリアに乗ってずらかる場面、高速で移動して二人の後頭部を殴る場面、果ては綺麗な女性に変身して二人を惑わす場面、二人が寝入っているところに顔に落書きする場面・・・
妄想なので無限大のはずなのだが・・・いくら待っても全然変化ない。遂に兵士長が愛想尽かし始めた。
「・・・ジキスムント殿、もうあきらめましょう。彼は素質はないようです。Fランクの竜使いでさえ兆候だけなら複数回現れるのに、今もって現れないとは・・・ラプトリアを鍛錬した方が早いです。」
・・・ムカッ!!!
さすがに竜二はカチンと来た!
「・・・・・・・・・そういや、究極の思い描きたい事を描いてなかった。」
竜二は落ちてる木剣を拾いながら言った。
「ほう・・・それは何かな?」
兵士長は腰に手を当て、冷笑しながら言った。
「それは・・・・・・・・・・・・これだ~~!!!」
思いっきり木剣を兵士長に向けて思いっきり振り下ろした。だが兵士長は予期していたらしく、早くも防御態勢だ。それどころか攻撃を受け止めたあと、隙だらけの竜二に一発食らわしてやるつもりだったが、それは出来なかった。
当たった直後、打撃を受けた左腕に激痛が走ったのだ。
「ぐあああああ~~!!」
兵士長はたまらずに、のたうち回る。・・・ジキスムントは目を見張った。兵士長が一発殴ろうとしてた時は、間に入って庇おうとしてたが、杞憂だった。
木剣は堅そうな鋼鉄状の剣に変わっていた・・・・・・刃があれば、兵士長の腕は切断されていただろう。
任意発動型では、攻撃系・回復系・補助系の魔法を体得するのが多い竜使いで、珍しい支援系の魔法を覚醒した竜使い。
任意発動型・支援系魔法 “強化”
竜二は、兵士長に散々殴られた激痛と疲労に加え、後先考えないで闇雲に発動した魔法によって体が限界に達し気絶した・・・・・・・・・。




