裏での思惑
「・・・・・・正気ですか?」
ここは神官長の私室。
神官長と書記官長が対話していた。
「無論だ。何せ最凶の竜だからな。こちらに厄災をもたらされては困る。」
「竜は関係ありません!なぜ配属国が帝国なのかと聞いているのです!」
「そう怒るな。あの青年は危険だと思ったのだ。考えても見ろ。奴はホーリーマザー・プレイスによって召喚された異世界人だそうじゃないか?もしそうなら、何のために召喚されたのだ?何か意義があるはずだ。そうでなければ、この世界降臨早々、Aランクの竜を乗りこなせるわけがない。それ以前に竜使いになろうと考えるか?」
「・・・それはヘヴィン領主がそう薦めたからでは?」
「にしても出来過ぎだろう。奴は偶然と言っているが、こんな偶然あるか?まるで誰かがお膳立てをしてくれたような手際の良さだ。奴自身が何か隠しているか、我々の知らない何者かが裏で手を回しているようなら厄介だ。それなら友好国へ送ることもなかろう。」
「ならば彼の配属国を決める前に法皇様に意見を伺っても良かった筈です。何も法皇様が公敵指定した国に仲介せずとも・・・これは完全な利敵行為になります。」
実際、配属国に迷った場合や決断できない場合、竜使いの処遇に対して本殿に相談している神官長は数多い。その方が法皇の機嫌を損ねずに済むせいもある。
「私は猜疑心が強くてな。友好国に紹介して文句付けられるのは御免だ。最初から敵として扱ったほうが良い。権限は私にある。帝国には、せいぜいあの『最凶』の竜に手を焼いてもらうとしよう。その方が弱体化するかも知れん。」
一理ある発言に聞こえるが、まるで賄賂を渡している人が返すような言い訳だ。いくら『最凶』だからといって帝国があのコンビに手を焼くという確証はまったくない。
まして未知な部分が多い特A級の竜だ。下位の竜なら諸国の竜騎士達で何とかなるだろうが、今回の場合は違う。敵として対峙した時、文字通り“最凶”となってこちらに災厄をもたらすかもしれないのだ。
その時は聖教の騎士団も多くの損害が出るだろう。
もしそうなったとき、目の前の神官長はどう責任を取る気だろう。
・・・・・・もしや?
「・・・金ですか?いくらで身売りしたんです?」
「何を言い出すのだ!幾らなんでも言って良いことと悪いことがあるぞ?」
「・・・確かにAランクともなれば頼もしい半面、リスクも伴います。『裏切ったらどうしよう』というリスクがね。神官長ほどの人がそれを考えていない筈がない。竜使いの紹介における全責任は貴方にある。ですが今までの発言はリスクを考えていない発言です。自分にもしもの事があったら、帝国に亡命し、定住できる条件でも貰ったのではないですか?」
書記官長の推測はこれでもかと言うほど当たっているのだが、勿論顔には出さない。
「人を疑うのも大概にしろ!!危険分子を排除して何が悪い!私が遠い将来、教団のためを思っての決断を踏みにじる気か!もう良い。立ち去れ!」
「はい。失礼します。」
何が「人を疑うのも大概にしろ」だ。
さっき自分で猜疑心が強いと言っていたではないか。
他人のことは疑っても、自分のことは信じろとでも言うのか?
いや、それ以前に神官長はすでにボロを出した。
人は本質を言い当てられると逆上する傾向にある。
神官長の『逆上』は本音を突かれたからに他ならない。
書記官長は鎌をかけてみることにした。
「このことは、本殿に報告します。いいですね?」
「・・・フンッ!好きにしろ。書記官風情の言うことに耳を傾けてくれるとは思えんがな。」
書記官長は確信した。
最初から返答の内容などどうでも良かった。
神官長が一瞬でもたじろいだり、返事に窮したりすれば、それで十分だった。
やはり身売りか・・・いったいいつ帝国と接触したのやら・・・・
書記官長が退室すると神官長は椅子に深く腰掛けた。
さすがに書記官長程度の言うことを信じるとは思えないが、もしもということがある。
彼には消えてもらうか・・・
神官長はゆっくりと目を閉じて今後のことを思案していた。
「・・・今回の決定は、御上の合意の上か?」
「まさか!神官長の独断でしょう。下位の竜ならともかく、さすがに本殿がAランクの竜使いを帝国にやるように指示出すとは思えません。私も寝耳に水です。」
今ではお馴染みになった酒場の隅でのジキスムントと兵士長の会話である。
だが二人は相当緊迫した表情だ。
「では裏金か?」
「可能性は高いですね・・・」
「あの神官長はもっとマトモな男だと思っていたが思い違いか・・・」
「それもあるのでしょうが、おそらく竜二殿が怖かったんでしょう。」
「怖かった?」
「異世界人だけあって、出自も素性も分からぬ者ですから、不祥事を起こせば紹介責任を問われる可能性があります。」
神官長が紹介して1年以内に竜騎士が不祥事を起こすと、本人は当然だが紹介した神官長にも責任が及ぶ場合がある。
とはいえ自発的に不祥事を起こす竜騎士は少ない。不祥事を起こせばパートナーの竜にまで迷惑がかかり、罰により竜との契約を解約させられる事もある。そうなれば竜使いとしての利用価値がなくなるため、戦闘経験が少ない新人という事もあり、末路は悲惨である。
ほとんどの不祥事は不可抗力であったり偶発的な不祥事であり、神官長に責任問題が発展するケースはまず無い。
(良くあるのが上位の竜ばかり優遇されて、下位の竜が冷遇されてパートナーの竜使い達が武力抗議してくるケースだが、竜二の場合は当てはまらない。)
しかし謎の多い異世界人の竜二は、その前例が適応されず問題を起こすかもしれない。
だが公敵指定している帝国であれば、責任問題は皆無だ。
不祥事を起こせば帝国への嫌がらせになるし、神殿契約した竜騎士調達の目途が立たない帝国なら万が一、竜二が自発的に不祥事を起こしても不問にするだろう。なんせAランクの竜使いだ。解約による無力化は不本意の筈だ。
ここまで兵士長は説明し続けたが、
「まあ表向きの理由でしょうけど・・・」
「全くだ。それを差し引いてもAランクの竜使いを公敵にくれてやる理由としては弱い。裏取引があったとみるべきだろう?」
「間違いないでしょうな。今頃、書記官長と口喧嘩しているところでしょう。」
「書記官長はグルではないのだな?」
「彼は心配ないですよ。こう見えて付き合いが長いですから。」
「・・・・・・そうか。なら良いが。」
「・・・・・・話は変わりますが、竜二殿は魔法は体得出来そうですか?そろそろ兆候がでる頃でしょう?パートナーの方も何かしらのスキルやアビリティを覚えているのでは?」
「・・・・・・ああ、そうだったな」
神官長が帝国へ仲介したことが頭から離れず、マスターの事を失念していた。
我ながら奴隷失格だなと思う。
明日、マスターとラプトリアに指導するか。
マスターは、どんな魔法を体得するのだろう?
Aランクともなれば、一つだけではないだろうが・・・
「勝手ながら明日、マスターの魔法の体得の手助けをお願いできるだろうか?」
「構いませんよ。・・・計算高いかも知れませんが、Aランクの竜使いには恩を売っておきたいので。」
ジキスムントは苦笑した。
言いにくい事をハッキリ言う奴だ。だがこういった飾らない男をジキスムントは嫌いではなかった。
二人の話は中断し、酒を飲み始める。
そういえばマスターと一対一で飲み明かした事が無かったな。
誘ってみるか・・・