神殿契約
翌朝、
竜二は客室で荷物の確認をしていた。
異世界に来てからしてなかった。
召喚直後に砂漠やジャングルの奥地などに放り出されれば、さすがにリュックの中身をすぐ調べただろうが、エドガーの屋敷は快適であったことと、ボールペンの売却により、この世界のお金が簡単に調達できたことと、ジキスムントの夜の警戒が完璧だったので、リュックの中身にすがる局面は無かったのである。
荷物の詳細は、召喚された時に着ていたミリタリー制服とミリタリーブーツ、熱感知のナイトスコープ、ミリ飯、ワンタッチテント、ミネラルウォーター、ハンドガン、大量のBB弾、トラップ用のクラッカー、汗ふきタオルに小銭入れ、キーチェーン付きキーホルダー、眼鏡ケース等々。
そして、キャッスル探索前に買った防火種と煙玉セットである。
この世界での衣類は、テディ市で買い揃え済みだ。
結局その服のおかげで、リュックの他に大きなショルダーバッグも増え、ジキスムントに運搬役を頼んでいる有様なのだが・・・
ミリ飯とミネラルウォーターが重量ありすぎるな。
かといって、もしもの事を考えると捨てたくないしな。
キーホルダーは発見である。自宅の鍵がついているのだが、このキーホルダーは使えると思った。
イニシャルのR.Mと刻まれているのだが、銀メッキのキーホルダーなので、緊急用の換金アイテムになるかもしれないと思った。
ナイトスコープは論外。これで命拾いしたわけだし、この世界では街灯はなく、夜は、ほぼ真っ暗になる。今後とも強い味方となってくれるだろう。
ハンドガンは、サバゲーでの護衛用で買ったものである。スナイパーライフルだと、近距離に対応できないため、敵が陣地深くに入ってきた時のために買った《シグ・ザウエルP226》である。
元々ハンドガンにお金をかける必要はないと同僚に言われたため、電動ガンでもガスガンでもなく、エアーガンである。もちろん子供が使う遊戯用ではなく、18才以上推奨のサバゲー用のエアガンだ。
アサルトライフルやサブマシンガンにこそ電動ガンで買おうと思っていたのだった。
これが一番不要そうだが、新品で買ったので捨てるのは忍びない。
何より小型ハンドガンなため、携帯性も良く、威嚇に使えると思った。
結局、この世界で住居を決めてから考える事にした。
住居を構えれば、収納する場所を確保できるだろう。それまでの辛抱だ。
朝食をとりに客室を出て、食堂へ行く。
「おはよう、ジキスムント。」
「おはようございます。マスター。・・・目の下にクマがありますね。眠いのではないですか?」
「ああ、しっかり出てたか。いやあ最近寝付きが悪くてねえ・・・」
あの会話の後もラプトリアと一緒に飛び続けるはめになり、落ちないようにしがみついていたせいで眠れなかった・・・とは言いづらかった。
「別に隠さなくてもいいですよ。昨夜、ラプトリアと飛んだのでしょう?噂になってますよ。」
「へ?そうなの!?極力ばれない様に、静かに部屋に戻ったつもりなんだけど・・・」
「支殿周辺に住む人々は一般の町の住民に比べて竜の知識は豊富になります。それだけに普段お目にかかれない特殊系の竜が、人を乗せて空を飛んでいるのです。付近の町では噂にもなりますよ。久々に、この支殿からドラゴンライダーが現れたってね。」
一般の町の町民ならラプトリアが通り過ぎても、「変わった竜に乗ってる竜使いがいるな。」ぐらいの驚きだろう。
しかし、支殿周辺に住む住民は、環境的に竜の造詣が深くなりやすい。自分たちが見たことが無い竜は特殊系ぐらいだと皆知っている。だからこそ噂になって広まるのも早い。
「ドラゴンライダー?」
「Cランク以上が上位の竜であることはもうご存知でしょう?その中でも特にBランク以上の竜を駆る竜使いをそう呼ぶのです。何故そう呼ばれるのか発祥は何処からかは分かりません。もっとも最近はCランクでも熟練した竜使いにはそう呼ぶこともあります。」
「へえー。まだ現地契約なのに!?」
「契約の段階は関係ありません。遠目からでは、その人が神殿契約か現地契約かなんて分かりはしないのですから。」
「大したことしてないのに、俺には過ぎた別名が増えたかな・・・」
今後、ラプトリアの存在が改めて強大であることを実感すると同時に、ラプトリアの存在感の猛々しさに手を焼くのではないかと複雑な竜二であった。
尤も今回のような噂は神殿周辺の住民だからこそであり、一般の市街地では竜の事さえ詳しく分からない人もいるので、さほど心配する必要もないのだが。
「気にすることもありません。遠目からの視認です。夜というのもあってマスターの顔を見分けられた人は少数でしょう。」
「そうか。ま、別にここに永住するわけじゃないんだし、見られたところで困ることはないでしょ?」
「ええ、マスターは神殿契約の事に集中なさってください。」
竜二はうなずくと食事をとり始めた。
午前中の内に神殿にいくつもりだ。ここ支殿に長居しても仕方ない。
何より、神殿契約は時間が掛るとジキスムントから聞いていたので、午前中を勧められたのも背景にある。
朝食後、神殿契約をしにラプトリアを連れて神殿に入った。
神殿自体は竜も入れるように天井が非常に高い。最初見たとき、ビル4階か5階建てくらいの高さだろうか。
神殿に契約を行う宣誓の間がある。竜に配慮してか、そこまでは天井が高い通路が続く。
ちなみに契約開始から終了まで家族や友人、奴隷等は竜使いに近寄ることはできないが、見守る事は出来る。ジキスムントは唯一の立会人として後ろに控えることになる。
宣誓の間には神官長がすでにいた。あとは書記官長と兵士長。あとは衛生官と数名の護衛兵である。
神殿契約に失敗した者は、激しい苦痛を伴ったり、発狂したりすることがあるので、そのための処置だという。
「ほう。来たな。君の竜に関しては書記官長から聞いているよ。素晴らしい竜と契約できたじゃないか。私も初めて見た。」
「いやあ偶然ですよ。偶然。私も強運の持ち主だったという訳です。」
嘘は付いていない。
実際、換金出来そうな道具を持っていなかったらお金稼ぎから始めなければならなかっただろうし、テディ市で買った奴隷がジキスムントでなかったらノースエリアに行けなかっただろうし、ナイトスコープが無かったら今頃殺されてただろうし、ラプトリアに出会えなかったらまだキャッスル内を徘徊していただろう。
竜二からすれば、偶然の産物が重なったんだと本気で思っていた。
「謙遜しなくていい。君が強運だけなら、ここまで見事にステルスドラゴンと契約できないだろう。どんなマジックを使ったんだね?」
「まあ、言うならば元の世界での行いが良かったからじゃないですかね?」
竜二は愛想笑いしながら冗談めかして言った。さすがに優秀な奴隷のおかげとは言いづらかった。
どうせ此処の支殿の関係者とは短い付き合いなのだ。おしゃべりは良くない。下手に口にして「その奴隷を私に売ってくれ」などと言われたら、気分が悪い。
現状、竜二はジキスムントの素性を知らないので、忠実で優秀で精強な奴隷としか見ていない。
それ以前に竜二は神官長が自分に対し、良い印象を抱いていない事を薄々感づいていたせいもある。
神官長は苦虫を潰したような顔になった。
『こヤツ、明らかに誤魔化しているな。自分の手の内は見せないという事か。フン、いいだろう。やはり、この男は聖教に忠誠を誓う気はないようだ。ならば、いつ牙をむくか知れない。そうなる前に手を打っておくか。あちらさんからも良い条件が来ているしな。』
神官長は心に決めた。正式に竜騎士になるまで竜二の身柄は、神官長が握っている。
「・・・では、その強運が神殿契約に通用するか試してみよう。下位の竜なら交信で聞くがラプトリアは人語を喋れるのだろう?よって両者共、口頭で始める。双方ともよろしいな?」
「「はい!」」
「行う前に最終確認だ。松原竜二、君はパートナーと神殿契約に臨む覚悟と意志はあるかね?」
「あります!」
そう言いながら、竜二はしっかり手に汗を握っている。
不安で不安でしょうがない。
顔に出さないように必死だった。
「ラプトリア、君はどうだ!?」
「あります。」
「結構。では両者、前方にある二つの泉に浸かられよ。」
竜二とラプトリアはゆっくりと泉に近づく。
神殿契約内容は支殿によって違うが手順は一緒だ。
第一段階が最終審査だ。
このレッドゴッド東部の支殿での神殿契約は支殿内部にある二つの無色透明な水が溜まっている泉に浸かる事から始まる。
竜用は大きく、人用は小さい。
この泉に体を深くまで浸したあと、神官長が呪文を唱える。
その後、両者の相性が悪ければ、たちまち煮えたぎる熱湯に変わり人も竜も浸かっていられなくなり、飛び出すことになる。その後も全身に針が刺さったかのように激痛が三~五日間程度走り続け、二度と両者同士で契約に挑もうと思わないという。酷い火傷が出来る事もあり、衛生兵が待機する理由の一つである。
つまり本当に相性が良いかどうか、この神殿契約で最終ジャッジをするのだ。
他の支殿も似たような手順であり、これが怖くて神殿契約に挑まない者も多く、竜騎士が思ったほど増えてない一つの要因であった。
しかし、相性が良くない者同士が、この苦痛に我慢して神殿契約し、命運を共にしても思ったような力が出せなかったり、竜が言うことを聞いてくれなかったりして結局、双方不幸になるだけだ。
そのため、苦痛は伴うが必要不可欠だと肯定的な意見が今なお多い。
竜二とラプトリアは泉に浸かった。
神官長は呪文を唱える。泉の水が波打ち始める。
やがて泉がほんのり光り始めた。
暫くすると・・・光はゆっくりと失われていく。
結果は・・・・・・泉の温度は変わらなかった。
光が消える前に熱湯に変われば、ここで終わりなのだが、どうやらクリアしたらしい。
「・・・どうやら君達の相性は良いようだな。では次だ。両者、泉に浸かったまま、目をつぶりなさい。」
ラプトリアと竜二は目をつぶる。
第二段階は精神世界での試練だ。
神官長はさっきとは別の呪文を唱える。
すると、今度は泉が赤く輝き始める。
暫くすると竜二もラプトリアはだんだん意識を失っていった。
ーーーーーーー
ーーーーーー
ーーーーー
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ーーー
ーー
ー
・・・・・・・・・竜二は暗闇にいた。
なんだ?体が動かない。
というより感覚がない。
真っ暗だ。
これは異世界に召喚された時に良く似ている。
夢の世界だろうか。
『竜二』
向こうから声がする。振り向くと一筋の光がそこにあった。光が喋っているようだ。
竜二「話しかけているのは貴方ですか?貴方は誰です?」
『竜二、あなたはこの世界に召喚した理由を知りたいのでしょう?』
光は竜二の問いを無視して語りかける。
大人びた声だがラプトリアより年老いた声だ。
高年の女性が話しかけている感じだ。
「え?教えてくれるのですか?知りたいです!教えてください!」
竜二の一番解明したい謎である。竜二は召喚された日から何度も模索したが、この世界に召喚された必要性が分からなかった。
『ならば竜騎士になりなさい。そして功績を積み、各国の元首から推薦してもらうのです。』
「推薦?何に推薦してもらうのですか?功績を積めとは?」
『功績を積み、各国の首脳から信用を手に入れれば、元首からトムフール新教団領への代表使者か駐在将軍に拝命されるでしょう。』
「代表使者?駐在将軍!?それが真実を知るのと何の関係が・・・・・・」
『駐在将軍になれば本殿に入られます。そして法皇に謁見出来るのです。その時、あなたは真実を知る資格が得られるでしょう。・・・・・・ラプトリアと共にもっと強くなるのです。』
少しずつ光が小さくなっていく。
『・・・・・・巨大な竜へと邁進なさい。その時こそ、あなたは・・・・・・・・・』
「待ってください!!もっと聞きたいことがあるんです!貴方は誰なんですか!?もっと話したいんだ!消えないで!!」
竜二は訴えるも段々、聞こえづらくなり消えていく。
遂には何も聞こえなくなり、一筋の光も消えた。
ハッ!!!
竜二が目覚める。
泉に体が仰向けのままプカプカ浮いていた。
意識失っていたのか・・・
今のは何だったんだろう?
竜二が目覚めると泉の輝きが失われていき、元の無色透明の泉になった。
横を見るとラプトリアも目が覚めた直後か、自分の頭を振って水を弾いていた。
泉からは出ないように注意しながら、竜二も慌てて体を起こし、態勢を立て直した。
目の前には衛生兵以外いない。離れた場所にジキスムントが見守っていた。竜二が目覚めたことに安堵したのかほほ笑んでいる。
急いで衛生兵は神官長を呼びに行った。
数分後、急いで神官長ら関係者が駆け付けてきた。
「両者とも覚醒は同時か・・・どうやら合格のようだ。」
「あの、どのくらい眠ってましたか?」
何処となく、空腹を覚えた。朝食をとったはずなのにである。
「だいたい四時間強だな。」
「四時間!?じゃあもうお昼過ぎ!?」
「驚くことはない。これでも君達は比較的早い覚醒だ。今まではもっと長い者が多かった。」
「そうですか・・・」
一見、短い夢に感じるが結構眠っていたらしい。
「契約は無事終了だ。気分はどうだね?何か変わったところがないか?」
「別に変ったところなど・・・・・・あ!」
竜二はあわてて右手の手のひらを見た。しっかりと紋様があった!しかもくっきりと。
神殿契約が完了した証拠だ。
「では!成功ですか?」
「そうだ。おめでとう。これで君は神殿契約を結んだ竜使いになった。もう泉から出ても構わんよ」
「やったー!!!ラプトリア。やったな!」
竜二は泉から出ると、迷わずラプトリアに近寄って言った。
「ええ。これからもよろしく竜二。」
「こちらこそ。今後とも頼むぜ。」
「マスター。おめでとうございます。」
契約は終了なのでジキスムントも思う存分近寄ることが出来た。
「おお、ジキスムントにも世話になった。ありがとうな。」
「礼を言われるとは光栄です。私の主人がA級竜との契約を完了させたのは、私としても鼻が高いですよ。」
兵士長も書記官長もほほ笑んでいる。他の関係者も良かったなと祝福している印象が見て取れる。
唯一人を除いては・・・・・・
衛生兵が竜二とラプトリアに近づき、簡単な健康診断を行い、体を拭いた。
健康面は問題ないとのこと。
「・・・言っとくがまだ終わりではないぞ。これより君とラプトリアの配属国を伝える。」
あ、そうだった。まだ終わってない。
神殿契約は終わっても神官長が配属国が決まらないと神殿から出れない。
仲介先を伝えて全ての行程が終了するのだ。
竜二からしても、泉に浸かっていたせいで服が濡れているので、早く宿に戻って着替えたいと思う。
配属国を伝えるのを迅速にしてくれるのは竜二からしても大助かりだった。
「両者、そこに居直りなさい。」
竜二はラプトリアから離れて二人は泉の前に整列した。
「これより竜使い・松原竜二と相竜ラプトリア双方の配属国を伝える。」
竜二は手に汗を握る。契約そのものは終わったのに、また緊張しているようだ。
ジキスムントも緊迫した表情で見守る。
「・・・私はこの時より、君達をライデン帝国の竜騎士に斡旋する!!もう関係書類は送っている!もうじき帝国に届くだろう!!」
竜二もジキスムントも・・・・・・書記官長も兵士長も衛生兵や護衛兵でさえも目を丸くしてしていた。
この瞬間、運命の歯車が大きく狂うことになるのは、誰も知らない・・・
現在となっては、射程距離や連射性の悪さからサバゲーにハンドガンは余り使われなくなりました。
それでも狙撃手とっては、敵が至近距離に入ってこられるとスナイパーライフルでは圧倒的不利なので、携帯性に優れたハンドガンは大変貴重です。
今まで一度も実戦で使ったことがありませんが、私もゲーム中は常に携帯してます(笑)




