パートナーの正体
「何!あの男が帰還したのか?」
神官長室には真剣な顔で書記官長がいる。
「はい。しっかり竜とも契約しております。」
「思ったより早いな。殺されているかとも思ったが、どうせサウスエリアあたりの地竜と契約して戻ったのだろう?」
サウスエリアは下位の竜が多く、契約者も多い。
上位の竜との相性が良い竜使い候補でも上位ドラゴンの契約の難しさと別エリア到達の厳しさからサウスエリアの竜を選ばざる得ないケースもあった。
神官長も書記官長もジキスムントの存在はまだ知らない。
「いいえ、それが特殊系の・・・・・・と契約してきたようです。」
「なんだと!ということは上位の竜と契約できたということか?」
「まず間違いないかと。それもここ何十年も契約例がない本殿から最凶の竜と認定されている竜の一種です。」
「邪竜と呼ばれている竜じゃないか。あのお方はここまで考えておいでだったのだろうか?・・・・・・・・だが取りあえずあの男は試練を乗り切ったのだ。神殿での契約を行う資格がある。書記官長、説明をしてやって来てくれ・・・・。」
「気が乗りません。むしろ彼には別の竜にするよう言った方が良いのでは・・・?」
「いや。下手なことして、あのお方を怒らせてはマズイ。・・・・・・なに、私に考えがある。」
「・・・・・・そうですか。かしこまりました。」
書記官長は退室した。
特殊系か・・・・。
確かに一般の竜使い候補とは違うようだな。
それにしても解せん。彼が特殊系と契約できたことはまあいい。審査をしてないのだから、あの時点では彼の特殊系との相性は知るべくもなかった。
なぜノースエリアに行けたのだろう?ひょっとしてあの華奢な体のわりに卓越した戦闘力の持ち主なのか?
だとしたら契約した竜といい、あの男は実に危険だ。
聞けば異世界の人間だというではないか。しかもこの世界に来て間もないという。
それは教団や竜神殿に対して忠誠も恩義も親近感さえも持っていないことになる。
あのお方からは審査を飛ばすようにしか指示はもらっていない。
つまり他は自分の裁量で決めて良いということだ。
ここは裏切る危険性がある味方より最初から敵として扱ったほうが良いだろう。
知り合いなども全くいまい。彼を助けてくれるものなど皆無だ。
本殿には虎の子の「聖甲騎士団」と精鋭中の精鋭「光竜騎士団」がいるのだ。
彼がトムフール聖教に対して何かしようと企んでも、この二つの騎士団が阻む。
フンッ・・・・
神官長は投げやりな咳払いをし、今後のことを思案するのだった。
そのころ、竜二は道具を買い揃えていた。竜具を買うためだ。
支殿とはいえ竜関係の道具はよく揃っており、一般の町だと品揃えが良くないので購入は今のうちだとジキスムントから言われたのだ。
とはいえ、資金が底を尽きかけていたのでもう一本のボールペンも手放すことにした。
さすがに長く付き合うであろう竜具には質を求めようと決めており、高価なクラスの竜具を買った。
その後、今度は洗浄屋にいく。
洗浄屋とはいわゆる竜専門のサロンである。
頭から尻尾まで綺麗に洗ってもらった。
角や牙や爪などの手入れまでやってもらえることは素人の竜二には非常にありがたい。
なによりこれからは自分でもやらないといけないので少しでも覚えようと直に観察したいという思惑もある。
手際を見てると現代の犬のトリマーと変わらないなと思う。今回は奮発し、オプションのマッサージもお願いした。
さすがのラプトリアも満足そうでマッサージ中はうたた寝していた。
洗浄も終わったところで、ようやく竜二とジキスムントは宿に入った。
疲労を少しでも癒して神官長に会うのは明日にしようと竜二は提案したが、ジキスムントは契約は早いほうが良いと直訴してきたのである。
せめて書記官にラプトリアのことについてだけでも聞いたほうが良いという。
こう言われては拒否するのも気が引けたので竜二は疲れた体を鞭打って支殿の書記官の元へ行くことにする。
早く聞くだけ聞いて早く宿に戻ろう。
竜二はそう胸に決めてジキスムント共に書記官のところへ急ぐと事件は起こった。
「解約しろですって!?」
「ええ、まだ間に合います。竜二さんが契約した竜とは解約することをお勧めします。」
「ちょ、ちょっとまってくださいよ。せっかく苦労して契約してきたのにスグ解約なんて納得できませんよ。」
竜二が書記官の部屋に入ったら其処には書記官ではなく書記官長自らが険しい顔で待ち構えていた。竜二が入室早々、今のような話になったのである。
「良いですか?あなたが契約した竜は邪竜と呼ばれている。災いをもたらすとされる竜です。本殿からは<最凶の竜>と呼ばれている種族の一種です。この竜と神殿で契約すれば必ずや竜二さんは持て余すでしょう。」
「災いをもたらすとはどんな災いですか?過去どんな災いをもたらしたのです?」
「歴史書には残念ながら記述はありません。ですが歴代の契約者は皆悲惨な末路を辿ることになったと書いてあります。」
「悲惨な末路とは?」
「・・・詳細は書かれておりません。ですが神官長も邪竜と契約することをたやすく承知しないでしょう。下手すると竜二さんは本殿から公敵指定されるかもしれません。」
竜二はさすがに納得がいかないでいた。ただ書記官長が言うこともわかる気がした。
竜二が十代の若造なら大声で「ふざけるな」といってただろうが、大人になってくると縁起にこだわりが出てくる。
現代の日本で言うところの“死”と“苦”を連想するから『4』と『9』を不吉な数字扱いする価値観などとたいして変わらないだろう。『4』と『9』には罪は無いのにである。そもそもこれは日本の価値観であって外国では不吉な、あるいは不人気な数字は千差万別である。外国人からすれば首を傾げる人もいるのだ。
縁起話なら竜二はやんわりと断ってラプトリアの詳細を聞こうとしたが、この世界の事情をまだ知らない以上、強硬な態度をとって本当に自分の首を絞める結果になってもいけない。
書記官長は本当に心配して言っているのかもしれないのだから。
竜二が判断を迷っているとジキスムントから助け舟があった
「書記官長。あの竜が邪竜だということはわかりましたが、もしマスターが解約したとしてその後はどうなるのです?またキャッスルに行って相性の良い竜を見つけて来いということですか?」
「残念ながらそうなります。邪竜と現地契約したのは竜二さんであり、我々は干渉してないのですから。」
「だったらマスター。貴方様の一存で簡単に決められます。だって自・己・責・任でしょう?」
そうか!
竜二は理解した。どんな竜だろうとどんな結末だろうとキャッスル内で契約した以上自己責任なのだ。自分の自己裁量で決めて良いのだ。そこに他者からの強制力は無い。
何も書記官長は「契約するな」とは言ってない。アドバイスしているだけだ。
一番大切なのは自分の判断だ。他人の言葉に翻弄されて鵜呑みにし、あとで未練を残してはいけない。
後悔をしない選択をしなければ!!
別にラプトリアと契約すること事態は犯罪じゃないのだから!
そうと決まれば竜二に迷いは無い。
「書記官長。申し訳ないですが、やっぱりあの竜とは契約させていただきます。別に書記官長や神官長に拒否権は無いのでしょう?」
「確かにそうですが、竜二さんはそれで宜しいのですか?」
「ええ、構いません。なんせ俺のパートナーですから!」
竜二の顔は至って清清しい。
書記官長はその顔を見て説得を諦め、ラプトリアの詳細を話すことにした。
「お聞きになりたいのは竜二さんが契約した竜が何ランクの何ドラゴンかですね?」
「ええ、そうです。特殊系で上位のドラゴンだという点は察しがついたのですが。」
「確かに察しが良いですね。その通りです。竜二さんが契約したドラゴンのランクはAランク。特殊系のAランクですから宮殿関係者は特A級と呼びます。」
「特A級!!?」
竜二がびっくりしたのは二つ。
一つ目はそれほどランクが高い竜だとは思わなかったということ。
二つ目は単なるAランクより余程強く感じる表現だということの二点である。
書記官長はそんな竜二の反応を知ってか知らずか話を続ける。
「そうです。特A級。そして竜二さんの契約した、あのダークシルバーの竜。種別は・・・・・」
書記官長は一呼吸置き
「名称は“ステルスドラゴン”。ほぼ敵に感知されずに近づくことが出来、前・後・上・下・右・左、全ての方位が敵の視界に入らず、自身の全ての攻撃が死角になる反則的な能力を持つ最凶にして最悪の竜です。」
書記官長は低音だがはっきりとわかる口調で断定した。




