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第一話 邂逅

 秋も深まり、まだ五時前だというのに日が沈んでしまった田舎道を、犹守昂河(いずもりするが)は足早に歩いていた。

彼は20代半ばにして自分に嫌気がさしていた。

 何も別に彼は極悪人というわけでもない、普通の大学生である。

 中肉中背、顔もまあ可もなく不可もなくといった感じで、犯罪どころか道路交通法すら犯したことのない、むしろ世間一般から見ると優良な分類に入る、気の弱い男であった。

 ただ、彼は自分の気の弱さを許すことができない立ちであった。

 柄の悪い連中に女の子が絡まれていても見て見ぬ振りをして通り過ぎ、気の強い友人が自分の意見に異を唱えるとあっさりと折れてしまう。

 別に特段咎められることではない。

 むしろそういうことに向かっていくような人種の方が希なのだが、彼はそうできない自分に腹がたって仕方なかった。

 そんな自分とは決別しようと何度心に決めても、いざその時が来るとどうしようもなく足が竦み、口が乾いて何もできなくなってしまう。

 いっそのこと誰も自分のことを知らない世界でもいってしまえばきっと…。

 そう思うことも度々あったが、所詮そんなことは絵空事である。

 いや、であったのだ。少なくとも近道としていつも使っている寂れたお稲荷さまの鳥居をくぐるまでは。



 いつものように道をそれ、もう近所の年寄りですらほとんど立ち寄ることのないような神社の剥げ剥げの朱い鳥居をくぐった途端、彼は恐るべき力によって地面へと引き倒された。

 それも後ろから突き倒されたり、前から引っ張り込まれるというものではなく、重力のかかる方向がいきなり90°前側に傾いてしまったような錯覚を覚えるほどの異常な力で、である。

 彼は抗うことすらできないまま、その意識を刈り取られてしまった。





 次に目が覚めたとき俺が初めに感じたのは、自分の頬に当たる固く冷たい石の感触だった。

 口の中は地面に激突した際に切れたのか、鉄臭い血の味が広がっているが、痛みは感じなかった。

 やれやれ、全く仕方ないな。

そう独りごちながら立ち上がった俺は、無造作に目に飛び込んでくる光景に言葉を失ってしまった。

 確に俺は大学から家にかえる途中だった。

 だったはずなのに、今自分の目の前に広がるこの…この世界はなんだ。

 驚きのあまり意図せず一、二歩後ずさった。

 足元の磨かれた石には、何か複雑な文様が、ふざけた言い方をするなら魔法陣とでも言えるような図形が刻み込まれ、その端に俺は立っていた。

 さらにどうやらその石は地面から10m近く伸びた、巨大な六角柱の上端で、俺の立っている場所からみて反対側の側端にのみ地面へとつながっていると思しき石の階段のようなものが見えた。

 そしてその階段のすぐ前には、中世ヨーロッパ風の服装、詳しくは分からないが、簡単に言うならドレスのようなものをまとったこの世のものとは思われないような美しい少女が、月明かりに照らされながら瞳をうるめてこちらを見つめていた。

 まっすぐな髪は肩を通り越し、腰の当たりまでに届いているようだ。

それでいて、その毛先までが綺麗で、どこからか差し込んでくる明かりに照らされて赤銅色に輝いていた。

 やや尖ったおとがいから続く顎のラインはゆるやかなカーブを描いて耳元へと至り、高く通った鼻筋の起点の両側には、完璧にシンメトリーなアーモンド型の目がその中に、深緑の宝石を宿している。

 意思の強そうな眉は、ちょうどいい大きさの固く結んだ唇とあわせて、やや角度をつけて眼窩を縁取り、意思の強さをにじませていた。

 ただの理系大学生では、これ以上の描写は不可能だが、彼女は俺が最大級の、いや、これでも全然足りないくらいに美しかったのだ。

 ちょうどそれは、絵画の中から抜けだしてきた天使か、戦乙女のようだった。

あまりの驚きに俺は言葉を失った。

すると少女が意を決したような顔をしてはなしかけてきた。

「=~=++*‘‘?>*‘+?}*‘」

「は?」

さっぱりわからん。

更に少女は話しかけてくるのだが、何を言っているのか全く分からない。

 英語なら少しはわかるが、英語やそれに類する言語とは根本的に完全に違う気がする。

どうしていいか分からずに、口をパクパクしていると、少女は、なるほど。といった感じで手を一つ叩くと、いきなりどこからか棒を取り出してこっちに向けた。

 「なんだ?なんのつもりだ」

 内もないところからいきなり棒を取り出してきたのにも驚いたが、いまはそれどころではない。

 普段なら自分よりふたまわりも小さい女の子がいくら全力で棒を突き出してきたところで、受けきれる自信があったが、今回ばかりはそうも言ってはいられなかった。

俺がいるのは地面から10m程も高い位置にある、半径1mにも満たないスペースなのだ。 

 こづかれたら間違いなく落ちるし、避け切れたとしても、足を踏み外せばそのままあの世へ一直線である。

 なにせ、ビル3階建てくらいの高さだ。

想像しただけで背筋が寒くなった。

 まずいな。どうしよう。

とりあえず、タックルでもしようかと考えてはみたものの、その勢いのまま反対に落ちれば、結局行き着く先は同じだ。

 まあ、美少女と心中出来るんならいいか。いやいや、そんなあほなことを考えている場合じゃない。

 現実逃避に心の中でツッコミをいれて、集中を切らした瞬間だった。

「*‘@#$&%¥^‘@~―」

 謎の掛け声とともに俺の予想をはるかに超えたスピードで、少女が棒を突き出してきた。

虚をつかれた俺は、棒を躱すどころか目を瞑ることすらできず、棒の先端が胸の中心に突き刺さるのをボケっと眺めることしかできなかった。

 ああ、終わった。よくわからんが、死んだな。あっけねぇ。

 だがいくら待っても痛みどころか衝撃すらこない。

 初めは、あまりの出来事に神経が麻痺してしまったのかとも思ったが、胸に差し込まれた棒の根元をよくよく見てみると、どうやらそうでもないようだった。

 何で出来ているのかわからないが、月影を反射する金属のようなものでできた棒は、全体が淡く燐光を放ち、胸に刺さった根元の部分ではその光が明るくなっている。そしてその光は俺の心臓の拍動に合わせて、ドクンドクンと脈打っていた。

 呆然と目を胸から少女に移すと、彼女は整った眉をしかめ、額に汗粒を浮かべながら、相変わらず何語かわからない言葉を小声で唱えていた。

 ものを胸に突き立てられているのはこっちのほうなのに、彼女の方がよほど苦しそうだった。

 あまりのことに体を動かすこともできず、俺はただ視線を自分の胸と彼女との間でオロオロと彷徨わせていた。


 「#&%~~*+?‘@;!!」

 初めは小さかった少女の声だったが、次第に大きくなり始め、最後にひときわ強い語気で何やら言い放ったかと思うと、今までぼんやりとひかるだけだった棒は、突然目の眩むような光を発し、今度こそ俺は意識がぶっ飛ばされるような激しい衝撃を受けた。

 昔、公園で遊んでいて、鉄棒の下を全力疾走してくぐり抜けようとしたら、鉄棒を避けそこねて思い切り頭をぶつけてひっくり返たったことがあったが、それと同じくらいの激しい衝撃だった。

 落ちるっ

一瞬あとに柱から転がり落ちる自分を想像して恐ろしい程血の気が引いたが、体に意識を移してみると、姿勢はさっきまでと変わらず柱につっ立ったままだった。

 胸に突き刺さっていた棒も今はない。それどころか服にすら傷ひとつ付いていなかった。

「これで大丈夫であろう。我の言葉が解かろうの」

 混乱の極みに達して俺が茫然自失となっていると、少女が突然話しかけてきた。

「ってあれ。君、日本語喋れるの」

「まあ、当然そうゆう反応になろうのぅ」

 彼女は苦笑気味にそう言った。

「我は別に日本語とやらを喋っておるわけではない。お主が我らの言葉、神聖ロヌド語を聞き取れるようになっただけじゃ」

「でも、君日本語喋ってるよね」

「いや、そんなことはないぞ。我の話す言葉の音に注意を向けて聞いてみよ」

「…あれほんとだ。なんで俺こんな言葉知ってんだろう」

 確かによく注意して一音一音をしっかりと聞いてみると,彼女が話しているのは日本語とは全く別の言葉だった。

 単語と単語の間に比較的間をとるゆっくりとした喋り方だが,全体で見ると音の調和がとれており,詩の朗読を聞いているみたいだった。

 良かった。言葉が通じる。

何か安心した俺の心を次に満たしたのは,口から無造作に溢れ出る質問の洪水だった。

「ここって,俺確か大学の帰りで,でもあれなんで刺さってたのに,そういえば君に刺されて,ロヌド語?君は?」

「まあ,気持ちはわかるが落ち着け,勇者殿」

 俺のあんまりにとりとめのない言葉の切れっ端の羅列に,目の前の少女は呆れた顔をしてそう言った。

しまった,俺の悪い癖が。落ち着かないと。

「ああ,ごめん。―って勇者?!」


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