退職
スマートフォンの小刻みな振動で目を覚ます。
振動を止めようにも震源地がわからず右手をバタバタと動かしてしまう。
日々決まっていることを淡々とこなすことの難しさはかなり前に理解したはずだ。にもかかわらず、その解決策を見出せないまま今日に至る。
日曜日の朝はやることを決めている。
決まった時間に起き、決まった一日を過ごすことが最も幸せであることを私は知っている。顔を洗い、歯磨きをし、そして一杯のコーヒーを入れる。豆を挽き、お湯を入れ、香りが立つ。
小さい頃はコーヒーが苦手だった。『小さい頃』といっても昔の記憶は擦れてほとんど思い出せないが、苦いものを飲む理由を理解することができなかったことは明確に覚えている。いつしかその苦味を好き好んで求めてしまうほどにこの飲み物が好きになっていた。大人になることへの淡い憧れか、苦味を我慢できることへの克己心か。
昼は近くの公園に散歩に出かける。
上下セットアップのジャージ、昔古着屋で買ったキャップ、3年ほど履いているスポーツブランドのスニーカー。いつもの着こなしで目的地へ向かう。
上京したての頃は田舎の公園と都会の公園、同じ言葉でもここまで意味や広さが変わってくることに大変驚いた。どこまで囲われているかもわからないような公園でのびのび遊んだ方がいいのか、家二、三軒分の広さのこじんまりとした小さな公園で遊んだ方がいいのかどちらの方が幸せかぼーっと考えてしまう。選択できる余地がないと言ってしまえばその通りだが、小さな公園を窮屈に感じてしまうのは田舎出身者故だろう。
錆がかった黄色の滑り台で滑るこども。ベビーカーを囲んで談笑している母親。三人がけのベンチに座る私。
この中での会話、コミュニケーション一つとってもこの社会で生きていく上では損得勘定を考えた方がよかったのかもしれない。もっと前、それこそ『小さい頃』からそれに気づくことができたのであれば、もう少し違った未来にもなっていたのであろうか。
駅前の商店街に向かう。
道中灰色の猫が目の前を通り過ぎる。近くにある駄菓子屋によくいる猫だ。
以前、駄菓子屋の店主のおばあちゃんに猫を飼っているか聞いたところ、「飼っていない」という回答だった。店内の丸い椅子の上に置いてあるぺちゃんこのクッションの上でよく寝ている姿を見かける。今日は店が空いていないのか、近くの路地を颯爽と歩いている。散歩仲間を見つけることができ少し心が舞う。
商店街の途中にある喫茶店に寄る。ここで食べるブランチは格別だ。
いつも頼んでいるトーストバター抜きとコーヒーを注文する。
届くのを待っている間ふと店の壁に飾ってある色紙を見つけた。二枚飾ってあり、一枚は有名人であろう人の写真と一緒にサインが書いて飾ってあり、もう一枚は短い言葉とイニシャルだけ書いてあった。
「あの色紙、気になるのかい?」
「はい、少し珍しいなと思って…。どなたが書かれたのですか?」
「あーあれね。昔よく来ていた常連さんだよ」
焼きたてのトーストと淹れたてのコーヒーを手に持ちながら喫茶店のマスターが答えた。それをテーブルの上に置き、その常連さんとの思い出を話してくれた。
毎週、お店にきてくれたこと、私がいつも頼むのと同じトーストをよく食べていたこと、コーヒーはアメリカンで、角砂糖をたくさん入れるほどの甘党であったこと、競馬の話ばっかり楽しそうに話していたこと、そして3年前に亡くなったこと。
ある日、あの色紙を持ってきてくれていつものようにトーストを食べて帰ったようだ。その後、ぱったりとお店に来なくなり心配していたところ人づてに亡くなったことを知ったそうだ。いつも明るく元気で話してくれる常連さんだったから、病気だと気づかなかったと。
『万歳 K.J』
書店に寄り道し、気づけば夕日が姿を消そうとしていた。
家までもう少しというところで数時間前に出会った灰色猫を見かけた。相変わらず颯爽と歩いている。「飼ってはいないが、一緒に暮らしてはいる」駄菓子屋のおばちゃんの言葉を思い出す。
私の生活にも寄り添いあうべき存在がいたのであればまた変わったのだろうかと考えてしまう。目指している方向が一緒であるにもかかわらず見ている視線の角度は広がる一方だ。
夜は小説をひたすら読む時間にしようと決めている。
明日のことを考えると頭の中がいっぱいになり、また原因不明の胸騒ぎがする。そんな日々が続いている中の一つの解決策が本を読むことだとわかった。一ページずつしっかりとめくり、内容を進めていく。この小説を進めていくことだけが今自分がやるべきことなんだと思い込む。
そうでないと明日という時間に辿り着くことができないのではないのかと。
小説と一緒に買ったボールペンで白い紙にスラスラと言葉を埋める。明日この紙によって何かがわかると信じて。




