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退学寸前の最下位ギャルと同棲することになった〜成績1位の俺が毎月救っていたら、いつの間にか重い女になってた〜  作者: くまたに
第1章:同棲生活の始まり

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第9話:厨房での決戦3

「ボクの……負けだ。停学も退学も、なんだって受け入れる覚悟はできている」


 優向は両手を空に向けて伸ばす。

 黒い雲が大半を占めていた。息を吸えば、どんよりと重い空気が肺の中を埋め尽くす。

 あとは、これを聞いていた教師──小鳥遊が処分を下すのを待つだけ。

 これ以上和人が出る幕はない。そう思い、通話画面の『スピーカー』を押して、目の前で絶望している優向の前に置いた。


(俺はこの隙に……)


「星川、立てるか?」

「手を貸してくれたらなんとか

「そうか」


 右手を差し出すと、心愛は恐る恐る触れた。

 かなりの時間をかけて立ち上がったものの、蓄積したストレスと睡眠不足がたたり、ぐらりと視界が揺れる。

 心愛は咄嗟に縋れるものを求めて空を手探りし、同時に和人がその身体を支えようと手を伸ばした。

 結果として、二人は引き寄せられるように抱き合う形に収まる。


「ご、ごめん。すぐ離れる──」

「待って。……今はこのままでいて……くれると嬉しい、です……っ」

「わかった」


 小刻みに震える小さな体。

 既視感のある光景に、胸を締め付けるような痛みが和人を襲う。

 気づかれないように感情を押し殺していると、和人のスマホから無機質な声が響いた。


『椎原、星川──二人にも関係のある、大事な話がある。イチャつくのはいいが、家に帰ってからにしてくれ』


 若干引き気味の小鳥遊の声で、一気に現実に戻される。

 二人は磁石の同極同士のように、「はい……」と言いながらすぐに離れ、その場にしゃがみこんだ。


『話は私からではない。理事長、お願いします』

『前置きありがとう、小鳥遊クン。──そして君たちとは、こうして話すのは初めてだね。理事長の鷹司だ。以後お見知りおきを。……はは、そう身構えないでくれたまえ』


 小鳥遊に変わって鷹司が話し始めた。

 このことに関しては和人も初耳だ。

 声は式典がある度に聞いたことがあるが、想像以上に柔らかく、強ばっていた気が和らぐものだった。

 だが、それは束の間の安泰でしかない。本題はまだ、始まっていないのだから。


『──さて』


 言い慣れたような挨拶が終わった途端、声色が──否、雰囲気が一変した。

 眠気を誘う穏やかな響きは消え失せ、代わりに、聞く者の背筋を凍らせるような苛烈な威厳が夕方の公園に満ちていく。

 鼓膜を震わせる低音は、物理的な質量を伴ってその場にいる全員の肩にのしかかり──先ほどまで感じていた心地よい微睡みは、瞬時にして生存本能が鳴らす警報へと書き換えられた。


『1年6組、安田優向』

「……」

『安田優向は君しかいないだろう? 他に誰がいる。返事をしなさい』

「は、はい……ッ!」


 隣で聞いて二人も思わず背筋を伸ばした。

 言っていることは、小・中学校の教師と大して変わらない。

 それなのに、『戦慄』や『震天動地』といった、辞書に載っている言葉では足りず、簡単には言い表せない感覚。

 数秒後に自分が生きているのか、誰も確信を持てなかった。


『──安田優向』

「はい!」

『やればできるじゃないか。是非、小鳥遊クンの前でもその、誠意の籠った返事をできることを期待している』

「あ、ありがとうございます!」


 目の前で繰り広げられる人格矯正。

 よもや次は俺か? と身構える和人。

 しかし、その予想は的外れだった。


『話が逸れてしまったね。安田クンの処分を言い渡す』


 淡々と告げられた言葉に、優向の肩がわかりやすく揺れた。

 ぎゅっと拳を握りしめ、恐怖に正面から立ち向かう。そんな風にも見える。


『処分は──その様子だと、必要ないようだね』

「…………はい? ちょ、ちょっと待ってください」

『なにか質問でも? 言ってみるといい』

「ぼ、ボクに処分を下さないって……えぇ?」

『嫌かな?』

「い、いえ。ですが……ボクの犯した罪は、全て知っているのでしょう?」

『ああ、知っているとも。それを踏まえた上での決断だ。何人たりとも口出しはさせない』


 雰囲気は元に戻っていた。

 大事な初孫を目の前にした祖父のような声だ。

 かつてないほどの緊張から開放されたこともあり、和人はその光景を微笑を浮かべながら見守った。


「びっくりしたな」

「いや、びっくりしたと言うか……(怖くて腰が抜けた)」

「──ははっ、俺もだよ」


 心愛は他には聞こえない声で囁くと、和人は思わず笑いを漏らした。

 二人肩を並べて腰を抜かすという、レアな状況が心底愉快だったのだ。


『気が緩んでいるようだが、話しはまだ終わっていない。ここで《連帯保証人》について、君たちに話しておきたいことがある』


 連帯保証人……優向の人生を壊し、和人と心愛を繋いでいる、鷹司学園の高等部にしかない制度。

 全員が自分にとって必要とみなし、ゴクリと固唾を呑む。


『連帯保証人を解消するには、お金を支払わないといけないことは知っているかな?』

「はい。校則第86条『生徒間における契約は、両者の同意・10万円の支払いをもって解消することが可能。例外有り』ですね」


 発言したのは和人だった。

 心愛との生活が始まり、100条まである校則全てに目を通したのだ。

 決して楽とは言えない作業だったが、後悔はない。高等部で生きていく上で、『読んでない』は『命知らず』であることを痛感したことは記憶に新しい。


『しっかりと校則に目を通しているようだね。それじゃあ例外について、少し話しておくとしよう』


 説明を聞いていてもピンとこない心愛。

 まあ──こうなるよなと、苦笑しながらも、和人はしっかりと理解していた。


『今回の安田クンのように、悪意のある契約だったと学園側が認めれば、一方の同意で、尚且つ無償で解消することができる』

「それじゃあ……」

『うん。君が望むなら今すぐにでも始められるよ』

「お願いします」


 即答だった。

 鷹司は『わかった。話を通しておく』と前向きな姿勢だ。


『僕からの話はこれくらいだ。小鳥遊クンから言いたいことがあるようだから、代わるとするよ』

『小鳥遊だ。お前たちには週明けの放課後に集まってもらいたい。──いいな?』


 断ったら何か酷い目に会いそうだ。

 三人は「はい」と言わされるように返し、通話は終了した。

 優向はしばらく黙っていた。何度も拳を握り直し、やがて小さく息を吐く。


「……ボクは負けた」


 そして顔を上げた。


「君──いえ、椎原()()。話があります」

「な、なんだよ」


 よからぬことが起きるのではないかと、つい身構える。

 案の定、その予感は的中した。


「ボクを──皿洗いとして、仲間にしてくれませんか!」

「皿洗……ん?」


 優向は立ち上がり、胸に手を当てながら目を瞑った。

 頭の中に浮かび上がるのは、先程何もできずに完敗した時のこと。怖いもの・負け知らずで直感的に動いた結果、備えてきた和人の足元にも及ばなかった。


「君に負けて目が覚めたよ。一流の料理人になるためには、まずは皿洗い──どうか、君の元で働かせてくれないか?」


(何言ってんだ……コイツ。ストレスフルでぶっ壊れたんじゃねぇの?)


 こめかみをピクピクと揺らしながら、和人は一歩後ずさる。

 それに合わせて、一歩近づく優向。

 敬愛の眼差しを向けてくるが、予想外の行動で恐怖でしかない。


「もちろん、いいですよね?」

「……ッ」

「ボクなら椎原さんの欲しい情報、何でも探ってきますよ」

「…………わかったよ。お前を俺の皿洗いにしてやるよ」


 半ば諦めたような声で、和人は()()()()認める。

 正直、優向の言う『皿洗い』が何なのか分からない。どうせ数日避けとけばどうにかなるだろと、勝手に決めつけていた。


(さっき、雑用から始めるって言ってたよな? てことは──)


 何かに気づいた和人は「ただし」と口を開く。

 優向はきょとんと首を傾げた。

 皿洗いになった今、雇い主(和人)の話はしっかり聞くらしい。あれほど喧しかった口も、今は固く結ばれている。


「今後星川と関わることは禁止だ。いいな?」

「もちろんですとも。厨房の鉄則(ハウスルール)は絶対。板場の秩序も守れずに、至高の一皿は作れませんから」

「いい意気込みだ。もし破ったらクビだからな」

「ええ……ッ。それは困りましたね。──ですが、ボクが破らない限り、皿洗いでいさせてくれるのですね?」

「そ、そうだな」


 慣れない敬語で話され、気が付くと優向のペースに乗せられていた。

 相槌を打ってすぐに気づく。


(安田が約束を破らなかったら、俺がずっと飼い慣らさないといけないんじゃ……)


 短く見積もっても、この学園を卒業するまでの三年間。

 胸の前で指を組んで「なんて光栄なことだ!」と祈りを捧げる優向。

 眼前で繰り広げられる光景に、和人は途方にくれていた。


「どうして俺がこんな目に──」


 そう小さく弱音を吐く。

 しかし、いつの間にか目には小さな光を宿し、空を──遠い場所を眺めた。


(──これから、始まる)

次話、明日の20時頃更新です!

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