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退学寸前のギャルを助け続けていたら、ヤンデレ化して俺に依存した  作者: くまたに
第1章:同棲生活の始まり

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6/8

第6話:シェフ、変貌したり

 痛いところをつかれたと、思った。


『星川。……今日、安田と一緒に帰ってたよな』


 そう言う和人の目からは、心配しているのがひしひしと伝わってきた。

 せっかく止まった涙は、目から溢れ出そうになる。

 逃げるように自室に飛び込んで、そのまま枕に顔を埋めた。

 咄嗟についた嘘は簡単にバレるようなもので、それなら黙り込んだ方がマシだった。

 ──わざわざ心を痛めずに済んだはずだ。


「好きな曲、好きな曲っと……」


 わざとらしく声に出しながら、最近のマイブームであるKーPOPを再生した。

 正直な話、韓国語は『アンニョンハセヨ』くらいしかわからない。その、歌詞を理解できない点に心が惹かれた。

 言葉の壁なんて優に越えて、世界中の人をパフォーマンスで魅了している。

 その勝手な解釈が、自分の悩みは小さいものだと、気づかせてくれるのだ。


「……ふんふーん」


 涙や鼻水のせいで、鼻歌はこもった音色だった。

 音程とかはどうだっていい。

 ただ、無音だったらひたすらに苦しい気持ちになる。それだけは避けたかったのだ。

 作戦は成功だった。

 放課後は歩き回ったこともあってか、沼のように深い眠りにつくまで、それほど時間はかからなかった。



     ◇



 試験の結果が発表される前の日の放課後、心愛は屋上で待ちぼうけをしていた。

 親友に人伝で呼ばれたので、仕方なく出向いた。


「今日は早く帰りたかったのに⋯⋯」


 愚痴のように、小さく声を漏らす。

 今回の試験は絶望的に自信がない。

 なので、人生を終わらせないための、ある計画の実行に向けて、荷造りをしたかったのだ。

 その時、屋上と階段を繋ぐ扉が勢いよく開かれる。

 心愛は、初めて自分を呼び出した人が誰かを知った。


「ごめんねー。呼び出しといて遅れたよー」


 謝っているとは思えない態度に、心愛の目蓋はぴくりと震えた。


(こんなことなら来なければよかった)


 胸の中でため息を吐く。

 失礼なので外には出さないが、時間が経つにつれて、その後悔は苛立ちに変わってきていた。


「どうして私を呼び出したの──安田くん」


 安田の悪童っぷりは、心愛も引くほどだった。

 安田優向(やすだゆうが)は、授業中などお構いなしに卑猥なことを口に出すし、脅しや暴力は日常茶飯事。

 この学園という囲いがなければ、このヤンキーはとっくに警察のお世話になっていてもおかしくないはずだ。

 だが、今は少しだけ穏やかな気がした。

 ()()()()()の優向に戻さないためにも、心愛は細心の注意をはらう。


「なんでだろうね? 愛の告白かな」

「ふざけないで。用事がないなら、私は帰るよ」

「ちょ……ちょっと待ってくれよ」


 教室では見たことのない塩対応に、優向は若干怯んだように見える。

 しかし、それはつかの間。自分が何をするためにわざわざ心愛を呼び出したのかを、ようやく思い出したようだ。


「なに? 離してよ」


 腕を握ってきた優向を、心愛は鋭く睨みつけ、分厚い手を引き剥がす。

 最初はただ、反射的に出たものだったが、途中からは牽制するためだ。

 心の底から気持ち悪いと、言わんばかりの表情に、優向の中の何かが揺れた。

 人に害をなす──そんな魔物が取り憑いたかのように、気色の悪さが毎秒更新されていく。

 吊り上がった口の端、瞬きの速度。

 優向の動き全てが、ただならぬ()()を帯びている。

 舐め回すような視線に、心愛は半歩引いた。


「おや、星川さん。その怒りの色……少し火を通しすぎたかな? 次はもう少し弱火で、じっくりとボクにその目を向けてほしい。そしてボクを認めてくれ」

「…………え?」



 最初は聞き間違いだと、脳が勝手に判断していた。

 すぐにそれは夢の中の話ではないのだと気づき、腑抜けた声が零れ落ちる。

 心愛が知っているヤンキーでも、さっきまでの彼でもない。

 ただ、どの『安田優向』よりも危ない存在だと言うことがわかった。

 足の震えが止まらなくなる。

 その様子を見て、優向は腹の底からの笑い声を上げた。


「……ははっ! 素晴らしい! まるで『星川心愛』という名の魚を、まな板の上で捌いているような気分だ!」


 恐れのせいで死んだ目、冷えた肌。

 どれも、優向を満足させるための料理でしかなかった。


「や、やめて! 近づかないで!」


 心愛は拒んだ。優向は足を止めない。

 二人の間にあった距離が、一歩、また一歩と縮まりつつある。


「ちゃんと知ってるよ。君の大事な秘密を……そして、退学から救う唯一の方法を──ボクはしっかりと()()()()()()()()

「嫌……やめて…………いやああああぁぁぁぁぁぁぁッ──」


 優しく包み込むように、心愛の手は優向に握られる。

 刺された女の断末魔のような声が、放課後の屋上に響く。

 吹奏楽部や、ピアノ部。加えて運動部の掛け声に、簡単にかき消された。

 優向は一瞬だけ息を乱すが、すぐに整えた。目は蘭々と輝いている。

 そして耳元で囁いた。


「君は、──だったのだろう?」


 生ぬるい吐息が耳をかすめる。

 ビクッと、心愛の肩が揺れた。

 息を吹きかけられたからか。それとも──


(──みんなに晒される)


「星川さん。君は賢い子だ。ボクの言いなりになればいい。そして安泰を望むことだな。たまには……残飯くらいくれてやる」


 去り際、真っ黒な光のない眼で愛でながら呟かれる。


(ああ、私ってば、これからあの人にいいように使われるんだ……)


 5分にも満たない出来事だった。

 たったそれだけなのに、遅れて疲れが押し寄せてくる。

 腰が抜けて、その場で尻もちをついた。

 視界に映る自分の足は、未だに震えている。


「やっと変われたと、思っていたのに……」


 ボロボロと、大粒の雫がスカートに染み込む。

 憐れなしゃくり泣く声が聞こえた。

 すぐに、私のだ。と気づく。

 止めようとしても止まらない。なんなら、悪化するばかりだった。



「…………帰ろう」


 数分後、虚ろな目で立ち上がる。


 パンッ──

 両頬を叩き、心を入れ替える。

 心愛には傷心している時間もない。

 いつも通りのスマイルを貼り付け、辛いことから目を背ける。

 これが──星川心愛の戦い方だった。



     ◇



 目覚ましよりも早く起きて、和人は家を出た。


 ──心愛はまだ眠っている。

 彼女には申し訳ないが、部屋の扉に耳を当てたら、微かに寝息が聞こえた。

 その事実に、胸に張り付いていたものが和らいだ気がする。


 心愛が壊れるまでのタイムリミットは、もう短い──否、もう過ぎているかもしれない。

 学校までの道を走り抜ける。

 中等部の頃は陸上部のキャプテン兼エースだったこともあり、息を乱さずに走れている。


(頼む、星川──もう少しだけ耐えてくれ)


『星川。……今日、安田と一緒に帰ってたよな』


 昨夜、何の考えもなしに聞いたことが頭に浮かんだ。

 あの言葉がなければ、心愛が更に苦しむことはなかった。

 逆に、あの言葉があったからこそ、心愛の苦しみが目に見えてわかった気がした。


「クソッ──」


 和人にできることは、優向を更生させる。ただそれだけだった。

 ──いや、更生という甘い言葉では、到底足りない。


「俺の同居人を苦しめたんだ。歯ぁ食いしばって待ってろ──安田」


 優向の手を先読みし、防ぐ。たったそれだけ。

 朝霧に包まれた校舎を見据え、和人は冷徹な計算を開始した。

次話、明日の20時頃更新です!

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