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退学寸前のギャルを助け続けていたら、ヤンデレ化して俺に依存した  作者: くまたに
第1章:同棲生活の始まり

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第5話:同居人が夜遊びをしている

 ()()()()、同居人が遅い時間になっても帰ってこない。

 机に広げたノートは一向に白紙のままだった。


 カチッ──

 分針が揺れ、肝が冷える。

 こんな状態が毎分やってくるのだ。

 かれこれ、3日連続だった。


(誘拐は──ない、よな……?)


 クラスで賞賛されているだけあって、心愛は和人から見てもとても可愛らしい見た目をしている。

 だから、こんな夜遅くまで遊んでいたら、怪しい人に声をかけられてもおかしくない。

 普段からサスペンス映画を好んで観ている弊害だろうか。

 ストーカーや闇の組織の関与を疑ってしまう。

 この胸の歪みを治す薬は、一つしかない。

 それは、心愛が笑顔で帰ってくることだ。

 娘を想いすぎる、過保護な父親にでもなった気分だった。


「いつまで夜遊びをしてんだよ……」


 あと少しで時刻は午後10時を回る。

 いつの間にかノートを閉じ、呆然と時計を眺めていることしかできなくなる。

 つい数日前までは話したこともなかったはずなのに、同居した途端、急に情が湧いてきた。


(いや、違う)


「なにカッコつけてんだ、俺。本当はクソみたいな理由なのによ」


『星川に手を出したら許さない』と煮えたぎった怒りは、いつしか自分に向けられていた。

 本当は心愛を心配しているだなんて、真っ赤な嘘だ。

 ただ、これ以上借金の増えるようなリスクを犯してほしくないだけだった。

 結局のところ、自分の先の見えない未来が怖くて仕方がなかった。

 他人のことはその次だ。


「連帯保証人でさえなければ……」


 和人は自ずと、今日あった出来事を思い出していた。



     ◇



「椎原。後で職員室に来い」


 昼休み、視線の先で楽しそうに話す心愛を呆然と眺めていると、担任に呼び出されてしまった。

 無意識のうちに、最近起こした悪事を思い出す。

 コンビニのメロンパンに、バニラアイスを挟んで食べた。それ以外は思い当たることは、何もない。

 教室を見渡すと、哀れみを含んだ視線を向けてくる者もいれば、逆に愉快そうに笑う者もいた。

 和人は人生終了の前兆をひしひしと感じながら、職員室までの廊下を歩く。

 肩をすぼめる自分の背中を、すれ違う生徒に笑われているような、被害妄想ばかりしてしまう。


「失礼します。小鳥遊先生はいらっしゃいますか?」

「早かったな。椎原、こっちだ」


 担任の小鳥遊美波(たかなしみなみ)は湯気の立つマグカップを二つ持ち、和人の前を歩く。

 連れられた先は応接室。

 扉を閉めてしまえば、外の音は全て遮断されてしまった。


「先生。俺は退学になるんです?」


 和人の言葉に、小鳥遊はキョトンとした表情を浮かべる。

 そしてぱちぱちと瞬きを数回。

 眉間に皺を寄せて、ようやく理解が追いつくと、スッキリしたように「ああ」と呟いていた。


「それは()()()()()()

「ふぇ?」


 含みのある言い方に、和人は思わず素っ頓狂な声を上げる。


「──ブラックだが、飲めるか?」


 コトと、小さく音を立てて、コーヒーの入ったマグカップが目の前に置かれた。

 目の前で小鳥遊が啜るのを見て、和人は恐る恐る喉に流した。

 独特で、まろやかな風味が感じられる。

 緊張で味がしないどころか、クセになっていくらでも飲みたい気分になる。


(こんなにいいコーヒーを出してもらって……小鳥遊先生はいい人なのかもしれないな)


 実は和人は大のコーヒー好きだ。

 中等部の頃は今とは違って実家から通うことができた上に、お金も自由に使えた。

 お小遣いをゲームの課金か、ちょっといい値段のするコーヒーに費やしていたのは、今となっては懐かしい。


「これは理事長に貰った物なんだが、どうだ?」

「凄く美味しかったです。ものすごくクセになりました」

「そうか」


 感想を聞いておいて、返事はそれだけ。

 その時、机を挟んで反対側に座る女が誰かを、思い出すことになった。

 道行く生徒──特に先輩は恐れ、避けるほどの教師だ。

 ただ、いつも怒っていそうで怖いなんてことは、あるはずがない。

 コーヒーを最後の一滴まで飲み干すと、小鳥遊は悪い笑みを浮かべた。


「飲んだな。さて、私からの頼みを聞いてもらおうか」

「嵌めましたね?」

「私はケチな女なんだ。このコーヒー分は働いてもらう」


 そう言って、小鳥遊はマグカップを口に運んだ。

 美味しそうに目を細めている。


「ちなみにですが……このコーヒーって何円くらいしますか?」

「100gで50,000円だ」

「なッ──」


 1杯5,000円もする。

 払えない額ではないが、心愛と同居することになった以上、少しでも無駄遣いを控えたかった。


「わかりました──引き受けますよ。それでいいんですよね?」

「理解が早くて助かるよ」


 ニヒルに笑うと、小鳥遊は隣に置いてあったバッグから、一つの封筒を取り出す。


「これは?」

「理事長からだ。とにかく開けろ」


 まるで闇の組織の取引現場のようだ。

 和人は受け取った封筒の中身を、丁寧に取り出す。

 小鳥遊の目を見ると、『読め』と顎で合図された。


『僕は理事長の鷹司遥高(たかつかさはるたか)だ。

 まずは、こちらの提案を引き受けてくれてありがとう』


 理事長は担任とは違って、優しい人なのだろうと、和人は安心した。

 しかし、期待は直ぐに裏切られることになる──


『君のクラスにいる、安田という男を更生させてくれ。

 目標を達成するために犯してしまった、都合の悪いことは全て不問とする。

 全てはこの学園の秩序のためだ。よろしく頼む』


 たったそれだけの簡潔な文章。

 それでも、ショックは大きい。

 貧血のような症状が襲いかかってくる。


「お前は『ハイエナ』の狩り方を知っているか?」


 小鳥遊は空になったマグカップを弄びながら、冷めた目で和人を見た。


「奴がターゲットにするのは決まって、逃げ場を失った弱者だけだ。そして、相手が一番大切にしているものを、時間をかけてじわじわと奪っていく。そんな奴だ」

「なんでそんな生徒が野放しなんですか!」

「……」

「ここは私立校でしょ?」

「……大人の事情だ。巻き込んで申し訳ないな」


 言い終えると、二人分のマグカップを持って、小鳥遊は応接室を去る。

 残された和人は、渡された封筒を握りつぶす。


「そんなの、答えになってねぇよ……」


 絞り出すような弱々しい声を漏らすが、誰の耳にも届くことはなかった。



     ◇



 家に帰り着いても、胃の奥にある不快感は消えなかった。

 小鳥遊との会話が、呪いのように耳にこびりついている。

 

 カチャリ──

 玄関の鍵が開く音がした。

 時刻は午後10時半。

 現れた心愛は、どこか魂が抜けたような顔をしていたが、和人の姿を認めた瞬間に『いつもの笑顔』を貼り付けた。


「あ……椎原くん! お待たせ、今日も遅くなっちゃってごめんね」


 その声は、微かに震えている。

 リビングの椅子に座ったまま、真っ直ぐに彼女を見据えた。


「星川。……今日、安田と一緒に帰ってたよな」


 心愛の動きが、目に見えて止まった。

 貼り付いた笑顔が、ひび割れるように崩れていく。


「あ、あはは……。なんだ、見られてたんだ。安田くんに、ちょっと勉強のことで相談があるって言われてさ」

「あいつに勉強の相談? ……嘘だろ」


(わざわざ成績最下位の星川に?)


 安田は高等部からの高入生だが、授業中の無駄話からは、真面目な生徒でないことはわかる。

 和人は立ち上がり、心愛との距離を詰めた。


「本当のことを言ってくれ。あいつに何かされたのか? それとも、何か脅されて……」

「な、なにもないよ! 本当に!」


 心愛は激しく首を振った。

 その瞳には恐怖と、それ以外にも色んな感情が混ざっていた。


「……椎原くんには関係ないよ。私、ちょっと疲れてるから、もう寝るね」


 逃げるように自室へ向かう心愛の背中に、和人はそれ以上声をかけることができなかった。


(──関係ない、か)


 二人は『連帯保証人』という歪な契約で結ばれただけの関係。

 心愛が本当のことを話さないのは、和人を信じていないからか、それとも和人を()から遠ざけるためか。

 リビングに残されたのは、冷めきった空気と白紙のノート。

 小鳥遊から手渡された理事長の封筒が、机の上で鈍く光っているように見えた。


(……救いようがないな。俺も、あいつも)


 鼻の奥に、昼に飲んだ高級コーヒーの苦味がいつまでも残っていた。


「──あんなに不味いコーヒーは、生まれて初めてだった」


 和人は薄暗いリビングで、ただ一人、安田という男の影を睨みつけることしかできなかった。

次話、明日の20時頃更新です!

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