第2話:用意周到な計画
「まさかお前が星川と同棲することになるなんてな! しかも、借金で退学の危機だなんて⋯⋯」
心愛との出来事を話すと、咲翔は「ワッハッハ!」と相変わらず豪快な声で笑い転げた。
勢い余って階段の角に腰をぶつけ、「いってぇ!」と情けない声を上げる。
ひとしきり笑い続ける親友に、和人のこめかみがぴくりと跳ねた。
「咲翔ォ! お前のせいなんだぞッ!」
「あっひゃっひゃ! くすぐるのやめろ!」
横腹が弱いのは昔からだ。
小学生の頃から、何かあればこうして取っ組み合いになってきた。
「しかしまぁ――」
笑いが収まると、咲翔は意味深に何かを言いかけ、遠いところを見ていた。
(⋯⋯俺が教えたの、和人ん家じゃないんだけどな)
咲翔は、なにも言わずに笑った。
「飯が美味しかったんだよー」
「俺も食べに行こっかな?」
「断る」
「⋯⋯そっか。今は邪魔だよな!」
その声に、和人は少しだけホッとした気持ちになった。
「でもよ、この話は雨音にはしない方がいいぜ」
「なんで?」
「雨音なら不純異性交遊って言って、泣き崩れるだろうよ」
「そうかな?」
「ああ、マジで」
咲翔が締めくくり、つかの間の静寂が訪れた。
(それにしても、今日の朝食はまた一段と豪華だったな)
冷蔵庫に残っていた野菜で作った味噌汁だったが、野菜の味が出汁と混ざって、朝から最高の気分になった。
その時の和人はまだ知らない。
借金の額も、連帯保証人も――本当の問題じゃなかったことを。
◇
「そっちの部屋空いてるから、使ってもらって構わない」
「えーマジ? 椎原くん最高すぎるんだけど!」
駅前2LDK。水道光熱費込みで月一万円。
この部屋に住めているのは、進級試験の成績がよかったおかげだ。
心愛が以前住んでいたのは、築三十年近いアパートだったらしい。
それで同額だったと知り、「それ詐欺でしょ!」と本気で怒っていた。
「この部屋、ドライヤーはあるけど、ヘアアイロンとかないけど大丈夫そ?」
「大丈夫! 必要なものは全て届くから!」
「届く?」
「うん。ちゃんと、ね」
妙に確信に満ちた回答に、頭の中ははてなマークで埋め尽くされていた。
ピンポーン――
初めて心愛が訪ねてきた時と同じ音が鳴る。
「はーい!」
その場で固まって動かない和人の横を、心愛は駆けていった。
数分後、玄関からした声が絶えたと思えば、重そうな箱を持って帰ってきた。
「一応聞いてもいいか。その中身はなんだ?」
「着替えと、下着だよ!」
そう言って、悪びれもせず見せつけてくる。
「可愛いでしょ!」
「空いてる部屋に持っていてくれ」
「はーい!」
一つだけわかったことがある。
心愛は、準備万全の状態で訪ねてきたのだ。
グラグラとおぼつかない足で荷物を運ぶ背中を、和人は呆然と眺めていた。
「見なかったことにしよう⋯⋯」
心の中で、必死に自分を落ち着かせる。
何が――とは言わないが、非リアの男子高校生にはやや刺激が強すぎた。
荷解きが終わると、心愛は持ってきた生姜焼きをレンジで温め始めた。
タッパーを手渡された時、昨日より量が多い気がしたのは、二人用だったからのようだ。
ほんと抜かりない。こんなにも先を見通すことができるのに、どうして学力が悪いのかがずっと引っかかったままだった。
(学園の制度、本当に公平なのか⋯⋯?)
モヤモヤしていると、キッチンの方から声がかけられる。
「椎原くん、お米は炊いてないの?」
「冷蔵庫の横の棚に、パックご飯がある」
「ほんとだ。ありがと」
こうして見ていると、心愛の生活力は凄まじいものだった。
レンジで温めている間に、あっという間にシーザーサラダが完成した。
二人でテーブルを挟んで座る。それだけのことなのに、妙に落ち着かない。
「「いただきます」」
心愛は当たり前みたいに箸を取った。
和人も、少し遅れてそれに倣う。
「⋯⋯どう?」
「すっごく美味いよ!」
一瞬きょとんとした後、心愛は満足そうに笑った。
その様子を見て、和人も思わず笑顔になる。
今日は昨日よりも料理が美味しく感じた。理由は敢えて考えないことにした。
◇
「おーい和人。聞いてんのかー?」
肩を揺らされて、夢のような時間が遠くにいった気がした。
「なんだよ?」
「うわっ! なんですか、そのムスッとした顔はー」
わざとらしく言う咲翔は、いつもとなにも変わらなかった。
変わったのは、和人に同居人ができたことだけのようだ。
「それで、なんだよ」
「聞いてなかったんかい! もういいや。今日の和人、ずっと上の空って感じで淋しいよ」
「⋯⋯なんだよ。変なこと言うな。まるで俺のことが好きみたいじゃんかよ」
「そりゃまあ、お前がいなかったら今の俺はいないわけで⋯⋯」
(謎にいい感じの雰囲気を出してきているところが気色悪い)
和人は目を逸らしながら、そして呆れ気味に言ってやった。
「このこと、お前の彼女さんが知ったらどうなることか」
「やめてください。ごめんなさい」
「ほんと、咲翔は彼女一筋だよな」
「当ったり前だ! 俺の彼女は世界一可愛いからな」
自慢気に言っているが、後で思い返すと恥ずかしいやつだと、和人は苦笑を浮かべた。
そんな風に他愛のない会話に花開かせていると、背後から凍るように冷たい視線を感じた。
「ひッ!」
先に振り返った咲翔は、この世の終わりを知ってしまったかのような、震えた声を漏らした。
「申し訳ないが、急用を思い出した」
「お、おう」
足早に去っていく親友を目で追ってから、和人は後ろへ振り返った。
「ひッ!」
ああ、そうか――と、『急用を思い出した』などと、嘘をついてまで逃げていった咲翔の真意がわかった気がした。
「こんにちは星川⋯⋯サン」
「ええ、こんにちは椎原クン」
軽蔑しきった目。
まるで、教室のど真ん中でキスするカップルでも見たかのようだった。
「えっと⋯⋯最近暑いですね」
「話しかけないで」
バッサリと切り捨てられてしまった。
今の心愛の心情はわからないが、帰った後のことが心配でたまらなかった。
3話は明日の20時頃に更新します!




