第10話:同じ時間を食べる夜
日が暮れた事もあり、優向を無理矢理説得して帰らせた。
家に着いた頃には、和人も心愛も心身共にヘトヘト。こんな日はする事が決まっている。
「出前のピザ頼むけど、どれがいい?」
スマホでピザ屋のサイトを開いて、ソファで隣に座る心愛に画面を見せた。
マルゲリータやクアトロ・フォルマッジなど、目移りするほど種類が豊富だ。一度の注文では到底味わい尽くせない。
「で、出前……もしかして、私の事気遣ってくれてる? 大丈夫。まだ元気だから、今から作るよ……!」
「そう? 凄く疲れてるように見えるけど」
「これは……そうだ。気のせいだよ!」
「わかった。元気なんだな」
「だから私が──」
「じゃあ今日は安田から解放されたことへの、パーティにしよう」
何がなんでも心愛に無理をさせたくなかった。
自分では「元気元気」と言い張っているが、傍から見れば今にも死んでしまうんじゃないか。と思うくらいゲッソリとしている。
強引にでもピザの気分にしてやろうと、和人はスマホの画面をスクロールした。
「お、これ美味しそう。やっぱりピザはチーズだけの一択だよな」
「……マルゲリータでしょ」
「ん?」
「ピザと言ったらマルゲリータ。それ以外は、全部ピザじゃないし!」
「ピザ界隈に敵作るぞ。それ……」
「いいの。それよりもマルゲリータは──」
和人の発言が、心愛の中に眠っていた『こだわり』を刺激した。
今までにないくらい生き生きとした様子で語る心愛。
「ならマルゲリータを頼むか?」と言う和人に、食い気味に「うん! そうしよう!」と声を被せた。
和人はあらかじめチャージしてあったポイントで会計を済ませる。使えるお金が限られている以上、ポイ活は生きていく上で賢い選択だ。
「知る者は富み、知らざる者は貧す……か。まさにこの事だな」
画面に表示された『当選! 50%還元!』という文字を見て小さく頷いた。
頼んだピザが来る前に、和人は机に食器を並べる。
少しでも心愛には休んで欲しいので、心愛が「私もするよ」と立ち上がると、すぐに和人は首を横に振った。
「これくらい俺がするよ」
「でも……」
「ほら。もう終わった」
話しながらも手を動かしていたこともあり、机の上はあっという間に食事モードになった。
いつもはダイニングテーブルだが、今日くらいはソファの前のテーブルでも罰は当たらないはず。
仕上げに氷の入ったグラスにコーラを注いで完璧だ。
予定通りに届いたピザを机の真ん中に広げ、二人、肩を並べて床に座る。
ダイニングテーブルと比べると小さいこともあり、すぐ横から心愛の息遣いが聞こえ、和人は反対側に避難しようかと迷う。
しかし、今更そんな事をしたら印象が悪いのでやめておいた。
「それでは、いただきます!」
「い、いただきます!」
和人に続いて、心愛も合掌する。
八等分に切られたマルゲリータを、和人は大きな口で頬張る。
チーズだけのピザ一択というのは譲れないが、トマトの酸味と濃厚なチーズが絶妙なハーモニーを生み出している。
本格的なピザということもあり、外側はカリッとしていながらも、中はふっくらと小麦の香りがする生地だった。
キンキンに冷えたコーラで胃袋に流し込む。それだけでも満足だが、目の前にはまだまだある。
和人が二つ目に手を伸ばし、隣の心愛も真似するように手に取った。
「ん〜〜〜〜〜っ! おいしぃ!」
「それな。大きいのにしたけど、すぐになくなりそうだな」
ちなみに買ったのはLサイズ。3〜4人前らしいが、瞬く間に色鮮やかなピザが減って、ピザ箱の面積が広がる。
「ごちそうさまでした」
と、手を合わせる二人の表情は柔らかく、目を細めていた。
「──ぷはッ。やっぱりピザにはコーラだよな。星川もまだいるか?」
「うん。ちょうだい!」
和人は二人分のグラスに、冷蔵庫から取り出したコーラを注ぐ。
パチパチと弾ける炭酸。
目線を上げると、「んんーッ!」と背筋を伸ばす心愛。
ここ数日続いた、寂しい時間はなくなったんだなと、口の端が吊り上がる。
心愛と一緒にした食事の回数は少ないが、誰かと食べる美味しさを知ってしまった以上、一人で食べるご飯は味が霞んでいるように感じた。
「な、なに……私の顔になにかついてる?」
ジッと見つめられていることに気づき、恐る恐る発せられた心愛の声。
寂しい思いをさせられた分、少しだけ仕返ししてやろうと、悪い感情が頭を過ぎる。
「ああ、ついてる。トマトソースが口の周りにベッタリと」
「嘘。最悪」
心愛は慌てて手鏡を取り出して確かめる。
その様子がおかしくて、笑わずにはいられなかった。
「なにもついてないよー?」
「──ぷはっ! ……真に受けすぎ……ははっ」
「もしかして……騙したなー?」
(ヤバっ、めっちゃ怒ってないか?)
何気ないつもりで言ったはずが、逆鱗に触れたのか心愛はジト目を向けている。
プクーっと頬を膨らませて、心愛はコーラを手に持つ和人に迫る。
心做しか、その足音がいつもより大きいように和人には聞こえた。
「ま、待て! 俺は今暴れると床が大変なことに……」
顔を引き攣らせながらも、どうにか冷静さだけは残っていた。
心愛はピタッと止まり、少し考えた後、隣にあったダイニングテーブルを指差す。
言葉はないが、その意図を汲み取った和人は、二人分のグラスを置く。
すると、心愛はまた距離を詰めてくる。
全部自業自得なので、その場から逃げずに、ただ目を瞑る和人。
足音だけがそっと近づいてきた。
(数秒前の俺、マジで何してんだよ……!)
もう遅いと理解していながらも、後悔だけが胸を満たした。せっかく仲良く食事を共にしたのに、また振り出しからか。と。
しかし心愛から向けられたのは、馬鹿にするなと言う叱咤でもなく、感情にかられた一撃でもない──優しく包み込む、暖かな抱擁だった。
和人の胸板に心愛の小さな頭が触れ、腰には手が回される。
「…………え?」
「見ないで。そのまま目を瞑ってて」
理解が追いつかず、身動きが取れないまま時間だけが過ぎる。
学校帰りの制服越しに触れる柔らかな感触に、頭が真っ白になる。
「……ありがと。助けに来てくれて、ほんとにありがと……」
心から告げられたその言葉に、何とも言えない胸の痛みが和人を襲う。
心愛の心が壊れる前に、助けれて本当によかった。という思いでいっぱいだった。
(今回は……助けられたんだ……)
無意識のうちに張り詰めていた気持ちが解け、勢い余って目頭が熱くなる。
和人も、心愛の細い体に手を回す。
お互いの体温を確かめ合うように、ずっと。
途中で理性が戻ってきた和人の中では、何とも言えない照れくささが毎秒のように増える。
ついに耐えられなくなり、心愛から離れた。
「あっ……」
大切なものを取り上げられたような、寂しげな声。甘えるように潤んだ眼差し。
どちらも和人を追い詰める。
けれど、それは束の間。目線が絡み合い、ようやく自分のしていることに気がついた心愛は、慌てて和人から離れる。
そのまま何も言わずに、一目散に自室に飛び込んだ。
「あっ、コーラ忘れてる……!」
ふわふわと妙な心地の気持ちを律するために、敢えて声に出す。
しかし、先程の心愛の瞳がふと頭に浮かび、カァーッと顔だけではなく、全身が熱くなる。
自分用に注いだコーラを一口で飲み干し、誤魔化すようにテレビをつける。
気づいた時には、心愛のためにと注いだコーラは、机から消えていた。
次話、明日の20時頃更新です!




