第1話:借金まみれの最下位ギャルと同棲始めました
「このままいけば、来月、一人退学者が出る。気を引き締めろ」
淡々とした声が教室に響く。
担任の女教師は、タバコのせいか少し掠れた声で、生徒たちを見渡した。
誰が退学になるか、もう分かっているかのような視線だ。
「早いうちに確認しておけ」
教師が去ると、教室中がスマホを取り出す。
誰もが結果に一喜一憂し、画面を食い入るように見る。
【クラス平均点 62】
【あなたの平均点 93】
【結果 +133,000円】
学校から支給されたスマホに表示される金額を見て、椎原和人は安堵する。
ここ鷹司学園高等部では試験の結果が人生を決める。
学力第一主義のこの学園では、月末の試験で翌月の給付金が変わる。
点差×3,000円。毎月40,000円保証されるが、それでもマイナスは借金に。合計が-100,000円を超えれば退学だ。
──要するに、点が取れなければそこで終わりだ。
【第19位:山本夏鈴 《合計》-64,000円
最下位:星川心愛 《合計》-88,000円】
(最下位の点数、前回よりも落ちてる……? いや、これは落ちすぎだろ)
ランキング表を一番下にスクロールすると、高入生の名前があった。
髪は金髪に染めた、誰よりも目立つギャル。
まとめ役のような存在だが学力は──絶望的だ。
そんな時、教室のどこかでデリカシーのない声がした。
「星川、お前ヤバいだろ」
その発言に、クラスの空気が一瞬で冷える。
「別れなんてやだ。まだ二ヶ月しか経ってないんだよ……」
「退学になんてならないよね……?」
「みんな安心して! 私、もっと頑張るから!」
そう言う本人は、笑顔の奥に焦りが滲んでいる気がした。
あまり良いとは言えない雰囲気に、和人はスマホゲームを開いて目を逸らした。
「またゴミ引きかよ」
現実はリセットできない。せめてゲームくらいは、自分の好きにしたかった。
開いたばかりの画面を閉じて、机に突っ伏す。
「ありがと、黒住くん! 勇気を出してみる!」
「おう、頑張れ星川」
親友の黒住咲翔は、何を言ったのか知らないが、深く感謝をされていた。
クラスの隅で一人でいる和人とは、正反対のリア充っぷりだ。
そんな咲翔とは幼稚園からの仲だ。ここにはいない二人を含めて──
「和人ったら、また1位だったね」
「まあな。今回も簡単だったから」
うつ伏せのまま返事をする。
西園寺雨音。
咲翔と同じで、和人とは昔からの付き合いだ。
「うわー、そういうところ直さないと、一生ボッチだよ?」
「うっせ」
これが上位1位と2位の風格。
周りとは違う、余裕があった。
「とりあえず、これからも頑張ろうぜ」
「うん。そうだね!」
和人は体を起こすと、軽く握った拳同士を当てて約束した。
◇
今日は一ヶ月ぶりの贅沢日だ。
レジ袋の中で揺れるカップ麺は、いつもより少し高級だった。
「ただいま」
刺した鍵を回して、部屋に挨拶する。
返事はない。一人暮らしだからもう慣れたことだった。
もし普通の高校生だったら、今頃バイトに励んでいたのだろう。
しかし、校則で禁止されているからできない。
じゃないと借金の制度が作用しなくなるので、当たり前と言えば当たり前だが……
「暇だ」
とりあえずソファに寝転がって、スマホゲームを起動する。
ガチャでの爆死が胸につっかえ、何もする気になれない。
器用に足だけで靴下を脱ぎ、床に捨てる。他の誰かが見たら、「怠惰だ」と呟いてもおかしくない。
ピンポーン──
暇でも、来客は面倒くさい。それは和人に限った話ではないだろう。
宅配は……ありえないが、もしそうだとしたら申し訳ないので、モニターで確認だけしておく。
「なッ、なんでコイツが……!?」
想定外だったんだ。多少のバカっぽい声は勘弁してほしい。
とにかく出ないと、明日クラスで晒されてしまいそうなので急いで玄関へ駆ける。
「ごめん。遅くなりました」
「いいよ。夜に突然来た方が悪いんだし!」
制服のブレザーを着崩し、第二ボタンまで開けたワイシャツの胸元に、思わず視線が吸い寄せられた。
目を逸らしても、そのギャルは視界に入ってくる。
見ていたのがバレていたのかと、少しだけ気まずくなった。
「どうして俺の家の住所知ってるんですか」
「それダルい」
「え……?」
「だ、か、ら! 敬語ダルいから、やめようって言ってるの!」
怒られてしまった。
しかし、頬を膨らませているが、殺意のような禍々しいオーラはない。
「わかった」
「うんうん、それでいいんだよ〜」
サムズアップをして、満足気に頷く。
敬語を使わないとキレられると思っていたが、逆だったらしい。
「話戻すね。星川はどうして俺の家を……」
「今日、黒住くんに『困ったらここを訪ねて』って教えてもらったから」
(咲翔ーッ! 教室での会話はこのことだったのかよッ!)
危うく声に出てしまうところだった。お隣さんは怖い人なので、抑えることができて良かった。
なんてことを考えていると、ギャルは迷いながら口を開く。
「私に──」
ギャルは息を整えながら、必死に和人の手を握った。
「私に……ご奉仕させて下さい!」
「は? …………はああああッ!?」
その声量は通路に響く。
お隣さんからは、壁ドンをされた。
もちろんラブコメ的な壁ドンではなく、怒りを込めた制止だ。
「ご奉仕って……」
「私が椎原くんの代わりに家事をするから、お金が欲しい……です……」
段々語尾が弱くなっているのは、きっと気のせいではないだろう。
お金が欲しいと言われても、和人が試験で毎回のように高得点を取れる保証はない。
「無理だ」
「そ、そんな……せめてこれを──」
鞄から顔を出したのは、一つのタッパー。
中には料理が入っているがよく見えない。
しかし、蓋には水滴がついていない。見かけによらず几帳面だ。
「これは?」
「おすそ分け。明日答えを聞きに来るから!」
そこまで言うと、逃げるように走り去る。
巻かれたスカートから伸びる素足は、男子高校生には眩しすぎた。
◇
それからしばらくして、夜ご飯を食べることにした。
もふもふした可愛らしいキャラクターが、描かれた付箋が貼られている。
『600Wで2分ね!
これレンジもいけるから! スゴくない?』
その文字からは彼女、星川心愛らしさを感じる。
『クラスで一番可愛い女の子』だなんて持ち上げられているが、ずっと明るくしているところに、無性に腹が立った。
(あんなの、疲れるだけなのになんで──)
人それぞれの生き方があるとしても、まるで昔の自分でも見ているかのようだった。
「お、できたか」
ピーピーと、冷凍食品ばかりの生活だからか、聞き馴染みのある電子音だった。
体温のない音だからこそ、虚ろな目を元に戻すのにちょうどよかった。
「いただきます」
小さく手を合わせる。
一人暮らしでも言うのを欠かさないのは、きっと不必要にやかましい母親が強く関わっているのだろう。
勝手に思い出しておきながら寒気がする。
気を逸らすように料理を口に運んだ。
「──うま」
自然と、こぼれ落ちるように言っていた。
タレに奥行きのある豚の生姜焼きだった。
思わず、もう一口箸を伸ばしていた。
気づいた時には、パックご飯がレンジの中で照らされている。
少し高級とは言えど、カップ麺だけではこの胸の高鳴りには出会えなかっただろう。
「やべぇ、もっと食いたい……」
完全にハマってしまった。
この味を知ってしまった後に、元の生活に戻れる自信がない。
答えは──この時すでに決まっていたのかもしれない。
◇
「よっ、さっきぶりだね!」
どうやらギャルにとって、会話はなくても同じ空間に居れば、『さっきぶり』になるらしい。
玄関の扉を開くと、顔の前でピースをする心愛が待っていた。
昨日と変わらない時間、変わらない声色。
しかし、どこか余裕が足りない。
「これ。ケース、ちゃんと洗った」
(違う。俺が言いたかったのはこれじゃない)
和人が悶々とした夜を過ごしたのは、十五年の人生を振り返っても珍しいことだった。
部屋の明かりを消しても、消えない幸福感。
もうありつけないのだと、少しだけ胸が締め付けられた。
こんなにも感情がジェットコースターのように動かされ、もしラブコメのヒロインだったら『責任取ってよね!』を言っていたところだ。
「その……味は、どうだった?」
「──すっごく美味しかった!」
「ほんと?」
「当たり前だ! まずタレがさ、甘すぎないのがいいんだよ。生姜も主張しすぎてなくて……」
和人は途中で言葉を切った。
自分が早口になっていることに、今さら気づいたからだ。
けれど、恥ずかしがってるのは和人に限った話ではなかったようで──
「……っ、……〜〜っ!」
必死に顔を隠している心愛を前に、羞恥心を感じたことに、和人は思わず鼻で笑う。
「昨日の提案のことなんだが、いいか?」
突然和人が持ち出すと、まるで人が変わったかのように心愛は真面目な顔になる。
「うん。教えて」
「────無理だ」
はっきりと声に出す、ゼロコンマ前まで迷っていたのはここだけの話。
それにしても自分で決めたことなのに、後悔が一向に消えそうになかった。
「え……どうして。理由を聞いてもいい?」
あの料理を食べていなかったら、こうして悩むことはなかった。
和人は初めて提案を聞いた時に、素直に感じたことを話す。
校則では問題ない。しかし、リスクが増えるのは事実だ。
どれだけ熱弁しても、心愛の胸に何一つとして届くことはない。
「じゃあな。生姜焼き美味かったよ」
いつまでもそこに居られても困るので、突き放すように告げる。
心愛は困ったように笑って、そして手に下げていたレジ袋を渡すと、重い足取りで帰っていった。
「これは?」
確認するように、和人はレジ袋の中を覗いた。
生姜焼き。
二日連続? ──なんて冷静な返答が思い浮かぶほど、和人は落ち着いていなかった。
「星川、待ってくれ!」
気づいた時には手を掴んでいて、心愛の目には大粒の涙が浮かんでいた。
「すまん! あれはただの世間一般論だ」
「え……?」
「実際は──星川の飯を、もっと食べたい」
あんなにも美味い飯を食えるだけでも嬉しいが、オマケに家事をしてくれるなんて、今まで以上にゲームに時間を注ぐチャンスだった。
心愛は一瞬困ったように笑って、「もちろん!」と和人の手を取った。
ギャルと非リアの人生は、決して交わることがない?
そんなこと誰が言った。
この時の二人は、正真正銘同じ笑顔を浮かべていた──
「では、お邪魔しま〜す!」
「提案は呑んだけど、誰も今日から泊めるとは言ってないぞ」
「ふぇ? もう私家ないのー! 泊めてー!」
(まさかとは思うが、この結果を見越して自分の部屋を返したのか──?)
思い立って、すぐに「ないない」と呟きながら首を振る。
「そういえば──私が退学になると、《連帯保証人》ってヤツで、借金は椎原くんのモノになるから!」
「は?」
「同居したら、そうなるらしいよー」
慌ててスマホで学園の規則を確認する。
長々とした文の下の方に、『同居者は自動で連帯保証人になります』と確かに書かれていた。
家電の取扱説明書のようで、どうせ大丈夫だろ。と途中で閉じた覚えがある。
「それ、先に言ってくれよ……」
萎れるように和人の顔から笑顔が消えていく。
もし仮に借金の移動が全額ならば、さすがの和人であっても、退学の危機に瀕することになる。
「ちょ、ちょっと待て……どうして星川はそこまで頭が悪いんだ?」
「それは元から! 私、ちょっと特別な入学だから!」
「あはは!」と絶望を超え、悟りを開いたかのような笑い声が耳を抜けた。
目を離した隙に、心愛がリビングのソファにダイブする様子を見て、和人はこの上ない胃の痛みを感じた。
残り12,000円──それは、二人の生活の制限時間であり、誰かの思惑の結果だった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
2話は今日の20時に更新するので、ブクマをしてお待ちください!
甘いラブコメシーンにニヤニヤしながらも、ハラハラする駆け引きのある作品にします!
是非、お楽しみに!




