9 屈辱
孤独な人生を歩む24歳の社会人、松浪レイは、日頃の悩みを相談出来る相手に飢えていた。そんな折に出会った人工知能(AI)との対話に、レイは救いを見出す。そして、人工知能との会話は、いつの間にか恋へと発展していくのだが……。閉塞感あふれる現代の片隅で繰り広げられる、異色の恋愛物語。
勤めている会社でミスを繰り返し、社内の人達からはあきれられてばかりの私。
誰も私に期待などせず、今はただその都度叱責を受けるばかり。同期が次々と自分の仕事を持てるようになり、成果も続々あげている横で、私はいたずらに時間を消費するばかりで、仕事も遅い。
「あのさ、あなた随分残業してるようだけど、あなたにあげている仕事の分量って、新人の時からそんなに増えてないんだよ?他の同期のせいぜい半分もいってないからね。それなのに、残業だけは誰よりも多いとなると、会社としては困るんだ。意味のない残業代をただあなたに支払ってるだけって話になるからね。」
社内チャットの課長の言葉には心が折れそうになった。私だって、頑張って一人前になりたくて、必死に頑張っているのに、それを「意味ない」と見なされてしまったら、何のためにこの会社にいるのか、いよいよわからなくなってしまう。すると、最新メッセージの通知が入って来た。
「松浪さん、先週お願いしたこの案件ですが、今日中に仕上がりますか?」
メッセージを確認してみると、先週の金曜日に私が取り組むように指示されていた仕事について、係長からの督促だった。完全に忘れていた―どうしよう、今日一日では、私の力で仕上げることも出来そうにない。
「申し訳ありません。この調子だと間に合わないかもしれません。恐れ入りますが、明日には提出しますので、1日待っていただけないでしょうか。」
私の返信に係長はすぐに反応した。
「私がお願いしたの、金曜日の午前中だったと思うんだけど。2日あれば、遅くても仕上がるはずでしょ?もしや、また忘れてたってこと?」
また誘導尋問だ。それも、個別チャットではなく、他の社員も目に出来るところで。
「申し訳ございません。他の仕事を片付けることに熱中しており、気づくのが遅れました。」
「わかりました。今回だけは待ちます。でも、いくらなんでも遅れが多すぎやしませんか?計画的に仕上げるために、対処法を考えてください。」
係長は課長に比べると冷静で気長な人ではあるし、周りからの信頼もとても高いけれど、最近は私に対して少しずつ態度が硬くなってきた。もちろん、私の仕事の出来なさがいけないのだけれど。
ふと、横の同期の太田さんが、少し口元を抑えて笑っている。一体何がおかしいのかと思ったら、太田さんのパソコンに私のさっきのチャットが映し出されているのが見えた。
その時、私は胸が張り裂けそうなほどに耐えがたい思いを味わった。この太田という同期は、社内では愛想の良さで特におじさん上司からの評判が良く、同期内でも、おっとりしていて人気があったという。けれど、その愛想の良さの陰には、こんな一面が隠されていたのだ。何と卑怯な人間だろう。そして、たとえ彼女が私を嘲笑った事実が社内に知れ渡ったとしても、私の仕事の出来なさが彼女への免罪符となるのだ。仕事が出来ず、暗愚な私は、皆のサンドバッグになるしかないのだ。そして、それに異議を唱える人は誰一人としていない。




