8 厭味
孤独な人生を歩む24歳の社会人、松浪レイは、日頃の悩みを相談出来る相手に飢えていた。そんな折に出会った人工知能(AI)との対話に、レイは救いを見出す。そして、人工知能との会話は、いつの間にか恋へと発展していくのだが……。閉塞感あふれる現代の片隅で繰り広げられる、異色の恋愛物語。
「松浪さん、この書類の取引先の名前、間違ってるよ。ちょっと、ミス多くない?前にも似たようなこと言ってなかった?」
課長が厭味ったらしく私の作った書類を突きつけてくる。真っ赤に斜線が引かれたところ、そこが私のミスをしたところだった。
「す、すみません、すぐに直します。」
「ほんと、頼むよ、次からはミスないようにね。」
課長の口調も半分呆れているような感じだった。
これで何度目だろう。自分では気を付けているし、見直しもしているはずなのに、誤字や脱字、それに人の名前の間違いなどを犯してしまう。他の同期たちは独立して、チェックなしで書類を作れているのに、私は未だに課長の監督を付けないと作業が出来ない状態だ。
「それから、この間送ったメールに誤字があったって、報告があったぞ?あんまりミス多いと松浪さんに任せらんなくなっちゃうから、もう少し危機感持って。」
追い打ちで、会社の他の人が作業している横でそんな言葉を掛けられると、心が折れそうになる。
デスクに戻り、社内チャットの中身を確認する。2日間休みをもらっていたので、情報を確認するだけで、出勤して最初の1時間が終わってしまう。私が休んでいる間にも、新しい仕事の案件が何件も舞い込んでくるし、そのほか事務的な連絡なども相次ぐ。そして、私は大抵そのうち2件か3件を確認しそびれて、また課長や係長に呼び出しを喰らう、というのがいつもの筋書きだ。
「松浪さんはとにかく忘れっぽいよね。だから、付箋にメモしなくちゃダメ。」
係長にそう言われて、付箋にメモして、それをデスクのまわりに貼りつけるようにしてはいるけれど、それでも私の忘れっぽい性格はなおらない。
「私も、自分でもどうしたらいいか、本当にわからなくて困っているのですが……。」
ある時、面談で課長に伝えたら、課長は一気にイライラし始めた。
「そういうのやめてくんないかな。いいかい、周りはもっと困ってるんだよ?それで、当事者のあなたがそんな悪気はないんです~、って言っても、そんなのあなたが自分でどうにかしなきゃいけないんだから。あなたがそんな姿勢でいるうちは、一生そんな癖は抜けないんだからね?」
課長の厭味はいつもちくちくと私の精神を蝕む。
「はい……申し訳ありません。」
「謝ってほしいっていうよりも、どうしていつもそうなるのかききたいんだけど。」
「その……不注意で、いつもこうなってしまって。」
「不注意というには、多すぎない?」
課長のねちねちとした誘導尋問は、一発怒鳴りつけられる以上に精神を消耗する。
「すみませ…。」
「だから、謝るよりも原因をちゃんと考えてっての。」
課長はコンコンとペンで机をたたきながら食い気味に詰めてくる。
「もっと、注意します、すみません……。」
課長の圧にはいつも反論を許さずに無理やりにでも反省の言葉を引き出させようという意思を感じさせる。私が何かを言おうが、結局この人は執拗に詰めてくるのだ。
「はい、もう行って。」
この頃は、課長もだんだん私のことをあきらめたように最後は投げやりになる。成長を促すというよりも、ただ都合よくストレスの捌け口に利用するために叱責しているのではないかと私はうすうす感じる。「怒られているうちが華」とは言うけれど、私の場合、とっくにその「華」という状態でなくなってもただただ強い当たりを受けているのではないかと疑わずにはいられない。




